part2-6 波平旅行記2
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784 :波平旅行記:2006/07/09(日) 07:57:54 ID:o+gGM5bs
いつもどおり出勤し、業務終了と同時に家路に着く。
長年繰り返してきた毎日も終わりである。
磯野波平60歳、めでたく定年を迎えた。
その日の夕食は豪勢だった。晩酌もたっぷりついた。
だが、何より嬉しかったのは家族が皆定年を祝ってくれたことだった。
子供たちは寝付いて、マスオ君と日本酒を注しあっていたら洗い物を済ませたフネとサザエが出てきた。
マスオ君とサザエは姿勢を正すとこちらを向き直して「お父さん、本当にご苦労様でした」と深々と頭を下げると、おもむろに茶封筒を出してきた。
促されるままに封を開けると中には何枚かの紙が入っている。
「・・・・・!?・・・・・・・・・・・航空券?」
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785 :波平旅行記:2006/07/09(日) 07:58:55 ID:o+gGM5bs
先月買った東芝の電子レンジの懸賞で当たったとマスオ君は説明していたが、気が動転していたのと酔っていたのでそのまま押し切られるように受け取ってしまった。
サザエ曰く「親孝行は受け取っておくものよ。それに母さんもたまには羽伸ばさなきゃ」だそうだ。
3週間ほど準備にかかりいよいよ出発。
フネも自分も飛行機は初めてである。
緊張しながら受付カウンターを探し、搭乗する飛行機を確認する。
フネは人ごみではぐれないように常に腕を絡めている。
キョロキョロ恥ずかしい行動はできないと思いながらも、挙動不審は否めない。
もういちどチケットを指差確認する
「チェックイン良し、搭乗口良し、・・・」
出発空港は成田、二人とも緊張で無口になりながらゆっくりと搭乗口へ向かう・・・
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808 :波平旅行記:2006/07/10(月) 06:07:07 ID:pMrzOboC
機内での長旅はいささか疲れる。しかし、言われるほどエコノミーシートというのも悪い座席ではないようだ。
機内食を食べカップに半分のビールに口をつけるとフネは静かに寝息を立て始めた。
その横で波平は何杯ビールを飲んでも酔った気がしなかった。いや、緊張か興奮か少しも酔えなかった。
いざとなるとフネの方が神経が太いようだ。
事前に空港から少し離れた日本人街の宿を電話で予約しておいたが、旅行行程は決めていない。
地図を片手に適当に観光して回るつもりである。
行き先はロサンゼルス、アメリカ西海岸最大の都市である。
手持ち無沙汰なので、小冊子を開く。
「モータリゼーションの国アメリカ、モータウンとして発展したL.A.。」
「温暖な気候のカリフォルニア州は通年気温が高く乾燥している。」
「近郊には映画の都ハリウッドがあり、俳優や監督の豪邸が立ち並ぶムービースター通りが人気のスポット。」
「リトルトーキョーなら日本の食品から雑貨雑誌まで何でもそろう。」
旅行ガイドに書いてある言葉についわくわくさせられる。
まぁ、帰りのチケットはあるが便を決定しているわけではない、ゆっくりと観光もできるだろう。
最初はどこを回ろうか・・・・
などと考えているうちに、飛行機はL.A.国際空港に着陸してしまった。
結局一睡もできなかった。
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809 :波平旅行記:2006/07/10(月) 06:08:34 ID:pMrzOboC
入国審査と手荷物受け取りを終えてついに、アメリカの地に降り立った。
燦々と照りつける太陽はL.A.の乾いた空気とあいまって、汗をどっと出させる。
あんまり熱いので到着ロビーすぐの所にあるコーヒーショップでアイスコーヒーを飲もうと店に足を向ける。
妙な話だが、降り立った最初の素直な感想は外人が多いということだった。当たり前ある。
大柄な外人が到着ロビーのソファーでわいわいしゃべっていたり、黒人のガードマンが行ったり来たりしている光景は、洋画の中でしか見たことがない。
治安についてもそんなに悪くはないという感じだ。犯罪のメッカはスラム街といわれるようなところでの話なのだと、一人勝手に納得していた。
っと、その刹那、ソファーに座って新聞を開いていた白人の男が立ち上がって前に立ちふさがった。
真っ赤なアロハシャツに短パンと真っ黒なサングラスで、男はこちらを見下ろす。
「シマッタ!」甘かった。やはり外国はいつでも気が抜けない。
そういえば、かねてからの円高と貿易摩擦で日本人と言うだけで狙われることが間々あると新聞にも書いてあったではないか。
心臓はドクドクと鳴り汗が噴出す。フネは相変わらず腕にしがみ付いている。
頭が真っ白になり何も考えられない。
すばやく男の右腕が振りあがった、つい顔を背け目をつぶり体が硬直する、。
「殴られる!」と思ったその腕はサッとサングラスを外すと胸にしまいこみ、男は口を開いた。
「ようこそL.A.へ、波平」
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810 :波平旅行記:2006/07/10(月) 06:10:01 ID:pMrzOboC
「・・・・・・・・・・・・?」あっけにとられてしまった。
背が高くガッチリとした体躯の白髪の初老の彼の優しい目は見覚えがある。Mr.ロブスター、何十年ぶりの再開だった。
パスポートだの海外保険だのの準備をしているときにロブスター氏にも手紙を出しておいた。
娘夫婦から旅行を送られて、L.A.に訪れることとなったこと。到着便と宿の詳細を書いておいた。
返信の手紙はなかったが、滞在中にも連絡を取って会いに行こうと思っていたところだった。
まさか空港に迎えに来てくれたとは思わず驚いてしまった。
彼は真っ白な白髪になり顔も皺が増えていたが、あの目だけは変わらなかった。
しかし、こっちも年を取っていたはずなのに良く見分けがついたものだ。
唯一変わってないところは髪形だけであったから、目立つといえば目立つのだが・・・
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27 :774RR:2007/03/29(木) 03:42:19 ID:A83S7QJl
ぬぅっと出された彼の大きな右手に、ふいに板付基地傍のレストランで握手の別れを思い出した。
我も彼もずいぶんと老いた、長い間連絡も途絶えたままだった、ハーレーも手離し完全に別々の人生を歩んできた。
しかしすべては瑣末なものとしてあっという間に飛んでいってしまった。
もはや彼と握手を交わしているときに、心はすでに一緒にハーレーを駆っていた頃に帰っていた。
[プライベートは愛称で]当時のルールも生き生きと蘇ってくる
「やぁ、ボイル。久しぶり。」
口を突いた言葉にロブスター氏も笑顔でこたえる。
ほんのわずかな会話で3人は当時に戻ってしまったようだった。
積もる話もあるが、立ち話もなんだからと彼の車に乗り込んだ。
大型のハッチバックはごちゃごちゃと荷物が積んであったがまだまだ広さはゆったりあった。
しかしながら驚かされることばかりだ。単純に車が右を走るだけでもえも知らぬ違和感を感じる、特に右左折時は対抗車線に入り込んでしまったと思うほどだ。
その上大きな車がものすごく速いスピードで走っていくのだ、スピードメーターは80を指しているが目に映る速度はそれ以上を感じさせるものばかりだ。
メーターがマイル表示と知ったのはずっと後のことだった。
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28 :波平旅行記:2007/03/29(木) 03:43:03 ID:A83S7QJl
ボイルは大都市L.A.の中心部やコリアタウンなどを回って、ハリウッドの看板の見える丘やチャイニーズシネマスタジオなど有名どころをつれ回してくれた。
その合間にも昔話に花が咲き、近況など取り留めのない話は尽きることはなかった。
3時を回って夕方近く、今日は疲れもあるから早めに戻ろうという提案で宿に向かった車内で、ボイルがとんでもないことを言い出した。
「波平のとっていた宿はキャンセルの電話をしといたよ。あのあたりは最近治安がよくないんだ。」
「大丈夫。うちに部屋が空いてるから泊まるといい、ハハハハハ」
何を言っているのかいまいち理解できずにきょとんとしていると
「それに明日も早いしな」と言ったっきりニヤニヤとするばかりで、以降何も教えてくれなくなってしまった。
相変わらず何かたくらんでいる顔だ、こうなってはどうしようもない。
フネと顔を見合わせて提案に乗ってみることにした。
車はフリーウェイを1時間ほど走った高級住宅街の中に入っていく。
どの家も広い庭に芝生とプールがあり、アメリカンクラシックな大きな家が建っている。
日本では信じられない規模でもココではどうと言うことはないらしい。
自慢のワイフと二人暮しには少し広すぎるし、市街地から少し遠くて不便だと言っていた。贅沢な悩みである。
その夜は彼の自慢のワイフの自慢の手料理を味わった。
互いの夫婦のなれ初め話など大いに盛り上がったが、ワインに酔ってしまったのか早々に客間で休ませてもらった。
直に寝てしまったところを見ると、飛行機とはいえさすがの長旅にフネも疲れが回っていたようだった。
まだ旅行は始まったばかりである。
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29 :波平旅行記:2007/03/29(木) 03:43:40 ID:A83S7QJl
朝食を頂きながら今日の予定を話し合うが、ボイルは何か考えがあるようで相変わらず何も教えてくれない。
最愛のワイフ、シャルルもボイルと一緒でニッコリとおんなじ笑顔でするりとかわしてゆく。二人はまだ何か隠している。
フネと共にまな板の上の鯉は素直にサプライズを楽しもうと、半ばあきらめた。
朝食を取るとあわただしく出発した。
車でしばし走ったところは、大きな倉庫のような建物で表には看板が上がっていた。
「「アングラーモーターカンパニー」」
ボイルは自慢のハーレーを見せてくれるつもりだったようだ。
どう見ても開店前で事務所であわただしく準備をしている中、男がひょっこりと顔を出した。
「ジェネラル、ずいぶん早いお越しですね、準備できてますよ」
軍役時代のかつての部下が今はバイクやを営んでいるらしい。
小柄な中年男はつづける
「相変わらず人使いが荒いんですから、いきなり電話で今週中に何とかしろなんて・・・」
悪態をついているようだがボイルも中年男も笑顔であるから、気心の知れた仲のようだ。
ボイルが紹介してくれた話によると、かつての部下アングラー氏であるという。
軍人よりも当時から商売のほうに才能があったようだ。
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30 :波平旅行記:2007/03/29(木) 03:44:14 ID:A83S7QJl
そうこう話すうちに倉庫の裏から若い整備士が一台のバイクを押してきた。
無骨で荒々しいスタイルがきらきらとした煌きをまとって、いっそう力強さを感じさせる空気を身にまとった車体。
太いタイヤはそれだけのパワーを発揮するであろうことを容易に想像させ、ヘッドライト周りの曲線は艶かしくもある。
昔出会ったそれとは著しく違ったスタイルであっても、内に込められた魂はより色濃く輝いて見える。
まさに「ハーレーダビッドソン」そのもののであった。
ボイルはいとおしそうにシートをなでながら、キラキラとした少年の目で自慢げに話し始めた。
「どうだ波平、こいつが今の愛車さ」
キラキラときらめく車体は確かにボイルのセンスを随所に感じさせる、荒々しさの中にも紳士のあり方が詰め込まれているようだった。
ボイルのそんな姿をシャルルはあきれたように笑っていたが、話が長くなる前に何かをボイルに耳打ちした。
やはりこの二人「何か」企んでいる。
自分とフネだけではなくアングラー氏もそう思ったようだ。
「ちょっと仕事が・・・」と言いかけて引っ込もうとしたアングラー氏をボイルが捕まえてなにやら小声で自分たちに聞かれないように話しているのだが、明らかに困った顔をして大げさに身振りでダメだと言っているのは見て取れた。
しかしかつての上官に掛かっては断りきれないかのように諦めて言われるままに倉庫のシャッターをあけさせられるアングラー氏とボイルのやり取りは気の毒ではあるが少々滑稽でもあった。
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188 :波平旅行記2:2007/04/22(日) 11:38:14 ID:GreW0pkw
ゆっくりと開かれるシャッター。
まるで神殿の扉が開かれるように感じたのはその内側からキラキラと光輝くそれらのせいだけではない。
そこにありうる全ての物がまとう空気がそう見せたのかもしれない。
まさに宝物殿の御開帳といった様子で開かれた向こうには、クロームのきらめきまぶしいハーレーたちが鎮座していた。
水銀灯に照らされまぶしいような輝きは目をそらせない美しさをまとっている。
輝きの奥に見える荒々しさ、それでいて身に纏った高級感、雄々しく、艶かしい、美を求めたそのいでたちは息を呑み圧倒されてしまう。
ボイルはにこやかに告げた。
「波平、跨ってみろ」
薦められるままにゆっくりと車体に近寄り、そっと手を触れる。
指先から伝わる感触が電気のようにつま先から脳天を駆け巡る。
もはや自分自身ではどんな表情をしているかわからないが、おそらく頬は緩み笑顔であったろう。
そうさせる魔力がそこにある、まさに存在感によってのみその存在が証明されるようなオーラを纏った車体があった。
アングラー氏は呆れ顔でこっちを見ている。
しかし、周りのことなど気にすることはできない。
一応フネと顔を合わせたはずだが、表情は覚えていない。
もはやそこにあるのは自分のほかにその車体だけだった。
ゆっくりと足を振り上げてまたがる。
腰に伝わる重さが力強い。遠い昔にまたがった感触を思い出そうにも、時代の流れは無常なものだ。もはや別物のような存在感、ブランクとはいえないほど新鮮な感動が伝わる。
ずしりとした感触を感じて車体を起こす。
肉厚な感触は高級感を伴ってよりいっそう大きさを感じさせる。
跨ってハンドルをしっかりと握ればエンジンをかける必要もない、やはりそこに存在した車体は確かに長い時を経たハーレーだった。
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189 :波平旅行記2:2007/04/22(日) 11:39:12 ID:GreW0pkw
不意にボイルは車体に手を伸ばし、すぐさまシリンダーにキーを差し込むとおもむろに捻る。
そんなわずかな動作は確実に股下のハーレーに命を吹き込み、インジケーターランプが点灯する。
あたかも、深い眠りから静かに目覚めるように、未だ物言わぬ車体は確かに生命を感じさせる。
オートバイを生き物や女性にたとえる例が多くあるのは、まさしく頷ける。
促されるままスタータースイッチに手をかける。
昔はキックだったなどと野暮なことは言うつもりはない、セルモーターは二輪車とは思えない力強さでクランクを回す。
フライホイールの重量バランスを強調するかのような力強いセルモーターは、そのままその車体に宿る未知なる力量をあらわすようでもあった。
まるで初めてハーレーダビッドソンを感じたときのような郷愁・・・それ以上の喜びを感じさせられるほどである。
ボイルがチョークノブやアクセル開度を補助してくれたおかげで、3度ほどでエンジンに火が宿った。
実にあっさりとしたもので、ケバケバしいタペット音も振動も心地よい存在感を示す。
言葉でで描くといかにも叙事的な感じを受けなくもないが、確かに振動も騒音もガタピシとした不良品感もすべてスポイルされて、近代の工業製品らしくなってしまって味気ない。
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190 :波平旅行記2:2007/04/22(日) 11:39:57 ID:GreW0pkw
・・・・・・・
・・・・・
・・・
申し訳ない、「嘘ではないが、嘘だ」。
もはや今にも走り出したい衝動(自分の所有物ならすぐにでも走り出していたろう)に駆られてしまい、冷静な反応はできていなかった。
何度も同じ表現で恐縮だが、ハーレーとはそこに宿る魂こそがハーレーたる所以であろう。
「気に入ったようだな」
ボイルのその言葉はすべてを物語っていた。
そのとおり、気に入ってしまった、心は既にフネを後ろに乗せてイージーライダーよろしく無限の荒野に走り出していた。
唯一困惑していたのはアングラー氏であったろうが、既にボイルに釘を刺されていたのだろう、苦笑いを浮かべながら
「Mr.波平無傷で返してくださいよ、本当に、お願いしますね、冗談じゃなく・・・」切実とはこういうことだろう。
かくして、その足でボイルの計略に乗って内陸部を目指すことになった。
目的地は大渓谷(グランドキャニオン)世界に名だたるアメリカの大自然の芸術作品である。
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331 :波平旅行記2:2007/05/11(金) 00:17:23 ID:vO+o5E4U
黒いメタリックのジェットヘルを二つ借り、タンデムシートにフネを乗せ、ボイルの先導で走り出す。
ずいぶんと久しぶりの感覚に少なからず恐怖心を覚えたが、ボイルは気を使ってくれたのか右車線の右端をまずはゆっくりと走り始めた。
しかしながら、ロスの車は速い。
すぐ左側をものすごい速度差でフォードやGMの大きな車が駆け抜けてゆく。
しかし、こちらのハーレーも安心感のある鼓動を刻み少しもビクリともしない。
恐れることなく路面をけるハーレーは、やはりアメリカの大地においてこそ、その本領を発揮するようだ。
暑いロスの日差しは力強く波平の乗ったハーレーをキラキラと輝かせている。
しかし、幾ばくかの問題もある。
スラックスにジャケットといういでたちだ。
観光客としてなら申し分ないが、バイクに乗るにはいささか不向きだ。
どうも胸元は風を受けて冷え込むようだし、バタバタとまとわりつくスラックスも気になる。
そんなことを考えながらボイルの後を付いてゆくと、大通りから路地を抜け昨日訪れたコリアンタウンの方へ出た。
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332 :波平旅行記2:2007/05/11(金) 00:17:58 ID:vO+o5E4U
一軒の町外れの小さな店の前にバイクを寄せると、ボイルは降りるように促して、店内に入っていく。
胡散臭いエスニック調の暖簾の奥にモヤモヤと香が炊かれたような煙が立ち込めている。
その奥には髭モジャの白髪の年寄りが、髪を編み真っ赤なバンダナを巻き、くすんだシルバーのアクセサリーをジャラジャラさせて椅子に座ってパイプをふかしていた。
なるほど、アメリカでは皆自分が好きな格好をしているのだなと納得させられる。
暗さに目が慣れると店内には所狭しと革製品やデニム素材の衣類が積み上げられていた。
商売っ気のないと言ってしまえはそれまでのような、怪しい店だがボイル曰くココなら物凄く安くいい品物が手に入るのだそうだ。
ボイルとシャルルにそれぞれ見立ててもらって、フネと揃いで一式のコーディネートをしてもらった。
レザーのパンツにデニムのジャケットど派手なデザインのシャツに濃いブラウンのレザーベスト。
フネにはデニムのスリムパンツに白の厚手のブラウス、お揃いのブラウンのレザーベストにカントリー調の大判スカーフを合わせた。
なんだかいかにもって感じないでたちの出来上がりだ。
しかし、ハーレーで高揚した気分にはこのくらいがちょうどいいのかもしれない。
少し恥ずかしいが、何だかフネと二人何十年もタイムスリップしたかのような気分だ。
ボイル夫妻が今なお若々しくハーレーに乗り続けれるのも、こういう魔力があるからだろうか。
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333 :波平旅行記2:2007/05/11(金) 00:18:29 ID:vO+o5E4U
最早言葉は要らない。
顔を合わせてにやりと笑うと颯爽とハーレーに跨り走り出す。
車の流れにも驚かない。
70マイル以上で快調に走り、フリーウェイで一路東を目指す。
目指すはルート66。
北東へ貫くこの道が我々の旅路だ。
だんだんと町から離れ土の色が濃くなる。
焼けた大地に乾いた風が踊り、荒れた路面から跳ね返る振動も祝福しているようだ。
「ようこそアメリカへ」「まぁ、楽しんでいけよ」
もしかしたら開拓者たちもこの空気を求めて新たなる地を目指したのかもしれない。
20代に戻った心は浮き上がり、背中にしがみつくフネを感じながら、太陽を背中に背負い走っている。
無性に腹の底からわきあがってくる衝動、まさに叫びたくなるような、
もしかしたら本当に叫んでいたかもしれない。
「最高だ!」
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138 :波平旅行記2:2007/07/21(土) 01:50:29 ID:6IbksF0V
焼けた空気に肌が焼かれる。路面から照り返す熱気は、乾いた風とあいまってにじむ汗を飛ばし渇きをもたらす。
150マイルほど走ったところで愛馬とともに補給に休んだ。
荒野に佇む小さなガソリンスタンドは土産物屋と軽食を一緒に置いている。
ルート66はだいぶ観光道路の意味合いも強いようだ、60年代の面影を残す姿はまさにアメリカ映画さながらである。
サービスではガスを入れながら軽くホットチップスと一緒にフライドチキンをつまんだ。
いささか油が強く塩味もきついが、コーラで流し込むとなかなかにして美味である。
ボイルはアメリカにはまだ食文化が育っていないといっていたが、なかなかどうしてこういうのもいいものだ。
フリーウェイに入ってからずいぶん走った、地図を開きながら今後のルートの打ち合わせをする。
打ち合わせといったって、グランドキャニオンまではほぼ一本道だから、今宵の宿泊地を決めるだけの話しだ。
もはや距離的感覚も時間的感覚も日本にいては比較にならないほど麻痺してきていた。まったくアメリカというのは広い。
ずいぶん走ったつもりだがやっとカルフォルニア州のはずれに及んだところであった。
われわれがルートについて相談としているときに、フネとシャルルはきゃあきゃあと土産物をあさるのに忙しい。
その姿をボイルと二人ラッキーストライクをふかしながら顔を見合わせて苦笑いしていた。
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139 :波平旅行記2:2007/07/21(土) 01:51:58 ID:6IbksF0V
宿泊地を目指して再びハーレーに鞭を入れる。後100マイル強も行けば今夜の宿泊地だ。
殺風景な道沿いにはまさに何も無い無限の荒野、道路脇の送電線と競うようにスピードは加速していく。
赤茶けた土と枯れて乾いたような草がまばらに有るだけの、日本にはどこを探しても見ることはあるまいといった、まさに荒野の字の指すとおりの風景である。
ほとんど曲がることなくまっすぐに伸びる道、荒れたアスファルトの所々に車のものと思われる金属片やバーストしたタイヤが転がっている。
街路灯などはまずもって存在しない。
地平線と呼ぶには多少うねりを帯びている、だがやはり遠くでは空と大地がひとつに溶け合い、彼方には蜃気楼がゆらゆらと揺らめく。
まさにジョン・ウェインの世界、コヨーテの警告看板もよく似合う。
ここまでいったいどれほど走ってきたろう。全てがマイル表示でいまいち距離感が沸かないが、100マイルが明らかに100キロより遠いことは疑うべくも無い。
やはり随分と走ったものだ。
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140 :波平旅行記2:2007/07/21(土) 01:52:40 ID:6IbksF0V
日もだいぶ傾いたころ目指すサービスポイントのモーテルに着いた。いくら気が若いつもりでも体は正直なようで随分疲れた。
ゆったりとしたソファーに腰掛けると、しりがひりひり痛む。
タンデムシートのほうはゆったりとしたデザインなのかフネは元気だ。
モーテルは部屋つながった長屋のようで、ペンキのはげかかった姿も哀愁を誘う。
とりあえず荷物を置いて隣にあるレストランに転がり込んで今日の夕餉とした。
レストランといってみたもののカフェに近いもので、出で来た物は、オートミールではないがぐちゃぐちゃと練ったような野菜料理で総じて不味い・・・味が無い。
どうも大豆製品がないと一日の閉めには向かないようだ。
結局大部分を残してしょうがなく閉店作業中の売店でチーズクラッカーとチョコチップを買ってしまった。
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141 :波平旅行記2:2007/07/21(土) 01:53:17 ID:6IbksF0V
ボイルと出発の時間を決めて、部屋に戻るとチーズクラッカーをつまみながらラジオをつける。
当然すべての放送は英語であるが、陽気なDJの声に耳を傾けながらさっき買ったアメリカンスピリッツに火をつける。
フネが買い求めたお土産のバッジやTシャツを眺めていると
「お父さん、疲れたでしょう」とビールを冷蔵庫から出してくれた。
今日道すがらに見えたものの話はつきそうに無いがバドワイザーを半分も飲まないうちに急に睡魔に襲われて先にベッドに入るとすぐに寝てしまった。
心地よい疲れは指先からつま先まで痺れを残したままベッドがやさしく包んでくれた。