のび太 〜家出〜
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248 :のび太 〜家出〜:2006/03/21(火) 09:35:40 ID:nV9mvGQs
野比のび太はある決意をした。家出である。それも、ドラえもんの道具を借りるなどせず自力でだ。
今まで何度となく家出をしたが、どれもその度に失敗という結果に終わっている。
その夜、彼は少々の着替えとマンガ本を詰め込んだショルダーバッグをダックス・ホンダにくくりつけ、
母親の財布から数枚抜き取って、深夜の国道を南に向かった。彼は受験生だったが、
バイト代で購入したダックス・ホンダを眺めているうちに、
三次方程式とか分詞構文なんかに四苦八苦している場合じゃない、という気になってしまったのである。
家出とは過去を捨てることだ。家出をした者にあるのは未来だけなのだ。
捨てなければならないほど多くの過去を抱えていたわけではなかったが、
受験勉強からの脱出は彼にとって明るい未来以外のなにものでもなかった。
初夏と呼ぶにはまだ早い五月の夜で、彼は高校3年生だった。
249 :のび太 〜家出〜:2006/03/21(火) 09:38:13 ID:nV9mvGQs
彼はバス停のベンチで横になって夜が明けるのを待ち、空が白んでくると、50ccの愛機に火を入れた。
ところが、10Kmも走らないうちに止まってしまった。ガス欠だった。
長距離の大型トラックが猛スピードで隣を走ってゆく早朝の国道で、
彼は自分の迂闊さを呪いつつ、ダックス・ホンダを押して歩き始めた。
その時、反対車線から来たAT125が、一旦通り過ぎてから引き返してきた。
「どうしたんだ?」
「ガス欠。この先にガソリンスタンドがあるかな?」
「あるにはあるが、結構先だぞ。」
AT125のライダーは、彼が押していたダックス・ホンダを覗きこんだ。盗難車ではないかと疑ったのだろう。
ちゃんとキーがついているのを確かめると、鞄から細いゴムパイプを持ってきた。
AT125のタンクにパイプの端を入れ、片方の端をくわえて吸う。
ガソリンがチューブの中ほどを過ぎたところで口から離し、ダックス・ホンダのタンクに突っ込む。
「1リットルもあれば、スタンドまでは充分だろう。」
「うん。ありがとう。」
「どこへ行くんだ?」
「静岡まで。」
「これで静岡まで?根性あるなあ。」
そんなもんで驚くなよ、本当は大阪まで行くんだから――と彼は心の中で言った。
そして、AT125を羨望の目で見た。そのオートバイでだったら大阪まで半分の日程で行けるだろう。
お尻の痛みも、ダックス・ホンダほどではないはずだ。
250 :のび太 〜家出〜:2006/03/21(火) 09:40:48 ID:nV9mvGQs
AT125の男は彼が差し出したガソリン代を受け取ろうとはせず、
「静岡で必要だろ」
と言って、ニヤッと笑った。彼が家出してきたことを見抜いていたのだ。
別れ際、AT125の男は、荷物を積んだダックス・ホンダと彼をじっと見つめていた。
その目の輝きを、彼は心の奥に刻みつけた。再び彼は国道を走り始めた。
大阪へ行った後のことは何も考えていなかった。ただ、道の先に大阪があるということだけが、
彼と大阪を結びつけていた。だが、道が大阪へつづいていることが大切なのではなかった。
彼にとって道の先にあるのは大阪という目的地ではなく、それ以上に未来だった。
彼は未来に向かっていた────つもりだった。
ダックス・ホンダの行く手には未来だけが待っている────はずだった。
だが、実際には未来ではなく、ドラえもんが待っていた。彼はあっさりと見つかり、連れ戻されたのだ。
彼は静岡はおろか、神奈川までも辿り着かなかったが、強烈な尻の痛みからは解放された。
251 :のび太 〜家出〜:2006/03/21(火) 09:43:39 ID:nV9mvGQs
あの家出からもう1年が経つが、ガソリンを分けてくれたAT125の男の顔は、
彼のダックス・ホンダを見たときの羨ましそうな目の輝きとともに、はっきりと思い出すことができる。
今では彼はこんな風に思っている。あの男にも同じような体験があったのかもしれない、と。
あるいは、家出をしたくてもできない立場にあったのかもしれない。
捨て去らなければならないものが、男にはあまりに多すぎて。故に自分よりも家出の意味が重い、と。
深夜、彼はこっそり家を抜け出して、ダックス・ホンダに乗る。近所を走り回るだけだが、
それだけで、どこか遠くへ行ったような気になる。これを彼は「家出」と呼ぶことにした。
どうも彼には冒険癖ならぬ、家出癖があるようだ。一旦家を出ると、なかなか帰りたがらない。
そのくせに、長いツーリングから帰ってきて家が近づき、見慣れた風景の中に入ってゆくと、
何とも表しようのない安堵感に包まれる。
それを味わうために自分は遠くへ旅をしているのではないか、と彼は思っている。
〜END〜
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