391 :華 :2007/02/14(水) 21:01:23 ID:NheF/DH0
【鼓動編】
校長の何度も同じ事を繰り返し延々と続く内容を聞き終え、私の忙しい高校三年生は幕を開けた。
新しい舎弟共とたわいのない会話を終えて今日は昼過ぎに帰宅できた。
帰宅してからは書類仕事をこなす父に海鮮組で暫くお世話になる事を伝えると「おぉ そうかそうか」と進路を決めた私に嬉しそうに喜んでいた。
「こんにちは〜」と少し息切れをしながら花沢不動産事務所に入って来たのは早川さんだった。「久し振り〜」と私が言葉を返すと「あ、あれ?花ちゃん痩せた?」そう早川さんが言い出す。
正直照れ臭かったが「うん 少しだけ痩せたのよ」と恥ずかしかったが自慢気に胸を張った。
「よっしっ!行くよ〜」間髪入れず早川さんは私を事務所から引っ張り出す。「とおちゃん ちょっと出掛けてくるね」父は「ああ、いっておいで」と私達に手を振り見送った。
メイン通りを歩きながら海鮮組のアルバイト話で盛り上がり、合宿費用は十二分に貯めた事を話した。
「さ、さすが花ちゃん…もう合宿費貯めるだなんて でもずるいなぁ〜現役東大生の教師かぁ」と私の腕を突きながらからかう早川さんも、免許取得までにはある程度のバイク購入資金が貯まりそうだとの事。
メイン通り終わり際の細い路地を左に曲がる。例の看板の無いバイク屋に看板が掲げられていたのが遠くからでもわかった。
「昨日オープンだったみたいよ!」嬉しそうに早川さんが目をキラキラさせて足早にバイク屋へと急ぐ。
内心、私は「免許も無いのに…冷やかしにならないかしら…」そう思いながらも早川さんの後を追った。
392 :華 :2007/02/14(水) 21:02:29 ID:NheF/DH0
≪POPモータース≫そう看板には書かれていた。当時では少し違和感のある名前だった。20坪のショールームには様々なメーカーの新車から中古車までが所狭しと並べられ、奥の作業場には30半ばの男が赤と白のキャップを深々と被り作業していた。
「ごめんくださ〜い」元気よく早川さんは店内に入った。私も、えぇぃ!という気持ちで店内に入る。奥からキャップを深々と被った男が「は〜い」と優しそうな声でショールームに姿を現した。
奥から出てきては「おぉ〜 花沢不動産の… お隣はご友人かな?」そう男は言う。咄嗟に「えっ?」と私は男を見ても誰だかわからなかった。「自分だよ!自分!」笑いながら深々と被ったキャップをスッっと取った。
「た、田中さんっ!」大声を張り上げてしまった。 「先日は駐車場ありがとね。 本当に助かったよ。そうそう、このお店だってお父さんからの紹介なんだよ」そう田中さんはニコッと白い歯を浮かべた。
「あっぁっ! せ、先日はご愁傷様でした…」と私は深くお辞儀すると田中さんはキャップを深く被り直し、キャップのツバに手を挟みながら「いえいえ、この度は…」と小さな声で言葉を前に出した。
「でもどうしたんだい?突然ウチの店に来るなんて ビックリしたよ」と田中さんは重苦しかった空気を振り払うかの様に私達に聞いてきた。
早川さんが事の経緯を話し始め「そうかぁ 君達免許取るのか」嬉しそうに無精髭を触りながら答えた。
「で、私達このお店の前で久し振りに再会出来たからここでバイク買おうと前々から決めてたんです。」と息をまいて早川さんがそう言い出した。ちょっと照れ臭かったが私も再会出来たここでバイクを買うのも悪くない、そう思った。
「おぉ〜 嬉しいねぇ 免許ある無しでもウチに遊びに来るといいさ。欲しい車輌は言ってくれれば何でも仕入れるよ」嬉しそうにキャップのツバをクイッと上げて田中さんは言う。
393 :華 :2007/02/14(水) 21:03:05 ID:NheF/DH0
前からショーウィンドウに飾ってあったRGV250γ-SPは既に「売約済み」の札が付いていた。「もうガンマ売れたんですか?」と早川さんが質問する。
「そうなんだ。 開店直後に高1になったばかりの子がやってきてね。ちょっと別の場所で知ってる子で、免許取るからお願いします!って具合で気押しされてね。免許取るまで予約って形さ」と笑いながら田中さんは言った。
「へぇ〜 そうなんだぁ〜」と私達は何気なく相槌をうった。
[SUZUKI・RGV250γ-SP 形式VJ22A]
SUZUKI・2stクラスの花形クラスで2ストローク250クラス初の倒立フォークを装備した車輌。当時ではまだまだ珍しかった湾曲スイングアームも装備されており足回りには大幅な進化を見せ付けた。
このSPモデルは乾式クラッチ、カセット式クロスミッション、リザーバー別体式サスペンションや34Фビックボアキャブレターを搭載した当時のワークスマシンテクノロジーを余すことなく投入された一台。
水冷2stクランクケースリードバルブV型2気筒で249cc・45ps この物語でのカラーリングはSUZUKIカラーの白・紺となる。
「そう言えば田中さん POPってどう言う意味なんですか?」と疑問に思っていた事を聞いてみた。深々とキャップのツバを下げて恥ずかしそうに「ポップってのは<親父>って意味さ」そう答えた。
「お父さんへの思いを…って事ですか?」と失礼ながらも私は聞いてしまった…
394 :華 :2007/02/14(水) 21:04:06 ID:NheF/DH0
「いや、今思えばそうなるけどね…実は自分は…」と恥ずかしそうに言葉を出そうとした時「トトトトト」と軽く歯切れの良い聞き覚えのある音が店の前にピタリと止まった。
田中さんは「あ、あれ?何でウチに?…何の用だろう」そう呟きながら田中さんは店の外へ急ぎ足で出て行く。
早川さんは窓から見える車輌を見て「わぁ〜 アレ、SRXじゃない?真っ黒だぁ〜」嬉しそうに店を出ようとして振り返り私の顔を見た。
異形の者…そう、あのシンプソンの黒々とした骸骨のようなヘルメット。全身黒に覆われたレザー。右手には鮮明に覚えている椿のワッペン…
突然の出来事に声が出なくなった…
「どうしたの?花ちゃん? 見に行こうよ!」 私は「あっ…あっ…」と変な声を出していたらしく「もう!どうしたの?」再び早川さんが聞いてきて、ふと我に返った。
「あ、あの人!あの人よ!私のポーチ取り返してくれたのっ!」早口言葉の様に言う私に「それじゃ行かなくっちゃっ!」と私の手を引っ張り出した。
私は吸い込まれるように異形の者へと足を進めると無意識に早川さんを抜き去り先に店の外に出た。
「先日はどうもありがとうございました!!!」と全身全霊を込めて周りを気にせず、張り裂けるような声で深々とお辞儀をした。田中さんと早川さんは私の行動に驚いていた。
「はっ!はっ!はっ!はっ!」と声と共に黒々としたヘルメットが上下に揺れる。 それが私達への第一声だった事を今でも鮮明に覚えている…
今、この瞬間…POPモータースから私達の物語は桜舞い散る季節と共に始まろうとしていた…
そしてまた…未知なる世界のピースがはめ込まれてゆく。
406 :華 :2007/02/15(木) 20:36:34 ID:btOGh6BI
目の前の異形の者はギュッとあの時と変わらぬレザーの音を鳴らしながら、黒々としたヘルメットのシールドを開ける。
眼鏡を外してヘルメットをズボッと勢いよく脱いだ。
「い、伊佐坂先生っ!?」
そこには小説家・伊佐坂難物の姿が私の瞳に飛び込んできた。
私は驚いてしまい、その場に気が抜けた風船の様に座り込んでしまった。そんな私の姿を見て、伊佐坂先生はまた笑い出す。
「いやいや、あの時花沢君は怯えきってたからね。怖がらせたくなかったんだよ。」伊佐坂先生は言う。私の頭は混乱し続けていたものの、ようやく座り込んでいた事に気付いた。
聞きたい事が沢山あったが何から聞けばいいのか、そう考えている内に伊佐坂先生はSRXを店内に入れ始めた。
[YAMAHA SRX600 90年式]
YAMAHAが世に送り出したスポーツシングル。90年式はフルモデルチェンジを遂げる。
90年からセルスターターが装備され始動性の改善が施されており、リアショックはツインショックからモノサスへと変更される。
モダンで流麗なスタイルとは裏腹に、闘うスポーツシングルなどと言われる。
デュアルパーパスモデルXT600をベースにした空冷OHC4バルブ単気筒エンジン、608cc・42ps
伊佐坂難物の乗るSRXは外装・エンジン共に黒に覆われた難物カラーとなる。
余談だが伊佐坂難物はSRX600以前の愛機はSR500・カフェレーサー仕様である。
407 :華 :2007/02/15(木) 20:37:14 ID:btOGh6BI
伊佐坂先生が店内に入ってから私達も後を追う様に店内に入る。
伊佐坂先生は田中さんへ「先日はご愁傷様です。」一言告げるとキャップを深々と被り「この度は…」辛そうに田中さんは呟いた。
「それで今日はね、ポップ君が昨日お店開いたからと昨日電話で源の字から聞いてね。」
ジャケットから取り出したハンカチで眼鏡を拭きながら伊佐坂先生は田中さんに伝えた。
思わず私達は「ポップ??」不思議そうに聞くと伊佐坂先生は可笑しそうに笑い出した。
そんな姿を見て田中さんは「や、やめて下さいよ」と恥かしそうに言う。
「ポップってのは田中君のあだ名でね。彼の名前は<秀雄>なのさ だからポップと呼んでいるんだよ」笑いながら言う伊佐坂先生にググっとキャップを下げる田中さん。
聞けば田中さんの前の職場≪イナダモータース≫の親方が、福岡出身で秀雄という名前、なによりプライベーターチームでメカニックとしての経験もある田中さんをからかいながらポップ、ポップと呼ぶ様になり、お客さんまでそう呼ぶ様になったそうだ。
田中さんは「イナダモータース」の兄弟子の後、直に門を叩いた二番弟子で親方に怒鳴られながらも数年勤め、奥さんの妊娠を期に独立を決めたそうだ。
屋号「POPモータース」の名付け親は「イナダモータース」の親方が笑いながら強引に決めたそうだ。
「そう、それで私のSRXをポップ君の所で見てもらおうと思ってね」ポンッとタンクに手を添えると「ええっ!じ、自分がそのSRXをっ?!」田中さんは後ずさりしながら驚いた。
「源の字がね。面倒見てやってよと頼むもんでね。ここの前はよく通るし、君の的確な腕は良〜く知ってる。そうさせて貰おうと思ってね」
困惑した表情を浮かべる田中さんへ伊佐坂先生はもう一言、言葉を添えた。
「あいつの腕は確かだ。いいメカニックになる そう源の字は嬉しそうに言ってたさ」笑顔で田中さんへ伝えた。
「そんな…親方にはいつも怒鳴られてたのに…」右手を握り締め、うっすらと瞳が潤い出し、キャップのツバを左手で挟み顔を隠した。
暫く沈黙し、田中さんは右手の親指で目元を拭くと「わかりました。POPの名に恥じない様に頑張ります」真剣な眼差しで伊佐坂先生に答えた。その姿を満足そうな笑顔で見守る様に伊佐坂先生は見つめていた。
408 :華 :2007/02/15(木) 20:37:52 ID:btOGh6BI
「ところで君達、暫く見ないうちに大きくなったなぁ。何故に花沢君と早川君はポップ君の店に?」私達に不思議そうに質問してきた。
「伊佐坂先生、私達は…」と早川さんが喋り出そうとすると、ポップさんは私達を止める様な手つきで「あ…」と声を出した。
それを見た伊佐坂先生は「いいんだよ ポップ君」笑顔でポップさんに言い聞かせた。
事の経緯を早川さんが説明し「ほほぅ、君達もバイクか それでここに居る訳か」と頷いた。
「あ、あの、それで私、沢山聞きたい事があってっ!」豚鼻を開いて伊佐坂先生に言うと「まだ時間はあるのかな?お二人は?」そう聞いてきた。 私達は迷わず「はい」と答えた。
「今日は良い日だ。 ポップ君 開店祝いを兼ねて今日は寿司でも奢ろう。無論、君達もだ。」
嬉しそうに伊佐坂先生は言うと「えぇっ!奢りですかっ?中トロと中落ち丼たのんじゃいますよ」無邪気な笑顔で田中さんは言う。
「はっ!はっ!はっ!君はマグロが本当に好きなんだね。結構!結構!」大笑いする伊佐坂先生。
伊佐坂先生は恋愛小説家で代表作は「うだつのあがらない男」「海鮮家族」、近年では「単車男」「HANA」などの作品を出している。
ポップさんの仕事が終わるのが19時頃になるとの事で、伊佐坂先生は「それじゃ時間まで浦野さんの所で待ってるよ。ポップ君。」そう田中さんに伝え、私達の背中をポンッと叩いて「浦野さんの所へ行こうか!」と言う。
浦…野…さん?そう思いながら私達はPOPモータースから近くの喫茶店「珈琲・浦野」へと歩き出していた。
桜が舞う細い路地を歩きながら、私の頭の中で複雑に絡まっていた一本の糸が徐々にほどけ始めていた。
417 :華 :2007/02/16(金) 22:02:28 ID:gE2vB6S5
「マスタ〜!こんにちは〜!」早川さんが元気よく喫茶店「珈琲・浦野」のドアを開ける。
いつものニコニコした笑顔で「いらっしゃい やっと出会えた様だね」と野太く太い声で迎えてくれた。
カウンターに座り「じゃっ!ブルマンお願い」いつもの調子で早川さんは注文をすると伊佐坂先生は「私はいつものブレンド頼むよ」と白髭のマスターに注文し出した。
「いつもの?」不思議そうに私達は伊佐坂先生に聞くと白髭のマスターは「カッ!カッ!カッ!」と野太く低い声で笑った。
「ふふふ 君達、奥のテーブルに座って私を見ててごらん」と面白そうに言い出した。何が始まるのかと不思議に思いながら奥の小さなテーブルに私達は座り伊佐坂先生を見た。
新聞紙を広げ顔を隠す様に伊佐坂先生はカウンターに座って居た。
「ああああっ!いっつもカウンターに座ってる人だよ!花ちゃん!」早川さんが驚きながら大声で叫んだ。
「はっ!はっ!はっ!」新聞紙からチラッと顔を見せながら笑う伊佐坂先生。私達は再びカウンター席に戻る。
私は思わず「助けてくれてから何度も近くに居たんなんて…言ってくれれば…」小さく呟くと「あんまりにも君達が楽しそうに話しているものでね。老体が話に割って入るのも気が引けてね」
「ろ、老体だなんて」と答える私達を見て伊佐坂先生は笑い出す。「二人共、い〜じ〜わ〜る〜」と早川さんは笑いながら伊佐坂先生と白髭のマスターの顔を見ては二人共も大笑いした。
「でも何でここに伊佐坂先生の皮ジャンが吊るされてたんですか?」そう聞く私を見て白髭のマスターが「花ちゃん」と声を出すも伊佐坂先生が右手を出し言葉を止めさせた。
「いいんですよ。 浦野さん 私から説明しますから」と白髭のマスターに言った。
418 :華 :2007/02/16(金) 22:03:06 ID:gE2vB6S5
「私がね、この格好をしている時は翁(おきな)って呼んで欲しいんだ。二人とも」淡々と語り出した。「仕事を忘れてバイクに乗る時は別の人間になる。そういう気持ちでね。」
「いつからか周りのライダーから翁、翁と言われるものでね。あだ名みたいなものだよ。」笑いながら差し出された熱々のコーヒーを啜りながら話した。
「そうなんですか それで伊佐坂…翁さんは…」と私は言うも「翁でいいよ お二人さん」と優しい目で見つめていた。
「あっ、お、翁は何でここに革ジャン吊るしてたんですか?」と今まで伊佐坂先生と呼んでいた私は戸惑いながらも翁に聞いた。
「ふふふ、浦野さんはね。縫い目のほころびを直したりレザーワックスが巧くてね。何かあれば浦野さんに頼んでいるのだよ」そう翁が答える
すると白髭のマスターがニコニコした笑顔で「本当に二人は大きくなったね。この前までランドセルだったのにね」と野太く低い声で私達に言った。
「ふふふ、気付かないかな?浦野さんだよ。浦野おじいちゃん」と言い出すとピンッと頭の中の絡まった糸が解けた。
「い、磯野君ちの裏のおじいちゃん?!」私は豚鼻を大きく広げ、大きさに比例する位の大声で聞く。浦野さんは親指を立ててニコッと笑った。
全く気付かなかった… 数年前からこのお店を開き翁は仕事の合間にコーヒーを飲みに来ているらしく革ジャンの補修なども時々お願いしているとの事だ。
浦野さん…いつも裏のおじいちゃんと聞いていたもので、まさか浦野という苗字だとは気付かなかった。花沢不動産の娘失格と言ったところか…
浦野おばあちゃんは浦野さんが喫茶店開店と時を同じく「第二の人生と思って」と梅酒製造会社を立ち上げ息子さんやお孫さんと忙しい毎日を送っているとの事だ。
419 :華 :2007/02/16(金) 22:03:53 ID:gE2vB6S5
「君達もバイクに乗ろうとしているんだ。これだけは聞いて欲しい。」厳しく鋭い目で私達に何かを伝えようとしていた。
「いいかい、君達。バイク乗りはバイクで死んでは駄目だ。」と言うと間髪入れずに「私との約束、守ってくれるかな?」と優しい瞳で翁は私達に聞いてきた。
私達は「はいっ!」元気に答えた。 「翁、君は…いつまで伝え続けるのかい?」と浦野さんが翁に難しい表情を浮かべて言う。「私がバイクを降りるまで伝え続けるつもりだよ。それが私の役目、そう思っているよ。」とグローブをギュっと鳴らして握り締めた。
翁は立ち上がり「さて、私は着替えて伊佐坂難物に戻るかな。すぐに戻ってくるから待っていてくれるかな?」と言う翁に「はい」と答え翁は自宅へ一度戻った。
戻って来るまで浦野さんと早川さんと私でバイク話で盛り上がった。浦野さんがバイクに乗って全国津々浦々と旅に出ている事や毎年8月は子供の夏休みの様にお店を閉めて何処かに出かけると言う事も聞いた。
たった数時間の事なのに驚きの連続だった…ポップさん、翁、浦野さん… 私達は楽しくて仕方が無かった。
その後、着物に着替えた伊佐坂先生が仕事の終わったポップさんを連れてやってくると「浦野さんもご一緒しませんか?」嬉しそうに言うと「今日は店を閉めてご一緒させて頂きますよ」と自慢の白髭を触りながら答えた。
寿司屋に到着すると伊佐坂先生は「彼に中トロと中落ち丼 それと生を5つくれるかね」と言うも私達は「わ、私達まだ未成年で」と声を揃えて言うとポップさんが「ちょっとくらい呑んでみるといいさ」と言う。
浦野さんはそんな光景を見てニコニコし伊佐坂先生は笑い出す。
「それでは、ポップ君の開店を祝って 乾杯!!」と伊佐坂先生は音頭をとりグイッと私達はビールを呑んでみた。 初めてのお酒…美味かった…
早川さんは早くも3つめをグイグイ呑み、私もグイッと2つ目を飲み干す。「おぉ〜 いい呑みっぷりだ 二人とも」とみんな笑い出す。
ポップさんは中トロと中落ち丼をガツガツと嬉しそうに口にかき込む。バイク談議に盛り上がるも私達は初めてのお酒に酔い眠ってしまった。気付いた時、私達は父が運転する車の中だった。
―――だが、花子達が眠る中この開店祝いに数人の男達が現れ宴席に座る事になる―――
428 :華 :2007/02/17(土) 20:25:31 ID:VM4iW2kd
「眠ってしまったか…」とイササカ氏は二人を見つめて言った。
「ふふ、大きくなってもまだまだ子供ですよ。」そう言いながら寿司屋店主から毛布を借り、二人へそっと掛けるウラノ氏。
暫く3人で話し込むとそこへ一人の男が宴席に加わる。
「おぅ 久し振りだな。」手を低く挙げ宴席に座ったのはイナダモータースのイナダ氏。
挨拶も終わる頃には、また一人の男が宴席に加わる。
「すまねぇな 仕事が忙しくてよ」そう言いながら大柄の体をドスンと宴席に座るのは海鮮組のウミ氏。
「うん? 難物、何でここに花が居るんだ?」とウミ氏がイササカ氏に質問し事の経緯を話す。
「そうか、それでここに居る訳だな。寝かせておいてやろう。ウチで働きっぱなしで疲れたんだろう」二人を見つめながらウミ氏は言う。
「おぉ〜、これはこれは。皆さんお揃いで 娘達は眠ってしまいましたか。」そう言いながら宴席に加わったのは花沢不動産のハナザワ氏だ。
「そういえば磯野と中島は今日はこねぇのか?」とウミ氏。
「中島さんは尺八の発表会らしくてね。磯野さんは辛いでしょう…このメンバーでは…」とイササカ氏は言う。
それぞれの挨拶もそこそこに、昔を懐かしむ様に宴席は盛り上がる。
「しかし、こうやって集まったのは何年振りだ?」イナダ氏は徳利を持ちお猪口に注ぎながら言う。
「あの頃の皆さんは速かった…憧れでしたよ。今もですけど。」嬉しそうにハナザワ氏は言う。
「2,30年も過ぎたかな?皆、随分老け込んだ。」と笑いながらウラノ氏。
「そうだ。もうそんな経つのか…時が過ぎるのは早いね。」と言うイササカ氏に頷くウミ氏。
「あの頃つるんでいた連中で今居ないのは磯野と中島そして<あの人>か…」寂しそうにウミ氏は呟いた。
「………」暫くの沈黙が続いた…
429 :華 :2007/02/17(土) 20:26:10 ID:VM4iW2kd
「あ、あの?皆さんは昔よくバイクで走っていたのですか?」とタナカ氏は重い空気を感じたのか質問してみた。
「あぁ、よくみんなで走ったさ。壊したら源の字がブツブツ言いながら直してくれてね」と笑いながらイササカ氏は言った。
「それを花坊(花子の父)が興味津々で近寄ってきてな」とイナダ氏はハナザワ氏をからかう。
「おぅ!花坊 呑め呑め」と言うウミ氏に「今日は車でしてね。久し振りの再会に酔うとしますよ」と答えたハナザワ氏。
「そんな私達もそろそろ<あの人>の所に近くなってきた…」と複雑な顔をしてウラノ氏は言う。
「そうだな… やはり磯野が一番辛かっただろうな。 上司として兄貴分として磯野が一番は慕ってた…」グイッ飲み干しウミ氏は言った。
「あれ以来、磯野さんはバイクに乗ってないらしくてね。たまに碁を打ちながら話しますよ。」とイササカ氏は言った。
「<あの人>というのは?」恐る恐るタナカ氏は聞く。
「昔ね。よくつるんでいたのさ。 みんなでね。もちろん磯野さんや中島さんそも一緒に…」淡々とイササカ氏は語り出した。
―――そしてイササカ氏を中心としてタナカ氏に物語は語られた―――
「そうだったんですか…あのグローブの椿にはそういう想いが…それで<バイク乗りはバイクで死んでは駄目だ>と…」悲しそうにタナカ氏は下を向いた。
「ふふふ、椿ラインの走り屋連中からはチャンピョンベルトみたいに思われているがね」と笑いながら言う。
「へっ!ったく、おめぇと波平は昔っから危なっかしい運転しやがってよ」と笑いながら茶化すイナダ氏。
「そうだったんですね…だからいつもそのセリフを言っていたのか…」悲しそうに拳を握り締めるタナカ氏。
「どうしたんだい?ポップ君。」不思議そうにイササカ氏は聞いてきた。
430 :華 :2007/02/17(土) 20:26:52 ID:VM4iW2kd
「えぇ… 昔…近所に自分を弟の様に可愛がっていてくれた人が居ましてね…」淡々とタナカ氏は語る。
「いつもそのセリフを言ってましてね…」そう言うタナカ氏にウラノ氏は「ほほぅ…」と頷く。
「自分が高校卒業して海外のプライベーターチームのメカニックとして働いてましたが、数年は雑用にもならない雑用でしてね…」
「ようやく言葉もコミュニケーションも取れるようになって少しずつメカニックの仕事を貰える様になっていたんです。」
「チームの監督が大使館に怒鳴り込んでビザを取ってくれたり… 仕事を少し、また少しと覚えさせて頂いてました」
「毎日エンジンや車体をバラして組み立てて、またバラして… そんな時でした。その人が亡くなった知らせを聞いたのは…」
「でも、帰るにも仕事が忙しく二束三文で馬車馬の様に働いていた自分にお金はなかったんです。親に勘当同然でしたから頼るに頼れなくて…」
「結局帰国できたのはその人が亡くなって一年以上経ってなんです… 自分は思い出しましたよ。バイク乗りはバイクで死んでは駄目だという言葉を…」
「それからですよ。自分がレースではなく公道を走る人達にと道を決めたのは…」とタナカ氏は語った。
「そうか…おめぇにそんな事があったのか…そりゃぁ初耳だった ポップ…」とイナダ氏は言った。
「今でもCBの名を聞くとたまに辛くなるんですよ」とタナカ氏は言う。
「CBって おめぇ…」驚くようにタナカ氏の顔を覗くイナダ氏。 「えぇ…」と瞳を真っ直ぐにイナダ氏へ向け、首を縦にコクンと下げた。
暫くの沈黙が続いたがウミ氏は言う。
「せっかくの祝いの席だ。パァーっと行こうじゃねぇか!」明るく言う。
「そうだね。枯れた体じゃもう涙は出んだろ?みんな」とウラノ氏。 皆は笑いながら宴は続いた。
―――開店祝いの一幕でこの様な出来事があったが花子達は知る事も無く父の運転する車で目が醒める―――
507 :華 :2007/02/21(水) 20:29:59 ID:c1cwNGoD
「あ、あれ…?とおちゃん…」目の醒めた最初の一言を発した。
「おぉ、起きたのか。 初めてのお酒どうだった?」と後部座席から見える父の横顔は少し嬉しそうだった。
私は叱られるのではないかと思ったのは父の横顔を見た次にそう思った。「おいしかったよ…とおちゃん迎えに来てくれたんだ」と私は聞いた。
「田中さんから連絡頂いてね。 ふふ、田中さんの所でバイク買うのかい?」そう父は聞いてきたが私はまた眠ってしまっていた。
その後、早川さんを送り私は部屋のベットに流れ込む様に寝転び再び睡魔に襲われる。
――…看板の無かったバイク屋は田中さんのお店だった…――
――…異形の者、それは私のよく知る伊佐坂先生であり、初めて知ったもう一人の伊佐坂先生の姿…――
――…白髭のマスターが磯野君ちの裏のおじいちゃん…――
――…そして初めてのお酒…――
体に流れる血液が頭の先から足の指先まで重くじる…疲れたのだろうか…酔っているのだろうか…深い深い眠りに付いた…
508 :華 :2007/02/21(水) 20:31:09 ID:c1cwNGoD
私は頭を抱えながら授業を受けたが初めての二日酔いを体験した。教科書を立てて弁当を食べようという食欲がわかなかったが、午後の授業ではようやくもとの調子に戻ってきた。
そして今日から受験勉強と文学さんのゼファーに乗る事が出来る。勉強よりもバイクに乗れる、という事で嬉しくなり二日酔いも授業が終わる頃には気付けば無くなっていた。
「こんばんは〜 今日からお願いします。」仕事の終わった文学さんへ私は挨拶をした。「うん、よろしく。じゃ、早速やろうか!」と文学さんは事務所の椅子を一つ運んできた。
2時間位は経っただろうか?当然容量の少ない私の頭はオーバーヒートし出した。
「いいかい?花、どの教科でもまずは得意な所を徹底的にやるんだ。そこから徐々に進めればいいのさ」という文学さんの言葉に耳を傾けていた事務員の貝塚さんはキラリと尖った眼鏡を光らせて笑みを浮かべる。
「ふ〜… よっし!気分転換しよう。 バイク、乗りたいだろ?花。」そう言いながら文学さんは外に出始めた。私は嬉しくなり後を付いていく。
ゆっくりとゼファーを転がし待ち焦がれる様に立っていた私の横にサイドスタンドを出した。無機質な鉄塊の華奢なサイドスタンドが地面にググッと沈み込む。
「キュルル、ヴォォン…」無機質な鉄塊から産まれた低い音が辺りに響き渡った。「さ、乗ってみるといいさ」そう文学さんは言いだした。
「は、はい!」私は右の豚足でゼファーを被せる様に跨ぎ、ゆっくりとステップに蹄を乗せた。「よし、跨ったね。一度アクセル捻ってごらん。」嬉しそうに文学さんは私に勧めた。
ゆっくりとアクセルを捻る。ヴォォオオと無機質な鉄塊が叫ぶ。股下のエンジンからエネルギーが生まれ、集合マフラーからエネルギーを放出する。
さっきまで沈黙していた無機質な鉄塊がアクセルを捻れば応える様に私に呼び掛けている…
「どう?気持ちいいかい?」嬉しそうに腕を組みながら文学さんは聞いてきた。「す…凄い… 生きてるみたい…」素直な感想を言うと「ははは、詩的だね。花は」と笑う文学さん。
サイドスタンドを払い、左の豚足を地につける。160cmの私にはゼファーは少しだけ高く、片足が精一杯だった。
何よりハンドルから伝わる重量感。そして股下から感じるエンジンの鼓動。 この子は…生きてる…そう感じた。
510 :華 :2007/02/21(水) 20:31:53 ID:c1cwNGoD
「よし、クラッチ握ってごらん」言われるがままにクラッチを握る。「じゃ、右足を付けてから左足でシフトを下げるんだ。」と指で箇所を説明しながら言われるままに行動した。
「じゃ、左足を付けて右足をステップに乗せるんだ。」私は左の豚足を地に着けた。「アクセルを徐々に開けながらクラッチをゆ〜っくり離していくんだ。パッと離しちゃ駄目だよ」
言われるがままにアクセルをゆっくり捻りクラッチを少しずつ離す。 ゆっくりとゼファーが前に動き出す…
「うまい、うまい そのままゆっくりと走ってみるといいよ」と横で歩きながら付いて説明する文学さん。走り出すと私は自然と豚バラをピンと張り姿勢を正しくさせてゼファーを走らせていた。
股下のエンジンがエネルギーを生み出しギアに伝達しリアタイヤを前へ、前へと押し出す。ゆっくりとゆっくりと景色が動いている…
ハンドルから手に伝わる感触が無機質な鉄塊からの生命の鼓動の様な力が伝わり五臓六腑に響き渡る…
「これが…バイク…」
敷地内をゆっくり、ゆっくりとシフトアップ、シフトダウンしながら旋回した。「ん〜…エンストしないなぁ 花は」と笑いながら文学さんは見つめていた。
そんな楽しい時間もすぐに終わりの合図となり再び受験勉強が始まった。
「花?バイクは楽しかったかい?」と文学さんは聞く。「はい。」素直に答えた。
「バイクはガソリンが無ければ動かない。キーが無ければ動かない。乗り手が乗らなければ走らない。色々あるけど何事もそうさ。勉強も気持ち次第で動くのさ。頑張ろう、花」
文学さんの勉強の教え方は非常に丁寧でわからない所は徹底的に理解出来るまで時間をかけて教えてくれた。
夜遅くに帰ると父はまた外食ついでに何処かに出かけたのか姿は無かった。私は部屋に入りベットに転がり込む。
初めて乗ったバイクの事を思い出せば自然と手に汗をかいていた。ハンドルから伝わるエンジンからの呼び掛けるような鼓動。
アクセルを捻れば応える様に吼えるエネルギー… 興奮を抑えた頃に私は眠りについていた。
511 :華 :2007/02/21(水) 20:32:35 ID:c1cwNGoD
平日は文学さんと受験勉強とバイク教習。土日はアルバイトの濃厚な一学期を終える頃の期末試験は下から探した方が見つかりやすかった私の校内順位は、一気に120番も上に「花沢花子」の名前があった。
アルバイトのおかげなのか、間食夜食が減ったからなのか160cmの身長が165cmとなりゼファーの足つきも大分楽になっていた。
ついに夏休みが始まる。私達は免許取得に合宿へ向かう準備をし、明日の朝「朝日ヶ丘駅」で早川さんと久し振り会い教習所へと向かう。
充実している高校3年の生活が未知なる世界のジグソーパズルに何かの形を見せ始め、一つ…また一つ…はめ込まれてゆく。