3-2 カツオ物語 免許取得

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■カツオ 免許取得

368 :774RR:2006/02/14(火) 10:55:42 ID:F4MXJRhT
はじめてバイクに乗った日のことを…君は憶えているだろうか?
僕は今でも忘れはしない。
まるで昨日のことのように、鮮明に思い出すことが出来る。

16歳になるその日をずっと待ち続けてた。
16歳になれば、すべてが変わると信じていた。

永遠に続くかのように思われた、
高校1年生、15歳の夏…
学校の宿題なんか見向きもせずに
毎日何時間も、原付免許取得の参考書を読んでいた。
数学の公式や、英単語を暗記することとは違い、
法令を暗記することは夢中になれた。

そして待ちに待った16歳の誕生日、
僕は高校をサボって試験場に向かったんだ。


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369 :774RR:2006/02/14(火) 11:03:13 ID:F4MXJRhT
筆記試験の会場には、
僕と同じように、原付免許取得のためにやってきた
多くの人たちが集まっていた。

退屈なはずの試験官の説明でさえも、
これから始まる希望に満ちたバイクライフにつながる
序章のように思えて、真剣に話しを聞くことが出来た。

「受験番号と名前はしっかり記入したかを確認してください。
 せっかく満点をとっても、名前がなかったら免許あげられないからね。」

説明の最後に、試験官はそう言い
僕たちに笑顔を見せた。
思えば試験官の冗談なのだろうが、いよいよ始まる試験に向けて
緊張しきっていた僕は、笑うことすら出来ずにいた。

そして試験官の言葉どおり僕は、
名前をしっかりと記入した。

磯野カツオと…

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371 :774RR:2006/02/14(火) 11:09:53 ID:F4MXJRhT
無我夢中で筆記試験を行う僕。
静まり返った会場には、鉛筆が刻む
心地よい音が響いていた。

50問の筆記試験。
夏休みの1ヶ月、ぼろぼろになるまで何度も参考書を読んだ僕にとっては
あっという間に回答することができた。

何度も問題文を読み返し、
○×記入のミスが無いことも確認した。
学校のテストや高校の入試でさえも
ここまで真剣にテストと向き合ったことなどなかった。

試験の終わりを告げるチャイムの音が鳴り響く。
自分のすべてを出し切った…
あとは結果を待つだけだ。
試験前よりも緊張している僕がそこにいた。

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372 :774RR:2006/02/14(火) 11:18:46 ID:F4MXJRhT
電光掲示板を流れる受験番号。
その番号がひとつ、またひとつと僕の受験番号に近づいてくる。
会場ではガッツポーズをとる人や
喜びをかみしめる人々がいた。

339…340…
僕の番号まであと4つ…

気がつけば僕は息を止め、
祈るような気持ちで電光掲示板を見つめていた。
握り締めた両手にはじっとりと汗が滲んでいた。

342…343…

次がいよいよ僕の受験番号だ。
時間にすれば1秒程度なのだろうが、
僕には次の番号が出てくるまでの間が、
まるで永遠に続くかのように思えた。

バイクと共に過ごした青春時代を思い返すたびに、
はじめてライセンスを取得した瞬間のような、
永遠に続くかのような一瞬の時を僕は駆け抜けたんだと思える。
あるときは峠のブラインドコーナーで、
あるときは深夜の第3京浜の直線道路で…
まるで宝石のような、輝く一瞬は
すべてこの瞬間から始まっていたんだ。

344

僕の受験番号が電光掲示板に流れた一瞬だった。

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375 :774RR:2006/02/14(火) 12:06:51 ID:F4MXJRhT
交付された免許証を手に、僕は家路を急いだ。
朝までの僕とは違う。
今の僕はバイクに乗ることが出来るんだ!!
そう思うと顔がほころびっぱなしだった。

家に帰ると姉さんのいつもの声に出迎えられる。

「カツオ〜宿題やりなさいよ〜!!」

一体僕はこの台詞を何万回聞いたのだろう。
いつもならうんざりしてしまう所だが、
今日の僕は姉さんのお決まりの台詞も
気になりはしない。

物置に向かって走る僕。

まだガキだった頃は、何度も父さんに閉じ込められたこの場所に
埃をかぶったまま放置されているコイツを、
憧れの象徴と認識し始めたのは一体いつの頃なのだろう?
トレードマークだった野球帽や坊主頭、
まるで何十年も続いたかのような少年時代…
それらが急に疎ましく思え、
学校帰り、やるせない想いを親友の中島と分かち合い、
こっそり吸った父親のハイライト。
思えばあの日から…
僕にとっては埃にまみれのコイツが、
憧れの象徴へと変わって行ったのだろう。


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376 :774RR:2006/02/14(火) 12:17:09 ID:F4MXJRhT
物置から引っ張り出したバイク。
車体にはHONDAスーパーカブ50の文字。
幸いキーも付きっ放しだった。

はやる気持ちを抑え、
キーを回す。

が、バイクは何の反応も示さない。

そっか!!
バッテリーが上がってるんだ!!
バイク雑誌の記事で何度も読んだ
バイクのトラブル解決法を思い返し、
おもむろにキックペダルに足をかけ、
エンジンの始動を試みる。

が…一向に反応しないエンジン。
夢中でキックを繰り返す僕。
気がつけば汗だくになっていた。

僕のバイクへの情熱をあざ笑うかのように、
沈黙を守り続けるエンジン。

夕闇が僕を包む。
免許さえあればバイクに乗れると思っていたのに…
僕はバイクに向かってつぶやいた
「どうして動いてくれないんだよ…」


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377 :774RR:2006/02/14(火) 12:48:05 ID:F4MXJRhT
その時だった。
僕の人生を大きく変えることとなった、
運命の瞬間が訪れたのは。

「カツオ君?こんなところで何やってるんだい?」

バイクのエンジンをかけることに夢中になっていた僕は、
背後の気配にまったく気づいてはいなかった。
おどろいて振り向くとそこには、
僕がもっとも軽蔑する、義兄の姿があった。

「別に…関係ねぇだろ。」

婿養子でもないのに、なぜか嫁の実家に住み、
義父の顔色を伺いながら生きる、
うだつの上がらないサラリーマン。
こんな大人にだけはなりたくないと、
僕に思わせずにはいられない平凡な男…
今日まではずっとそう思っていた。

義兄は、ぶっきらぼうに発した僕の言葉を気にするでもなく、
口元には穏やかな笑みさえたたえていた。

「もうそんな年頃か…」

誇りまみれのスーパーカブを見つめながら
そんな言葉を誰に言うでもなくつぶやいた義兄


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378 :774RR:2006/02/14(火) 12:59:52 ID:F4MXJRhT
意外だった。
慣れた手つきでカブのエンジン周りを探る義兄の姿は
見慣れていたはずのいつもの義兄とは全く違っていた。

「カツオ君…残念だけど、このままじゃコイツは動かないよ」
「どうしてさ?」
「ガソリンも腐ってるみたいだし…キャブも死んでる。
 オーバーホールが必要だろうね。」
いつもとは違う、自信あふれる表情で
義兄は言い切ったのだった。

「じゃあどうしたらいいの?マスオ兄さん。」
「う〜ん…治すにしても、コイツはそうとうヘタってるよ」

僕の希望の象徴。
コイツさえあれば…バイクさえ手に入れればすべてが変わると信じていたのに。
目の前が真っ暗になってしまった。



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380 :774RR:2006/02/14(火) 13:13:42 ID:F4MXJRhT
「そろそろ夕ご飯の時間だね。
 ご飯の後…僕の部屋においでよ。」
義兄はそう言い残し、縁側に向かった。

家族そろってちゃぶ台をかこんでの夕飯。
義兄はいつもとまったく変わらずに、
父さんの面白くもない話に、相槌をうっていた。
さっき僕の前で見せた、あの自信に満ちた表情はどこにもありはしない。

「ごちそうさま。」

僕は小声でそうつぶやき、食卓から離れた。
一瞬、義兄と目があう。

男にしか分からないであろう、
形にならない何かを分かち合う瞬間。
親友の中島と一緒にタバコを吸ったあの時みたいだった。


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