Part2-7 東京プレス物語
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162 :東京プレス物語 :2006/07/24(月) 23:00:11 ID:euGU5W38
予告編
・・・泣けてきた。今でこそ終夜営業の店がそこかしこにあるが、
当時の世田谷は夜8時にもなると殆ど人通りも無い。
まさか一般の家に「報知の自動車部の者ですが、この辺に松本先生の家は」などと尋ねる訳にもいかない。
新聞社の人間なら連載作家の家など知ってて当然、下手をしたら不審者扱いされて通報されかねない。
さて、どうしたものか・・・
「おや?お前報知のボウヤだな?磯野だっけ?何してるんだこんな所で。」
振り返るとシルバーのトラに跨った頑丈そうな男がニヤついていた。
フロントの旗棒には朝日の社旗、ああこいつは主任の・・・名前が思い出せない・・・
「まあさしずめ連載の原稿取りに来て道に迷ったってとこか。確かお前のところは松本清張だな。
案内してやるよ。俺は朝日の鈴木だ。怪しい者じゃないぞ。」
「あの、その、鈴木さんはどちらへ・・・」
「俺は長谷川先生のところへ行くんだが、多分待たされるから大丈夫だ。
いつも相撲の時期は時間がかかるんだよ。はははっ。」
そう言うと男はゆっくりとトラのクラッチをつないで走りだした。
俺もノートンで後を追う。
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280 :東京プレス物語 :2006/07/30(日) 00:33:13 ID:0ElcpOCf
第一章 〜窓を開ければ港が見える〜
「あーあ・・・なにやってんだろう俺・・・」
九州の田舎から東京に出て来たはいいが、適当に選んだ仕事は港の倉庫番。
確かに楽だし給料も悪くは無いが、若い奴のやる仕事じゃない・・・
「おい兄ちゃん!もうすぐ小麦が来るぞ!伝票出しとけよ!」
「あ、はい!」
毎日毎日小麦や大豆の伝票整理・・・
字が書けてソロバンが出来れば爺さんでも出来る仕事だよ・・・
なんかさぁ・・・今風に言うと「モーレツ」な仕事をしたいんだよ・・・
午前中は小麦300トンと砂糖20トン。
午後は大豆150トン出荷か・・・
弁当でも食うか。
弁当箱を包んでおいた新聞紙を読みながら冷えた飯を口に運ぶ。
自然と求人広告へと目が行く。
おや?これは・・・
「オートバイ運転手募集 要二輪免許 報知新聞社自動車部」
二輪免許なら持ってる。親戚がバイク屋で、
手伝いをする名目で14歳の時に取った。
メグロ125キャデットでコース1周すれば貰えた。
こんな簡単な免許で新聞社に入れるのか?
よし、今夜にでも電話してみるか・・・
281 :東京プレス物語 :2006/07/30(日) 00:35:45 ID:0ElcpOCf
「はい!報知自動車部!」
「もしもし、新聞の広告見たんですが・・・」
「ああ、プレスの応募かい?」
「・・・プレス?」
「バイクの運転手の事だよ。君免許はあるかい?歳は?」
「免許は持ってます。歳は18です。」
「そうか。面接いつ来れる?場所は分かるかな?」
「大体分かります。今週の日曜日なら行けますけど・・・」
「そうか。じゃ、日曜のお昼頃来てくれ。そうだ、名前は?」
「磯野波平です。海の波に平らと書きます。」
「磯野波平君か。じゃ日曜日待ってるよ。よろしく。」
あっけなく電話が切れた。もう少し堅い対応かと思っていたのだが、
なんだか随分気楽な感じだ。いわゆる無責任社員と言う奴だろうか。
まあいい、倉庫番よりは張り合いがありそうだ。
次の日曜が楽しみだ・・・
297 :東京プレス物語 :2006/07/31(月) 10:50:05 ID:zaUQ2k5w
第二章 〜昼下がりの面接〜
「失礼します!」
「おぅ!・・・誰だお前?」
「あ・・・あの、今日面接に来いと言われた磯野ですが・・・」
「なんだよ。おーいキャップ!面接のボウヤが来たぞ!」
「ああ、来たか。こっちへ通してくれ!」
なんだここは・・・狭い事務所みたいな所にガラの悪そうな男が五人くらい、
煙草の煙がもうもうとしている。本当にここは新聞社か?
「磯野君!こっちこっち!ここに掛けたまえ。いやあ今日は暑いねぇ。」
汗を拭きながら椅子を勧めてくれた男も物腰は柔らかいが、
その眼は何か只者では無い空気を漂わせている・・・
「で、免許はあるんだよな?歳が18と・・・運転の経験は?」
「メグロの125とホンダドリーム、大きいのは陸王が一回だけです。」
「そうか。陸王ならここにもあるぞ。じゃあ最初は陸王から乗って貰うか。」
周りの男たちから一斉に笑いが飛ぶ。
「おい、キャップ!連載の回収要員なら間に合ってるぞ!」
「あんな骨董品で仕事になるのかよ!」
骨董品?確かに古いが、ライラックやドリームよりは速い車だ。
じゃああんたたちは何乗ってるんだよ?
298 :東京プレス物語 :2006/07/31(月) 10:52:22 ID:zaUQ2k5w
「で、いつから来れるんだい?」
「え?採用って事ですか?」
「そうだよ。免許があれば即採用だ。何か問題でも?」
「いえ、やらせていただきます!」
また男達から笑いが飛ぶ。
「おっ!ボウヤやる気あるじゃねえか!」
「楽しい職場だから逃げ出すんじゃねえぞ!」
大丈夫なんだろうか・・・
「じゃ、先に仕事の説明だけでもしておくか。おい、浜ちゃん!車庫に連れてってくれ!」
「おいおい俺かよ!説明だけだぜ。現場のお守りは他の奴にしてくれよ!
じゃあボウヤ、こっちだ。ついてきな。」
ちょっと猫背で肩幅の広い男が顎をしゃくる。
男の後ろについて2人で事務所を出た。
912 :東京プレス物語 :2006/10/02(月) 17:02:09 ID:wADMtp7l
第三章 〜商売道具〜
「ああ、そういえば自己紹介まだだったな。俺は浜崎だ。」
「磯野です。よろしくお願いします。」
「ははっ。堅い挨拶は抜きで行こうやボウヤ。この商売は腕が全てだからな。」
狭い階段を下りて薄暗い半地下の車庫に入る。歩きながら聞き返した。
「あの、腕って・・・速く走るって事ですか?」
「いや、それだけじゃ駄目だ。俺たちの仕事は原稿を確実に届ける事、しかも1秒でも早くだ。
一か八かの出たとこ勝負やのんびり無事故運転じゃ商売にならない。分かるか?」
そう言いながら壁のスイッチに手を伸ばす。
えっ・・・!なんだこれ・・・
そこに並んでいたのは、ノートン・トライアンフ・AJS・アリエル・・・
雑誌でしか見たことがない新型の高級外車ばかりだった・・・
「おい、どうしたボウヤ。」
「あの、これはお客さんか社長さんの持ち物か何か・・・」
「何寝ぼけてるんだよ!これが俺たちの商売道具だよ。しっかりしろよおい。」
・・・陸王が骨董品な訳だ。
913 :東京プレス物語 :2006/10/02(月) 17:06:23 ID:wADMtp7l
「さてと・・・陸王と、俺は72でも乗って行くか。」
「乗って行く?もう走るんですか?」
「おう。試験代わりにちょっと横浜でも行こうか。飯おごってやるよ。」
「遠くないですか?横浜?」
「何言ってんだよ。20分かからないだろあんな近所。」
その時後ろから声が聞こえた。
「おいおい浜ちゃん無茶すんなよ。まだ新人だろ?」
「おうエビちゃん。仕事か?」
「いや今日は日曜だからな。いつもの仕入れだ。」
「そうか今日は日曜か・・・よしボウヤ、横須賀に行き先変更だ。」
「君が磯野君だね?俺は海老沢だ、よろしくな。」
「はい!よろしくお願いします!」
やっとマトモそうな人がいた・・・とりあえず安心だな。
車庫からバイクを引っ張り出す。
俺が陸王、エビさんがトライアンフインターナショナル、浜さんは・・・あれ?72じゃないのか?
「横須賀行きならデカイのじゃないと稼げないからなぁ。あははは。」
アリエルスクエア4に跨ってニヤニヤしている。稼ぐ?何しに行くんだこの人たちは・・・
917 :東京プレス物語 :2006/10/02(月) 21:08:38 ID:wADMtp7l
第四章 〜儀式と洗礼〜
「さあボウヤ、小手調べと行くか。まず先に走ってみろ。」
そう言うと浜さんは1000ccスクエア4に火を入れる。
俺も点火時期を合わせて上死点を探り、全体重を掛けてキックペダルを踏み降ろす。
足の裏にゴツンとした抵抗を感じながらも、あっけなくエンジンは回り始めた。
「ほう、一発か。やるじゃねぇか。」
「おや?磯野君慣れてるねぇ。じゃ出発しようか。」
軽く暖気を済ませて、昼下がりの路上に滑り出す。はっきり言って郷里の田舎道に比べたら全然楽だ。
周囲の車の流れに乗って最初の赤信号で車列の最後尾に陸王を付ける。
「おいボウヤ!なに止まってだよ!先に出ろよ!」
「え?このハンドル幅じゃつかえて無理ですよ!」
「しょうがねぇなぁ。交代だ交代!」
「おいおい今度は新人にアリエルかい?浜ちゃん強気だねぇ。」
陸王に乗り換えた浜さんはこれでもかとばかりにアクセルを開ける。
ハンドル幅スレスレのすり抜け、後ろから見ていてもヒヤヒヤする。
だがエビさんは平然と陸王のテールにビタ付け、これがこの人達の普通の運転なのだろうか?
時速120キロ、今なら普通の速度なのだろうが周りの車はスバル360や3輪ミゼット、
50キロ平均で走る4輪がひしめく都内の幹線道路では危険以外の何物でも無い・・・
918 :東京プレス物語 :2006/10/02(月) 21:10:31 ID:wADMtp7l
やがて赤信号に引っ掛かる。エビさんのトラが減速しながら車線変更。
少しでも広い隙間に車体を滑り込ませ、すり抜けで前に出る。
一方浜さんは・・・危ない!どう見てもすり抜け不可能なトラックの間に突っ込んで・・・!
次の瞬間、陸王のフロントタイヤが高々と上がり幅広のハンドルを斜めにしながら
トラックの間をすり抜けて・・・
なんて人だこの人は・・・
「ボウヤ、バイクってのはこうやって転がすんだよ。若いんだから勉強しろよ。わははっ。」
「やると思ったよ・・・。磯野君、こいつの言う事は話半分に聞いとかないとね、
命がいくつあっても足りないよ。真面目に聞いちゃ駄目だよ。」
休憩に寄った米屋でプラッシーを飲みながら話を聞く。
「あんな運転して捕まらないんですか?」
「捕まる?誰に?警察にかい?あんなもん気にしてたらプレスは勤まんねぇさ。」
「そうそう。いつもキャップが謝りに行くんだよな、浜ちゃん。」
横須賀まであと10キロほどの距離だったが、その10キロが果てしなく遠く思えた・・・
925 :東京プレス物語 :2006/10/02(月) 22:22:02 ID:wADMtp7l
第四章 〜大人の国際交流〜
「ちょっと早かったかな。少し待とうか。」
「待ち合わせですか?でも誰と?」
「今に分かるさ。まあ慌てないで煙草でも吸いなよ。ああ磯野君はまだ未成年か。」
そう言うとエビさんはポケットから見慣れないタバコを取り出した。白地に赤い丸、ラッキーストライク。
実物を見るのは初めてだ。アメリカの戦争映画か何かで見たことがある・・・
米軍キャンプの金網のそばの歩道で座り込む3人・・・
「ハイ!プレスサン!キョウハタクサンバイクアルネ!ボクウレシイネ!」
え?外人?
いつの間にか後ろに4〜5人のアメリカ兵が立っていた。そのうち2人は大きな紙袋を抱えている。
「ハイ!コレイツモノプレゼント!キョウハオマケタクサンヨ!」
「おおいつも悪いなぁ。軍曹息子は元気かい?」
「コレアサッテキタヨ!カワイイベイビー!ベイビーモ、トウライボクトオナジエアフォースダヨ!」
「おいおい、あさってじゃなくておとといだろ。あと到来じゃなくて将来な。」
そう言いながらアメリカ兵の差し出した写真を受け取るエビさん。
「ほう、また大きくなったねぇ。いい軍人になるよきっと。」
926 :東京プレス物語 :2006/10/02(月) 22:24:07 ID:wADMtp7l
浜さんはと言えば、受け取った紙袋をガサガサしながら別のアメリカ兵に文句を言っている。
「なんだよこれ。ペントハウスばっかりじゃないかよ。プレイボーイ持って来いって言っただろ!」
「タバコは箱の奴だって言ったのに全部ソフトパックじゃねえか!」
これはいったい・・・しかしすぐ謎は解けた。
「じゃ、事故だけ気を付けて。」
「ハイ!エンジョイタイムネ!」
俺たちが乗ってきたバイクに跨り、嬉しそうに走り去るアメリカ兵。
エビさんの話によると、将校以下の軍人はキャンプに私物のバイクを持ち込めないそうだ。
半年前に横須賀キャンプの米軍野球大会を取材に来た時、先の軍曹と意気投合して
それ以来日曜日にこうしてここで彼らにバイクを貸すのだと言う。
「でも、会社にバレたらマズイんじゃないですか?」
「六本木に『スター&ストライプ』って新聞社があるんだよ、米軍関係者向けの新聞。
そこに顔つなぎも兼ねてるから会社では黙認状態だな。まぁ大人の世界って奴だ。」
大人の世界か・・・路上でペントハウスを読みふける浜さんを横目に見ながら
本当にこれでいいのかと思う午後だった・・・