華5【星に願いを編】
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127 :華 :2007/04/12(木) 20:52:03 ID:SSsIym1D
【星に願いを編】
シャァアァァアアァァアア…乾式クラッチから奏でる独特のサウンドがPOPモータースの前でエンジン音と共に静まる。
「こんにちは〜」小柄な青年はドアを開けながら奥で作業する田中に聞こえる様に大きな声で挨拶をした。
「おぉ〜 堀川君、どうだい?ガンマの調子は?」奥の作業場から汗だくになった田中がタオルで汗を拭きながらショールームへと現れた。
「ぜ〜んぜん、全く問題ないですよ。」笑顔で答える堀川。
「そうかい そいつは良かった。 どうだい?公道走り始めた感想は?」そう田中は微笑みながら堀川に聞く。
「公道は怖いですよ。サーキットが如何に安全か良くわかりましたよ。」と堀川は額に滲み出る汗を手で拭いながら答える。
「はははは、そりゃぁそうさ。」笑いながら田中が答えれば堀川は鼻の頭を擦る。
「それで新しいタイヤ届きましたか?」待ちきれんばかりの笑顔で堀川は質問すれば「あぁ、届いてるさ」と田中は答える。
「それじゃ!今日お願いできますか!?」と意気込んで聞くも田中は「ゴメンね 明後日お客さん二人納車でね。今日も他のお客さんの整備で手一杯さ」と申し訳無さそうに答える。
「そうですか… タイヤ交換いつ頃出来そうですか?」と額の汗を拭いながら聞く堀川。
「明日は臨時休業でね… 明後日の午後でいいかい?」と田中が聞けば堀川は嬉しそうに「お願いします!」と答える。
128 :華 :2007/04/12(木) 20:52:41 ID:SSsIym1D
「で、お父さん 向こうで元気してるのかい?」そう田中は堀川に聞けば「はい」と元気よく答える。
「勿体無かったね。いい成績残した所で、一番の理解者のお父さんが単身赴任だなんて…」と田中は残念そうに語る。
「仕方のない事ですよ。僕も母もわかってますから」そう堀川は答える。
「ふふ…随分物分りいいんだね?」と堀川を少しからかう様に田中は笑う。
「い、いえ…ぼ、僕はそんなつもりじゃ…」と言葉を慌てて返す堀川を見て田中は「ふふ、そういう所が物分りいいのさ」と更に笑う。
「自分にはわかるのさ、走り方で性格なんかもね 堀川君はマシンの物分りが早いのさ」と田中は笑顔で言葉を伝える。
「そ、そんな事は…」と答える堀川に「冗談さ」と笑って田中は答える。
「そうだ!この前の話の続き聞かせて下さいよ!ポップさんがマルセイユの海岸のほら穴で生活してた話の続き!」と堀川は目を輝かせて田中に言う。
「はははは、いいさ じゃぁ奥の作業場で仕事しながら話すけどいいかい?」と田中は堀川に言い聞かせる。
花子達の納車を迎える二日前、POPモータースでの出来事。
花子は平日は海鮮組にて受験勉強、土曜日はアルバイトをして過ごしていた。
そして土曜日、田中はハイエースで関越に乗り群馬県前橋市郊外の墓地へと姿を現す。
129 :華 :2007/04/12(木) 20:53:18 ID:SSsIym1D
田中は助手席に束ねられた純白の菊を手に持ち、慣れた足取りで一つの墓石へと足を運ぶ。早朝の朝霧の中、数羽のツバメ達が低く旋回し田中を横切る。
田中は墓石の前に立てば、既に菊の花束がひとつ添えられていた…
(え…?! じ、自分より早く来た人が居る…誰だろう…?)困惑しながらも、手に持つ純白の菊をそっと添えて線香を立てる。
空は朝から黒くどんよりとし、真夏の朝という割には少しばかり涼しい。
田中はキャップを脱ぎ、足元へ置く。そしてそっと手を合わせ目を閉じる…
(お久し振りです… お元気ですか? 自分は元気です… すみません…今年は一番に来れませんでした…)ゆっくりとそして深く墓石へ一礼をする。
(それと、今年から自分の店を始めました。 開店直前に父が他界し色々ありましたけども、自分は今も楽しくやってますよ…)
ザァァァ―――…
黒く覆われた空からは強い雨が降り始める。だが田中はジッと墓石の前で目を閉じ手を合わせる。
(そして先月、息子が産まれました。来年はココに妻と息子を連れて来ますよ…)
田中は一年の出来事を墓石に報告するかの様に一つ一つゆっくりと天へと念じる。
ザァァァ―――…
雨は強く強く降り注ぐ。 そしてピシャッ…ピシャッ…と小さい足音だが力強い音を立ててゆっくりと田中に歩み寄ってきた。
130 :華 :2007/04/12(木) 20:53:53 ID:SSsIym1D
「風邪…ひくぞ…ポップ…」傘を差したイナダモータースのイナダが田中を傘の中に入れる。
「お!親方…」驚いた表情をし田中はイナダへ会釈をした。
「やっぱり…おめぇだったか…」そうイナダは細く呟く。
「………」田中は再び墓石を眺め目を閉じる…
「あの二人がな… 数年前に言ってたよ。 毎年必ず俺達より早く花が一つ添えられてる…ってな…」イナダはそう田中に言葉を伝える…
「開店祝いの時によ… まさかと思っててな…」とイナダは更に言葉を添えた。
「イナダモータースで…」と田中が声を小さく出すと「ん?」とイナダは耳を傾ける。
「イナダモータースで働いていた頃… 出来るだけその事を言いたくなかったんですよ…あの人達だって辛いでしょう…」と田中は答える。
「………」イナダは黙って田中の話を聞く。
「自分も辛いんですよ… だから…ずっと黙っていたんです… みんな辛いんですよ…」田中の頬から熱い雨粒が弧を描く。
「俺も毎年ココに来てるんだよ。 そして思い出してるんだ」とイナダは言う。
「それじゃ…この菊は…」と田中が聞けば「そうだ」と答える。
ザァァァ―――…
二人は再び墓石に手を合わせ始める。
(鈴木さんや これがあの時のひよこの田中だよ…)そう念じて目を開く。
そして田中の背中を見ては鼻の下を左手の人差し指でスッと擦る。
(へっ!ひよこがでかくなりやがってよっ! でもよ、鈴木さんや こいつぁいいメカニックになって帰ってきた。)
(だからよ、こいつの事、みんなの事、そっと見守ってやって欲しい。)天へと届けと思う気持ちでイナダは墓石を眺める。
131 :華 :2007/04/12(木) 20:54:28 ID:SSsIym1D
一時的な雨だったのか、いつしか雨は止み、雲の隙間から太陽の光が差し込んでくる。
少しずつ…少しずつ気温は上がり始め、蝉が鳴き始めていた。
「ポップ…おめぇ今日車か?」とイナダが聞くと「えぇ、車ですよ」と答える。
「すまねぇが、帰り送ってもらっていいか?電車とタクシーでここまで来ててな」とイナダが言えば田中は「はい」と答える。
二人は墓石へ別れを告げ、田中とイナダはハイエースで関越道を東京方面へと車を走らせる。
埼玉へ入れば路面は濡れておらず乾いており、上へ上へと太陽が昇り、直射日光が車内に差し込む。
「ポップ… 店はどうだ?うまくいってんのか?」と外の景色を眺めながらイナダは運転席の田中に問う。
「えぇ 少しずつですけど」と答えれば「そうか」とイナダは答える。
「息子さん達、元気でやってますか?」と田中は高速道路のセンターラインを眺めながらイナダに聞く。
「へっ、ったくよ!最近出入りしてる二十歳に満たねぇ娘っ子に全員鼻の下伸ばしてやがらぁ!」とイナダは言う。
「はははは、いい雰囲気じゃないですか」と田中は笑う。
「ったく…ちったぁしっかりしてもらいてぇよっ!」といつもの調子でイナダは苦笑いをする。
「ロブは元気してんのか?」とイナダはまた田中に問う。
「えぇ、この前エアメール来ましたよ。相変わらずお元気ですよ、ウチの監督は」と笑いながら答え「そうか」と外の景色を見ながら答える。
そんな姿を田中が覗き込めば、イナダの口元が緩んでいた事に同じく口元が緩む。
132 :華 :2007/04/12(木) 20:55:10 ID:SSsIym1D
「ポップ…鈴木さんは死んじゃいねぇよ」突然イナダは田中に言う。「えっ!?」と驚いた表情で景色を眺めるイナダを一瞬見る。
「本当にな… 本当に人が死ぬってのはな その人の事を誰も思い返す事がなくなった時、人は初めて死ぬんだよ」とイナダは言う。
「えぇ、鈴木さんは死んでないですよ。ずっと…」田中はその言葉に納得した。
「ふふふ」と田中が笑えばイナダは「なんだ?ポップ、気色わりぃな!」とイナダは言う。
「意外と親方って詩人なんですね。」と少しばかりイナダをからかう。
「バカヤロッ! 難物みてぇなすだれ頭と一緒にすんじゃねぇ!」と笑いながら田中に言い聞かせる。
そんなイナダの姿を見て田中は大笑いした。
二人を乗せたハイエースは世田谷へと向かい、田中はイナダモータース近くの路地でイナダを降ろしては挨拶をし自宅へと帰った。
東京熱帯夜が世田谷を襲う。蒸し暑い夜を迎えるも花子達は興奮冷め切らず、まだか?まだか?と布団の中で待ちわびては眠りに付く。
そして二人が待ちに待った日曜日。天気は晴天。日差しが差し込むPOPモータースへと開店直後に二人はやってきた。
516 :華:2007/05/22(火) 22:26:47 ID:Ir157bvw
日差しが差し込むPOPモータースへ私は汗だくになりながらお店へと駆け込んだ。
私が一番だ!と意気込んで「おはようございますっ!」と豚鼻から蒸気機関車の様な力強い鼻息を撒き散らしながらポップさんへ挨拶をした。
だが、待ちきれなかったのは私だけではない。 既に早川さんが奥の作業場でTDRを我が子の様に可愛がりながら、まだ汚れてもいない車輌を磨いて私を待っていた。
「は、早川さん…は、はやいっ!」目を輝かせてTDRを磨く早川さんを見てスグに声を出した。
「うふふ、だって〜 早く乗りたくってっ!」異常なまでのテンションの見せ付けられ思わず笑ってしまった。
「花ちゃん、昨日寝れた〜?」と手を止めることなく笑顔で私に聞いてきた。
「うん、早く乗りたくなっちゃって でも気付いたら寝ちゃってた」と額の汗を拭いながら答えた。
「私も興奮しちゃって でもちゃんと寝れたよ〜」と嬉しそうに答える早川さんを見て私も嬉しくなった。
ドッドッドッドッ―… ヴァルン―… 歯切れの良い空冷OHC単気筒が店先でピタリと止まった。
「あ、翁だっ!」早川さんはSRX独特のサウンドでスグに翁だと気付きショールームへひょいと身を乗り出した。
徐々に気温が上がり始め、日差しは更に強くなる。だが、翁は私を助けてくれたあの日と変わらぬ姿でショールームへと一歩、一歩と歩き出す。
あの時と変わらぬレザーのギュッ、ギュッという音と共に。
シンプソンのミラーシールドを開き、いつもと変わらぬ優しい瞳で「早いね、お二人さん」そう言いながら大きなドラムバッグを床に置き、ヘルメットを脱ぎ出した。
「おはようございます。今日から宜しくお願いします」と二人で挨拶をすれば優しく微笑む。
517 :華:2007/05/22(火) 22:27:32 ID:Ir157bvw
「おはよう、二人共。昨日は寝れたかな?」と聞く翁の言葉に口元でクスッと二人共笑いながら「良く寝れましたよ」と私達は答えた。
「そうか、結構、結構」と両手を腰に付けて笑い出す。
「今日から二人の事、お願いします。」そうポップさんはキャップを脱いで一礼する。
「ふふふ、ポップ君 二人にちゃんと交通社会を教えるさ」そうポップさんへ言い出した。
「さて、二人共 早速公道をこれから走る訳だけども、ヘルメットやジャケットそしてグローブは持っているかな?」と翁は私達に聞いてきた。
「あっ!!ヘ、ヘルメット…!!」と私が咄嗟に言葉を出せば早川さんも「ああっ!」と声を出した。
「はっはっはっは!免許とバイクに夢中になりすぎてライディングギアを忘れるとはね」と苦笑いしながら翁は私達をからかう。
「ほ、本当かい?二人共? てっきり一式揃えているものかと…」とポップさんも苦笑いしながら笑い出した。
「浦野君がね、よく二人の会話を聞いてる時にライディングギアの話が出てこなかったと言っていたものでね まさかと思って用意したんだよ」
そう言いながら足元に置いたドラムバックを開いて白バイ隊員の様なジェットヘルメットを二つと革のグローブを2つ私達へ手渡した。
「あぁ〜ん… TDRに夢中になりすぎてヘルメットとグローブ忘れるなんて…」と早川さんは恥かしそうに言い出した。
「ホントね…免許取るのとバイクに夢中になりすぎたわ…」と私も同じく恥かしくなった。
「そのヘルメットとグローブはウキエのお古だがね。」と私達に説明し出した。
「えっ!!ウキエさんバイク乗るんですかっ?」とあまりにも唐突に言い出す翁に驚いて私は声を張り上げてしまった。
「はっはっは、ウキエは都内の白バイ隊員だよ。」と笑いながら翁は答える。
聞く所によれば短大卒業後に警察学校へと進み、今は新米白バイ隊員として都内を巡回しているそうだ。
いずれは神奈川へ移動を要請するらしいが、それが何故なのかは今の私達には分かる筈も無い。
518 :華:2007/05/22(火) 22:28:17 ID:Ir157bvw
「そういえば、翁は…この真夏にその黒の革ジャン…暑くないのですか?」と私は翁に質問した。
「もう歳だからね。体を冷やさないようにしているのだよ」と本当なのか?嘘なのか?そんな誤魔化したかの様な顔をしながら答えた。
「さっ!二人共、ヘルメットとグローブはめて思うままに行くがいいさ」とポップさんはポンと私達の背中を掌で押す。
「それでは、二人のライディングギアを買いに上野バイク街へ行くとするか」と翁は何やら嬉しそうに言い出す。
「いいですね。二人に似合ったモノを選んであげて下さい」そうポップさんはタオルで顔の汗を拭い、私達の車輌を外へと運び出した。
これから私の愛機となるNSR250Rを私は眺めた。 空は雲ひとつ無い青空へアンダーカウルからテールカウルへ突き刺す3本のラインが眩しい。
「ふむ、ポップ君 あの88は残してあるのかな?」そうポップさんに問う。
「ええ、クロスミッションと軽量フライホイールはそのまま残してあります。リミッターも解除されてますよ」とポップさんは答える。
その意味がまだ私にはわからなかった…
その内に秘めた『求めれば応える獣』が私の血を沸騰させ『花』から『華』へと昇華させるにはまだまだ先の事になる。
「彼の娘だ。女の子だし身を削るような事はせんだろう」そう翁はポップさんに小声で言ったが私には何て言ったのかメイン通りから聞こえるトラックの音でよく聞こえなかった。
「大丈夫ですよ。 マシンが人を選んだ… ですよね?」とポップさんは翁をからかう。
「はっはっはっ! それを信じない人間が『大丈夫』かな?」と意地悪する様な顔でポップさんをからかっては二人は大笑いしだした。
519 :華:2007/05/22(火) 22:29:08 ID:Ir157bvw
私達はヘルメットとグローブをはめ、キーを回しキックをしてエンジンに火を入れる。それを見て翁もセルを回す。
2stのサウンドと単気筒のサウンドが心地良く織り交ざる。
「二人共、ゆっくりでいい。ゆっくり発進して確実にシフトアップさせていくんだ。シフトアップ後にいきなりアクセル回さない様に気をつけて」と大きな声で私達にポップさんは説明する。
翁はカシャンとミラーシールドを降ろし、ゆっくりと進み出して「よし、行こうか!」と声を出した。
私達は声を揃えて「はいっ!」と答えニュートラルから1速へ入れ、ゆっくりクラッチレバーを開き始めた。
ポップさんが店先で私達を見送るのが左ミラーから見える。翁がポップさんへサムアップしポップさんもサムアップで返す。
それを見た早川さんも真似てサムアップをポップさんへ贈る。
そんな姿を見て笑いながら私もポップさんへサムアップして私達はゆっくりと、今ポップモータースから走り始めた。
これから翁の厳しくも優しい交通社会の事や危険予測、そしてバイクの乗り方を時間を掛けてゆっくり…ゆっくりと確実に叩き込まれる。
そしてバイクの『本当の楽しさ』をこれから私達はこの人から教えられる事になる。
575 :華:2007/05/28(月) 21:08:17 ID:dD/MCjkf
出発してから朝日ヶ丘駅から伸びるメイン通りに入り翁は私達をゆっくりと先導する。
私はてっきり環八に入り、そこから大きな通りを使って上野まで向かうものだと思っていたが、予想を遥かに越えた道を選び始めた。
というのも、私達3人がPOPモータースを出発したのが午前11時前だが、上野バイク街に到着したのは午後2時前になったからだ。
翁は大きな道を使用せず、わざと私達を細い道や視界の悪い場所、都内に入り乱れる複雑な交差点などをゆっくり走る。
「さて、二人共 ここの交差点だけどもね…」と翁は複雑交差点に差し掛かれば、そこに潜む危険性を丁寧に私達に教えてくれた。
時には冗談交じりの事を言いながらも一時停止を守る事や左右確認をする事などを教えてくれた。
早川さんが驚いていたのが駐車されているトラックを追い越す時、その前方に死角となる部分に人がいるという翁の指摘には心底驚いていた。
「あ、危なかった〜 わ、私一人だったら絶対進んでた…」と早川さんは驚きを隠せなかった様だ。
「そうだね。 こういう状況もありえるのが交通社会なんだよ。」と翁は一度エンジンを切って私達に説明し出した。
「教習所では本ばかりだったから解らなかったけども…実際はもの凄く怖いのですね。」と私は翁に言葉を返した。
「特に気を付けたいのは自分の通る道の近くに学校やスーパーがある事だね」と翁は言う。
「えっ?学校は分かる気がします。子供の飛び出し…ですよね? でもどうしてスーパーなのですか?」と早川さんは翁に質問した。
「ふふふ、それじゃ実際にこの近くにあるスーパーの近くに行ってみようか。」そう言いながら再びエンジンに火を入れ進み出した。
576 :華:2007/05/28(月) 21:08:59 ID:dD/MCjkf
200m程進んだ所で近所の主婦と思われる人達が自転車でスーパーに向かう様子が私の目に映り込んできた。
すると一台の自転車が特に確認もせずスーっと道を横断しスーパーに向かう光景が見えてきた。
翁は決して慌てる様子も見せず一時停止をし、手をスッと差し出して横断しようとした主婦に渡るようにと合図する。
再び私達は進み出してスーパーの駐輪場に一時駐車して翁の話を聞く。
「よくわかったかな?」と翁は自販機からアイスコーヒーを3つ取り出して私達に差し出した。
「さ、ノド渇いただろう?浦野君のコーヒーとまでいかないけどね。」と笑いながら私達にアイスコーヒーを手渡した。
「ありがとうございます。 スーパーの近くって意外と危険なんですね…思いもしませんでした…」早川さんは缶のプルタグを取りアイスコーヒーを口へ運んだ。
「そうね。いつも買い出しに行く時こんな感じだし… バイクに乗って初めて気付いたわ…」と私も予想外の事に驚いていた。
「お二人はバイクという乗り物が交通社会でどのような位置にあるか知っているかな?」冷たく冷えたアイスコーヒーを翁はグイッと飲む。
「交通社会での…位置…ですか?」と早川さんは困惑しながら翁の顔を覗く。
「う〜ん… 位置?」と私も困惑して翁の顔を覗く。
「バイクという乗り物はね、人を轢いてしまう事もあれば車に轢かれる事もある。そして車と違うのはボディーに守られていない事だよ。」
「転んでしまえば速度によっては怪我をするし、最悪の時は死亡事故にも繋がる。 楽しい乗り物ではあるが厳しい乗り物でもあるんだよ」
そう言いながらアイスコーヒーを飲み干して自販機の横に備え付けられた空き缶入れに缶を入れた。
577 :華:2007/05/28(月) 21:10:24 ID:dD/MCjkf
私は翁の言葉が教習所で教えられた事と同じ事なのに、現場でその状況を見せ付けられ、危険な状況を目の当たりにして本当に教習所で教えられた意味を理解した。
「わかるかな?お二人さん。バイクは楽しい乗り物だよ。だけどね、楽しいだけじゃ駄目なんだよ。」優しくも厳しい瞳で私達に語り掛ける。
「はい よくわかりました。」私と早川さんは声を出してアイスコーヒーを飲み干した。
「ふふふ、厳しい事ばかり言っているけども、交通ルールを守る事が被害者にも加害者にもならないし楽しくバイクに乗る事が出来るのだよ。」
「さて、もう少しでバイク街だね。君達にピッタリのライディングギアを探しに行こうか。」と嬉しそうに言いながら再び私達はバイクに乗り上野へと向かい出した。
翁の先導の下、私達は無事に上野バイク街に到着し、バイクを駐輪させてバイク街へと繰り出した。
様々なバイクが並べられたり社外品の部品が所狭しと並べられていたり、無数のヘルメットが一直線に並べられていたりと360度全てが二輪の世界だった。
「す、すごい…こ、これがバイク街?本で見たより凄い…」と私は素直な感想を口に出した。
「きゃぁ〜凄い凄い〜!花ちゃん アレ、アレ〜 すっごい綺麗なハ〜レ〜!!」と早川さんも落ち着かない様子だった。
「驚いたかな?お二人さん? さ、まずはヘルメットを探そうかな。」と慣れた足取りでAraiやSHOEIを取り扱う店舗へと足を運んだ。
「先ずは気に入ったものを色々被ってみるといいよ。」と翁は言う。
「あの?やっぱりフルフェイスの方が安全ですか?」と早川さんは翁に質問した。
578 :華:2007/05/28(月) 21:11:16 ID:dD/MCjkf
「そうだね。綺麗な顔に傷は付けたくないのでは?」と片目をパチッとウィンクさせて早川さんをからかう。
「んも〜、翁のい〜じ〜わ〜る〜!」と早川さんが言えば翁は大笑いした。
「私、この赤いヘルメットにしようかしら?」と私はAraiのヘルメットを手に取った。
「ほう、気に入ったのかな?どれ、被ってみなさい。」と笑顔で私に翁は薦めヘルメットを被ってみた。
「シールドを開けてごらん。」と翁は私に言えば、シールドを慣れない手付きで上へ開き、翁が「失礼」と言いながら私の肌の張り具合を見出した。
「花沢君、少しばかり大きいかもしれんね。フルフェイスは少々キツメの方が良い。」と言い出せば店員へもう1サイズ小さめを持ってくる様に指示した。
再び装着したフルフェイスは少々キツメだったが、私はこのヘルメットに決め早川さんも同じくヘルメットを決めたようだが…
「ねぇ?ねぇ?店員さん? この白のヘルメットだけどTDRと同じ青ってないの〜?」と瞳を輝かせて聞き出す。
「す、すみません… 青は無いのですよ…」と少し困った表情を見せながら丁重に答える店員さん。
「はっはっはっ!なかなかあの青はヘルメットではないかな。余裕が出来たら後日にでも塗装屋さんでお願いすのはどうだい?」と翁が提案した。
「なるほど〜!じゃぁ私、このAraiの白いフルフェイスに決めたっ!」と早川さんもヘルメットを決めた。
会計を済ませ翁は次に「お二人にプレゼントがあるから少し寄り道しよう」そう言いながら翁はバイク街の細い裏路地を進み出した。
人一人がやっと入れる位の細い裏路地の奥に「革の安光」と書かれた古臭い店に入り、テーブルには20代後半の女性が一人でカウンターに佇んでいた。
579 :華:2007/05/28(月) 21:12:11 ID:dD/MCjkf
「あれれ〜?翁さん、久し振り〜!今日は両手に花ですね〜」と二ヤッとからかいながら女性店主は店へと招き入れた。
「ふふふ、久し振りだね、二代目さん」そう言いながら翁は言葉を返す。
「今日はどうしたのです?随分若い子連れちゃいまして」またもや二ヤッと笑いながら翁に聞いてきた。
「彼女らはね。今日初めてバイクに乗り始めてね。君の所で彼女等にピッタリのグローブをと思ってね。」と翁は店内を見渡しながら女性店主に言う。
「なんだ、そういう事ですか。OK!OK! お二人さん、手を出してごらん」私達は女性店主の言われるままに手を差し伸べた。
暫く私達の手を触り、二組の黒い革グローブを取り出した。
「こっちがあなたで、こっちがあなたのね。きっと二人共動かしやすい筈だから、先ずは試してみなさい」そういいながら女性店主はタバコに火を付けた。
ギュッ!ギュッ!と音を鳴らしながらグローブをはめて、指を動かしてみるが驚いた事に違和感が無かった…
失礼かもしれないが、ウキエさんのお古のグローブよりもずっと動かしやすく手に馴染む感触が心地良かった。
どうやら早川さんも声は出さなかったが顔を見る限り私と同じ事を思っている顔つきだった。
「ふふふ、すごいだろう?彼女は若いけども革製品のプロフェッショナルなのだよ。」と驚く私達に翁は嬉しそうに言う。
「す、凄い…こんなに手に馴染むなんて… あ、も、もしかして翁もここで?」と早川さんが聞く。
「そういう事だね。私はこのお店との付き合いは古くてね。先代からの仲さ。」と自分の革ジャンをポンと椿のワッペンが縫い付けられた右手のグローブで叩きながら笑う。
そんな翁の椿のワッペンを見て何か言いたそうな女性店主が気になったが、彼女はタバコの煙をフゥーと吹かして灰皿に灰をポンと捨てる。
「そのグローブは私からのプレゼントだよ。お二人もこれからは交通社会の一員だ。」と嬉しそうにそして優しい目で腕を組みながら笑う翁。
「あ、ありがとうございます。」と私達は深々とお辞儀をして店を出た。
580 :華:2007/05/28(月) 21:13:04 ID:dD/MCjkf
私と早川さんが店先へ出ると翁は店内で女性店主と話しているのが見えた。私達をチラッと見て「すぐ行くよ」と言い、再び女性店主と話し出した。
「……まだワッペン付けてるんですね…」女性店主は髪をかき上げ目を下に向け翁に問う。
「まだ…か… 私は伝え続けているだけだよ」少し疲れた顔で翁が答える。
数秒の沈黙が続く――
「あまりご無理なさらないで下さい。」深く一礼をして翁を見送る女性店主。
「覚えておくよ。」そう言いながらシンプソンのヘルメットを掲げ外へと出る翁。
「待たせてすまないね。 さぁ、お腹すいただろう?何か食べに行こうか?」私達の背中をポンと押して私達は歩き出した。
その後、私達は食事をしてウェアを選び、バイク街での用事を全て終え一時的にお借りしたヘルメットとグローブをPOPモータース宛に荷物をまとめ運送便で送った。
時間もまだあるという事で翁は「海でも眺めに行ってみるかな?」と提案し私達も賛成した。
新しいヘルメットに手に良く馴染む革のグローブ、そしてウェア。 なんだかライダーらしくなった自分に少し照れ臭かったが嬉しくもあった。
そんな私達の最初のツーリングは驚きもあり楽しくもあり、初めての交通社会に怖がりながらも充実した時間を過ごしていた。
そして、私は何故早川さんがバイクに乗ろうと思い立ったのかという理由を夕日の沈む海を見ながら彼女から聞かされる事になる。
翁を先頭に私達は開発途中の江東区埋立地付近への海へと向かい出した。陽は徐々に落ち始め空は青とオレンジが綺麗に重なり合っていた。
735 :華:2007/06/06(水) 01:38:53 ID:rqHYadSW
「ここら辺で休憩しようか?」そう言いながら翁はヘルメットのシールドをあげる。
私達は88とTDRを並べて海を眺めながら、ちょこんと地べたに座りだした。
「そこで少し待っててくれるかな?」再びシールドを下げて翁は缶コーヒーを買いに走り出してしまった。
「バイクって凄いわね。私、東京のこっちまで来るの初めてだわ」私は夕日を眺める早川さんに言った。
「ホントねぇ…ホントにバイクって凄いわ」少し寂しげな表情を見せる早川さんに私は「どうしたの?」と顔を覗いた。
「ちょうど一年前の今頃だったかなぁ…夕日が眩しくって」と寂しげな顔をしながら話す早川さんを見て私は少し考えてしまった。
いつも何か事があれば早川さんは必ず私の話を聞いてくれた。そして親身になってアドバイスしてくれたり励ましてくれた。
今度は私の番だ。そう思い私は早川さんに「私でよければ…聞くよ。」と早川さんの瞳を見つめて笑顔で言った。
「ありがとう、花ちゃん…あのね…私一年前に…」
――早川は花子に一年前の出来事を語り出した――
736 :華:2007/06/06(水) 01:40:13 ID:rqHYadSW
一年前の夏。 早川は一人の男性に恋をしていた。正確には「恋」ではなく「憧れ」なのだが、若い彼女にはまだわからなかった。
「えっ!…そ、そう…です…か… ご、ごめんなさい…し、失礼します…」早川は今にも泣きそうな声でその場を立ち去る。
その男性というのは近所に住む大学生の男性で、よく早川に勉強やら様々な話をしてあげていた。
なんでも知っているその男性に早川は強烈に憧れ始め、早川にとって尊敬出来る男性であった。
そして一年前の夏、早川は勇気を出して交際を申し込むも、その男性は遠距離ながらも大切な人が居るという事を告げられ、その場を立ち去っていた。
まだまだ恋少ない早川にはショックは大きく、ただフラフラと朝日ヶ丘の駅前を呆然としながら歩くことしか出来なかった。
早川は頭の中で「大切な人が居る」というセリフが延々と繰り返される様に流れ、駅前交差点の歩行者信号が赤にも関わらず涙を浮かべて歩き出してしまった。
虚しく歩くその姿をオレンジ色の夕陽が早川には眩しすぎた…
キキー!!
「バカヤロゥ!死にてぇのか?!」大きなバイクに跨る一人の男が早川に怒鳴りつけた。
だが、そんな怒鳴り声ですら今の早川にはうわの空で、ただただ涙を浮かべているだけだった。
バイクの男はそんな早川の様子を見て、ただ事じゃない事に気付いた。
(こりゃ、とんでもない子猫に捕まっちまったな…)バイクの男は早川を安全な所に誘導し始めた。
737 :華:2007/06/06(水) 01:40:59 ID:rqHYadSW
「お嬢さん、何があったか知らないけど… まず…涙…拭こうか」そう言いながらバイクの男は早川にハンカチを手渡した。
バイクの男は大きなバイクを移動させてヘルメットをズボッと脱ぐ。座り込む早川の顔を見ては困った表情を浮かべながら話し出した。
「お嬢さん、恋の…悩み そうだろう?」そう言いながら男はハイライトに火を付け白煙をフゥーと優しく上へ吹いた。
早川は見ず知らずのバイクの男に何故か優しく包まれた感情を抱き、頭を下へコクンとおろした。
「お嬢さんはその人の事、本当に好きかい?本当に好きなら悩むんだ。悩んで苦しんで恋するものさ」そうバイクの男は言い出した。
早川はチラッとバイクの男の顔を見上げるが、夕陽が眩しすぎて男の顔がハッキリと見えなかった。
「恋と愛の違いってお嬢さん、わかるかな?」そうバイクの男は早川に言い出した。
若い早川にはまだまだ難しすぎる質問だった。当然早川はバイクの男が言う「恋と愛」の違いがハッキリわからず首を横に振った。
「恋は人を想う 愛は大切な人を守る 俺はそう考えてるんだけどな。ちょっと難しいか…一概には言えないけどね」
バイクの男は少し照れ臭そうに頭を掻きながら答えた。
「お嬢さんはどっちなんだい?」そう早川に質問してきたが、早川には答えることが出来なかった。
(ふぅ…こりゃ相当だな…)バイクの男は腰に手をあてた。
「お嬢さん、よかったらおじさん話聞くよ」優しくバイクの男は声をかけた。そして早川はうっすらと涙を浮かべながら顔の見えないバイクの男に経緯を話した。
738 :華:2007/06/06(水) 01:41:44 ID:rqHYadSW
「そうか… それはショックだね…だけどおじさん一つだけわかった事があるよ」と早川に言う。早川はバイクの男の顔を覗き込んだ。
「きっとお嬢さんはその人の事、憧れていたんだよ。厳しい言い方かもしれないけど、恋は憧れだけじゃ駄目さ。」ポンと早川の頭に手をのせて優しく撫でた。
「憧れだけじゃ愛にはなれない… ちょっと難しいけど、たくさん恋すればわかるさ。ま、おじさん偉そうに言っているけど大して恋してないけどね」
そう言いながらバイクの男は苦笑いしながらハイライトの煙を吐き出す。
「本当に人を好きになると、そりゃぁ苦しいものさ。苦しくて悩んで、そして初めてその人の事を大切に想う」
「大切に想い出したら…ふふ…そこからはおじさんからの宿題…かな?」そうバイクの男は照れ臭そうに言い出した。
早川の心の中でモヤモヤしていたものがスゥーっと晴れていく。
「さ、おじさんは友人を待たせててね。そろそろ行くよ。元気だしてな」そう言いながらバイクの男は夕陽を浴びる大きなバイクに跨り出した。
早川は夕陽が眩しい中、バイクの男に「あ、あの!ハ、ハンカチ!あ、洗って返しますので…」とバイクの男に必至に言う。
「いいさ。そのハンカチたくさん持っててね。よかったらあげるよ。それじゃぁ元気だしてね」シールドをカシャンとおろして風の様に去ってゆく…
――早川は一年前の事を花子に話し終えた――
739 :華:2007/06/06(水) 01:42:32 ID:rqHYadSW
「素敵な方ね。優しい人に早川さん出会ったんだね」と私はこの話を聞いて翁に助けられた時の事を思い出した。
「うん、顔はハッキリ見えなかったけど、唇が大きかったのは憶えてるんだ。」そういいながら早川は一枚のハンカチを取り出した。
「これがその時のハンカチなんだぁ」パッと広げれば、そのハンカチには『江戸前 男前』の文字と何かを象った絵が描かれていた。
(す、すごいセンスのハンカチね…)私は心の中でそう考えてしまった。
「この『うなぎ』すっごく可愛くって!」と早川さんが言う。
「そ、そうね…」私にはそれしか言えなかった…
「でね、その人のバイク乗ってる姿見てカッコイイなぁ〜って思っちゃってね。単純だけど私も乗ろう!って思ったの。」と嬉しそうに早川さんが言う。
私は早川さんに笑顔が戻って良かったと思った。
「そういえば、その人のバイク何だったの?」と私は早川さんに聞いてみた。
「KATANAだよ。特徴的だもん。」確信した表情で早川さんは答えた。
トットットットッ… 翁が缶コーヒーを持って私達の所に戻ってきた。
「花ちゃん今の話、二人の秘密だからね!」と早川さんはハンカチをしまいながら私に言っては「うん」と私も答えた。
「いやいや、待たせてしまったね。」缶コーヒーを私達に手渡して夕陽を見ながら私達3人は暫し雑談し始めた。
740 :華:2007/06/06(水) 01:43:18 ID:rqHYadSW
初めてのツーリングはそれは楽しくて、バイクに乗って休憩してみんなで話して…ただ、ただそれだけなのに楽しすぎるあまり気がつけば陽が沈んでいた…
「む、もうこんな時間か…はっはっはっ!楽しい時間はすぐに過ぎてしまうね」翁は笑いながら言い出す。
「そろそろ、帰りましょうか」と早川さんが言えば翁は「そしたらいきなりだけども首都高で帰ってみようか」と提案してきた。
「えっ!えぇー!!い、いきなりですかっ!?」と私達は驚いた。
「大丈夫さ、ゆっくり走ろう。意外と周りはスピード出していないものさ」と翁は言う。
その後、翁から首都高を走る上で注意事項を聞き、私達はゆっくりながらも二輪乗車初日で首都高に乗り朝日ヶ丘まで帰る事にしてみた。
近くの首都高入口から料金を支払い私達は首都高を走り出した。思っていたほど交通量は多くなく、翁は50〜60km程のゆっくりした速度で周りに迷惑の掛からないように先導し始めた。
そして私達3人がC1へ合流し世田谷方面へと向かう途中、電光石火で3台のバイクが走り抜けていった…
先頭を突き抜けていったのはNSR250R−SPロスマンズカラー、そのロスマンズに寄り添う様にTZR250Rが私達を追い越し斜線から白煙を巻き上げ過ぎ去ってゆく。
そして数秒遅れてGSX400Sが身を伏せながら前の二台を追う様に過ぎ去っていった…
「な、なんてスピードなの…」私は3台のバイクの走り抜けるスピードに驚いた。
ただ、私はまだ知らなかった… この時過ぎ去ったTZR250Rの乗り手が『大空かおり』だった事を…
そして…もしかしたら私とかおりの運命の歯車はこの瞬間から動き出していたのかもしれない…
――花子達が無事帰宅する頃、都内某PAで3台のバイクの乗り手が雑談をしていた――
816 :華:2007/06/14(木) 20:39:11 ID:a1FDge79
「お〜い!磯野〜!」ヘルメットを左手に持ちながら中嶋ひろしは磯野カツオと大空かおりの元へ駆け寄る。
「遅せぇぞ!中嶋〜」冷やかしながら磯野は笑って中嶋を迎える。
「明日から受験までの間、バイク封印だからって飛ばし過ぎだよ!磯野〜」胸のポケットからハイライトのソフトケースを取り出す中嶋。
「それでも喰らい付いて来るのお前位だぜ? よく言うよ」満更でもない笑みを浮かべる。
「それで中嶋君、何かわかったの?」と大空は中嶋に問う。だが中嶋は両手を広げ肩をすくめて「さっきそこの人に聞いてみたけど…さっぱり…」と中嶋は答える。
「なぁ?磯野〜?見間違えじゃないのか〜? 大体10年前のバイクだぜ?RZなんて…」と中嶋はハイライトに火をつけながら聞いた。
「そうよカツオ あなたとロスマンズが簡単に抜かれるわけ無いじゃない」大空もカツオに聞いた。
「いや…本当だよ…追越から一気に行かれたんだ…クソッ!」悔しそうに磯野は言う。
「そんなロートルなバイクに新式が抜かれる訳無いじゃない ロートルは嫌いよ!」大空は磯野を慰めるかのように肩に手を添えて言う。
(ふぅ…いつもながら見せ付けれくれるよ)中嶋は大きくハイライトの煙を吸い込む。
817 :華:2007/06/14(木) 20:39:57 ID:a1FDge79
「白の…白のジャケットの左肩に…」そう言い掛ける磯野に中嶋は「どうした?磯野?」と問う。
「白のジャケットの左肩に【坊】って刺繍されてたよ…忘れもしねぇ…」ギュッと拳を握って磯野は言い出した。
「【坊】ねぇ… 大体、RZに白のジャケットなんて目立ちまくりだから少しは情報あってもいいんじゃないか?」中嶋は自分のGSX400Sを眺めながら言い放った。
「ねぇ?今日くらいその事忘れて思いっきり走りましょうよ! 明日から受験勉強でしょ?私と同じ大学行くんじゃなかったの?」大空は言う。
「そうだよ磯野 明日から受験勉強なんだからさ 今日は思いっきり走ろうぜ?付き合うよ」中嶋も磯野に言った。
「チェーッ!大学推薦固い奴に言われちまうなんてね」いつもの皮肉めいた中嶋への言葉を言えば中嶋もやっといつもの磯野に戻ったな、と安心した。
「そういや、途中に変なの3台居たな なんだったんだ?あの3台?」磯野は思い出したかの様にふと言い出した。
「あぁ〜居た居た!一番前がSRXで次がTDR最後がNSRだろ?」中嶋は煙草の灰を灰皿に捨てながら磯野に言った。
「あの丸っこいNSRなんなの?」不思議そうに大空は磯野に言う。
「あぁ、かおり アレは88(ハチハチ)88年式のNSRだよ」磯野は大空の頭を撫でながら優しく言う。
「私ロートルなバイクは嫌いよ!88年なんて古すぎよ やっぱりカツオのロスマンズが一番よ」大空はツンとした表情でカツオの胸に頭を沈め込んだ。
「ははははは そう言うなよ、かおり 同じNSRなんだからさ」と磯野は寄り添う大空を優しく包んだ。
818 :華:2007/06/14(木) 20:40:43 ID:a1FDge79
「それで中嶋、本当にやるのか?」磯野は中嶋に真剣な眼差しで聞けば「あぁ…」と静かに答える。
「金どうするんだ?あれからバイトなんてしてないしさ」と磯野は心配そうに中嶋に聞く。
「あぁ、ドルさ 手元にいくらかあるからそれでなんとかしようとね」そう中嶋は答える。
「チェーッ、全国模試1位の奴は考える事が違うよな」からかいながらも冷やかして磯野は中嶋を見る。
「まぁそう言うなよ。磯野が受験勉強している間にカタナの改造と修行に行って来るからさ。春にまた走りに行こうぜ?」と磯野を宥める。
「あ、カツオさ〜ん!お久し振りです〜!そうそう例のRZの奴ですけど先週ウチの…」と一人の男が磯野に駆け寄る。
「か、か、か、かおりさんっ!こ、これっ!あ、あ、あ、あ…の プレゼントです!受け取って下さいっ!」両手でプレゼントを差し出す男達がワラワラとやってくる。
(ホント彼氏が目の前に居るのにこいつらもよくやる…)そう思っている内に中嶋へ同じGSX400S乗りやGSX250S乗りの仲間が駆け寄ってくる。
「中嶋さん!お久し振りです!あ、あの!ちょっと自分の調子悪くて…」そう答える同じGSX400Sの仲間の言葉に「ちょっと見せてご覧。」手馴れた手付きで面倒を見始める。
彼ら3人がPAに現れれば同世代のバイク乗りから磯野・大空・中嶋は憧れの存在へとなり始めていた…
そして来年の春には3人が各々に変わり始め、彼らは首都高に名を刻み始める。
819 :華:2007/06/14(木) 20:41:29 ID:a1FDge79
磯野カツオは威風堂々とした風貌と威圧感を持ち合わせながらも、首都高を走る同世代のライダー達の面倒見が良く、圧倒的かつ安定的な走りで同世代のライダーからカリスマ的存在へと変貌してゆく。
そして誇らしく、気高く輝くロスマンズに威風堂々と跨る彼を人はいつからか【皇帝・磯野カツオ】とまで言わしめる。
大空かおりは少女から女性へと変わる美しさと持って生まれた美貌で、猛烈に男性ライダーからの支持を得る。大学入学後は「かおり親衛隊」なる、磯野カツオ公認の取り巻きが出来てしまう程の人気がでる。
磯野カツオの天性的な走りに付いて行けるそのスマートな走りが女性ライダーからも支持され、彼女もまた首都高のカリスマへと変貌する。そして【女帝・大空かおり】が君臨する事になる。
中嶋ひろしは磯野と大空が受験勉強に勤しむ中、一番最初に名を轟かせる事となる。これからの数ヶ月、彼は師と仰ぐ男性から愛機を限界まで軽量化しエンジンチューンを施す事になる。
妖刀をひっさげ北関東に埋もれる猛者共を次々と撃破しては、愛機も一つ一つ激戦を終え、外装に苦戦の傷跡を残してゆく。
そして彼は北関東の猛者共に首都高から来た傭兵【銀色の傭兵・中嶋ひろし】として名を轟かせ同世代のGSX400S乗り達から熱烈な支持を得て彼もまた一人のカリスマと化してゆく。
彼らが首都高に名を轟かせる事になるにつれ、また彼らも運命と言う名の歯車が動き出すことになる…
820 :華:2007/06/14(木) 20:42:17 ID:a1FDge79
「そうだ!磯野!お前っ!」中嶋は思い出した様に磯野に怒鳴り出した。
「どうした?中嶋〜?」あっけらかんとした表情で中嶋を見つめた。
「お前、ワカメちゃんに俺のベル番勝手に教えただろ!?」困った表情で磯野に言えば磯野は苦笑いする。
「いいじゃない ワカメちゃん高校じゃすごい人気なのよ?」大空は中嶋に言う。
「ちょっと待ってくれよ〜 2時間置きにメッセージきてみろよ…勘弁してくれ磯野…」中嶋は困り果てる。
「ワリィ、ワリィ中嶋… ワカメの奴、俺が父さんの盆栽割った事チクるって言うからさ…」と小声で言い出す。
「友達売るなよぉ〜!」と泣きそうな顔で中嶋が言えば胸元のベルが震える。「うわ…また来たよ…」更に泣きそうな顔をする。
「それだけ中嶋君の事好きなのよ」そう大空は中嶋をからかう。
「だってワカメちゃん、堀川君と付き合ってるんじゃないのか?」中嶋は二人に聞けば「別れたらしいよ」と磯野が答える。
「付き合っちゃえばいいじゃない?不満なの?」大空は中嶋に問う。
「俺は小便臭ぇ女は興味ないんだよっ!」ハイライトの煙を吐き出して中嶋は言う。
「おいおい、俺の妹だぜ?随分いってくれるじゃねぇか!」大笑いしながら磯野は腹を抱える。
「チェーッ!言ってくれるよ…」中嶋は磯野を見てそう言い放った。
「さ、もう一回りしましょ!明日になったら勉強なんだからカツオ!」頬に軽くキスをしてTZR250Rに跨る大空。
「そうだぜ?中嶋 気にすんなよ〜 意外といい女かもしれないぜ?」そう言いながら磯野はPAを颯爽と出発する。
「お〜い!磯野〜!待てよぉ〜!」ヘルメットを急いで被り中嶋もPAを出る。
まだまだ彼らは若い。だが来年の春、神の悪戯かの様に彼らも運命の歯車に翻弄される事になる…
899 :華:2007/06/24(日) 21:09:41 ID:BmqpUkTD
花子達の夏が過ぎ、秋の訪れと共に少しずつ日中の気温が下がり始める。
そんな秋深まる中、花子は平日は受験勉強。土曜日は海鮮組でのアルバイトを続け、日曜日には伊佐坂と早川の3名で都内の名所を少しずつ回っていた。
花子は定期的に田中へ88の定期点検を週に一度必ず行い、88も問題なくエンジンは動き車輌の状態は全く問題なかった。
そしてこの日は都内ツーリングを早めに切り上げ、3人は喫茶『珈琲・浦野』のカウンターでマスターの浦野を交え雑談をしていた。
「ここ数ヶ月でかなりの所を行ったわねぇ。」私はマスターお手製のフレンチトーストを頬張りながら今までのツーリングを思い返していた。
「そうねぇ。東京タワーに東京ドーム。羽田空港に浅草寺。皇居一周にオフィス街…まだまだあるわね。」ブルマンを口に運びながら早川さんは答えた。
「ふむ…翁 そろそろ気温も下がってきた事だし…行くかね?」マスターがコーヒーカップをキュキュッと拭いて音を鳴らしながら翁に言い出した。
「そうですな。そろそろ見頃かもしれませんね。浦野さん。」少しばかり嬉しそうな顔で翁はマスターに言葉を返した。
「え?何がですか?」早川さんは興味津々で二人に問い詰めた。私はやり取りを見ながらフレンチトーストを追加注文していた。
「ふふふ、いつもこの時期にね。浦野さんと出掛けているんだよ。そりゃぁ最高の所でね。」と翁はここで言葉を止めた。
「え?何処ですか?何があるんですか?」早川さんは身を乗り出して聞き出そうとしていた。
900 :華:2007/06/24(日) 21:11:51 ID:BmqpUkTD
「知りたいかい?早川君。」白髭を触りながらマスターが早川さんに言い出せば「うんうん!」と早川さんは答える。
「どうだい?翁。彼女達にも見せてあげては?良い経験だと思うけどね。」野太く低い声で翁に言う。
「ふむ…確かに良い経験かもしれませんな。 所々休憩挟めば無事到着出来そうだし、二人も徐々に運転に慣れてきてるからね。」そう言葉を返す翁。
「ねぇ?ねぇ?二人共!何処にいくつもりなの?」早川さんは気になって仕方が無いのかダダを捏ね始める。私はブルマンをグイッと飲み、アップルパイを追加した。
「長野じゃよ。早川君。」なにやら嬉しそうにマスターが答えれば「長野?長野に何があるんですか?」と早川さんが聞く。
「かっかっかっ!それは…」とマスターが言葉を止めれば「うんうん。」と早川さんはマスターの顔を覗き込む。
「秘密じゃよ。」笑顔で返すマスターに早川さんはカウンターに乗り出した体をズルっとすべらせる。「もう!いじわる!」いつもの調子で早川さんが言えば二人は大笑いする。
「よし、二人共。来週の土曜日の夕方にここにバイクで集まって長野に行ってみるかい?」翁がそう提案してきた。
「はい!行きます!行きます!ね?花ちゃん行くでしょ?」ポンと背中を叩かれ「グフォッ!グフォッ!」と咳き込みながら私は頷いた。
「って…花ちゃんフレンチトースト2枚も食べたの?」驚いた表情で早川さんが聞いてきた。
「だって美味しいんだもん…」下を向きながら私は答えた。
「よし、それじゃ来週の土曜日の夕方、ここで集まろう!厚着してくるようにね二人共。今の長野は寒いからね。」と翁が言えばマスターも「寒いからね。」と笑いながら言った。
901 :華:2007/06/24(日) 21:12:41 ID:BmqpUkTD
そして私は土曜日に海鮮組のアルバイトを夕方前に終わらせ急いで自宅へと戻った。
「父ちゃんただいま〜!」ガラガラっと店のドアを引いて「父ちゃん、今日伊佐坂先生と浦野さんと早川さんで長野に行くけども行ってもいい?」と聞いた。
「ほほぅ、あのお二人と? 長野か。ふふふ、行っておいで。」あっさりと了解してくれたのには驚いたが、父にお礼を言って庭から88を引っ張り出した。
「花子?何時くらいに帰ってくるんだ?」と父が聞けば「日曜日の夕方になるって伊佐坂先生言ってたわ。あ、食事…今何か作ろうか?父ちゃん」少し父が心配になった。
「ははははは、大丈夫だよ。行っておいで。父ちゃん何処かで食べてくるから。花子も美味しいもの食べてきなさい。」優しく父は気遣ってくれた。
「うん、ありがと 父ちゃん。準備出来たらすぐ出発するね。」私は大急ぎで準備し喫茶「珈琲・浦野」へと向かった。
POPモータースを横切り喫茶「珈琲・浦野」の前にはSRXとTDR、そして一際存在感のあるアメリカンが地に響くような重低音を響かせて私を待っていた。
「花ちゃ〜ん!」手を振りながら早川さんが私を迎える。
「えぇっ!こ、これマスターのバイク…なの?ハーレー乗ってるんだ!それにしても…凄い荷物の量ね…」インディアンとSRXに積み込まれた荷物を眺めて言い放った。
「ふふふ、私と同じ事言ってる、花ちゃん」笑いながら早川さんが私に言う。「え?ち、違うの?」と言えば早川さんが「これはね。インディアンってメーカーのバイクなんだって!」
「インディアン? 聞いたこと無いわ…」私は初めて聞く名に戸惑った。
902 :華:2007/06/24(日) 21:13:26 ID:BmqpUkTD
「かっかっかっ!知らなくて当然じゃよ!」いつもより張りのある野太く低い声で店のドアから黒ずくめのライダーが二人現れた。翁とマスターだ。
「インディアンはね二人共。アメリカでもっとも古いバイクメーカーでね。君達が生まれるもっと前に生産中止になったバイクなんだよ。」そうマスターは言う。
「えぇ?そ、そんなに古いバイクなんですか?!」私は驚きながらもマスターに答えれば「そろそろ50年モノの骨董品じゃよ」白髭を触りながら嬉しそうにインディアンを眺める。
「とても50年も前のバイクに見えないだろう?浦野君はこのバイクを大切にしているからね。」翁も嬉しそうに言葉を添える。
私達は暫くインディアンというバイクを眺め浦野さんから自慢のポイントを色々聞かされ、嬉しそうに話す浦野さんを見て自然と笑顔になっていた。
「さて、そろそろ出発しようか!」翁はグローブをギュッとはめ込めば浦野さんはバンダナを左腕にギュッと縛り「行こうか!翁。」と声をかける。
翁のSRXが先頭を走り、次に早川さんのTDR、そして私の88が続き、最後尾に浦野さんのインディアンの順で環八を練馬方面へと進み、関越道に乗り始めた。
そこから80km程の速度で関越を進み、最初の三芳PAで簡単な休憩を取り始めた。
「さて、お二人さん。ここからはちょっとスピード上げるけどいいかな?」そう翁が言えば私達は「はい!」と答えた。
903 :華:2007/06/24(日) 21:14:15 ID:BmqpUkTD
トイレ休憩後に同じ順番で走行し始め、スピードも120kmで巡航し始める。
「す、凄い…バイクって…こんなに速いの?」そしてまだまだアクセルに余裕のある88に私は驚いた…
「こ、この子…一体何キロ出るのかしら…」そんな疑問が出てしまったが、翁や早川さんの背中を見たり仕草を見ているだけで楽しくなり、いつしかその疑問も消え純粋に高速巡航を楽しんでいた。
三芳PAを出てから所々で休憩をたっぷり挟み、上越方面に向かい、出発から3時間弱で長野の某ICで私達は高速道路を降りた。
これから何が起こるのか?一体長野に何があるのか?すっかり辺りは夜となり薄気味悪さもあったが何故か心がドキドキしていた。
81 :華:2007/07/13(金) 22:31:10 ID:SQzorXpc
私達は翁先導のもと、徐々に山の奥へと進んでいた。
その山道は非常に暗く、88のライトと前を走るSRX、TDRのテールランプを頼りにゆっくりと山道を駆け上がって行く。
気が付けば道は森の奥深くへと続く一本道へと変わり始め、木製の電柱からの街灯が所々に設置されているのがわかった。
右も左も木々が生い茂り、道を大きく覆うように森のトンネルと化した道を私達は暫く進み始めた。
そしてアスファルトから砂利道へと変わり始めてまもなく一軒の古い民家が見え始め、うっすらと灯りがついているのが遠くから確認出来た。
翁はどうやらその古い民家へ向かっているようで、私は戸惑いながらも先導されるままに翁に付いて行った。
「ふぅ、到着だ。」カシャンとシールドを上げて私達に言ってはヘルメットを脱ぎ出した。
「え?…こ、ここですか?」私は翁に聞けば「ふふ、懐かしい人に会えるよ。」そう言ってSRXのエンジンを切り出した。
「さぁ二人共、行こうか。」インディアンに積み込んでいた大きな荷物をぶら下げ、野太く低い声で浦野さんは古い民家へと歩き出した。
私達は顔を見合わせて「懐かしい人??」と不思議に思いながらも民家の玄関へと向かった。
82 :華:2007/07/13(金) 22:32:02 ID:SQzorXpc
「やぁやぁ、よくおいでくださいましたダス。」小太りの30代後半の男が笑顔で玄関から顔を覗かせてきた。
「やぁ、大八君。元気してるかね?」翁は手荷物から東京のお土産を彼に手渡した。
「ありがとうございますダス。おぉ!花沢君に早川君、大きくなったダスなぁ〜」そう私達に愛嬌のある顔で玄関へ迎え入れてくれた。
「だ、大八さん!?い、伊佐坂先生んちの居候だった!?」私は思わず大声で驚いてしまった。
「だはははは そうダス。大八ダスよ。さぁ、上がって上がって。寒かったダスか?ウチのお風呂は温泉引いてるからゆっくり温まるといいダス。」
「えぇー!お、温泉?いいんですか?大八さん!!」早川さんは大八さんに食いつく様に聞けば「温まるダスよ〜。」と愛嬌のある笑顔で答える。
私と早川さんは順番に大八さんご自慢の温泉風呂へと入り、体を温めてから大八さんと久し振りの再会と雑談を楽しんでいた。
その間に翁と浦野さんも体を温めに温泉へ入り、体を休めたところで浦野さんが「そろそろ行こうか」と言い出した。
「えぇ?い、今から…ですか?」私は思わず口に出してしまったが同時に早川さんも「ここで泊まる…って事じゃないんですか?」と質問していた。
「はっはっはっはっ!そうだったね。まだ何も言っていなかったんだね。」と笑いながらも確信犯の様な笑顔で翁が笑う。
「そうだね。それなら最後まで言わないで連れて行けばもっと楽しいかもしれんね。」そう浦野さんが翁へ意地悪の提案をする。
「そういう事で二人共、厚着をして出発しようか。山道は夜目が利く浦野君が先に行くから離れないように付いて行ってくれるかな?」パイプに火を点して翁はニコッと笑う。
「え?も、もしかして山を登るんですか?」と私が聞けば浦野さんがグッと親指を立てて「さぁ!行こうか!」と笑う。
83 :華:2007/07/13(金) 22:34:01 ID:SQzorXpc
玄関先で準備をしてる時、浦野さんの大きな荷物に目が止まった。浦野さんは大きな荷物を持ち上げ様としていたが、私が片手でヒョイと持ち「私が運びます。」と言えば「いやいや、女の子にコレは持てんよ。」と浦野さんが言葉を返す。
私は肺に酸素を送り込み、血管から全身へ酸素を送り届け、大きな荷物をヒョイと片手で頭より上まで持ち上げ「海鮮組でバイトしてますから。」と笑顔で浦野さんへ言った。
「な、なんと…」驚いた表情で浦野さんは私の腕を見ては「それじゃ、花子君お願いするよ。あとでいいものあげよう。」と意味深の笑顔で私に微笑んだ。
大八さんの家の裏から一本の山道が続く。山道といっても人一人が歩けるほどの狭い道で木々に覆われた道は暗く非常に危険が伴う道であった。話によれば翁達は毎年この時期、大八さんの家へ一泊して、これから向かう「あるモノ」を見る為に長野まで来ているそうだ。
ホゥー… ホゥー…
「は、花ちゃん フクロウの鳴き声だ!凄いねっ!初めて聞いた〜!」どの状況下でも天然ぶりが見事な早川さんが少し羨ましかった。
暗い夜道に知らない土地。そして夜の森は不気味なまでに静かでフクロウの鳴き声がより一層私の恐怖感を煽った。
84 :華:2007/07/13(金) 22:36:37 ID:SQzorXpc
「ねぇねぇ!花ちゃん!フクロウって何食べるんだろうねぇ〜?」そう聞いてくる早川さんに浦野さんが「フクロウは主に野ネズミを食べるのだよ。」と答えたり、この森には様々な動物達がいる事を教えてくれた。
だが、私はこの暗い夜道が怖くて黙って進む事しかできなかった。
(こ、こんな暗くて怖い所に何があるのよ…)そんな事を思いながら背負っている荷物の重さと恐怖に耐えながらひたすら山道を登っていった。
登りはじめてから40分は過ぎただろうか?浦野さんが「そろそろ頂上だよ。」と私達を励ます。
「ふふ、きっといい思い出になるさ。二人共。」翁がそう言って頂上を目指す。
さすがに荷物が重くペースダウンし始めたところで、先頭を歩いていた浦野さんと早川さんが頂上に辿りついた。
85 :華:2007/07/13(金) 22:37:29 ID:SQzorXpc
「キャーーーーーーーーーーー!」早川さんの悲鳴とも捉えられる声が聞こえ、私は急いで頂上へと登り始めた。
そして木々のトンネルを抜ければ頂上は平地で、やけに地面が明るかった。
「え…?」と地面を見て不思議がる私に後ろを歩いていた翁が「上を見てご覧なさい。」と言う。
上を見上げれば… 私は声が出せなくなっていた…
そこには…いや、その空には… その空間が正に宇宙そのものだった…
どんな写真より、どんなプラネタリウムよりも そこは360°星の世界だった…
そして東京育ちの私達は生れて初めて天の川を肉眼で見る事が出来た… そして声が出なかった…
「綺麗…」早川さんは感動して涙を流しながら上を…ただただ上を眺めていた。そして私も早川さんと同じく涙が頬に弧を描く。
86 :華:2007/07/13(金) 22:38:20 ID:SQzorXpc
パチッ…パチッ…パッ!… 地面がオレンジ色に輝き出した。浦野さんと翁が焚き火に手をあてて「二人共、こっちで温まろう」と言ってきた。
「どうだい?すごいだろう?東京じゃまず見れない星空だね。」浦野さんは焚き火で湯を沸かしながらゆっくりとした口調で私達に語りかけてきた。
「さ、体が冷えると大変だ。この毛布で体包んで。」と翁が毛布を渡してくれ、私達は毛布に身を包んで空を見上げていた。
「毎年…ここに来ているんだよ。心が洗われる様な気がしてね…ここで飲むコーヒーは格別なのだよ。」
ゆっくり、ゆっくりとした口調で野太く低い声で語りかけ、私達へコーヒーを手渡してくれた。
「私が子供の頃は毎晩がこの星空だったのだよお二人さん。夜道も明るくてね…」フライパンを荷物から取り出し何かを焼き始めていた。辺りには甘い香りが漂い始めていた…
「戦後…戦後から産業が発達して復興と経済成長が著しくなってからかな…空が寂しくなってね…」
「今じゃ東京は夜の街が明るすぎて星は見えない…そして空が汚れて星の光が届かなくなってしまったね…」
「国が潤う、人の生活が潤う事は良い事かもしれん。その代償も人間は理解し始めている…」
「でもね…それだけじゃ…それだけじゃぁ駄目なんだよ二人共…」
87 :華:2007/07/13(金) 22:39:16 ID:SQzorXpc
浦野さんの語りかける顔は焚き火の光に優しく照らされ、真っ直ぐと瞳を私達に向けている。私達は黙って浦野さんの言葉を自然と聞き入っていた…
「本当に大切にしたいのは…「心」だよ。お二人さん。」
「心…ですか?」そう私は呟いていた。
「そう…心だよ。どんなに国が潤っても、どんなに生活が潤っても、心を無くしてしまったら…なくしちゃぁ駄目だ。」
「言葉を伝えるのは簡単かもしれん。でもね…歳を重ねる度に感じるんだよ。次の世代へ伝えねばならん本当の事を… ね…」
「それが…「心」ですか?」と静かに聞けば「そうだよ。花子君。」と答える。
「この星空を見上げて素直になれる心、感じる心、ここには現代に失われた全てがあるような気がしてね…」少し照れ臭そうに浦野さんは苦笑いをする。
「さ、花子君。荷物のお礼だよ。」そう言って紙皿にお手製のフレンチトーストをフライパンから器用にのせて私に手渡してくれた。
「わぁ〜!ここで食べれると思わなかった!」私は嬉しくなって浦野さんへ笑顔でお礼を言えば早川さんが「いいなぁ〜」とボヤく。
「大丈夫だよ。ちゃんと持ってきてるからね。」と浦野さんは2枚目を焼き出せば早川さんは大喜びする。
翁はずっと黙ってコーヒーを啜りながら星空を眺めて物思いにふけているように見えたのが印象的だった。
88 :華:2007/07/13(金) 22:40:07 ID:SQzorXpc
「ねぇ!ねぇ!花ちゃん!こ〜んなに星が見えるんだからさ!星に願いを込めて祈ってみようよ!」そう提案してきた。
「そうね。願いが叶うかもしれないわね。」やり取りする私達を微笑ましく翁と浦野さんが見守る。
私達は星に願いを込めて祈った。
私達の大学合格とバイクライフの安全を願って…強く…強く…
花子達を見守るように天の川は何万光年前もの光を降り注ぎ、花子達を優しく包む…
そして寒い星空へ一筋の光が流れた…
彼女等は星を見上げ、星に願いを込めて… 時間はゆっくりと…ゆっくりと過ぎてゆく…