2-3 甚六

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672 :油冷ファン :2006/07/06(木) 13:12:57 ID:g87kXFXH
カチャリ。
青年は家人を起こさぬ様静かに玄関の戸を閉めると、深夜の街に踏み出した。
閑静な住宅地に突っ掛けの音がカラコロと響く。

青年は昼間の出来事を思い出していた。

今日はバイトが久々に休みだったので愛犬の散歩をしていると、空き地で野球に興じる隣に住む少年に出会った。

「やぁ。」
青年がにこやかに片手を上げ挨拶をすると、少年は野球帽を取り、イガクリ頭を撫でながら楽しげな笑顔で言った。
「大人のくせに、昼間からフラフラしてたらダメじゃん」


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673 :油冷ファン :2006/07/06(木) 13:13:57 ID:g87kXFXH
分かってる。分かってるさ。
いつまでも浪人生なんて立場にぶら下がってられない。
「ダメじゃん」
勉強もせずにバイトに明け暮れてる場合じゃない。
「ダメじゃん」
両親は何も言わず、青年の好きにさせている。
これからもそれは変わらないだろう。
「ダメじゃん」
分かっているさ…


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674 :油冷ファン :2006/07/06(木) 13:15:08 ID:g87kXFXH
青年は誰も居ない駅前を通り抜け、ある貸しガレージの前で立ち止まった。
6と書かれたシャッターに鍵を挿し、青年は勢い良くシャッターを引き上げた。
シャッターはガラガラと音を立て、惰性で上がっていくと、少しづつガレージ内に街灯の明かりが差し込んでいった。
青年は慣れた手つきで薄暗いガレージ内の電灯のスイッチを押すと、蛍光灯が2、3度瞬きガレージ内に光が溢れる。


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675 :油冷ファン :2006/07/06(木) 13:16:16 ID:g87kXFXH
YZF−R1。

剃刀の様な切れ味の走りをするというヤマハの代名詞的マシンの青いボディが蛍光灯の光を艶めかしく跳ね返しながら青年を無言の威圧で睨み付けている。

「いい加減大人にならなきゃな…」
青年はR1のタンクを撫でながら、誰に言うでもなく呟いた。


お前は私から離れられるのか?
スピードの、ギリギリの緊張感が生み出すあの魔力から逃れられるのか?
青年にはR1がそう囁いているように感じた。


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676 :油冷ファン :2006/07/06(木) 13:19:22 ID:g87kXFXH
お前は私から離れられるのか?
スピードの、ギリギリの緊張感が生み出すあの魔力から逃れられるのか?
青年にはR1がそう囁いているように感じた。

青年はR1から離れると部屋の隅のロッカーを開け、中に掛かっていた革ツナギを隣の事務デスクに放り出した。
続いてライディングブーツを取出し、ブーツを手に持ったままデスクに腰掛けR1を見つめた。

どれほど時間が経っただろう。青年には分からない。青年は小さく何かを呟くとブーツをその場に起き、デスクからキーを取出し流れるような一連の動きでR1のエンジンを始動させた。
獲物を狙う獣の様にその全身に力を込め、走り出だせる歓喜に身を震わせるR1。
青年はその様を背に、手早くツナギに着替えブーツを履いた。
そして後頭部に『JIN−ROCK』と書かれたヘルメットを被り、グローブを着けR1と共に外に出た。
シャッターを閉め、R1にまたがる青年。
今夜も鋼鉄とアスファルトで出来た狂気のメリーゴーラウンドが動きだす。
シールドから覗く青年の瞳には先程迄の人の良い、やや気弱な光は消え失せていた。
R1を滑らかに表通りに合流させながら、青年は先程と同じ呟きを繰り返した。

「あと少し。もう少しだけこのままで…」


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