3-1 カツオ物語 〜サブとの出会い〜 

トップ > 2ch関係 > 三河屋 > 3-1カツオ物語


■カツオ物語 〜サブとの出会い〜

238 :774RR:2006/02/03(金) 14:35:02 ID:iuTFbEqw
木曜日の午後と日曜日の朝がカツオは待ち遠しくてしょうがなかった。木曜日は三河屋が休みだし、
日曜日は店が開く10時まではちょっとの時間ができる。店の脇の細長いスペースにはいつもカブが
鍵つきで置きっぱなしになっているので店に人が居ない時間なら近所でカブを乗り回しても多分気
付かれないハズだ。日曜日に寝坊せずに起き出して外へ出て行くカツオを見て姉のサザエは「あら
あらどうしたのかしら」と驚いているが、そんなのは知ったことではない。

そして木曜日の今日、中島を初めて誘ってみた。
「磯野〜、やっぱりやめようよ。」と弱気な中島はしり込みしてるが、こんな面白い乗り物を一人
で乗るのはもったいない。中島だって一度乗ったら絶対にやみつきになる筈だ。
店の脇に入り込んでバックでカブを車道に押し出す。まだぶつぶつ文句を言っている中島に手伝わ
せて50mほど押す。このくらい離れれば店に人が居ても気付かれないだろうというところでエンジ
ンをかける。ブルブルブルと鳴るエンジンは大人から見れば騒々しいだけの非力なエンジンだが、
カツオ達から見れば強力な”モンスター”だ。なにしろ比較対称が自転車しかないのだから。
カツオは慣れたフリをしてカブにまたがり中島に「後ろに乗れよ」と言ったが、中島は「やっぱり
まずいよ〜」と渋っている。中島は怒られることよりカツオの運転に躊躇したのだが、カツオは気
付かずに先に空き地まで行ってしまった。

-------------------------------------------------
239 :774RR:2006/02/03(金) 14:35:38 ID:iuTFbEqw
中島がちょと遅れて1ブロック離れた空き地にたどり着くとカツオはすでに何周か走り終わったあ
とで中島のほうにやってきた。「じゃぁ今度は中島が運転してみろよ。面白いぞ。」カツオが半ば
強制的に中島をカブに座らせると、中島は渋々といった感じでカブに座った。これはブレーキ、こ
れはアクセルで、と簡単に教わったあと、中島はカツオを置いてソロソロとバイクを進めてみる。
「なんかあったらすぐにブレーキだぞ〜」とカツオがさけぶ。
意外と簡単に動き出したカブは、とても素直に中島の指示に従って前へ進んでいく。「意外と簡単
に運転できるんだな」と思った中島がアクセルの開度をさらに増した瞬間、カブがグっと力を増し、
いきなり前輪が持ち上がった。
「中島、アクセルを戻せ!」とカツオが後ろで叫んだが、腕が伸びきってとてもアクセルを戻す余
裕なんかない。一瞬棒立ちになったカブはゆっくりと左後ろ、中島のほうへ倒れてきた。中島は必
死で体を避けると、左腕でバイクを引っ張って少しでもカブのダメージを減らそうとした。ガシャ
ンと倒れたバイクは左側が泥だらけになってしまったが、ミラーもカウルも破損だけは免れた。

慌てて走り寄ってきたカツオは「不器用だなぁ中島は。ま、壊れていないから黙って返しときゃバ
レないって。」真っ青にった中島に対してカツオはふてぶてしく言い放ったが、要するにカツオは
何度も一人で倒してなれているだけだ。はじめて乗ったときは驚いてブレーキの掛け方をド忘れし
草むらに突っ込むという中島以上に情けないことをしている。
カツオの言葉に安心した中島は、済まなそうな顔をしたままでカツオにも意外な一言を言った。
「なぁ磯野、もう一回乗ってみていいか?」
ニコっと笑ってカツオは答える。「当たり前さ、中島。そのためにお前を連れてきたんだから。」


-------------------------------------------------
549 :774RR:2006/02/18(土) 20:28:52 ID:JzoI7RIl

カツオと中島が何回かカブで遊んだ頃だった。
一回くらいならばれないだろうと考え、一回がばれなければ2回ばれないと思い、
2回ばれなければ永遠にばれないだろうと思っていた。
中学生の二人大人のつもりだったがまだまだ子供だった。

二人でカブを持ち出して5回目くらいの頃だったろうか。
燃料の残りが少なかったり、店の裏に店主の車が置いたままで店内に人影が
あったりと、休みの日もなかなか遊ぶ機会に恵まれず、学校が行事の準備
で午前中のみになったその日は久々にカブで遊ぶチャンスだった。
その頃は中島もバイクに慣れ、今だったらダートトライアルとでも言うのか、
空き地に置いてある土管や石ころを目印にしてタイムトライアルごっこをし
ていた。後になって考えるに貧弱なミッションやショックに随分無理をさせ
ていたものだが、彼らはこの新しい玩具の限界を探すのことに没頭していた。

二人がバイクの横に座り込んで世間話をしているときだった。道路から杭を
乗り越えて二人の方へ向かってくる人影が見えた。逃げなければと思いカツ
オがカブの前、中島は後ろに乗ろうとする。一方、人影は二人に向かって
「コラ、逃げても駄目だぞ」と叫びつつこちらへ向かってくる。
その声を聞いたカツオは逃げる動作を途中で止めてしまった。人影は早足と
いうほどでもなく、普段の歩き方よりちょっと急ぐくらいの速度で二人の方へ
向かってくる。こちらへ向かってくる人影から目をそらし下を向いたままカツ
オは動かない。
「どうしたんだよ磯野」と中島は急かす。しかしそのままの体勢でカツオは答えた。
「逃げても駄目だよ中島。三河屋のサブさんに見付かっちゃったから顔もバレ
てるんだ。」


-------------------------------------------------
555 :774RR:2006/02/18(土) 23:47:37 ID:JzoI7RIl

彼らを見つけたのはまさにカブの持ち主の三河屋のサブだった。
二人は今更になって自分達のやっていたことが”窃盗”だったということに
気付く。(警察や親には連絡されちゃうんだろうか。学校はどうなるのだろう)と
さまざまなことが不安になってくる。親にはまだしも、カツオは偉そうに
説教を垂れる姉のことを想像して激しく苛ついた。
サブは二人の前に来ると言った。
「おい、君達のやっていることは窃盗なんだぞ。」
それだけ言ったあと、言葉を選ぶサブと二人の間に一瞬の間が空いた。
見上げるカツオの目に映るサブは日常家で母や姉に丁寧に接客する若者ではなく偉
そうに分別を垂れる大人の顔であり、普段着の服装はひざまでのズボンに迷彩柄のタ
ンクトップのシャツを着てサンダル履き。手には細長い紙袋を持っている。きっと
パチンコでとった景品のタバコだろう。タンクトップから伸びた腕は太く筋肉
の筋が盛り上がり、上半身はカツオの想像より遥かに逞しい肉体だった。外を歩い
てきた割りに何故かほのかに石鹸の香りが漂っている。

言い訳をしようとしたカツオと中島は言葉が見付からず、とりあえず次の
言葉をつ。どうせこれから長い説教をされて、補導され、親と学校の先生に
同じ事を繰り返し何時間も説教をされるんだろうと覚悟した。さっきまで
オートバイを乗り回して輝いていた世界が一気に色褪せて感じる。
サブはバイクと二人の顔を交互に見た後に言った。
「なぁ君達、開拓時代の西部じゃ”馬泥棒は縛り首”って言って、殺されちゃってたんだぜ。」と言い始めた。
「いいかい?オートバイを趣味で楽しんでる人間は、それだけ自分のバイクに愛着を持つんだ。
まぁ、目立ちたいだけでバイクを転がす馬鹿も居るけどな。」
妙な例え話から始まったサブの言葉に二人はなんとなく違和感を感じる。大人の説教な
んて大抵「やっちゃいけないことを並べて文句を言い続けるだけ」だ。
なんかこの人の説教は他の人と違って方向がヘンじゃないか?


-------------------------------------------------
623 :774RR:2006/02/23(木) 00:44:12 ID:eJD1Iczi

「君達はなんでこんなトコで遊んでるんだい?」サブが問い掛けた。
サブは数日前、定休日に突然配達を頼んできた得意先に酒を届けるために店に来た
ところ配達用のバイクが無くなっているのに気付いた。配達を急いでいたので一旦得意先
に行ったあと店にもどり警察に連絡を取ろうとしたところバイクが元の位置に戻っていた
ので近所の子供がバイクをいじって近所を遊んでいるだろうと考えて空き地をのぞいた
ところ、まさにカツオと中島の姿を発見したのだ。

「最初は鍵が付いていたから試しに動かしただけだったんだ。」答えたのはカツオだった。
「でも、乗ってみたら面白くて、この空き地で練習をしてたんだ。」
戻してあったバイクはこの空き地で遊んだ割には汚れておらず、不整地を走った後に
軽く洗ったらしかった。純粋に、バイクという乗り方に興味を持っているようだ。
サブはカツオと中島が見付ける前からずっと、二人が交互に乗ってコース取りを相談してい
るのを遠くから見ていた。最初はぶん殴ってやるつもりだったのだが、バイクを必死に乗り
こなそうと考えながら走っている彼らを見ているうちになんとなく気が変わってきた。彼ら
の興奮して運転する顔に、サブが免許を取る前に感じていた、バイクに対するはち切れそう
な好奇心を思い出してきていた。
(単に玩具を取り上げるより、ちゃんと乗り方を教えてみるほうが面白いかもしれない。)
それはサブの単なる思いつきだった。


-------------------------------------------------
624 :774RR:2006/02/23(木) 00:45:49 ID:eJD1Iczi

「でも、他人のものを勝手に使って遊ぶのはよくないってのはわかるだろう。」サブはそう
言うと「ほれ頭を出せ」と言ってカツオと中島の頭にゴツンと拳骨を入れた。二人は頭蓋骨
がゆがんだのを感じるほどに拳の関節が食い込んだ。
「まぁ、オートバイを好きなのはわかった。でも、オートバイの練習をするならそんな格好
でバイクに乗るもんじゃぁないな。」サブは言いながら二人の格好を見た。二人ともジーパン
に半そでのシャツという格好で、当然乗る時はノーヘルだ。「バイクに乗るなら当然ヘルメッ
トをかぶらなきゃいけないし、せめて厚手のズボンと長袖のシャツくらいは着なきゃ駄目だ。
公道を走り回ったりしていなかったのはマシだけどな。」
更にサブは続ける。
「いいか、乗りたいなら、ちゃんと手順を踏んで借りに来い。そうすれば乗せてやる。ただし服装
はもうちょっとマシな格好をしてくること。家族には説明して了解を得ること。店との往復は
君達が自分で押して運ぶこと。それから、乗る時は、僕がヒマで見てあげらる時だけだ。」
サブは意外な条件をつけてきた。警察に連れていくどころか、条件付きでバイクに乗せてやる
と言ってくれているのだ。
こんな美味しい話は無い。「よろしくお願いします!」と力強くカツオが言った。中島も「僕も
乗せて下さい」と続けく。
「よし、じゃぁ今日は一旦終りにしよう。乗りたいなら来週の木曜日は夕方に店に居るようにす
るから、店のほうに来なさい。」言いながらサブはもと来た道のほうに向かいはじめた。


-------------------------------------------------
625 :774RR:2006/02/23(木) 00:47:34 ID:eJD1Iczi

「もしぼく達が公道を走っていたらどうしていたの?」カツオがおそるおそるサブに聞いた。
サブは淡々と答えた。「君達だと気付かないフリして殴り倒したあと親のところに怒鳴り込んで警察
に連絡させただろうね。」
先ほどの拳骨の痛さとサブの筋肉質のカラダつきから決してその言葉は冗談ではないのだろう。カ
ツオは三河屋から空き地までの間に見付からなかった幸運にコッソリと感謝した。

「いいか、ちゃんとバイクを店まで押してこいよ!」
サブは大声で叫んで店のほうに戻っていった。

「空き地で見付かってよかったなぁ、中島」「びっくりしたなぁ磯野」
二人は心底ホっとした顔をして会話した。
「来週も乗せてもらいに行こうな。」というカツオの誘いに「そうだなぁ」と中島も満更でもない
顔をして答えた。


-------------------------------------------------
690 :774RR:2006/02/27(月) 22:41:19 ID:D0UrcrPH

次の木曜日は尚更待ち遠しい日となった。なにしろ堂々とオートバイに乗ることが
できるのだから。
サブに見付かった翌日、カツオと中島は連れ立って三河屋にサブをたずねた。
面倒臭そうにするカツオを中島が半ば無理やりにつれていったようなものだったが、
改めて無断でバイクで遊んだことを謝罪し、バイクに乗せてもらうように頼んだのだ。
謝罪に訪れたとき、サブはビールのビンを軽トラに運んでいるところだった。カツオと
中島が手伝おうとすると笑いながら「余計な気を使うな」といって、店の奥の主人に
タバコを喫ってくると大声でことわったあと、カブの置いてある小道まで来て休憩の
体勢に入った。ハイライトを取り出して咥えるサブに向かって中島が話し出した。
「バイクを無断で乗り回してすいませんでした。」
サブはタバコを咥えたまま黙って中島を見つめる。ビクビクしながら中島は続けて頼んだ。
「それから、改めてお願いします。バイクに乗らせてください。」
サブは咥えたままのハイライトを、火をつけぬままに手に戻して言った。

「そうだよなぁ。やりたいことをやるためには順番を守らないと駄目なんだってことを
覚えただろ。改めて謝りに来たのは褒めてやろう。」サブは答えた。「好き勝手なこと
をやるには結構不自由を我慢しなきゃならないんだよ。」
遠まわしな言い方に、その時カツオと中島は意味がよくわからなかった。
ただ、自分達が何をやっても許してもらえる子供ではなくなっているのだと言うことが
おぼろげに伝わってきた。
「前に言った通りバイクは乗せてあげるが、君達だけで空き地でバイクを乗り回して警察を
呼ばれたら僕も面倒だから、乗るのは店が休みの木曜日だけだぞ。」
その他服装など細かい注意をされたものの、サブの言葉に途端に二人の顔が明るくなった。
翌週の木曜日の夕方は、空き地までサブがバイクを持ってきてくれる約束になった。


-------------------------------------------------
692 :774RR:2006/02/27(月) 22:42:30 ID:D0UrcrPH

「そうそうカツオ君、お姉さんは君が最近休みの日も朝から出かけていったり、いきなり服を
泥だらけにして帰ってくるのを大層不安そうにしていたよ。あまり家族に心配させるような
ことをするなよ。」少し笑いながらサブが言った。
なんで姉は配達の人にまでそんな家庭のことをイチイチ相談したりするんだろうとカツオは
恥ずかしくて目を伏せた。
話し好きで慌てものの癖に小言を言うカツオには疎ましいだけの姉がサブとなぜそんなことま
で話しているのかを考えないカツオはまだまだ子供だった。

サブは子供だった中島とカツオをあたかも大人の一員として扱い育ててくれていた。カツオと中島
が最初に接した大人はサブだったのだということにカツオが気付いたのは随分と後のことだった。


-------------------------------------------------
703 :774RR:2006/02/27(月) 23:30:37 ID:D0UrcrPH
>>692の続き
木曜日の夕方、カツオと中島は空き地で落ちつかなげに待っていた。果たしてサブは本当に
来てくれるのだろうか。店まで迎えに行きたい気持ちを抑え、二人は時々道路の見通しの
良いところへ出たりしながらカブが来るのを待っていた。

時間丁度になったとき、聞きなれたカブよりやや高く大きいエンジン音が聞こえた。
他のバイクだろうと思ったそのバイクは、空き地の二人の方に向かって来て目の前に
止まった。小さな車体の上にやや小太り気味の男が乗ったそのバイクに、カツオは
TVで見たボリショイサーカスの”オートバイに乗る熊”を思い出させた。
ジーンズにタンクトップのその男は、ジェットヘルのまま二人に言う。
「お待たせ。空き地で遊ぶならこっちのバイクの方が良いだろう。」
大きな顔を無理やりジェットヘルに詰め込んだようなサブが言った。

「うわぁ、凄いやサブさん、本物のオートバイみたいだぁ!」中島が興奮した声で叫ぶ。
サブが乗ってきたバイクは小さいながらも剥き出しのエンジンの周りを排気管が取り囲んだ
デザインで、ビジネス目的のカブとは明らかに異なった”スポーツ目的のオートバイだった”。
赤が基調のデザインはいかにも趣味性をアピールし、小さいくせに甲高い排気音が存在は必死に
存在を主張してはしゃぐ小型犬のようだ。
中島の賞賛の声を聞いて嬉しそうな顔をしてサブは説明をはじめる。
「同じ50ccだけどこっちの方が面白いぞ。今までのバイクは重い荷物を運ぶためのバイクだった
けど、こっちのバイクは空き地で遊ぶためのバイクだ。KSR-Tって言うんだ。」


-------------------------------------------------
709 :774RR:2006/02/28(火) 01:14:23 ID:9uMDNViS

中島が今すぐにも乗り足そうな顔をしてソワソワとしている。一方のカツオは少々不満だった。
カブに比べて小さい車体はどこか玩具っぽかった。公園で子供が遊ぶ”ポケバイ”のようで、
走破性が高いとはとても思えなかった。そんなカツオの心中の不満には気付かぬように、サブは肩、
ひじ、スネ、ひざのパッドを中島に渡す。「無いよりマシってだけかもしれないけど、乗る時は
これを付けておけよ。手袋はとりあえず軍手を持ってきたから使ってくれ。メットは、最初は
ジェッペルでいいだろ。」と言って付け方を中島に説明する。中島はウキウキとして装着している。
カツオが(少女漫画なら目の中が星だらけだろうな)と思うほどに興奮したままの中島がバイクに
跨るとサブは操作方法を簡単に説明した。
「操作方法はそんな感じで、エンジンが止まらないように回転数を上げてゆっくりとクラッチを
つなぐんだ。止まりそうになったらクラッチを切らなくてもいいからブレーキで止まれ。
転びそうになったらバイクを放り出してもいいから逃げろよ。」かなり大雑把な説明のあと、
とりあえずギアは一速のままで一周してみるようにとサブは中島を送りだした。

何回もエンストをこきながら凹凸の多い空き地の不整地を一周してきた中島は興奮気味にサブに
報告した。
「凄いやサブさん。加速も、クッションも全然違う!」
それを聞いたサブは嬉しそうにシフトアップの方法を教えたあと、もう一周してくるよう中島に
言った。

中島の報告を聞いたカツオの「あれっ」という顔を横目で見たサブがニヤっと笑った。
心の中を見透かされたような気がしたカツオは無表情を取り繕って下を向く。


-------------------------------------------------
710 :774RR:2006/02/28(火) 01:15:34 ID:9uMDNViS

中島が二周目を戻ってきた。今度はエンストの回数も3回だけだ。ギアもなんとか2速まで使い、
一度は無理やり3速まで入れたようだ。(その後のコブを登ろうとしてエンストをしたが。)
嬉しそうにサブに報告をした中島はもう一周しそうな勢いだったが、サブがニヤニヤと笑いながら
カツオに言った。「カツオ君もそろそろ乗ってみるかい?」

「中島君にした説明を聞いていたろう?2速まで入れていいからとりあえず一周してケガせずに無事
に帰っておいで。」梅雨に跨ったカツオの保護具を軽く確認した後でサブは気楽に言った。
アクセルを軽くひねってエンジンの回転数を上げてクラッチレバーをゆっくりと離していく。
クラッチがつながり始めたところでエンジンが止まった。回転を充分に上げられずエンストしてしまっ
た。サブと中島が横で笑っている。
気付かないフリをしてエンジンを再スタートさせ、改めて発進をやり直す。二回目は失敗せず無事に
繋がった。一度走り出すと、今までのカブとは比べ物にならない力強さでKSRは走った。
空き地のコブやくぼみを避けながら走っているうちに次第にコツをつかみ始め、一周目で3回エンスト
した後、二周目はなんとか1速と2速を使い分けて走りまわれるようになってきた。


-------------------------------------------------
711 :774RR:2006/02/28(火) 01:17:06 ID:9uMDNViS

KSRのパワーを試したくなったカツオが少し深いコブに突っ込んだ時だった。ギアを一速に落とした
カツオが登り坂でアクセルを思い切りひねった途端、カブとは比べ物にならないパワーを搾り出した
KSRのエンジンは、車体を斜面の角度を越えて真上に押し出した。慌てたカツオは必死にKSRを放り
出すと、まだ倒れる前の車体の下敷きにならないように地面を這って逃げた。

遠くからサブと中島が慌てて走ってくる。カツオの隣では倒れたままのKSRのエンジンが必死に回って
いる。振り落とされて仰向けになったカツオの目に空が映った。カツオの視界一杯に雲一つない
青空が広がる。
「磯野大丈夫か!」慌てた中島の声が聞こえ、心配そうに覗き込むサブと中島の顔が並んで空の
手前に入り込む。
カツオは寝たままで体を確認してみるが痛いところは無いようだ。
二人の心配そうな顔を見ながら、カツオは何故か笑い出した。心配そうな顔のサブと中島を見ながら
も、カツオは笑いが止まらない。空の青と二人の顔を見ながら、寝転んだままのカツオは楽しくて
楽しくてしょうがなかった。オートバイとはなんて楽しいんだろう。

空き地でオートバイを乗り回してもまだ子供の遊びと周囲は笑って見ていてくれた。
まだまだそんな余裕のある時代だった。


-------------------------------------------------
906 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とか、何かそんな感じ :2006/03/08(水) 23:53:32 ID:ig1YRUmj

カツオと中島には最後までサブの真意が判らなかった。ガソリン代くらいは渡そうとカツオと中島
が昼飯代を浮かせが1000円札を渡そうとしたときには「そんなことしなくていいから、学校帰りに
時々店の自動販売機でジュースでも買ってくれ」と言ってサブ笑った。
最初こそオートバイの扱い方を教えてくれたものの、それ以降は放置された土管の上で
寝ていたり、ビールを飲みながらスポーツ新聞を読んで過ごすだけだった。一時程時間
を潰すと「そろそろ帰るか」と言い店に戻っていく。その後から名残惜しげにカツオと
中島がKSRを押して歩く。店に着くとサブは二人からバイクを受け取り、翌週か翌々週の
約束をした後で店の裏に去っていく。

そんな繰り返しが3度程過ぎた頃だった。空き地の周囲はカツオが一人でバイクを持ち出していた
頃から作り上げた細い外周コースが既に出来あがっていた。まずは肩慣らしでカツオが二周、続けて
中島が二周周り、再びカツオが跨ろうとしたときだった。お互いの走りをアレコレと批評しあって
いた二人にサブが不思議そうに問い掛けた。「なぁ、バイクってそんなに楽しいか?」
「勿論ですよ。」カツオが即座に答えた。横の中島も今更何を聞くんだろうという顔をしている。
「ふ〜ん・・・」
サブは二人の答えを聞いてもまだ不思議そうな顔をしたままだったが、しばし考えたのちに再び質問
した。
「同じところをグルグル回ってるのは飽きないか?」と聞いてきた。
「でも免許も持っていないのに道路を走る訳にもいかないですから。」今度は中島が答えた。
すると今度はちょっと悪戯っぽい顔になったサブが言い出した。
「折角のKSRなんだから平らなところばかり走っていたらつまらないだろう?」
KSRのどこが”折角”なのかわからない二人には宝の持ち腐れのような話ではある。


-------------------------------------------------
907 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とか、何かそんな感じ :2006/03/08(水) 23:54:33 ID:ig1YRUmj
空き地の中の適当なコブ、草むらを指しながらサブがコースを指定する。
水の流れた跡、草むらのコブ、自然の段差などに沿ったり横切ったり、今までとは全く異なる
ルートが出来上がった。転倒を心配する中島をサブがけしかける。「そんなに大きな段差はない
ルートだから大丈夫だよ。”多分。”あ、でも転倒するときはバイクが壊れたりケガをしない程
度にしてくれよ。」励ましているのだか、不安にさせようとしているのかよくわからない。
最初は不安がった二人だが、オフロード車だから多少の転倒は大丈夫だよというサブの言葉で
まずはカツオがチャレンジすることになった。
最初は段差に進入する角度がわからずいきなり転びそうになる。体重移動も助走もなく段差に
突っ込んでいくのだから、ハンドルから手が離れそうになったり股間を打ちそうになる。
しかし、数周するとなんとか要領を覚えてきた。カツオが段差にも負けずにKSRを操りだすと
今度は中島も乗りたくなってくる。結局その日は二人とも新しいルートの攻略に夢中になって
過ごした。

次の回からは、初めにサブがその日のコースを指定するようになった。
コブや段差ばかりのコースの時もあれば、初めの頃の外周路が基本の高速コースの時もあった。
サブはコースを指定すると指定席の土管の上に登りボンヤリと時間を潰す。
しばらくすると降りてきて二人にタイムを競わせたり、特定のコースを走らせたりする。
サブにおだてられた二人が無謀な走りにチャレンジして何回か転倒したころに
「じゃぁ帰ろうか」とサブが言い出すのが終了の合図になった。
終了前のサブの指令は単純にタイムを競うだけの時もあれば、転倒ギリギリまでストレート直後
の急コーナーを走らせるだけの時もあった。


-------------------------------------------------
908 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とか、何かそんな感じ :2006/03/08(水) 23:56:06 ID:ig1YRUmj

「いつかサーキットを走ってみたいなぁ。レーサーを目指したりして。」
コーナーを後輪を滑らせながら戻ってきた中島が興奮しながらサブに言ったことがある。
それを聞いたサブが「あんなに後輪を滑らせてサーキットかい?オフロードのレースじゃなくて。」
と冷やかすと中島は「やっぱりサーキットの方が格好良いですもん。」と答えた。
「サーキットのレースでもオフロードを走る訓練は役に立つよ。ラルフ・アンダーソンとか、特に
アメリカ出身のGPライダーはダート出身が多いんだ。」
サブの言葉に、フツフツとカツオへの対抗心が湧き出る中島だった。


-------------------------------------------------
909 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とか、何かそんな感じ :2006/03/08(水) 23:58:42 ID:ig1YRUmj
「お前”ラルフ・アンダーソン”と言いたかっただけとちゃうんか?」
というツッコミは置いといて次回予告

「 再 動 !」

来週もまた、読んで下さいね〜。ウッガッゴッゴ。


-------------------------------------------------
207 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とかそんな感じ :2006/03/18(土) 23:29:39 ID:krSc4M3J

なんでこんなことにをしているのか。気まぐれとはいえ相手はバイク泥棒だ。そんな子供二人をなぜ
構う気になったのか不思議なのはサブ自身も同じだった。今のサブにとっては彼らがなぜあんなに楽
しげにバイクを乗るのかも不思議だった。
(俺の人生はバイクに裏切られたようなものだしな。)
交互に走る二人の姿を無意識に視界の中入れたまま、咥えタバコのサブは苦い煙を吐き出す。

人間、高いところから見下ろすと少々偉くなったように感じるものだ。
毎回、日光浴代わりに時間を潰すだけのつもりのサブも、土管の上から周回を繰り返す二人
を見ているうちに「なっちゃいねーな」と口を出してみたくなる。レーシングチームの監督
の気分を味わっているのかもしれない。
最初の周回から限界ギリギリで突っ込んでいってオーバーランや転倒を繰り返した後に感覚
を掴むカツオと、安全な速度から徐々にレベルを引き上げて限界まで攻め込む中島。なかなか
起用に乗りこなす二人だが短時間では攻め込むに至らない中島が少々分が悪い。最後にタイムを
測ると大抵はカツオの方が速いのだが、連続して似たようなコースを選ぶと中島の方が速かっ
たりする。
「二人を足して2で割れば良いライダーかもしれないな。」
サブは心の中で笑いながら二人の走りを眺めた。
(次回のコースは直線の最後に急カーブをつなげて入れてカツオを転ばせてやるか・・・)


-------------------------------------------------
309 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とかそんな感じ :2006/03/23(木) 01:58:16 ID:aMV8561e
何回かそんな日々を繰り返せば、そこそこバイクを走らせることはできるようになるものだ。
しかし、いろいろとコースを変えてはみるものの見ているサブとしては、惰性で周回をこなす
バイクを見ているだけでは面白くない。

空き地は裏手が小さい山につながっており崖になっている。
近所の子供が走り回ったり意味も無く穴を掘ったりして土が剥き出しになり、
所々には根の周囲の土を削りとられた草むらが取り残されていたりする。

その日、サブは崖を駆け上り、かなり大きめのコブを乗り越えたりとハードなルートを指定した。
崖は助走で勢いを付けなければ登れないだろうし、コブはタイミングよくハンドルを
引き上げてやらねばならないだろう。
しかし、メリハリなく周回を重ねるよりはよっぽど走り甲斐があると思えた。
だが、サブがルートを指定するとカツオと中島は走ろうとはしない。
彼らの操るKSRにはそんなにパワーが無いと言い張るのだ。

「こんな坂や段差は無理だよ!」と言い張る二人の言葉にサブは改めてコースを見返す。
二人の諦めの表情を見ているうち言われたサブも段々と弱気になってきた。
(KSRはどのくらいのパワーがあっただろう。)
サブ自身もここ最近はまともにKSRを乗っていない。
三河屋から空き地まで暖気の代わりにゆっくりと走らせる程度で、
オートバイ自体も配達用に乗るだけになって久しい。

彼は黙ってKSRの場所まで戻りキックペダルを踏み込んだ。
パパパパっという甲高い響きがハンドルに振動を与える。
近所の空き地とは言え「攻める」というイメージがサブにとっては新鮮な感覚となって心に蘇る。
ゆっくりとKSRをスタートさせたサブは敢えてコースを外れ、
草むらやコブを乗り越えながらカツオと中島の待つ崖の入り口に向かう。
崖から充分に距離を6mほど離れた場所まで来たところで、サブはスティルスタンディングの状態で崖をにらみつける。


-------------------------------------------------
310 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とかそんな感じ :2006/03/23(木) 02:01:41 ID:aMV8561e

「しばらく走ってないけどな。」エンジンの音に負けぬよう、サブはカツオと中島に叫んだ。
10秒ほどの停止時間が過ぎたところでサブは一気にアクセルを捻る。
サブは後輪が地面を蹴りだす勢いにあわせて体重を後方にかけて接地感の薄れた前輪への荷重を抜く。
KSRは多少のコブを無視して崖に向かって突き進み、カツオ達よりも一回り大柄なサブを乗せたまま
軽やかに崖を登り、サブが指示した場所よりも遥か上まで辿り着いた。

サブは頂点で前輪を軽く持ち上げると、後輪を軸にして車体の向きを代え、今度はゆっくりと下ってきた。
二人の前を通り過ぎると前ブレーキと体重移動で軽やかに後輪を高々と持ち上げると、
後輪を下ろした反動でバイクをバックさせる。
止まる直前にアクセルを大きく開き腕の力で軽々と前輪を持ち上げてウィリーさせると
そのまま10mほど進んだあと猛烈な加速をし、今までのカツオと中島の走りとは異なる次元の速度で
ぐるっと一周して再度カツオ達の方へ向かってくる。
車体の傾きが二人の角度とは全く異なっている。
曲がるとき、後輪は滑りっぱなしだが、コーナーの出口では見事に車体が出口を向いている。
KSRを使った軽いエクストリーム大会だった。

ショーの最後に、KSRの上に立ち上がったサブは荷台の上を通して右足を車体の左側に回した。
KSRに股がらず、左側のステップに乗ったままでハンドルを操作する体勢だ。二人の前に戻ったサブは
バイクからポンと降りると右手のブレーキでピタリと車体を止め、
「坂も段差も走れるだろ」とぶっきらぼうにサブは言った。

「凄いやサブさん!」中島が喝采を叫ぶ。
”凄い”という言葉は褒め言葉としてはあまりに陳腐で、場合によっては失礼にあたる場合すらある。
しかしながらも中島はそれ以外の感嘆の言葉が見付からなかった。
横のカツオは呆然とした表情でサブを見つめている。
サブの操るKSRは二人が今まで操っていた時のイメージとは全く別の機械のように思われた。
自分達が今まで乗りこなしていると思っていたKSRはその十分の一も能力を出し切っては居なかったのだ。


-------------------------------------------------
311 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とかそんな感じ :2006/03/23(木) 02:02:34 ID:aMV8561e
「どうする?もう走るのは止めにしておくか?」
サブが問いかけてくるが、カツオと中島はうなずくだけで言葉が出てこない。
とりあえずカツオが一歩前に出てKSRのハンドルを受け取った。
カツオは大きく一周すると、サブを真似て、加速しつつ崖に向かっていく。
サブとは異なり途中で勢いを失ったカツオとバイクは後ずさりしながらゆっくりと横に向かって倒れはじめる。
慌てて降りたカツオがバイクを倒さないように必死に崖を下ろしてくる。

無表情にカツオを眺めるサブに中島が問うた。
「サブさん、あんなにバイクを扱えるようになるにはどうすればいいの?」
「まずは沢山走ることだな。で、これ以上だと転ぶっていう感覚を体で覚えるんだ。
車輪が地面を滑り始める瞬間を覚えるなら舗装していないこの空き地は良い練習場だぞ。」
サブが答えた。

いつもより高い段差に苦労するカツオを見ながら中島がつぶやいた。
「速く走りたいなぁ・・・・」
サブが答える。
「一発のタイムを競うだけならまずは転ばずに走りきることが重要だろうけど、
今は沢山転ぶ覚悟で走ってみることだな。」
軽い口調でサブは続ける。

「でも、速さを目指したりレースで優勝するなら一番大事なのはゴールまでバイクと一緒に
辿り着くことなんだ。優勝ってのはゴールに辿り付ける奴の中から選ばれるからね。
もしリタイヤする派目になっても死んじゃいけない。死んだら次のチャレンジする
権利すらなくなってしまう。」
目線はカツオを追いかけながらサブは独り言のように中島に言った。


-------------------------------------------------
312 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とかそんな感じ :2006/03/23(木) 02:03:28 ID:aMV8561e
やがてカツオが二人の方に戻ってきた。
結局、怖がって充分な助走を出来なかったカツオは斜面もコブもクリアできなかった。
カツオからヘルメットを受け取りながら中島が聞いた。

「サブさんは他に大きなバイクは乗っていないんですか?」
サブは答えた。
「今は乗っていないんだ。停学中みたいなモンかな。」
大きなバイクには乗っていないということを聞いてちょっと残念そうな顔をして、
今度は中島が崖への挑戦を始めた。

中島が周回を始め、サブは指定席となった土管の上に戻るとじっと自分の手のひらを眺めた。
先ほどKSRに乗った時のハンドルの振動の感覚が思い出される。
(久しぶりの感触だったな・・・)
カツオと中島の表情を遠くに見ながら考えた。
多分サブ自身もあんなに楽しげな表情でバイクに乗っていた筈だ。
趣味として最後にバイクに乗ったのはいつだったろうかとサブは記憶を辿りはじめる。


-------------------------------------------------
457 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とかそんな感じ :2006/03/29(水) 00:09:22 ID:EWGbcjgC
翌日も晴れた良い天気だった。サブは三河屋の前でKSRの調整をしている。
カツオと中島は気付かないことだったが、ほぼ毎週の遊びに備えて二人が酷使しているKSRを
サブは毎日の昼休みに調整していた。
流石に高価な社外部品には入れ替えていないが、チェーン、ブレーキ、プラグ、ショックとメンテナンスを続けて、
不動車になりかかっていたバイクが今や絶好調だ。
「以外にも、まだまだ乗れるもんだな・・・」

アイドリングするKSRのエンジン音を聞きながら昨日のことを振り返ってみる。
愛らしいこの名車で崖に向かって加速した時に突如わきあがった胸のざわめきが懐かしかった。
オートバイに対してそんなに燃え上がるほどの感情が自分自身の中に残っていたことが、正直サブには意外だった。
不整地を走り回ったのはいつ頃だったのか。あの頃はバイクに跨って移動するだけで楽しかった。
それがいつのまにか・・・。

エンジンのかかったKSRの脇に立ちボーっと車体を眺めながら物思いにふけっていると、
いつのまにかカツオが後ろに立っていた。
その日は学校が午前中で終りだったので、中島とは別の友人と連れ立って遠回りして帰ったカツオが
たまたま通りかかったのだ。

バイクの下にはスパナや六角レンチ、スプレーの潤滑油などの見慣れた工具や、
パイプをつなげたようなカツオの見慣れない物が落ちている

「今日は学校はもう終りかい?」カツオに気付いたサブが驚いた顔でエンジンを止める。
「バイクを整備しているんですか?手伝いますよ」サブの問いにうなずきながらカツオが無邪気に言う。

「ちょっと油を差しただけだよ。もう終わったところだから仕舞って仕事に戻るところさ。」
唐突に思考を中断されたサブはバタバタと工具を緑色の大きな箱に仕舞いながら言い訳のように言う。
「バイクはまた木曜日に空き地に持っていってやるから。」
バイクはそこに置いておけ、と言い捨ててそそくさと工具箱を持って店の倉庫の方へ去っていってしまう。


-------------------------------------------------
458 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とかそんな感じ :2006/03/29(水) 00:10:01 ID:EWGbcjgC

(せめてバイクを仕舞うくらいは・・・。) カツオはカバンを店先に置き、
KSRのスタンドをあげて倉庫に向かって押し始めてた。
そう言えばバイクは空き地から店先まで運ぶだけで置き場所は見たことがなかった。

好奇心も交えて店の隣の駐車場から更に奥へ進む。
屋外駐車場の奥にの倉庫はシャッターが開いており、酒や食材のダンボールが
山のように詰まれているのが見える。

しかしその一番奥には鉄の棚で囲まれた雰囲気の異なる一角があった。
そのエリアの入り口付近だけ埃や工具を動かした跡がある。
きっとそこがKSRの居場所なのだろう。
サブは壁際の棚に向かって工具を片付けている。

サブの脇にはカバーを被った大柄なバイクが一台。
そして、更に奥には外装を外されフレームとエンジンだけになったバイクが一台置かれていた。
どちらも上には埃がうっすらと積もっている。
「サブさんのバイクですか?」
無邪気に声をかけるカツオ。

サブは振り返ったサブは意表を突かれた。
(しまった!)と思ったがもう手遅れだ。
カツオがここまでKSRを運んでくるとは思っていなかった。
勝手に倉庫までに入って来たこと自体は咎めるほどのことではないだろう。
カツオは素直に答えを待っている。

「スズキのGSX-R1100って言うバイクだよ。」ため息混じりにサブが答える。
サブの言葉の続きを待つカツオの目に負けてサブが仕方なくカバーを外すと、
その下には青と白の光沢を保ったままのオートバイが姿を現した。
カバーは埃まみれとはいえその下の車体はきちんとグリスで保護され、目立つような錆も痛みも無い。
「逆輸入車だ!でもニンジャじゃないの?」
「このバイクはな、スズキが最速を目指したバイクなんだよ。」ポツリとサブが言う。


-------------------------------------------------
460 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とかそんな感じ :2006/03/29(水) 00:22:47 ID:EWGbcjgC

勿論サブにとってもGPz900Rは憧れのオートバイだった。
二輪の免許を取る前から雑誌の写真を見て憧れていた。
しかし、映画”トップガン”の大ヒットにより巷で広まってしまったNINJAのブランドイメージに反抗した彼は
敢えてGSX-R1100を選び、NINJAの伝説の一部になるよりも、敵として戦いを挑む道を選んだのだ。
サブ自身子供っぽいとは思っていたが、彼にとってNINJAは映画と同年のモデルA3までだと固く信じていた。

サブは改めてGSX-R1100を眺めた。
リッターバイクのボリューム感のある車体は、優しげな曲線でかくしては居るが、猛獣のパワーを搾り出す。
当時巷に溢れていた250ccのレーシングタイプが極限まで絞り込んだ小娘のモデル体型のようであるのに対し、
リッターバイクのそれは印象派の裸婦像のような成熟した色気を漂わせる。
ハンドル周りから燃料タンクへ繋がる曲線美は自然の柔らかさと美しさを醸し出す。
バイクは男の象徴と言うことがあるが、オートバイを指す代名詞はサブにとってはいつも”She(彼女)”だと、
バイクを眺めながらサブは何度も思った。
そんな彼女を俺はなぜカバーで覆ったままにしているんだろう。サブの自問自答は続く。

近所のオヤジのバイクに乗せてもらったこと。
兄の原付(タウニーだった)で初めて公道を走ったこと。
免許を取ったこと。
そして・・・GSX-R1100を乗り出したこと。GSX-R1100を乗り回していた頃は
今のカツオ達以上に嬉しそうな顔をして運転していた筈だ。

限定解除の試験自体が”落とすための試験”と言われていた頃であり、理由がわからない自主規制で
国内販売のオートバイの排気量上限が750ccだった頃の話だ。
サブが二輪の限定解除をしていること、不動に近いとはいえ750オーバーの
逆輸入のオートバイに乗って居ることを知り、カツオのサブを見る目が尊敬の色を帯びている。


-------------------------------------------------
461 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とかそんな感じ :2006/03/29(水) 00:23:47 ID:EWGbcjgC

「あっちのバイクは何ですか?」
カツオは部品が外されたもう一台のバイクを指さす。目をそらしながらサブが答える。
「NS400だよ」
400ccの2ストを発見してジロジロとエンジン周りを覗き込むカツオ。しかし彼は気付かない。

それが実は500cc、純正のレーサーNS500のエンジンであることを。
更にはエンジンだけでは無く、目の前のフレームからすべてNS500なのだ。
サブがメカニックとしてWGPに付いて渡りあるいていた頃に会社を騙くらかして入手したフレームに、
ツテを頼ってかき集めたエンジンやその他の部品を集めてなんとか一台に組み立てようとしたものだ。
ついでにNS400の保安部品をくっつけて書類もでっち上げた上で輸入したので、
組み直せば立派に公道を走れるようにナンバーも取得済み。
判る奴が見ればヨダレが止まらないようなシロモノなのだ。
しかし、今のサブにとっては彼を追い出したコンチネンタル・サーカスがサブに押し付けた傷跡のようになってしまっている。

カツオの好奇心を打ち切るようにサブがカツオに説明した。
「修理しようとして部品を外したんだけど、直せなくて壊れたままなんだ。」
不動と聞いて残念そうな顔をしたカツオはそれでも名残惜しそうに二台のバイクを見比べながら、
サブに押し出されるようにしてガレージを後にした。
去り際にカツオはサブにハッキリと宣言した。「僕、いつかサーキットをオートバイで走りに行くよ!」

家に向かう間もカツオの興奮は収まらないままだった。
たった今見たGSX-R1100の姿が脳裏から消えない。
身近であんなバイクに乗っている人が居たなんて驚きだった。
あんなバイクを入手しサーキットを走る自分の姿を想像しただけでも興奮が増してくる。
(今借りているKSRで練習して、いつかサーキットで一番を取ってやる!)
カツオの夢想は止まらなかった。
明日は早速今日見たことを中島に話して、なんとかアイツをサーキットへの道連れにしてやろう。
カツオは最近中島が、カツオに隠れて「サイクル野郎」を繰り返し読んでいることに気付いていた。
このままだと一人で北海道にサイクリングに行く言い出しかねない。
「明日は”バリバリ伝説”と”アイツとララバイ”を中島に貸して、中島をもう一度バイクに引き戻さなきゃな・・・」


-------------------------------------------------
462 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とかそんな感じ :2006/03/29(水) 01:08:45 ID:EWGbcjgC
カツオが去った後のガレージの中で、飛び交う埃の中に佇む2台のバイクを前に立ちすくむサブ。
吸おうとしてポケットから出したハイライトも、箱を握ったままで一本を抜き出してさえいない。
彼はあの頃本当にバイクが好きだった。メカニックとしても、ライダーとしても。

翻って今はどうなんだろう。
カバーをかけたままのGSXを見ても、部品を外したままのNSを見ても、サブは平静なままでいられたつもりだった。
もうバイクに情熱を燃やすことは無いと思っていた。
しかし、昨日KSRを走らせた時、サブは心の奥底で何かが蠢くような感情を確かに感じた。
もどかしい何かがざわ、ざわ、と出口を求めて蠢いていた。
もしかして、動かす予定の無いこのバイク達の前で何も感じなかったのは、平静だった訳ではなく、
平静なフリをして感情を押し殺していただけではないのか。

背中に染み出してきた焦燥感を騙すためにサブは自分に言い聞かせる。
今更焦ったところで所詮動かせるバイクはKSRしかないのだ。
50ccのバイクで自分の何を確かめられると言うのだろう。
(焦るな。慌てるな。)取り繕うように自分に言い聞かせる。

そうだ、こんな時は気分転換にパチンコでもするに限る。
店は配達から戻って来た主人と奥さんが居るので主人に断りを入れればパチンコに行くくらいの時間はあるはずだ。
そこまで考えたサブはカバーを掛けなおそうとGSXに歩み寄った。
横に落ちたカバーを拾おうとしゃがみ込んだ瞬間だった。
コンクリートに染み込んだオイルとガソリンの臭いがサブの鼻腔を刺激した。
その香りを嗅いだ刹那、サブの記憶が鮮明になった。
モノクロのTVの画面がサッとカラー画像に変化していくようだった。
「俺はバイクが大好きだった・・・」

サブはフッと諦めの溜め息をついた。
握ったままのハイライトの箱をポケットに戻すと、さっき仕舞いこんだ工具箱と
壁の脇に転がっている折りたたみ椅子を持ってGSXの脇に戻る。
椅子の座面をポンポンと2〜3度はたいた後にGSXのエンジン脇に広げ座り込んだ。

「まずはコイツを動かせるようにしないとな。」
慣れた手付きで淡々とスパナを選びはじめる手つきに、すでに迷い無かった。


-------------------------------------------------
750 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とかそんな感じ :2006/05/21(日) 19:10:10 ID:rtrdD/4L
金曜日夜11時。力を込めてシャッターを押し上げる。
月の無い夜とはいえ都心の町明かりが倉庫の奥をほのかに照らし出す。サブが壁のスイッチを押
すと眩しい光が夜に慣れた目を射し、細めた目の中に青と白の”マシン”が浮かびあがる。
長い眠りに落ちていたとはいえグリスを塗りキチンと保管してあったため、復活のための手間は
一旦部品を取り外し、調整を加えながら組みなおした程度で充分だった。ここまで手を入れたのは
オーバーホールというよりも、信頼性を確認するためのサブの儀式のようなものだった。

サブは横目で”彼女”を眺めながら脇を通り過ぎると、奥の金属の棚の一番下にあるダンボール箱
を引きずりだし蓋を開ける。中には、封印したと思い込んでいたツナギ、メット、グローブなど
が押し込められている。
「久しぶりだな・・・」
中の品物を取り出しならサブが呟く。箱からは皮革に染み込んだミンクオイルの香りが立ち登って
いる。しまいこむ時に充分に染み込ませたおかげで皮製品は滑らかさを保ち、カビからもなんとか
逃げ切ったようだ。


-------------------------------------------------
751 :カツオ物語〜サブとの出会い〜とかそんな感じ :2006/05/21(日) 19:11:16 ID:rtrdD/4L
ツナギを着込みブーツを履くと、サブは壁に吊るされていたキーをバイクに差込んだ。スタート
ボタンを押すと一瞬のセルモーターの音に続いて低い鼓動でエンジンが呼吸を始めた。
GSX-1100が鉄の塊からオートバイへと生き返る。
アイドリングが安定するまでの間を待ちながらブーツ、ツナギのファスナーを上げヘルメットを被る。
グローブに手を入れ、中で2〜3度、軽く手を握って馴染ませる。
アイドリングが安定していくとともにオートバイが生命を取り戻し、ウェアを身につけていくとともに
自分が一匹のライダーに変化していくのを感じる。そんな発進直前のこの儀式がサブは好きだった。
感覚が徐々に先鋭になっていく。皮膚がガレージの大気の密度を感じるような、そんな感覚が降りてきた。
慣らしで周辺を3回ほど走ったとはいえ、今夜は少々モードが異なる。
軽くアクセルを捻ってアイドリングの安定を確認すると、体重をかけてメンテナンススタンドから
GSXを押し出す。メンテナンススタンドから落ちた勢いでスルスルと進むバイクの左ステップに体重をかけ
てサッとバイクに跨ったサブはゆっくりとガレージを出て三河屋の店先に出た。

今夜はまだ慣らしの延長だ。急ぐ必要はない。
「さてどこへ向かおうか・・・。」
青と白のバイクに跨った漆黒のライダーは、低いエンジンの音とともに夜の街へ向かって
飛び立っていった。


トップ > 2ch関係 > 三河屋 > 3-1カツオ物語