3-3 カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜

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408 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/15(水) 22:44:44 ID:9wLodq85
数年ぶりに訪れた義兄たちの部屋。

食卓での父さんの様子だと、
義兄が解放されるにはまだ時間がかかるだろう。

僕は財布から今日手に入れたばかりの免許証を取り出し、
じっくりと眺めてみる。
昨日までの僕よりも
すこしだけ大人になったように見える僕の写真。

16歳の誕生日に、憧れの免許を手に入れる。
タバコの味をおぼえた頃から思い描いた、
僕が『大人』になるための計画では
今頃、あのスーパーカブで走り出していたハズなのに…

そんな事を考えていると
突然ふすまが開かれ、義兄がやってきた

『待たせちゃったみたいだね、ごねんねカツオ君。』



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409 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/15(水) 22:53:53 ID:9wLodq85
義兄と二人っきりになるのなんて
何年ぶりのことだろう?
ふとそんな事を考えてしまい思わず僕は義兄から目を逸らす。

『カツオ君もバイクに興味を持つ年頃なんだもんな〜
 僕も歳を取ったってわけだ。』

少し照れたような表情を浮かべる義兄。
僕は思い切って、今日一番の疑問をぶつけてみることにした

『ねぇ兄さん…あのカブ治せないの?』

『う〜ん…治せないってことはないだろうけど…』

そういいながら表情を曇らせる義兄

『どうやったら治せるの!?』

思わず僕は大きな声を出してしまった。
そんな僕を無視するかのように、
義兄は遠い目をし、ポケットからタバコを取り出した。
ゆったりとした動作で、タバコに火をつけ深く息を吸い込む義兄。

『カツオ君は…バイクが好きなの?』

義兄はいつになく真剣な表情で、
煙とともにそんな言葉を吐いた。


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411 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/15(水) 23:04:57 ID:9wLodq85
意外な質問に戸惑う僕。
何て答えたらいいのか思いあぐねていると、
義兄は、何も言わずに立ち上がり、
机の引き出しから一枚の写真を取り出し、僕に手渡す。

『この写真は…?』

『10年以上前の僕だよ。まだ独身だった頃さ。』

『義兄さんもバイクに乗ってたの?』

『もちろん。』

『この隣に写っている人は?』

『誰だと思う?』

じっくりと写真を眺めてみる僕。
白黒写真には、どこまでも続く平原と
真っ直ぐな道、そして2台のバイクと、
それに跨がる若い男達が写っていた。


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413 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/15(水) 23:19:11 ID:9wLodq85
『どうやらわからないみたいだね』

『ヨンフォアに乗ってるのが
 マスオ義兄さんだってことはわかるんだけど…
 こっちのカタナの人は…』

『アナゴ君だよ。知ってるだろう?』

『え…これが…?』

『これがってのは失礼だなぁ!!
 ま、10年以上も前の写真だからしかたないけどさ』

意外だった。
義兄がバイクに乗っていたことが。
平凡極まりない大人だと思っていた義兄に
こんな青春時代があったということも。
そして…義兄が、こんなにも溌剌とした笑顔を持っていたということも。
そんなことを思いながら、改めて写真を眺める僕。

『ねぇカツオ君…男と男の約束をしないかい?』



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416 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/15(水) 23:28:16 ID:9wLodq85
唐突な義兄の言葉に、戸惑う僕。

『約束って…?』

そう問いかけた僕の瞳を
しっかりと見据える義兄。

『タラオが生まれたときに…サザエと約束したんだ。
 バイクには乗らないって。』

『じゃあ義兄さんは今は…』

そこまで言いかけた僕は、
義兄のいつにない真剣な表情に思わず言葉を飲み込む。

『……これから僕がする話を、絶対に誰にも言わないと約束できるかい?』

義兄は重々しくそう呟いた。


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420 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/16(木) 00:04:32 ID:4wp2SKdA
『バイクがなかったら…今の僕は存在しないと
 そう心から思えるんだよ。
 いろんな事を、バイクから教わったし…
 かけがえのない思い出や…友達をバイクから貰った。』

ひとつひとつの言葉を、選ぶようにして、
義兄は僕に語りかける。

『いいかいカツオ君。
 バイクってのは…雨が降ったら雨に向って
 風がふいたら風にむかって…
 一瞬たりとも止まることなく、走り続けなきゃならないんだ。
 僕は…立ち止まることなんて出来なかった。』

『マスオ義兄さん…』

『だから…今もあの頃と何ひとつ変わることなく
 走り続けているんだ…。』

義兄がバイクに乗っていた…。
今まで僕の知っていた義兄とは
あまりにもかけ離れている事実だった。

『カツオ君…もう一度だけ聞いてもいいかい?
 カツオ君は…バイクが好きなのか?』


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436 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/16(木) 12:37:53 ID:RiefMtPV
とても大切なことを訊かれているような気がした。
返答しだいで僕の人生が大きく変わってしまいそうな
そんな気がしていた。
けれど…迷いなんてなかった。

今の僕はバイクに乗ることだけを夢見ている。
どうしてバイクなのか?
明確な答えがあるわじゃない。
けでど僕の中にある、やるせない想いはバイクじゃなければ
解消できない…そんな気がしていた。
だから僕は、こう答えたんだ。

「マスオ義兄さん…僕はバイクが好きなんだ」

思えば…この一言からすべてが始まった。


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438 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/16(木) 12:49:10 ID:RiefMtPV
「そう言うと思ってたよ」

義兄は満足そうにそう言うと、
腕時計に視線を這わせ颯爽と立ち上がった。

「まだ時間はあるな…カツオ君、明日は土曜だろ?
 学校は休みだよね?」

「うん。」

「じゃあ、ちょっと出かけようか?」

突然の義兄の申し出に戸惑う僕。
しかし義兄は僕の戸惑いなどどこ吹く風で、
でかける仕度を始めていた。

「え…これから?どこに行くのさ?」

部屋を出て行こうとする義兄の背中にそう問いかける。
しかし義兄は僕の質問には応じずに、玄関へと向かう。

台所から姉の大声がする。

「マスオさ〜ん!!でかけるの〜?」

「ちょっとタバコを買いにカツオ君と出かけてくるよ〜!!」

いつもどおりの平凡な夫の声で答える義兄。

「じゃあ一緒にお醤油も買ってきて〜!!」

いつもと少しも変わらない日常が、たしかにそこにあった。


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440 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/16(木) 13:01:24 ID:RiefMtPV
家を出た義兄は思いつめたような表情で
夜の街を歩く。
いつもの義兄とはあまりにかけ離れた雰囲気に
僕は気おされていた。

訊きたいことはたくさんあった。
これからどこへ行くつもりなのか?
義兄は今、何のバイクに乗っているのか?
義兄にとってバイクとは何なのか…?

様々な疑問が僕の頭の中をめぐるが
何一つとして言葉にすることは出来なかった。

気がつくと駅前にやってきていた。

「カツオ君、ちょっと電話するからここで待っててくれる?」

家を出てからの初めての義兄の言葉だった。


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441 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/16(木) 13:12:26 ID:RiefMtPV
そう僕に言い残し、公衆電話に向かう義兄。

電話…?
一体どこに?
あらたな疑問が僕の中にわきあがる。

「さてと…これで準備完了だよ。」

さっき見た、あの写真のままの溌剌とした笑顔で
義兄はそう言った。

「準備?」

「ははは。カツオ君、そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫だって」

「これからどうするつもりなの?」

そんな僕の質問を、まるで聞こえなかったかのような表情で
義兄はポケットからタバコを取り出し火をつける。

「タバコ…吸えるんだろ?」

あまりにも意外な義兄の言葉に
反射的にうなずく僕。

「ほら。」

義兄は僕にハイライトを手渡す。
少し緊張しつつ、パッケージから一本抜き取り
咥える僕。


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478 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/17(金) 00:19:39 ID:SRhhPRVH
家族の前でタバコを吸うなんて思っても見なかった。
自分が大人になったかのような…ちょっと照れくさい
不思議な気分だった。

2本のタバコを灰にした頃、
クラクションとともに、軽自動車が僕達の目の前に止まった。

「来た来た。ごめんな突然呼び出して!!」

そう言いながら、軽自動車に歩み寄る義兄。
ゆっくりとパワーウィンドーが開き、
車窓から顔を出したのは…

義兄の同僚、アナゴさんだった。


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480 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/17(金) 00:26:53 ID:SRhhPRVH
「さ、カツオ君、乗った乗った!!」

そんな義兄の言葉に促され、
軽自動車の後部座席に乗り込む僕。

「やぁカツオ君、久しぶりだね。」

運転席から振り返って、僕に笑顔を向けるアナゴさん。
予想外の展開に僕は「あ、どうも…」と、
小声で言うのが精一杯だった。

義兄が助手席に乗り込んだのを確認すると、
車を発進させるアナゴさん。
金曜の夜ということもあり
比較的混雑している駅前を抜け、
車は住宅街に入っていく。

「あの…マスオ義兄さん、どこに向ってるの?」

「それはついてからのお楽しみ。」

15分ほど住宅街を走っただろうか?
小奇麗な一戸建て住宅の駐車場に入った。

「ここは…?」

そんな僕の問いかけには答えずに、
助手席から降りてしまう義兄。


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485 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/17(金) 00:55:24 ID:SRhhPRVH
「カツオ君、降りて待っててくれる?
 僕は後から行くからさ…」

アナゴさんの言葉に頷き、
僕も車を降りた。

「マスオ義兄さん?どこ?」

「こっちこっち〜!!」

義兄の声はどうやら、この家の庭らしきところからだった。
小走りで声の方に向う僕。

ふと気になって、この家の表札を確認してみると、
「ANAGO」というプレートがかけられていた。
やっぱりアナゴさんの家だったんだ…

ひとつの疑問が氷解したことで、
少しだけ緊張がとけた僕は、庭へと向う…

芝生の敷き詰められた庭には義兄の姿はなかった。
もしかして義兄は家の中に入ってしまったのか?
そう思い、視線を家屋に向けると、
庭の隅にあるプレハブ小屋が目に付いた。

おそらく義兄はあの中に行ったのだろう。
僕はプレハブ小屋に行ってみる事にした。


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487 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/17(金) 01:09:51 ID:SRhhPRVH
おそるおそるプレハブ小屋のドアを開ける僕。

蛍光灯の明かりと共に
僕の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。

「これ…もしかして…」

そう言うのが精一杯だった。
それほど僕の目の前の光景は信じられないものだった。

「ああ…これが僕の愛車だよ。」

「本当に!!」

まるでエンジンにタイヤをつけたかのような車体。
見るものを圧倒せずにはいられない唯一無二のデザイン。
ピークパワー145馬力を発生するエンジンユニット…

YAMAHA V-max1200

これが義兄の愛車だった


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497 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/17(金) 11:38:43 ID:CTiApVFT
「さてと…じゃあ出発するか?」

そんな言葉と共に、アナゴさんがプレハブ小屋にやってきた。
先ほどまでの休日のオヤジのような
ダサいポロシャツとチノパン姿ではなく
使い込まれた黒のシングルライダースに革パンという
完璧なライダースタイルだった。
そして彼の両手には、使い古したフルフェイスのヘルメットが二つ。

「出発って…?」

そう聞き返した僕に片方のフルフェイスを僕を
投げてよこすアナゴさん。

「僕のお古のメットだけど…よかったら使ってくれよ。」

うなずくのが精一杯だった。


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501 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/17(金) 13:02:41 ID:CTiApVFT
そう言いながら、プレハブ小屋の中央に鎮座する
カバーのかけられたバイクに近づくアナゴさん。

カバーの中から現れたバイクに僕は目を奪われた。

存在感のある空冷直4エンジン
ノーズからテールまでの流れるようなボディライン

「これは…」

「アナゴ君は本当にカタナが好きだなんだよ
 何台乗り継いだっけ?」

「4台だな。でも俺はコイツが最後の相棒だと思ってる。」


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516 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/17(金) 23:50:03 ID:QQTt+BrA
GSX1100S…これがアナゴさんの愛車だった。

「最後の愛車〜?その台詞を僕は何度聞いたっけ?
 こいつが4台目のカタナだから…4回?」

すかさず義兄がちゃかす。

「ったく…!!」

義兄をひと睨みしたアナゴさんは
なれた手つきでカタナをプレハブ小屋から押し出していった。

それにしても…このプレハブ小屋に入ってきてからの
義兄たちの表情はまるで少年のようだ。
さっき義兄の部屋で見たあの写真のままの。

僕にとってバイクは『大人』になるためのものだが
きっと彼等にとってバイクとは『少年』へ戻るためのかけがえのない存在なのだろう
だから…あんなにも眩しい笑顔をすることができるのだ。


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518 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/18(土) 00:02:31 ID:QQTt+BrA
「僕等も行こうか。」

義兄はそういいながらバイクを押しはじめる。

庭ではすでにアナゴさんがカタナに跨っているところだった。
ショウエイの黒いフルフェイスを被ったアナゴさんが
シールド越しに義兄に問いかける。

「今日のコースは?
 カツオ君がいるから下道だけだろ?」

「そうだな…246でも流すか?」

義兄がフルフェイスを被りながら答える。

「了解〜!!」

おどけたような調子でアナゴさんが言い、
そしいぇエンジンに火を入れた。
迫力のあるエンジン音が、夜の街に響き渡る。

そのエンジン音に呼応するようにV-maxも目覚める。
V4エンジン独特のドロドロとした低音。
改めて義兄のバイクを眺めると
所々手を加えているようだ。
ひときわ目をひくは、唯一無二のV4エンジンを強調するかのような
4本だしのマフラーだった。

颯爽とバイクに跨った義兄が僕に言った。

「さ、後ろに乗って!!」


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520 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/18(土) 00:12:30 ID:RuUeZfX0
恐る恐るV-maxの後部シートに跨る僕。
背中越しに義兄が言った。

「カツオ君、しっかり捉まっててくれよ!!」

なんて力強く、そして自信に満ち溢れた声なのだろう。
義兄がこんな声をだすなんて…

そんな僕の想いすらも置き去りにするかのように
一気にスタートするV-max

後方からはカタナが、
これから始まるであろう長い夜へ向けて
甲高い叫び声を上げていた。

息をするのも忘れるほどの加速。
Vブーストが作動したのだろう
エンジンが迫力のある低音から、
夜の闇を引き裂くような雄叫びに変わって行った…


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546 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/18(土) 20:07:47 ID:W5KP4lek
あっという間に住宅街を抜け、
246にへと合流する2台のバイク。
金曜の夜ということもあって、
かなりの数の車が走っていた。

鮮やかなライディングで車をパスして行く義兄とアナゴさん。
法定速度ははるか後方へと消え去って行くった。

さっきまであれほど大きく感じていた排気音すらも
いまは聞えない。
ただ僕の耳には風を切り裂く音だけが響いていた。

前方のシグナルが赤に変わる。
停止線に並んだ、カタナとV-max。
義兄とアナゴさんはシールド越しに一瞬、視線を交錯させ、
互いに頷きあう。


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547 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/18(土) 20:18:02 ID:W5KP4lek
アクセルを吹かし始める二台のバイク。
爆音とともに僕は緊張感が高まって行くのを感じていた。

シグナルが青に変わった瞬間、
絶妙なクラッチミートで145馬力を搾り出すエンジンから
リアタイヤへ…そしてアスファルトへとパワーが伝わる。

目の前にあるすべてが、一瞬にして後方へと流れる。

3速までシフトアップしたところで、
シグナルが赤へと変わった。

数秒遅れてアナゴさんがやって来た。

そしてまた二人のライダーは前方のシグナルを睨み付けながら
アクセルを吹かしはじめる。

今度は、義兄よりも前にアナゴさんのカタナが出た。
タンクを抱くような姿勢で加速を続けるアナゴさん。

それにしても…二人とも物凄いテクニックだった。
速度こそ尋常ではないものの、
二人のライダーは他車の位置関係をすべて把握しているかのように
滑らかに走り続けている。
二人は、他車の進路を妨害することも、
急ブレーキを踏ませることもなく、
ひらりひらりと迫りくる車体をパスしながら、加速していくのだった


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548 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/18(土) 20:25:25 ID:W5KP4lek
何度シグナルグランプリに興じていたのだろう?
気がつけば僕達は東京の街を抜け、
神奈川県に入っていった。

R246からR16へ。
2台のマシンはペースを落とすことなく
走り続ける。

ふとカタナに目をやると
アナゴさんが左手で前方を指差す。

視線を前方へ移すとそこには
横浜の海があった


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570 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/19(日) 20:36:41 ID:wwB/6NpH
海の見渡せる公園のそばにバイクを停めた義兄とアナゴさん。
ヘルメットを脱いだ途端、アナゴさんが叫ぶ。

「ホラっ!!さっさとコーヒー買って来いよ!!」

「わかってるって!!」

アナゴさんに負けないくらいの大声で
義兄は応え、バイクを降りて自販機へ走る。

そんな二人のやりとりを不思議そうな目で眺める僕の視線に気づいたのか
アナゴさんは照れたような笑みをうかべてこう言った。

「僕達が街を流す時は…昔からシグナルグランプリをやってるんだ。
 で…負けたほうがコーヒーを奢るってワケさ。」

バイクを降りたアナゴさんは公園の中へ。
僕も後に続く。


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645 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/24(金) 17:33:10 ID:WoDVtm+d
見晴らしのよいベンチに腰をかけたアナゴさん。
僕も彼の隣に座り、タバコに火をつけた。

潮風とともに吸い込んだハイライトの煙…
はじめて心からタバコを美味いと思った。

「お待たせ!!」

缶コーヒーを3つ抱えた義兄がやって来た。

缶コーヒーとタバコ…そして夜の海。
ライダーに何よりも似合うシチュエーションに
僕は何の言葉もなかった。


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646 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/24(金) 17:37:45 ID:WoDVtm+d
どれだけの時間、海を見つめ続けていただろうか?
誰に言うでもなく、アナゴさんがつぶやいた。

「やっぱ…バイクはいいよな。」

「ああ…そうだな。」

義兄は真っ直ぐ海を見つめたまま答える。

「カツオ君…さっきフグタに聞いたんだけど、
 今日、原付の免許取ったんだって?」

「はい!!」

「そうか…じゃ、お祝いしなきゃな。」

「え…?」

お祝い…?
アナゴさんが…?
そんな僕の疑問を無視するかのように、
アナゴさんは立ち上がる。

「さ、そろそろ戻るか!!」


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647 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/24(金) 17:45:13 ID:WoDVtm+d
そして僕達はバイクの元へと戻った。

来た時と同じように、義兄の後ろに乗ろうとした僕を
アナゴさんが引きとめる。

「帰りは俺の後ろに乗りなよ!!
 フグタにハンディをあげないと
 タンデムのせいで負けたって言い訳するからな!!」

「しねぇよ!!」

「じゃ、もし帰りも俺に負けたらどうする?
 例によってガス満タンで手を打つか?」


アナゴさんのおどけた調子に、
苦笑しながらも頷く義兄。

そして僕達は帰路についたのだった。


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670 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/26(日) 14:21:39 ID:7gvTfznd
夜の街を疾走する2台のバイク
アナゴさんの駆るカタナは
暴力的なまでの加速をみせる義兄のV-maxとは違い
なめらかに非日常的スピードへといざなう。

交通量も少なくなった246で
僕たちは運命ともいうべき一台のバイクと遭遇したのだった…


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672 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/26(日) 14:38:51 ID:7gvTfznd
信号待ちの度にシグナルグランプリを繰り返す
カタナとV-max
やはりタンデムのハンディは想像以上なのか
V-maxがその潜在能力を発揮し
アナゴさんは苦戦しているようだった。

いくつ目かの信号で停車したときだった。
前方には一台の車もないという
まさにおあつらえ向きのシチュエーションにぶつかった。

メット越しにアナゴさんが叫ぶ

「カツオ君…ちょっと本気をだすからしっかりつかまってて!!」

ただならぬアナゴさんの気迫を
義兄も感じたのだろう…
ひときわ激しくアクセルを吹かす。

シグナルが変わる直前の一瞬の静寂…
そして運命のシグナルが変わった…


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673 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/26(日) 14:42:03 ID:7gvTfznd
今まで感じたこともないような
強烈な加速…
息をすることさえもできないほどの密度で
通り過ぎていく永遠のような一瞬の時…

カタナが先行し、それを追走するV-max。

そのときだった…
2台の排気音とは違う
もうひとつの咆哮が後方から迫ってきたのは…


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685 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/27(月) 15:24:43 ID:CLO2y7a0
義兄の駆るVmaxの唸るような排気音
そしてアナゴさんのカタナの悲鳴のような音…
それとは明らかに違う、もうひとつのエキゾーストが迫る。

スピードに魅せられたライダー達に
言葉はいらないのだろう。
やる気を感じさせる咆哮を聞いた瞬間、
アナゴさんはカタナの小さなシールドに身を隠し、
さらにアクセルをひねる。
そして義兄のVmaxも耳をつんざくような高音で叫ぶ。

一体、時速何キロでているのだろうか?

遥か後方に消え去った法定速度
眼前の車がまるでパイロンのように迫る
それでも加速を続ける2台のバイク
そして追撃を続けるもう一台のバイク…



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686 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/27(月) 15:34:46 ID:CLO2y7a0
一瞬の出来事だった。

やはりアナゴさんや義兄には
僕と一緒にいるという遠慮があったのだろう

前方のシグナルが黄色に変わった瞬間に
アクセルを緩めるアナゴさん

しかし…追撃するバイクはそのスピードを緩めることなく
ひときわ激しいエキゾーストを残し
ぎりぎりのところでシグナルをパスしていったのだった。

カウリングされた漆黒のバイクだった。
あまりのスピードに僕は、そのバイクが一体なんだったのかを
判別することもできなかった。

信号で停車したアナゴさんと
それに並ぶようにして停車させる義兄
二人の視線がシールド越しに交錯する。

「奴か…?」

押し殺したようなアナゴさんの声。
その質問に黙って首をかしげる義兄。

奴…?


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687 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/27(月) 15:43:48 ID:CLO2y7a0
信号が変わり、発進させる2台のバイク
しかし先ほどまでのスピードを出すこともなく
まわりの車のペースに合わせた走行だった。

『奴』を追走しないのだろうか?
あの黒いバイクを義兄たちは知っているのだろうか?

そんなことを考えているとアナゴさんが
さっきとは打って変わったいつもどおりの
のんきな声で僕に言った

「カツオ君…もうあんまり飛ばさないから安心していいよ!!」

「え?どうして?」

思わずそう聞き返した。

その質問にアナゴさんは答えることなく
ゆったりとしたペースで帰路につく。

僕たちの住む街が近づいた所で
久々の信号につかまった。
背中越しにアナゴさんが言った。

「カツオ君…俺は、いや俺たちはバイクが好きなんだ。
 だから絶対にバイクでは死にたくないんだよ。」

その言葉の重さと意味を僕が理解できたのは
何年も後のことだった。


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689 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/27(月) 22:22:26 ID:pfAZw/1h
アナゴさんの家のプレハブ小屋に到着した僕達。
ふと時計を見ると
まだ夕食を終えてから2時間ほどしか経っていないことに気づく。
何て濃密な時間だったのだろう。

原付の免許を手に入れ、
義兄達の知られざる一面を知り
夜の街を駆け抜けた…
昨日までは想像することもできなかった
現実がそこにあった。

しかし…今日という日はまだ終わってはいないのだった。

「さてと…カツオ君の免許取得祝い〜♪」

メットを脱いだとたん、バイクに乗っていた時とは正反対の
おどけた調子でそう言ったのだった。


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720 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/28(火) 12:44:30 ID:cNz8vl8e
改めてプレハブ小屋の中を見渡してみる僕
10畳ほどの小屋の中には
義兄のVmaxとカタナが中央に寄り添うように置かれ
入り口のドア付近にテーブルと椅子が3脚。
そして壁際に設置された棚には工具や
バイクのパーツが無造作に置かれていた。

そして…
棚の脇にもう一台、バイクカバーの掛けられた
一台のバイクが忘れ去られたように置いてあった。

そのバイクのそばに近づいたアナゴさんは
僕のほうを振り返り満面の笑みでこう言った

「カツオ君、カバーを外してごらん?」



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722 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/28(火) 12:51:56 ID:cNz8vl8e
はやる気持ちを抑え、
ゆっくりとカバーを外す僕…

中からあわられた鮮やかな白とブルーの
美しい車体に目を奪われた…

「コレ…」

そうつぶやいた僕の隣に
静かに歩み寄ってきた義兄とアナゴさん。

「コイツはね…俺とフグタの玩具なんだよ」

「どういう事?」

「アナゴ君と共同所有してるバイクなんだよ。」

運命の出会いだった。
僕と…ロスマンズカラーのNSR50との…。


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724 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/28(火) 12:58:51 ID:cNz8vl8e
「跨ってみるかい?」

アナゴさんの言葉に頷くことも忘れ
早速僕はNSR50に跨ってみた。

「結構似合うじゃないか!!」

義兄がそういいながら、棚に向かう。
しばらくゴソゴソと棚を探して後、
僕に何かを投げてよこす。

反射的に義兄の投げた物をキャッチした僕
ゆっくりと手を広げて見る僕。
HONDAと刻印されたキーだった…


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725 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/02/28(火) 13:08:10 ID:cNz8vl8e
自分の置かれている状況がまったく理解できなかった。

革ジャンのポケットからハイライトを取り出し
何も言わずに火をつけるアナゴさん。
そして義兄は穏やかな笑みをたたえ僕を見つめている…

深々とタバコを吸い
ゆったり煙を吐き出すアナゴさん。
そして…

「いいか?コイツは俺の…いや俺たちのバイクだからな。」

「え…ええ、わかってます…。」

「こかしたり傷つけたりしたら承知しねーぞ!!」

「え…それって…」

「アナゴ君は君に…コイツを貸してやるっていってるんだよ。な?」

義兄の言葉に照れたように頷くアナゴさん。
コイツを貸してくれる…


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835 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/06(月) 00:28:42 ID:4x2Cty2Z
恐る恐るNSR50のエンジンをかける僕。
キック一発で、エンジンに灯がともる。
夕方、悪戦苦闘したカブのエンジンとは大違いだった。

心地よいエンジンの振動をしばらく感じた後、
慎重にアクセルを開く…
2st特有の割れるような排気音がプレハブ小屋に響き渡る。

「ちょっと走ってみるか?」

エンジンをかけただけで、
思わずニンマリとしてしまった僕をみて
アナゴさんは言った。

慎重にクラッチを操作し、ローギアに入れる。
そして…ゆっくりとクラッチレバーを離す。

NSR50は、ソロリソロリと前進を始めた。
何度か切り返し、プレハブ小屋から出る僕。

「カツオ君、忘れ物!!」

振り返ると、フルフェイスを持った義兄がいた。


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847 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/06(月) 07:45:53 ID:DTvaq021
ヘルメットを被り、NSR50をスタートさせる。

先ほどまでの、タンデム走行の速度の
おそらく5分の一の速度もだしていないのに、
僕にとってはコイツが何よりも速く感じられた。

何周かアナゴさんの家のまわりを走っていると、
だんだん、バイクを操作することにもなれてきた。

何て面白いのだろう。
憧れ続けたバイクに、僕は乗っている…
もうそれだけで満足だった。


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872 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/06(月) 23:17:21 ID:359BuD+y
飽きることなく、アナゴさんの自宅周辺の道を走る僕。
自転車とは明らかに違う、バイク独特のスピード感に
僕は酔いしれていた。
思わずフルフェイスの中で、歓喜の雄叫びをあげてしまった。

アナゴさんの家の前の道に差し掛かった瞬間、
門の前に並んでいる義兄とアナゴさんが見えた。
僕は思い切りアクセルを開く。

どこまでも加速しようとする車体…
タンクを抱くように身を伏せる。
風の音と、エンジンの音しか聞えない。
想像以上だった。
自分の手で操縦するバイクの面白さは。


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873 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/06(月) 23:26:00 ID:359BuD+y
「カツオ君〜!!そろそろ帰ろう!!」

義兄の呼びかけで、ようやく我に返った僕。
アナゴさんの家の前にNSR50を停め、
フルフェイスを脱ぐ。

「どうだった?記念すべき初走行の完走は?」

「アナゴさん…最高ですよ!!」

「そうか…よかったな。」

「初めてにしては上手かったよ、カツオ君!!」

義兄が優しげな表情で、そう言った。

先ほどのVmaxでの走りを知っているだけに
きっとお世辞なんだろう。
でも素直に嬉しかった。
そして僕は、義兄達のようにもっと上手く、
速くなりたいと思った。

「プレハブには俺がいないときでも気にせずに、
 いつ入っても構わないから
 バイクに乗りたくなったら好きな時においでよ。」

「はいっ!!ありがとうございますっ!!」

「ちなみに小屋の鍵は入り口の脇にある植木鉢の下に隠してあるから。
 合鍵はフグタも持ってるけどさ…。」


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20 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/12(日) 20:24:27 ID:bnawjMtU
「相変わらずアナゴ君は鍵をそんなベタな所に隠してるのかい?」

「悪かったな!!」

苦笑しながら突っ込む義兄に、すかさず切り返すアナゴさん。
憎まれ口を叩きあう二人を見ていて、
本当に仲がいいんだな…と、僕は今更ながらに思った。

「フグタ、明日も走るのか?」

「ああ。俺が走らないってなんて言っても、
 カツオ君は一人でも乗りに来るだろうしね。
 やっぱり初心者の内は面倒みてやりたいんだよ。」

「じゃ、明日な。」

そんな会話を交わし、僕達はアナゴさんの家を去ったのだった。

ゆっくりと家路へ歩く僕達。
のんびりとした調子で義兄が言った。

「カツオ君、楽しかった?」

「もちろん!!」

そう答えた僕を、真剣な目で見つめる義兄。
 


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21 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/12(日) 20:32:09 ID:bnawjMtU
人生を左右するような、大切な言葉や、出来事。
運命と呼べるような出会いや別れ。

振り返れば、いつだって『あの時、ああすればよかった』
けれど人は、運命の瞬間に立ち会うといつも無力だ。

今にして思う。
あの時の義兄の言葉の意味を、
もっと真剣に受け止めるべきだったと。

「カツオ君…絶対に死ぬなよ。」

義兄はそう呟いた。

「え…?」

「バイクが好きなら、絶対にバイクで死んじゃダメだ。」

義兄はそう言ったきり、家にたどり着くまで、
ずっと口を閉ざしたのだった…。


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22 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/12(日) 20:39:27 ID:bnawjMtU
何事もなかったかのように、
家に帰った僕達。

当たり前の日常があった。
さっきまでの出来事すべてが
夢だったかのような気がした。

ついにバイクを手に入れた…
そのことを思い返すたびに、
僕は思わずニンマリと笑ってしまった。

明日はどこに走りに行こう…?

そんな事を思い描きながら、僕は眠りについたのだった。


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255 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/21(火) 12:17:12 ID:2eeLPB1O
刺激的な夜が明けた早朝。
いつに無く、目覚まし時計がなる前に目覚めた僕。

朝になるのがこんなにも待ち遠しかったのは
いつ以来だろう…?
まるで小学生だった頃の遠足当日の朝のような気分だった。

身支度を整えるのももどかしく
僕は家族にばれないようにこっそりと家を出た。
目指すはもちろんNSR50のもとである。

僕のポケットの中には
昨夜、部屋に山積みになっているバイク雑誌を引っ張り出し
ツーリング特集を組んだ記事のページが入っていた。
いくらアナゴさんに貸してもらったNSR50が
走り好きの彼らしいカスタムが施されていたとはいえ、
原付であることに変わりは無い。
そう遠くまではいけないのだ…

早朝の誰もいない街並。
気がつけば僕は駆け足になっていた。
夏の名残なのか、初秋らしくない気温の中を
だたひたすらに走り続ける。
じっとりと汗をかいた頃
僕はアナゴさんの家にたどり着いたのだった。


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260 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/21(火) 20:42:49 ID:bOjuyz+S
昨夜言われた通りに
プレハブ脇の植木鉢の下には鍵が置いてあった。
ワクワクする気持ちを抑え、
鍵を差し込もうとすると…

「お〜早かったじゃん。」

バイクを整備中のアナゴさんの笑顔に出迎えられたのだった。
「昨日…あんまり寝れなかったんだろ?」

「…ええ。」

「やっぱりバイクを手に入れた頃はみんな同じなんだよなぁ〜。
 これからどこかへ行くつもりなのか?」

「一応…ここに行ってみようと思ってるんですよ。」

そういいながら、ポケットの中の
雑誌の切り抜きを差し出す僕


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261 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/21(火) 20:49:44 ID:bOjuyz+S
オイルにまみれた手で
僕から雑誌の切り抜きを受け取り、
ページを見るアナゴさん。

「奥多摩か〜。カツオ君は峠とか興味あるの?」

「いや…別にそういうわけでもないんですけど…。」

「そうか…今日は土曜だし…
 結構バイクとかが多いから気をつけろよ。」

「はい。」

自分でも不思議だった。
昨日までは、
すべての大人が発する、何かを悟ったかのような説教口調に
無条件で反発を覚えていたのに、
アナゴさんの言葉に素直に頷いている僕がいた。

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429 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/28(火) 12:05:25 ID:loFEjIAw
アナゴさんの家を出た僕は
夏の香りの残る道をゆっくりと走っていた。

昨夜はバイクに乗れたうれしさと
夜だったということもあり、
あまり操作について考えず夢中で走っていたが
今は、一つ一つの操作をしっかりと意識し
僕なりにバイクに慣れるために走る。

いつになったら義兄や
アナゴさんのようにバイクに乗れるのだろう…?
やっぱり男だったら、
いや、バイク乗りだったら『速さ』は避けては通れない。

バイクを手にして二日目の僕には
『速さ』とは一体何なのか?
『上手い』とはどういうことなのか?
それすらもわからずに、
ただ走ることしかできなかった。


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439 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/28(火) 23:12:58 ID:qXZUPT1d
R246から環七へ。
昨晩何度もチェックした地図によると
青梅街道を真っ直ぐいけばいずれ奥多摩にでるはずだった。

土曜の早朝ということもあり、
ふだんは大混雑する環七も、スムースに流れていた。

目の前の信号が赤に変わる。
僕の目の前には、何もない…
まるで昨夜、義兄たちが演じたシグナルグランプリのような状況だった。

一体、コイツはどのくらいのスピードがでるのだろう?
ふとそんな疑問がよぎる…
もちろん、原付の法定速度など百も承知だった。

高鳴る胸の鼓動と…
エンジンの振動が僕のなかでシンクロし始めた瞬間
シグナルが青に変わった。


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441 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/28(火) 23:18:30 ID:qXZUPT1d
クラッチを繋いだ瞬間
僕は渾身の力を込めてアクセルを全開にした。

激しい排気音とともに
軽々とフロントを持ち上げるNSR50…

突然のウィリーにあせる僕。
反射的にアクセルを戻し、なんとか車体を安定させ、転倒は免れた。

こんなにもパワーがあったのか…
僕は改めてバイクの凄さを感じていた。


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444 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/28(火) 23:26:14 ID:qXZUPT1d
スピードを出す事で得られる快感と、
その影に潜むリスク…
少しでも油断すると、
一瞬にして『死』の恐怖をチラつかせる。
危険だからこそ、たまらなく魅力的な乗り物…

それが…あの頃の僕にとっての『バイク』だった。

初めて僕をバイクの後ろに乗せた、あの夜
義兄が言った言葉の、本当の意味が理解できるには
まだ僕は若すぎたのだった。

前方のシグナルが赤へと変わる。
今度はウィリーに備え、前輪に体重を預け、
信号を待つ僕。
クラッチをつなぎ、アクセルを全開に…
一瞬にしてNSR50は僕を、非日常の世界へと誘う。


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446 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/03/28(火) 23:32:28 ID:qXZUPT1d
暴力的とも言える加速。
僕はそのスピードの魅力に夢中になってしまった。

もっと…もっと…
もっと速く走りたい…っ!!
それしか考えられなかった。
スピードの中に身をおく僕はただ、
アクセルを捻り続けることしかできなかった。

急速に狭くなる視界。
義兄やアナゴさんの後ろでは分からなかった
風を切り裂く感覚…
シールドに身を伏せ、僕はシフトアップしていく…


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749 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/04/13(木) 00:34:31 ID:advbiQ15
甲高いNSR50の排気音にシンクロするかのように
後方からエキゾーストが迫る…
とっさにミラーを確認する僕。
が…ミラーは何も捉えてはいなかった。
一瞬にして僕の前に飛び出す1台のバイク。

カウルに身を伏せ、更にアクセルを捻る僕。

負けたくなかった。
ただ誰よりも速く走りたかった。
そんな僕の想いに呼応するかのように
加速を続けるNSR50…

カウル越しに前方のバイクを見つめる
白い車体に赤のカラーリング…
あれはもしかして…

前方のライダーも僕のやる気を感じているのだろう。
ミラーを確認し、カウルに身を伏せた。

ジリジリと前方のバイクに迫る。
スピードメーターはとっくに振り切っていた。
それでもなお、加速を続けるNSR50。
メットの中で思わず僕は雄叫びをあげていた…


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750 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/04/13(木) 00:44:15 ID:advbiQ15
間違いない…!!
あのバイクは…TZR50だ…!!

やっとの思いでTZR50に並ぶ僕

もっと…もっと速く…
もっと前にっ…!!

性能差のほとんどない、50cc同士ということもあって
2台の差は全く広がらない…
僕は思わず隣を走るライダーを睨む

ヘルメットのシールド越しに視線が交錯した瞬間、
TZR50のライダーは大きく左にバンクした…
あいつは何をするつもりなんだ…?

そんな疑問は…視線を前方に移した瞬間に消し飛んでいった。

ヤバイっ…!!

僕のライン上にトラックのテールライトが迫る
必死の思いで僕は車体を右に傾ける…!!


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754 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/04/13(木) 12:09:14 ID:5gCtZ8gw
けたたましいクラクションの音。
きしむ車体…
コントロールを失い、暴れまわるリアタイヤ。

間一髪のところで、なんとかトラックをかわした。

やっとの思いで体勢を整え、
アクセルを全開にする僕。

公道を走っているという意識はすでに無かった。
ただ…あのバイクよりも速く走りたいだけだった。

数メートル前方にTZR50
そのテールを挑みかかるかのように睨みつけ
僕は加速する。

早朝の環七は、少しずつ交通量が増えてきていた。
最小限の動きで、車をパスしていくTZR50。
そしてその後を必死に追う僕。

いったいどれくらいの時間、そうやって走り続けていたのだろう?
久々に点灯した赤のシグナルに
仲良く停車する僕達…

そろそろ青梅街道が近い…
僕は心の中で決める。
青梅街道まで、コイツに抜かれなければ勝ちだと。

そしてシグナルがブルーに変わった。

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790 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/04/14(金) 23:56:56 ID:RrwTENUi
渾身の力を込めて加速するNSR50
ほんの一瞬遅れて追走してくるTZR50…

自分でも不思議だった。

偶然路上で遭遇したバイクと
こうやってバトルを繰り広げている事が…
顔も知らない…言葉すら交わしたことが無い
名も知れぬTZR50のライダーと
何ものにも代えがたい、濃密な時を過ごしてることが…

だたひたすらに速く走ることでしか
わかりあえないこともある…
そんな感傷的な想いとは裏腹に
僕達は加速し続ける…


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792 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/04/15(土) 00:06:59 ID:WFKT6fLD
いつまでも、この瞬間が続いて欲しい
どこまでも、走り続けたい
誰にも負けたくない

ヘルメット越しの流れる景色が
非日常的な世界に僕を誘う…

青梅街道まであと少し

2台のペースはまったく衰えることなく
車をパスしていく…

どんどん交通量の増えていく環七
互いのバイクに性能さがない以上、
すり抜けのテクニックで勝敗が決する…

息を止め、ギリギリの車間に突っ込んでいくNSR50
ほんの数センチずれれば即事故につながる状況
怖いと思ってアクセルを緩めたヤツが負ける…!!

あの頃の僕は…
誰にも負けたくなかった。
アクセルを緩めることなどできやしなかった。
流れる景色と共に、すべてを失っていったとしても…


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333 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/04/29(土) 22:41:24 ID:kQPBA5L3
先行する僕とNSR50
そしてそれを追走するTZR50…

ミラーに映る赤い車体が
ゆっくりと…けれど確実に大きくなってくる。
同じ50ccのはずなのにどうして僕よりも速いのだろう…?
スピードが増すごとに何故か冷静になっていく僕の頭の中に、そんな疑問がよぎる…

このままじゃ追いつかれるっ!!
そんな猛り狂う想いと
冷静に状況を観察する僕がいた…

迫り来る車…
それらをひとつひとつ確実にパスしていく僕等。

大型ダンプを僕は左から…TZRは右から抜かしにかかる…
青梅街道まであと100メートル!!
ここで勝負は決まる…


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334 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/04/29(土) 22:44:14 ID:kQPBA5L3
今まで以上にカウルに身を伏せ
アクセルを全開にする僕…

ダンプをギリギリのところでパスした瞬間
僕の目に飛び込んできたのは赤いシグナルだった…

ヤバイっ!!
このままじゃ止まりきれないっ!!!

一瞬一瞬がまるでスローモーションのように変化していく…
TZRは…!?


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335 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/04/29(土) 22:47:10 ID:kQPBA5L3
絶対に負けたくない…
そんな想いと、スピードの中に潜む恐怖が
僕の心の中で交錯する…

どうする…?
このまま止まれるのか…!?
右車線に目をやるとTZRは走り続けていた…

ここでブレーキをかければ負けてしまう…!!
恐怖に無理やり麻酔をかけ、僕は歯を食いしばり覚悟を決めた…


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399 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/05/03(水) 22:42:53 ID:arr7MqDf
急速に狭まる視界で辛うじて
左方向から迫り来る車を捉えていた…

悲鳴のような急ブレーキ
ゴムの焼ける匂い
そしてけたたましいクラクション…

反射的に車体を右に振る
急激な重心移動のために
ふらつきはじめるNSR50…

無理やり麻酔をかけたはずの恐怖が
僕を包み込む…

もうダメだ…!!

白煙とともに小さくなっていくTZR…
僕はブレーキをかけた…


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400 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/05/03(水) 22:46:50 ID:arr7MqDf
やっとの思いで赤信号をパスし、
路肩にバイクを停める僕。

無事に止まることが出来た…
そんな安堵感の中で、
あのバイクに負けたという
紛れもない事実を僕は噛み締めていた。

極度の緊張状態から解放された僕は…
ヘルメットを脱ぎ、タバコに火をつけた。

あのTZR…一体どんなヤツが乗っているんだろう?
またアイツと一緒に走りたい
そう思った。

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689 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/05/18(木) 11:34:33 ID:l6wtuLPK
ゆっくりとハイライトを灰にしてゆく僕。
傍らでは鮮やかなブルーに彩られた
NSR50がアイドリングを続けている・・・

夏の残り香を感じさせる太陽が
アスファルトを焼く
陽炎がどこまでも続く道路の先に見えていた。

ハイライトの甘い煙とともに
僕の心の中にさっきまでの
非日常的な走りが蘇る。

危ないところだった…
一瞬の判断の遅れが事故を起こしていた…
あの時、もしもブレーキをかけずに
さらにTZRを追撃していたら…
もしかしたら僕は事故を起こしたのかもしれない…

紛れもない事実が…
そしてスピードの裏に潜む恐怖が僕の心を蝕む…


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690 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/05/18(木) 11:42:28 ID:l6wtuLPK
確実に僕の心の中で大きくなっていく
死という事実…
それを押さえこみたくて…
そしてそれに恐怖を感じている自分を認めたくなくて
僕はタバコに火をつける。

今にして思えば…
死に近づいていくことこそが
『速さ』なんだと誤解させていたのは
きっと僕が若かったからだ。
けれど16歳の僕にとって
死とはあまりにも遠い…まるで真夏のアスファルトの
陽炎のような存在だった。
地平線の向こう…
死に近づいていくこと…
それこそが『速くなる』ことなんだと信じていた。
死の恐怖に耐えられなくなった奴が、負けなんだ…!!
若さゆえの、誤解。
しかし、16歳だった…あの夏の日の僕には
ただ…歯を食いしばりアクセルを開け続けることしかできなかった…


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691 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/05/18(木) 11:54:17 ID:l6wtuLPK
2本のハイライトを灰にし終えた僕は
もう一度、バイクに跨る。

青梅街道を入り…僕は奥多摩を目指す。
都会の喧騒が少しずつ消えていく
何気ない日常を、一瞬にしてかけがえのない何かに変える
バイクだけが持つ、そんな魅力を感じていた。

けれどやはりあの頃の僕は…
そんなバイクの魅力以上に…
誰にも負けたくないという想いの方が強かったのだった…

もうじき青梅にたどり着く頃、
僕の後方から、周囲を威圧するかのような
排気音が聞こえてくる。
この音は…?

明らかにバイクの排気音だった
甲高いエキゾーストノイズと、低音。
シンクロするかのような2台のバイクの排気音。
その音が聞こえた瞬間、僕は反射的にアクセルを全開にする。

もう二度と、負けたくはない。
そんな想いだけが僕を突き動かす。
そしてそんな僕の衝動に呼応するNSR50。
僕はバイクと一体になる…


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518 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/07/01(土) 12:58:47 ID:7u3AC6jv
その音を振り切ろうと、
必死になってカウルに身を伏せる僕。

一瞬の出来事だった…

今にして思う。
排気量の差が…すべてではないのだということを
原付には原付の世界があるのだということを

しかし…16歳だった僕には、
若さという名の、生命力だけで
人生を加速し続けている僕には…
それらを理解するにはまだ早すぎたのだった…


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519 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/07/01(土) 13:06:00 ID:7u3AC6jv
一瞬の出来事だった…

公道でのバトル
だたひたすらに相手よりも速く走る…
そのためだけに、何もかもを犠牲にする…

この世界を生きるものにしか…
刹那の時を知るものにしか理解できないであろう
濃密な一瞬…

後方から迫る2台のバイクは
一瞬にして僕とNSR50を
バックミラーの点に変えて行った…

あのバイクは…?


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658 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/07/06(木) 00:00:52 ID:7IuA3tI+
一瞬にして僕を抜き去っていった2台のバイク…

アスファルトに照りつける夏の面影を残す太陽と
排気ガスの匂いと共に
言いようも無い敗北感が僕を包む。

やっぱり原付は所詮原付なんだ…

フルフェイスの中で、
くさしさを噛み締める僕。

若かった…
あまりにも僕は若かった。
ただひたすらに
速く走ることしか考えられなかった16歳の僕…

あの頃のすべてが間違っていたとは
誰にも言えない。
けれど…今にして思う。

もっと深く、もっと真摯にNSR50と向き合っていれば…と。

しかしそんな感傷など、
十代だった僕には、まったく無縁の存在だった。


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660 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/07/06(木) 00:05:53 ID:7IuA3tI+
もっと速く走るためには…
僕自身が上手くならなければならないのはもちろんだけれど…
やっぱりバイクの性能も重要なのではないだろうか?

今朝のバトルのように
一瞬の判断やテクニックだけで負けたのではなく
ただ排気量の差で負けたことが
何よりもくやしかった…

もっと速いバイクさえあれば…。
そんな想いが、胸に突き刺さる。

前方に、さっき僕を抜き去ったあのバイク達が止まっていた
あのバイクは…もしかして…?


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661 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/07/06(木) 00:08:50 ID:1M15tSi5
まるで真夏のような鮮やかな日差しの中、
まばゆいばかりに輝く銀色のバイク
そしてそのとなりに圧倒的な存在感を放つ、黒い巨体

間違いない…
KATANAとVmaxだ…!!

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681 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/07/06(木) 16:22:41 ID:D72fK1bh
本当に速く、そして数々の修羅場を駆け抜けたライダーだけが持つ
オーラ…
まぎれもない本物だけが持つ気品…

フルフェイスを脱がなくとも分かる。
一瞬にして僕を抜き去った
さっきのバイクのライダーが誰だったのかも。

ウィンカーを出し、KATANAとVmaxのそばに
NSR50を止める僕。

KATANAのライダー…
アナゴさんがシールドをはずし、
僕におどけた調子で声を掛ける。

『カツオっ!!さっさとコーヒーかって来いよ!!』

昨夜、義兄と繰り広げたシグナルグランプリ。
敗者が勝者に、缶コーヒーを奢るという
なんとも子供じみた、
それでいて、不思議な連帯感を感じることのできる儀式…

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682 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/07/06(木) 16:29:09 ID:D72fK1bh
それに強制的に参加させられている僕。

ただの罰ゲームなのに…
義兄やアナゴさんに、一人前のライダーとして
認められているようでたまらなく嬉しかった。

缶コーヒーを買いに自販機に走る僕。

自販機の前で、
家から休むことなく、ここ奥多摩まで走り続けてきたことに気づく。
のどが渇いていた…
いつもだったら、いや、今までの僕は
そんなにコーヒーを飲まなかった。
自販機ではいつもコーラやジュースばっかりだった。
けれど、バイクを手に入れてから
タバコの味が少しだけわかったのと同じように…
心地よい疲労感と、非現実的なスピードを抜けた後には
コーヒーが何よりも合うのだと思えた。


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131 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/07/23(日) 14:10:25 ID:KZxBKlWH
義兄たちにコーヒーを手渡す僕。

さっきまでの緊張の連続だったライディング…
それがゆっくりと弛緩していくのを感じていた。

『いや〜それにしてもカツオ君、意外に速かったね。』

義兄がそう呟く。
その表情は、どこまでも優しげだった…

けれど僕は、義兄やアナゴさんたちの走りを知っているだけに
お世辞にしか思えず、
だまって煙草に火をつけた。

『ああ…予想以上に追いつくのに時間がかかったもんな。』

アナゴさんが義兄の呟きに応える。

やっぱりそうなんだ。
僕なんて…いや、
僕とNSR50のコンビなんて…
義兄達にとって、追いつくのもワケない存在なんだ。

『ねぇ…速く走るためにはどうしたらいいの?』

僕はそう質問した…


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133 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/07/23(日) 14:20:04 ID:KZxBKlWH
その質問を発した途端、
表情を変える義兄とアナゴさん…

一瞬にして僕たちを包んでいた
心地よい弛緩した空気が、
引き締まったかのように感じた…

その空気に居心地の悪さを感じた僕は
今日起こったTZR50とのバトルのことを
義兄たちに話したのだった…

バトルの一部始終を黙って聞いていたアナゴさんが
重々しく口を開く…

『俺だって速く走る方法なんてわかんねぇよ。』

意外だった…
あんなにも鮮やかにKATANAを乗りこなすアナゴさんが
そんな事を言うなんて…

『いいか?俺はな…他の何を失ってもかまわない
 アイツさえあればそれでいいと思ってるんだ…』

その視線の先には、まるで真夏のような力強さを持つ太陽を
銀色のボディではじき返すKATANAがあった。


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134 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/07/23(日) 14:26:05 ID:KZxBKlWH
『アイツも…俺も…ただ前に進むことしかできねぇ。
 上手く言えねぇけど…
 俺はただ…アイツに応えてやりたいとそう思っているだけなんだ。
 速く走るってだけなら、最新のバイクに乗ればいい…
 けれど俺は、アイツじゃなきゃダメなんだよ。』

ひとつひとつの言葉を、
真剣に吐き出す、アナゴさん…
その言葉の意味を理解することが
あの頃の僕には、どうしても出来なかった…

『カツオ君…速く走ることだけが、バイクの楽しみ方じゃないんだよ。』

あくまでも優しい表情を崩さず、
義兄が言った。

『昨日も言ったと思うけど、僕はバイクから…
 かけがえのないものを沢山貰ったんだ。
 バイクがなければ今の僕は存在しないってそう思ってる。』


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135 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/07/23(日) 14:27:45 ID:KZxBKlWH
『でも義兄さん、速く走りたいって思うことは
 バイク乗りにとって当たり前のことなんじゃないの?』

バトルで負けた悔しさと疑問…
そして昨夜、夜の闇を切り裂くようなスピードで駆け抜けた
義兄達への憧れ…

そう…今まで一緒に暮らしてきた義兄…
僕が軽蔑していた義兄…
そんな軽蔑を…一瞬にしけ砕いた、あの走り…
間違いなく僕は、義兄に魅かれていたのだ…

『僕は…義兄さんやアナゴさんのように…
 速く走りたいんだよ!!』


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136 :カツオ物語〜伝説を継ぐ者〜:2006/07/23(日) 14:33:37 ID:KZxBKlWH
言葉が止まらなかった…
バイクやスピードへの思い…
バトルに負けた悔しさ…
それらすべてが、まるで溢れるように
僕の口から滑り落ちていった…

黙って僕の言葉を聞いていた義兄とアナゴさん。

『速く走りたい…か。
 気持ちはわかるけどな。』

若さ故の情熱…
それを眩しげな瞳で受け止めながら、
アナゴさんが言った

『けどな…カツオ君、
 スピードを求め続けて一体何が待ってるのか…
 それを考えたことがあるのか?』

ただひたすらに速く走り続けた男の
重い台詞だった…


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