169 :華 :2007/02/04(日) 22:14:49 ID:2pq0Kc90
私は五度目の失恋を迎えた日、高校2年も終わる春を迎えていた。
いつも通り家へと向かい、暗く落ち込んだ顔を夕日に向けて顔を上げて家のドアを引いた。
「とうちゃん、ただいま〜」といつもと変わらない元気な声で言葉を前に出した。
私は演技派なのかもしれない。5度目の失恋を2時間前にしたばかりで、今度ばかりはと心の底から落ち込んでいた。
そんな私の空元気を父は気付いたか気付いていなかったかはわからない。
もしかしたら気付いていたのかもしれない…
すぐに父は「2丁目の田中さんが駐車場探してるみたいでね、ウチに良い場所ないかと電話があったんだよ 急ぎらしいから田中さんのことろへ急いでやってくれないか?」と父は言い出した。
私は頭の中によぎる彼の事を忘れ…いや、忘れたい一心で頭の中を切り替えた。
「へぇ〜 田中さん車買ったんだね。いいわよ!私、田中さんのご自宅に行って物件紹介してくるわ」
父は3,4つの物件である場所を地図に書き、着替え終わった私に手渡した。
田中さんのご自宅へ電話を入れ「夕飯時で申し訳ないですがこれから伺いますね。」と伝えた。どうやら本当に急ぎらしく
失礼な時間帯にも関わらず「すぐに来て欲しい」と言われ私は田中さんのご自宅へ沈みかけの夕日を見ながら急いだ。
5分ほど歩いただろうか?すでに陽は落ちていた。
暗くなった空を見上げれば、ふと2時間前の出来事を思い出してしまった。そして本当はわかっていたのかもしれない…
「私の未来はきっと彼と…でも…」
人間の脳と言うのはなんて残酷なのか、あの一瞬の出来事をスローモーションの様に思い出させてくる。
私は正直美人ではない。 近所では元気で明るい面倒見の良い娘さんと言われている。
違う、それは違う 私はそんな女では無い。
悩み苦しむ私をよそに朝日ヶ丘駅から聞こえるベルの音が遠くからでもハッキリと耳に入ってきていた。
171 :華 :2007/02/04(日) 23:02:21 ID:2pq0Kc90
悩み苦しみ、時にはもだえ、口からはため息しか出てこなかった事を私は今でもあの気持ちは忘れていない。
「一途な女は迷惑なの?」「男勝りな女はダメなの?」「ブタ鼻だから?」
でもあの刹那を目撃した私にとって7年越しの恋は心を打ち砕くかのようにボロボロと、そして溢れる感情と共に涙が流れていった。
どの位時間が過ぎたのかさえわからなかった。ふと気付けば目の前には田中さんの自宅の前に辿り着いていた。
真っ先に目に映ったのは街灯に照らされた真新しい車が田中さんちの前に横付けされていた。
「ごめんくださ〜い」と悩み苦しむ私を見せたくない一心でいつもより大きな声でドアを叩いた。
すぐに田中さんがドアから出てきては「ごめんね。わざわざ来てもらっちゃって。早速物件教えてくれないかな?」と急いだ様子だった。
聞けば今日の朝に自宅前に横付けした車を見れば駐車違反の札が丁寧にミラーにぶら下げられていたそうだ。
今までは厳しくなかった取締りも厳しくなり、車購入時には車庫証明が必要になったのはこの出来事から数ヶ月の事だった。
自宅から歩いて1分も満たない場所に田中さんは即決で決め、早速車を移動させる。書類関係は明日の夕方にウチへ記入するとの事だ。
15分も満たない出来事だったが私にとっては彼の事を思い出さずにすんだ時間だった。
挨拶も程々に私は家路へと足を進め出した。街灯が灯る道をトボトボを肩を下げ、タメ息を出しては脳裏に浮かぶあの一瞬を思い出してしまいながら私は歩いていた。
朝日ヶ丘という街は俗に言うベットタウンとして多くの住宅街がある。もちろん数々の商店もあるし小さいながらもデパートだってある。
私の父が経営する不動産屋もそんな街に構えている。 店は駅から近く家からすぐ裏手には都心から朝日ヶ丘駅へと続く線路があり、
夜間の線路工事には毎度悩まされている。 小・中学校の頃にクラスメイトから「電車の音うるさくない?」なんて事はよく聞かれた。
見慣れた街、見慣れた街路樹、そして家路へと急ぐサラリーマン達 私は少し遠回りして朝日ヶ丘駅から続くメイン通りを歩いて家路に付きたくなった。
この何気ない行動が私にとって再会とそして未知なる世界へのジグソーパズルのピースがはめ込まれていくのを私はまだ知らなかった…
176 :華 :2007/02/05(月) 09:31:32 ID:efZBU74w
朝日ヶ丘のメイン通りを歩きながら行き来する人やお店、そして通りを走り抜ける車を何考える訳でもなく私は眺めていた。
そうやって私はあの出来事の事を考えない様に無意識に見慣れた風景を眺めていた。
朝日ヶ丘駅から続くメイン通りは距離は短いが片側ニ車線で広い道だ。街路樹が歩道に均等に並べられ、
ビルや商店の間から所々に細い路地が幾つかメイン通りから左右に分かれてゆく。そろそろメイン通りも終わりに近づき、私はメイン通りを左へと路地に曲がった。
すると50mほど先にスラリと長身でベリーショートの女性が私の瞳に写った。その女性はうっすらと照らされたショウウィンドウを眺めていた様子だった。
40m、30m、20m…私はその女性が誰であるか近づくにつれ確信へと変わっていった。
「早川さ〜ん」
と10m離れた先から手を振りながら早川さんへ駆け寄った。
「や〜!花ちゃ〜ん、ひさしぶり〜」と言いながら左手に持っていた何かを後ろへ隠しながら右手で手を振ってきた。
「ほぉんと久しぶりねぇ早川さん」というと早川さんも「花ちゃん元気してる?」と気さくに聞いてきた。
177 :華 :2007/02/05(月) 09:32:07 ID:efZBU74w
早川さんとは小学校からの仲で高校からは別々の高校へ歩む事になり中学卒業以来、約2年振りの再会だった。
彼女は中学の頃から長身が170cmを越え細身でスラッとしたスタイル。もちろん私の豚足の様な足では無く、細くてきゃしゃな足。
そのスタイルは高校生になっても変わらず、お洒落でわずかに甘い香りのする女性へと変わっていた位だった。
中学の頃、私達仲良し3人組の中でお洒落に関しては全て彼女のセンスを聞いたりしたくらいで、お洒落には敏感な子で決して流行ものに流されること無く
落ち着いたファッションをいつも気にしていた。
性格は大人しい方で気取る事は無く可愛らしいべリーショートの髪型と広いおでこがチャームポイント。
中学の頃から男子女子共に好かれ人当たりが良く、勉強も中より上くらいでスポーツが得意で活発的な一面を持つ女の子だった。
久しぶりの再会だった。中学を卒業して以来は私は地元の高校で、早川さんは他区の私立高校へ電車通学をしていた。
「なにしてるの?」と私が声を掛けると早川さんは少し戸惑った様子で目をそらしはじめた。
その目線の先には、まだ看板も掲げていないバイク屋のショウウィンドウに薄暗い光に照らされたバイクが飾られていた…
まさか今日の出会いが、まだ看板すらも掲げていないこのお店から始まる未知なる世界のジグソーパズルのひとつのピースに過ぎなかったのは私も早川さんもこの時は知る由も無かった…
184 :華 :2007/02/05(月) 18:24:17 ID:fSD1t3iC
そんな彼女を見て「えぇっ!早川さんバイクに乗るの?!」と、咄嗟に声が出た。
「え、い、いや違うの。ちょっと通り掛かって何のお店かな?と思ってたのよ」早川さんは慌ててそう言い出した。
すると立て続けに彼女は落ち着きを取り戻しつつ「久し振りだし、コーヒーでも飲まない? 私ね、この先にある喫茶店によく行くんだぁ」
話を逸らすかのようにも見えたが私も久し振りに会う早川さんともっと話したくなり、早川さんの薦める近くにあるという喫茶店へと歩き出した。
途中、公衆電話から父に電話をして田中さんの件と早川さんとこれから喫茶店に向かう事を伝え帰りが遅くなる事を父に説明した。
父は何やら嬉しそうに「そうか あまり遅くならないようにな とおちゃん夕飯は外で食べてくるから」と言い残して電話を切った。
ウチは父子家庭で母は私が幼少の頃に突然の病気で約1年闘病生活を送ったが、父の拳に1滴…2滴…と流れる涙と共に幼い私と父を残してこの世を去ってしまった。
小学校のいつ頃か忘れてしまったが私は家事を自分からするようになっていた。掃除、洗濯、食事そして父の手伝い。
中学生の頃には近所の子供達の面倒をみてたりしていた時期もあった。
私は父が好き。 母が亡くなってから、がむしゃらに働いて幼い私の面倒を一生懸命してくれた。幼いながらもその父の愛情は伝わってきた。
歩き出して100メートル程の所に喫茶店「珈琲・浦野」という小さなお店に着く。小さなテーブルが4,5つとカウンター席が6席ほどの小さなお店で入ってすぐのカウンターからコーヒーの香りが漂ってくる。
朝日ヶ丘の土地事情に詳しい家柄(仕事柄)と言えども隅から隅まで知り尽くしているわけではない。こんな細い路地裏にモダンな雰囲気の喫茶店があるとは知らなかった。
流石は早川さんと言ったところか…
店内に入るとカウンターを横切りながら「ブルマン2つお願い」と白髭のマスターへ言葉を交わし奥のテーブルへ腰掛けた。
185 :華 :2007/02/05(月) 18:25:05 ID:fSD1t3iC
コーヒーの香り、モダンな作りの店内、ゆったりとしたJazzが小さく流れる… 今まで体験したことの無い雰囲気で、意外にも私はこの雰囲気にすぐ落ち着いた。
店内には白髭のマスターがニコニコした表情で私達のコーヒーを煎れている。カウンターには60代くらいの男性がコーヒーを啜りながら夕刊を見ている。顔は開いた新聞紙で隠れてハッキリとは見えなかった。
印象的だったのが奥に座った私達の壁際にはマスターと思われる人がバンダナを頭に巻いてアメリカンバイクに跨り何処までも続く地平線をバックに笑顔で写っている写真が飾られていた。
写真はどの位前のものだろうか?随分と古ぼけ、そして色褪せていたが決して笑顔が色褪せる様な写真には見えなかった。
「ふふ 良いところでしょ?」と首に巻かれたマフラーをたたみながら早川さんは私に聞いてきた。
朝日ヶ丘にこんな素敵なお店がある事は知りもしなかった。やはり早川さんのセンスは何処か人とは違う。そんな話をすると照れくさそうに早川さんは「そ、そんなことないよ〜」
なんて言って恥ずかしそうにしていた。 「はい。おまたせぇ〜」と野太く低い声の白髭マスターからブルマンが届けられた。
小さな小さなミルクカップやお口直しの炭酸水まで付いて、眺めているだけでもそれは楽しく感じられるコーヒーだった。
「うわぁ〜、こういうの初めて〜」と私は素直に言葉に出すとマスターはニコニコしながら野太く低い声で「ゆっくりしていって。 ふふ…二人とも大きくなったね」と言い出した。
驚いた私と早川さんは声を合わせて「えぇ!?」と発してしまった。 マスターはニコニコしながら、ゆっくりとカウンター内に戻り、もう一人のお客に珈琲豆をひきはじめた。
186 :華 :2007/02/05(月) 19:35:05 ID:fSD1t3iC
お互いマスターが誰なのかを思い出してみた。ところが喉の所まで出掛かっていたが結局この日はマスターが誰だったかは思い出せなかった。
久し振りに再開した仲良し三人組の一人、早川さんと2年振りに会った事もあり、すぐに話は高校生活の事やファッションの事を中心に話題は進んでいった。
2時間ほど話し込んだだろうか?話に夢中になり、ふと気付けば店内にはカウンターに座っていたお客は既に居なくなり、私と早川さん、そして流しでカップや器具を洗うマスターの3人だけだった。
お互いの高校生活やファッションの話も終わりかけ早川さんが別の話題を切り出してきた。
「花ちゃん、かおりちゃん覚えてる?」と切り出してきた。
私は「かおり」という女の名前を聞いた瞬間に数時間前の刹那を思い出し、先程まで開いていた豚鼻が小さくキュッと締まって下に顔をうつむけてしまった。
その行為に早川さんは全てに気付いて「あ…ご、ごめん もしかして知ってたの…?」と重く声を前に出してきた。
弱く、そしてなんとも情けない声で「…うん…」と答えた。「…そっか…」と重く返す早川さん。今思えばどんな慰めの言葉よりも「…そっか…」と返してくれた早川さんには感謝している。
変に並べられたありきたりの言葉をいくつも並べられるより「…そっか…」と言ってくれた事にどんなに感情を我慢出来たことか…
どの位私は小さなテーブルに泣き崩れていたかはわからなかった。早川さんはマスターに「アップルパイまだありますか?」と聞いていたのは憶えていた。
泣き疲れてしまった私は、豚っ面を上げた。早川さんはマスターに頼んだ2つのアップルパイの一つを頬張りながら「おいしいよ」と声をかけてきた。
私はアップルパイを手にしようとするが、こみ上げてきた感情が全て流れ出すかのように今日の出来事を全て早川さんに弱く細々とした声で話し始める。
コポッ…コポッ…コポッ…とコーヒーを入れる音が店内を小さく響き渡っていた…
187 :華 :2007/02/05(月) 20:24:02 ID:fSD1t3iC
数時間前の出来事。
私はいつも通り学校から公園を通り抜け家路に着こうとしていた。広い公園でベンチがいくつか置かれており、広場では子供達が無邪気に紙飛行機を飛ばしていた。
そんな広場を抜け細い並木道を通り抜けようとすると、並木の裏に置かれているベンチに7年越しの想い人「磯野カツオ」と仲良し三人組のひとり「大空かおり」が抱き合っていた。
ベンチ脇には小さなロスマンズカラーのNSR50のヘッドライトが沈黙したまま二人を見守るように鎮座していた。
二人は抱き合い、そして優しい眼差しで見つめ合い唇を交わす。再びお互いを優しい目で見つめ合い小さく名前を呼び合う。
ギュッとカツオはかおりを抱きしめると、カツオの胸に顔をうずくまるように沈めカツオの背中に手を回し優しく包む。
二人は目を細めた。そして、その瞬間、瞬間を大事にするかのように目を閉じる。
私は立ち尽くした…
まだまだ若かった高校二年の私には何が起こったのか?そして何故抱き合っているのが「かおり」なのか? 混乱した…
その時だった! 抱き合い目を閉じていた二人、カツオの胸に顔を沈め目を閉じていたかおりの目が開いた。
その眼差し、その眼光は他ならぬ私に向けられ眉間にシワを寄せるような目つきで睨み付け始めた。
産まれて初めてだったかもしれない。唯一私の人生において「蛇に睨まれた蛙」という体験をさせた女は後にも先にも「かおり」だけだった。
私は更に混乱した…
動こうにも体が思うように動かない。「この場を逃げなくちゃ」という一心だったが足が動かない… かおりは眼光を緩めカツオの唇に再び唇を交わし始めた…
どうにも出来なかった。
そして、おもむろに私のほうへかおりは顔を向け口元でニヤリと笑みを浮かべ始めた。私は走った。何故体が動いたのかはわからなかったが、カバンで豚っ面を隠し走った…
混乱した。錯乱した。恐怖した。 そして…泣いた…
店内では、コポッ…コポッ…コポッ…と、まだコーヒーを煎れる音が響き渡っていた…
189 :華 :2007/02/05(月) 21:21:02 ID:fSD1t3iC
話をじっと黙って聞いていた早川さんが、私のタメ息を見計らって声を出した。
「アップルパイ冷めるとおいしさ半減しちゃうよ?」
ようやく人にこの事を話せてホッとしたのか? いや、違う。早川さんに聞いて貰えた事でホッとしたのかもしれない。薦められたアップルパイをでかい口に押し込んだ。
そんな仕草が面白かったのか、早川さんは「クスッ」と笑みをこぼす。「花ちゃん 一口で食べちゃうなんて」と可笑しそうに笑い始めた。
私もそんな早川さんの笑いに釣られてアップルパイが残った口で「グフフ」と笑った。
あの出来事から初めて普通に笑えた瞬間だった。 心が暖かくなった。そして安堵した。たった数時間前の出来事を話しただけなのに安心感が私を包んだ。
そんな笑顔が取り戻せたタイミングを伺うかのように白髭のマスターがコーヒーを私達に差し出してきた。「青春…だね ふふ」とテーブルにコーヒーカップを置くと白髭をいじりながらカウンターに戻ってゆく。
「あ、あの?私達コーヒー頼んでいませんけど?」と早川さんはカウンター内に戻ったマスターに言う。
マスターは右手を開きニコニコしながら「シッシッ」と横に振る。マスターからの差し入れのようだ。落ち込んでいた豚っ面の私を見てコーヒーを煎れてくれたみたいだ。
二人して「ありがとう」と言うとマスターはニコニコしながら流しの食器を洗い出した。
その後「かおり」について溜まり溜まっていた気持ちを吐き出し始めた。その気持ちは温厚な早川さんも中学から豹変したかおりに対して私と同じ様な感情を持っていた事に驚いた。
そこから1時間くらいは「かおり」について語り合っただろうか… どのような話かは今後の出来事に少しづつ、そしてゆっくりと未知なる世界のジグソーパズルのピースとしてはめられていく事になる。
190 :華 :2007/02/05(月) 21:22:33 ID:fSD1t3iC
「やっぱり噂本当だったんだぁ」と急にあっけらかんとした顔で早川さんが言い出す。そして私はまたキュッと豚鼻が締まる。「違う違う。かおりの事じゃなくて磯野君がバイク乗っている事よ」
意外な事だった。 別段、磯野君がバイクに乗っている事など今更どうでもよかった。あの温厚で気さくな早川さんの口から「バイク」という言葉が出て来た事に驚いたのである。
「早川さん、やっぱりバイクに興味あるの?意外〜」コーヒーを啜った。 「隠すつもりは無かったんだけどね…私、中型免許取ろうと思っててさっき見かけたお店眺めてた時に花ちゃんに声かけられたんだぁ」と早川さんもコーヒーを啜った。
早川さんがバイクに乗ろうと思った理由は始めてのツーリングの時に聞く事になる。何故かこの時は早川さんの話を聞きたかった気持ちがあった。私は正直バイクという乗り物が嫌いだ。
そんな気持ちを早川さんに言いたくなかったし、自分の話を聞いてくれた早川さんに対してその気持ちは出さない様にする事に徹していた。
当時の私は随分とバイクに対して偏見を持っていた。今でこそ、その話をすると早川さんはお腹を抱えて笑い出してしまうが…(苦笑)
私のバイク嫌いの理由は単純明快だった。「あんな乗り物、不良の乗り物」たったコレだけだった。
191 :華 :2007/02/05(月) 21:23:08 ID:fSD1t3iC
夜も更け時計は午後10時を回っていた。「そろそろ行こっか」と私が言うと早川さんが「花ちゃん、ベル番いくつ?」とポケベルの番号を交換し合った。
会計を済ませ白髭のマスターにコーヒーのお礼を言い店を出ようとした。店を出る前に入り口の壁真上に吊るされた一枚の革ジャンが目に入ってきた。
その革ジャンは古ぼけた感じを見受けられたが黒光りし、何かを感じさせるようなオーラを女ながらに感じた。首襟の真下に拳ほどの刺繍が施されていた。
私は目を細め、その刺繍に目を向けた。日本の伝統文化である「狂言」などに使われる「翁」の能面が施されていた。
早川さんが扉を出ると私も続いて店を出た。喫茶店の閉店時間もあってかマスターも外に出て路上看板を店に入れ始めた。「わたしこっちだから 家に着いたらベル入れとくね」「うん、わたしこっち方面だからここでバイバイだね」
私は店から右へ、早川さんは左へと久し振りの再会を楽しみ別れた。 辺りは暗く寒かったが、全てを話せた私にとって気分は晴れやかだった。
そして私の片隅に残るあの「翁」の革ジャンは数日後に運命的な再会を果たす始まりのピースの一つだったに過ぎなかった…
204 :華 :2007/02/06(火) 20:28:19 ID:oPpmbMjd
私は喫茶店から暗い夜道をまっすぐと家路に向かった。先程早川さんと出会った看板の掲げられていないバイク屋の前を無意識に通り過ぎた。
ふと早川さんがバイクの免許を取るという言葉を思い出し、バイク屋の前に足を戻した。暗い夜道に店先の街灯とショウウィンドウの小さな灯りにうっすらと光を当てられる様に一台のバイクが置かれていた。
フロントタイヤの脇には説明文の様なプレートが置いてあり私は目を向ける。 そのバイクは「SUZUKI RGV250γ−SP」という名前だった。
「ふ〜ん…早川さんがバイク…ねぇ…」と呟いた。不良になりたいのか?などと少しばかり早川さんを心配するお節介な自分がそこに居た。
私にはバイクに何一つ魅力を感じることなく看板の掲げられていないバイク屋を立ち去り家へと向かう。
余談だが、この「RGV250γ−SP」は後に「鬼才・堀川」の愛機として私と一騎討ちを展開する事となる。
家に帰るとまだ父は帰ってない様子だった。私は部屋に戻りベットに流れ込むように寝転んだ。後頭部に両手を組み足を組んで「自分」という人間を考え出した。
カツオとは付き合っていた訳ではない。むしろ毎年バレンタインデーにはチョコを渡し中学2年から毎年告白しフラれること4回目、そして今日で5回目の無言の失恋を迎えた。
高校でみんなと別々の高校へ進学してから私には何かが欠けていた。 何かが失われていた感触があった。そして私はひとつの事に気付き出した。
「弱くなった…」
漠然とした結論に達した。そこから何故弱くなったかを考え出した。30分程考えているうちに睡魔に襲われ始める。その弱さの原因が「正義感」という結論に達して目をゆっくり閉じた。
ポケベルには早川さんから「ファイト」とメッセージが送られていた。
205 :華 :2007/02/06(火) 20:28:49 ID:oPpmbMjd
学校の授業は正直ダルイ。教科書を立てて如何に弁当をバレずに喰うのかが私の日課だった。ボーっと外を眺めたり、舎弟共とたわいの無い話をして下校する。
しかしそんな退屈も家に帰り着替えてから「珈琲・浦野」に向かい、早川さんとコーヒーを啜るのが楽しみとなってきた。
色々な事を話したり軽食メニューを楽しんだり毎日が楽しかった。そんな楽しい日を一週間を過ぎるか過ぎない頃に運命の日を迎える。
随分と話し込んでしまい気付けば閉店の10時を過ぎていた。白髭のマスターと早川さんにおやすみの言葉を交わし暗い夜道へと歩き出した。
あの出来事の事も吹っ切れていたのか気分よく安っぽいポーチをグルグル回しながらテンションはハイだった。
ビィィィィ〜ンと後ろから原付が迫っていたが気分の良い私は気付きもしなかった。その時、グルグル回していたポーチが原付にあっさり奪われた。原付に二人乗りした茶髪の高校生達に奪われてしまったのだ。
「あ〜ひゃっひゃっ 見たかよ?あの間抜けな豚面〜」と言う声と共に原付は抜き去ってゆく。何が起きたのかわからなかった。
カバンが無い事に気付いたのはそれからだった。「ヤラレた…」と手を膝に被せ、うつむいた時ダダダダダダと歯切れの良い音が猛スピードで近づいてくる。
「なんなの…バイクって結局不良の乗り物じゃない…」そう思い顔を上げると後ろから迫っていた歯切れの良い音と共に猛スピードで黒い塊が私を抜き去っていく。「なんなのよ…もうバイクなんてうんざり」そう呟き前方に目を向けた。
206 :華 :2007/02/06(火) 20:30:35 ID:oPpmbMjd
するとガシャーンという音と共に茶髪の二人乗りは蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。そこには黒い塊からぼんやりと光る赤いテールランプと横たわった原付が転がっていた。
何が起こったのか理解できず暗い夜道で立ち尽くすことしか私には出来なかった。
暫くすると黒い塊がUターンしてゆっくりとトトトトトという可愛らしい音を立ててコチラに向かって来た。私は怖くなり目をつぶってしまう。そのバイクは私の前に止まり出す。「怖い…」これがその時の素直な気持ちだったのを覚えている。
ゆっくりと一歩一歩近づいてくる… ギュ、ギュというレザーの音と共に… 私は怖いもの見たさで目を開けた。
目の前の人間の姿に恐怖した。全身黒の革で覆われヘルメットは骸骨のような黒のヘルメットだった。シールドはミラーシールドで中は誰だかわからず私の怯える豚っ面が映り込んでいた。異形とも感じる姿の人間はギュっと音と共に右手から私のポーチを差し出してきた。
その右手のグローブには、異形な姿にはとても似つかない真っ赤な色が鮮やかな椿のワッペンが縫い付けられていた。
震え上がる私を見てその異形な姿の人間はそっとポーチを足元に置きゆっくり振り向きバイクに跨り出す。すると襟元には「翁」の刺繍が施されていた。気付いた時にはタタタタタという音と共に走り去っていってしまった。
それが私と≪椿翁(つばきおう)≫との最初の出会いであり、私と早川さんの師父となる人との出会いだった…