華6【伊佐坂の悩み】

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148 :華:2007/07/22(日) 21:22:47 ID:06uI23ZA
【伊佐坂の悩み】

皆様こんばんは。 世田谷区に住む小説家の伊佐坂難物です。

いやいや、本日は私の『悩み』を皆さんに相談したくて… ふむ…相談という言葉はいささか違うかもしれんね。
そう、私の誰にも話せない悩みを皆さんに聞いて欲しい。聞いてくれるだけで私のやり場の無い気持ちが和らぐのでは…とね。

そもそも私をみて皆さんはどう思われるだろうか?

愛する妻、そして出来の悪い長男に、目に入れても痛くないほど可愛い長女。私によくなつく愛犬。
仕事も昔は大変苦しかったが、今はそこそこ小説家として仕事も頂いている。
周りから見れば幸せな一家に見える私の家族にも…大きな悩みを私は背負い込んでいる。


149 :華:2007/07/22(日) 21:23:42 ID:06uI23ZA
その悩みの原因は『子供』の事でね… 『子供』の事なら『お軽』と解決していけば…と、皆さん思われるだろう。
だが、そういう状況ではないのだ。

甚六は落第ギリギリで卒業して今は東芝の製品開発部門の新米研究員として日々過ごしている。
たまにバイクで何処かに行ってしまうが、私としては甚六には早く身を固めて家庭を作ってもらいたいと考えている。

そして『悩み』の原因は…『浮江』の事なのだよ。

皆さん存じているかもしれんが、浮江は現在都内の新米白バイ隊員として働いている。
毎日「お尻が痛い」なんて可愛い顔して家に転がり込んでくる姿がまた可愛いのだ。

だが、私の『悩み』の原因は浮江が白バイ隊員である、という問題ではない。

まず何処から話せば良いのか…


150 :華:2007/07/22(日) 21:24:32 ID:06uI23ZA
そう、あれは『彼』が青森から東京に来るところからお話しなければならないでしょう。『彼』とは三河屋の三郎君の事でね…
そもそも三郎君が上京するキッカケとなったのは私と浦野さんが北海道に向かった時だったのだよ。

当時の私はSR500に乗っててね。時間もあった事だし急ぐ旅でもなかったので東北を観光しながらゆっくり北海道へ向かっていた時の事だった。
青森に到着して浦野さんとお店で食事をしている時、そのお店の短期アルバイトとして働いていた三郎君と出会ったのだよ。

三郎君は『東京から来た』という私達を見ては色々尋ねてきてね。そりゃぁ純粋な瞳と誠実さが満ち溢れる好青年でね。
その時浦野さんが朝日ヶ丘の三河屋さんが若い子を探しているという事を思い出して、三郎君に三河屋を紹介した事がキッカケで彼は上京してきた。


151 :華:2007/07/22(日) 21:25:24 ID:06uI23ZA
真面目な子でね。人一倍働くし誠実で礼儀正しい。三河屋の親父さんも彼を気に入ってね。厳しいながらもちゃんと三郎君に仕事を一つ一つ教えていった。
彼の誠実さや真面目さはたちまち近所の評判になってね。 ちょっとした近所のアイドルだったのかもしれん。

そして数年前に三郎君と浮江が恋に落ちたのだよ。 無論私もお軽も反対などせず、むしろ喜んだくらいだ。
三郎君の様な誠実で真面目な男ならばきっと浮江も幸せだろう そうお軽と浮江の幸せを一緒に喜んでいた。

その後、浮江は短大を卒業し警察学校へと進み、三郎君との交際も順調に進んでいた。
三郎君も独立を夢見ていてね。私はその夢を応援していた。 浮江との将来を考えていたのかもしれん。


そんなやわらかい日々も、闇の音に染まり始めてしまったのだ…



433 :華:2007/09/06(木) 20:48:59 ID:2pthPkSA
浮江が今年の春に新米白バイ隊員として都内で勤務し始めた。花沢君達がバイクに興味を示した頃だったね。

春の昼下がり、あたたかい陽気に誘われて私はハチと散歩に出かけようとした時に私は見てしまったのだよ…

ハチの小屋へと足を運んだ時に磯野さんの家から声が聞こえましてね…
磯野さんのご自宅は、この日はお舟ちゃんとお軽は芝居へ。磯野さんは定年後毎日近所の碁会へ。子供さん達は各々学校へ。
マスオ君は会社へ。 つまり『彼女』しか居ない筈なのだよ。

しかし不思議な事に磯野家の縁側から妖艶な声が小さくも激しく聞こえてきてしまったのだよ。
私は少しばかり心配してしまってね。お軽の真似をする訳ではないが、壁越しに磯野家の縁側を覗いてしまった時だった…

縁側には妖艶な『彼女』と獣の様に荒れ狂う『三郎君』を見てしまったのだよ…


434 :華:2007/09/06(木) 20:49:56 ID:2pthPkSA

私は声が出なくなってしまった。 そしてそれ以上、事を眺める事が出来ずその場を離れ、逃げるようにハチと外へと出てしまった…
当然散歩どころではなかった。 公園のベンチに座り込み、ハチをベンチへ繋げて私は頭を抱えて、突然目の前に起こった混乱をどうにか整理しようとしていた。

何故『彼女』と『三郎君』が… 浮江にどう言えば… マスオ君には決して言えない…

2時間ほどベンチで考えていた。
確かに『彼女』と『三郎君』であった事を自分自身に認めさせる事が出来た。
だが、この事は誰にも話せない事に気付いてしまった…

それもその筈だ。もし浮江に話してしまえばどんなに悲しむか。だがこれは親として毅然たる態度でいなければならない。
だが、お軽には相談できない。 お軽に言ってしまえば井戸端会議でお舟ちゃんへ伝わり磯野さんの耳に必ず入る。
もしそんな事になれば磯野さんは激怒し、とんでもない事態になる事は必然だろう。
そしてマスオ君にも言えまい。夫である彼に真実を打ち明けた時、彼が必死の想いで築きあげてきた家庭が脆く崩れ去り、タラちゃんが不幸になるかもしれない。

そして私は二晩考え込んだ。無論仕事に身は入らない。ノリスケには申し訳なかったが締め切りギリギリで仕上げて随分遅くまで待たせてしまった。


435 :華:2007/09/06(木) 20:50:59 ID:2pthPkSA
考えた末、私は三郎君と二人で話す事にしたのだよ。だが、この考えと公道で事態は一転し予期せぬ方向へ歩み始めてしまった…

私は駅前の公園に三郎君と待ち合わせて彼を待った。暫くして彼は徒歩で現れ、ベンチに座る私の横にゆっくりと腰をかけた。
そして私はストレートに彼へ『彼女』との関係を問い出した。 だが彼は知らぬ存ぜぬの一点張りで話が平行線へと進まない。

私は正直彼への殺意を抑えるのに必至だった。浮江を弄んでいるこの男へ、腹の奥底からこみ上げてくる怒りという感情の獣が鎖を断ち切らんとばかりに牙を剥く。
その獣を押さえ込み、私は誠実で真面目な三郎君に戻って欲しいと願い、あらゆる言葉を並べた。

その時だった。 予期せぬ事が起きてしまった。 そう、その場に浮江が現れたのだ…

私はもう浮江に隠せない。 いや、浮江へこの男の本性を伝えねばならない。そう覚悟を決め言葉を慎重に選びながら浮江に三郎君の目の前で全てを伝えた。
だが、浮江は悲しい事に信じてはくれなかった……

そして浮江の左手薬指に光輝く世界で最も硬い宝石がはめ込まれている事に気付いた…


「ま、まさ…か…」私は言葉を詰まらせた。


436 :華:2007/09/06(木) 20:51:54 ID:2pthPkSA
そう、二人は婚約を交わしていた。 そして私が今日三郎君と会うという事で三郎君から呼ばれたであろう…浮江がその場に現れたという訳だ。
この婚約を私は認めるわけにはいかない。 私は咄嗟に婚約は認めない事を二人に告げた。

そこからの話し合いは浮江の激情により一旦話を持ち越し浮江を無理矢理家へと連れ帰った。
それからというもの浮江は私と一切言葉を交わさなくなってしまった。 お軽へ婚約の話をしたらしく、私が認めないという事実も伝えていた。

当然事情を知らないお軽は私が娘を嫁に出す父親としての心境をなだめる様に言葉を並べるが、真実を語れない私は頷く事しか出来なかった。


(どうすれば…どうすればいいのか…)





437 :華:2007/09/06(木) 20:52:46 ID:2pthPkSA
公園の一件から2週間ほど経ってからの事だ。リビングでお軽とお茶をしている時、浮江は私に久方振りに話しかけてきた。
「私、絶対小田原署へ行くわ お父さんを絶対椿で捕まえる…いえ…絶対抜くわ そしたら私達、結婚するから!」とんでもない事を言い出してきた…

私は黙って浮江の瞳を真っ直ぐ見つめた。 小さい頃から可愛く、美しく、純真で優しい女の子だった…
だが、たったひとりの男の存在で浮江がこうも変わってしまうのか…と嘆いた…

浮江は目をキッと吊り上げ私を睨みつけ、下唇を噛み決意を固めた表情を見せつけ部屋を出る…
「あなた…」とお軽は私の腕を掴む…



一体…私はどうすればいいのだろうか… 誰にも相談出来ず、解決もできず、浮江は深い闇への不幸へと道を突き進んでしまう。

三郎君…君は… 君が…  君と初めて出会った時の誠実で真面目な三郎君は全て夢幻だったのか…


彼が何故…彼が何故豹変してしまったのだろうか…? 私は願う、彼が誠実で真面目な青年へ戻る事を…



そして浮江の幸せを―――…


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