Part2-2 波平旅行記 

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376 :波平旅行記:2006/06/24(土) 22:02:38 ID:fq8LIZFY


蒸し暑い夏の夜。東京の熱帯夜の寝苦しさは移り住んで幾年たとうとも体に馴染まない。
幾度かの寝返りを繰り返した後、ゆっくりと上体を起こすと額にある汗をぬぐう。
虫の音が庭から聞こえてくる。遠くで犬の遠吠えも聞こえる。横ではフネが静かに寝息を立てている。
月明かりを頼りにそっと枕もとのタバコを探ると灰皿を抱えるようにしてそっとマッチをする。
一口目は浅く、次はゆっくりと深くタバコを味わうように煙らせて、立ち上る紫煙を眺めながら暫しの物思いに耽っていた。

長女はよい婿に嫁ぎ、子供たちはすくすくと成長している。目に入れても痛くない孫もいる。
博多から東京に出てどれ位経つだろうか。苦しいときもあったがフネは何も言わずに良くついてきてくれた。
自分は幸せ者だ。波兵は噛み締めるように何度も心の中で反芻していた。
今の自分があるのは全てフネがいたからこそである事を良く理解していたが、女房孝行と呼べるようなことはほとんど行わなかった。

たまには二人で旅行なんてのも良いかもしれない。日頃の感謝も博多の男の口から述べるには抵抗がある。
軽井沢あたりに出かけてみるのもよいだろう。。。。

いろいろと考えを巡らせながら、2本目のタバコに火をつけた。
最後に二人きりで旅行したのはいつだったろうか。
東京に来てから、家族で出かけることは間々あった。しかし、夫婦水入らずとなるとまだ博多にいたころになる。
戦争のごたごたで行ってなかった新婚旅行代わりに長崎へ行ったのが最後だった。



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377 :波平旅行記:2006/06/24(土) 22:05:17 ID:fq8LIZFY
二話

戦争が終わって少しした頃だった。
進駐軍相手に始めた商売も当たり、従業員も増え生活もよくなってきた頃だ。
馴染みの大佐があまりにも勧めるので軍からの払い下げという形で安くハーレーダビッドソンを手に入れた。
大佐とは何度か走りに行った。軍施設の管理をしていた大佐は発注の際は必ず声をかけてくれたし、戦勝国の横柄な様子もなく一本筋の通った「息子も立派な軍人にする」が口癖のいい男だった。

夏の日差しも強い8月、フネを誘ってバイクに跨ると長崎は雲仙を目指した。宿も何も予約せず、突発的に出かけた。
面と向かって新婚旅行代わりだのなんだのと理由を述べるのが、恥ずかしいわけではないが抵抗があったため急な出発にしたのだ。
ブーツに長ズボン、ジャケットの袖は折り返して半袖にして飛行帽とゴーグルの自分と薄い綿のパンツに白いブラウス、日除けにスカーフを巻いたフネの二人の旅行だった。

跨ってエンジンを掛ける。
大柄な車体に大きく足を振り上げながら跨り、どっしりとシートに腰を下ろす。アメリカ人向けに作られた大きな車体は、日本人にはかなり大きく容易に取り扱えない無骨さを肌で感じさせる。
ゆっくりと大地を蹴って車体を起こす。注意しなければそのまま反対側にゴロリと倒れてしまう。
腹に力を入れて重たい車体を起こしたらいよいよ着火の儀式だ。
スロットルを半分開ける。開けすぎてはならないし開けっ放しでも具合が悪い。気温が高いので3回開閉を繰り返す。
キャブレターにガソリンが回ったのを感じるとおもむろにキックペダルを起こす。一回では掛からない最低三回はキックしなければならない。
このときも転倒には細心の注意を払わなければならない。
キックの最中もスロットルを開けてはならない。ドドッっと少し回り始めたときにはじめてスロットルを開放する。
一度グズるとなかなか機嫌の直らないハーレーは、着火の儀式にこそ一番神経を使うのだ。
知人の陸王も同じだと聞いたことがある。



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378 :波平旅行記:2006/06/24(土) 22:06:23 ID:fq8LIZFY

三話

やっとエンジンがかかり、発射の準備が整う。
横座りでフネが後ろからしがみつく。福岡市内のきれいな道ならまだ問題なかったが、少し外れたでこぼこ道に入ると横座りじゃ具合が悪いらしく、足を開いて乗るのに抵抗があったフネも跨って乗るようにした。
それでもちょくちょく「止めて、止めて」と声がかかる度に停車すると、尻が痛いからと座布団を買いに行き、鼻が日焼けすると麦藁帽子を買いに行き、帽子が飛ばされて拾いに行き、なかなか福岡市内から出れそうになかった。
つばの広い麦藁帽子も飛ばないようにスカーフで顎に縛って固定したらなんだか農婆のようになってしまっていた。

はじめてフネを後ろに乗せて走った、一人で乗るのとは違う心地よい緊張感があらゆる感覚を研ぎ澄ましていた。
博多湾のきらめく水面、松原の心地よい香り、道から返ってくる振動さえも新鮮な喜びに満ちていた。
「あぁ、この時のためにハーレーを手に入れたのだ」と一人納得したほどだった。

近代の舗装路には比べるまでもなく、未舗装路は実にゆっくりとしか走行できなかった。
高速を使えばわずか3時間程度の肯定も当時は一日がかりの行程になる。
少々つらい道のりもフネが一緒だというだけで少しも苦にはならない。
途中佐賀のうどん屋にて昼食をとった。道中道が悪いところもかなりあり、いささか疲れたので休憩も兼ねて早めの昼食にした。
残念ながら佐賀まで1台のバイクともすれ違うことはなかった。そんな時勢に2人乗りで旅行しようというのだから、さぞかし好奇の目で見られたことだろう。うどん屋の主人も「えらい音がしたけん、なんが来たかと思った」と言っていたことが思い出される。

そもそも所有していたハーレーは、エンジンを掛けると雷が落ちたかと思ったといわれるほど大きな音がした。
大佐はこれが普通だと言ってはいたが・・・


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379 :波平旅行記:2006/06/24(土) 22:07:02 ID:fq8LIZFY
四話

昼食を済ませしばらく走ると、海沿いの道へ出た。道から少し外れたところに叔母の家があり挨拶がてら少し寄ったのだ。
家の前までハーレーで乗り付けると、爆音にびっくりした叔母が飛び出してきた。
「なんごとかと思った」「どげんしたと?」叔母は怪訝そうな顔でハーレーを見ていたが、「よう来たね」「フネちゃんもそれで来たったい」「ハー、すごかねぇ」と歓迎してくれた。
日が暮れる前に長崎まで辿り着きたかったので、茶も飲まず本当に挨拶だけ済ませてまた走り出した。
走り出す際にフネが大きく足を開いて跨る姿に叔母はたいそう驚いて目を丸くしていたらしいが、残念ながらその表情は見ていない。

トコトコと行程をこなして進むと長崎に入る手前に随分道の悪いところに出た。
どうやら先日の雨の影響か軽いがけ崩れが起きていたようだ。道いっぱいにコブシより大きな石が転げ散らかっていた。
覚悟を決めて速度を落としゆっくりと瓦礫道に進入する。左足のクラッチは細かい動作を要求されて足が攣りそうだ。
確実に動かない石にめがけて前輪を当てると、ぐっとトラクションを掛けて前へ進む。それを繰り返しながら何とか前へ前へと進んでいく。ある程度乗れてきたなと思った矢先、前輪の乗った石がゴロリと動いた。慌てて右足を踏ん張ったがダメだった。
スッシリと重たい車体は乗り手の意思とは無関係に、その体を横たえてしまった。
慌てて後ろを振り返りフネを確認したが、コケそうなハーレーからスルリと離れていたらしく怪我も何もなかった。
重たい車体を二人掛でやっとの思いで起こすと、細部の損傷を確認したが特に問題点はなかった。
そもそも速度はまさに徐行といった程度であったが。

一度車体を横にすると、なかなか始動しないのがハーレーの可愛いところだ。
再びエンジンを掛けるまでに、汗だくになってしまった。

瓦礫道を抜けると間もなく長崎だ。日のあるうちにその日の宿を探さねばならない。
雲仙の町で民宿がすぐに見つかった。そもそも盆でもなければ彼岸でもないのだ、宿などいくらでもある。


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380 :波平旅行記:2006/06/24(土) 22:08:23 ID:fq8LIZFY
五話

宿にて夕食を食べながら翌日の行程についてフネと話していた。
佐世保へ行くか船で熊本に渡るか考えたが、フネのたっての希望で佐世保へ行くことにした。

翌朝、宿を出ると普賢岳を見に出発した。
実際にハーレーで上れるのは5合目までで、それ以降は登山道になっていた。
登頂はあきらめそのまま南に下って佐世保を訪れた。
佐世保は当時米軍の海軍基地として機能しており周辺に近づくことも規制してあった。

高台から望む佐世保港の風景は軍艦さえいなければ旅情としてはこれほどすばらしいものもないと言えよう。
キラキラときらめく海原に港湾施設の窓ガラスも反射して眩しいほどだ。
潮風と時折聞こえる汽笛の音がなんとも言えず気分を落ち着かせる。
なるほどフネが来たがっていた理由が良くわかった。

佐世保市内で土産とフネにビロードの髪留を買った。
高級品ではないのだがフネはたいそう喜んでくれて、未だに大事に持っている。

日が傾く前に出発して、進路を北へとった。
ちょうど日が翳ったのが伊万里だったのでその近辺で温泉に泊まった。
なかなかひなびた旅館で温泉も良く、料理も申し分なかった。
翌朝は陶器の朝市があるというのでちょっと覗いてから帰路に着いた。
わずか2泊の小旅行であったがフネは満足していたようだった。


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381 :波平旅行記:2006/06/24(土) 22:08:54 ID:fq8LIZFY


数日後、大佐と仕事の話で会ったとき、フネと旅行をしてきたことを話すと、「これで立派なハーレー乗りだな」
「かみさんを乗せるのは最高だったろう」と大層喜んでいた。
「ハーレーを勧めた甲斐があったってものだ」と少し大げさに笑っていた。

どうやら大佐にはハーレーを勧めた時点からここまでの流れが想像できていたらしいのだ。
まったく彼の手の上で遊ばされたような気分だったが、不思議と心地よかった。

残念ながらそれから幾月も経たないうちに転任命令が下って、大佐は本国へ帰還してしまった。
板付基地の近くの店でハーレー仲間としてささやかな食事会を開き、「必ず再開を」と握手で別れたが未だに叶ってはいない。
時折来る手紙には息子も空軍に入ったことや、新車のハーレーに乗り換えたことなどが書かれていた。
残念ながら東京に出る際に家財と一緒にハーレーも手放してしまい、今は手元にない。


何本目かのタバコに火をつけたときフネがおきてしまった。
フ「お父さん寝付けないんですか?」
波「ああ、ちょっとなぁ昔のことをおもいだしとった」
 「二人で長崎まで行ったのを覚えとるか?」
フ「ええ、勿論ですよ。あなたに買ってもらった髪留だって大事に仕舞ってるんですから」
 「二人とも若かったですからねぇ」


確かに二人とも若かった。もう随分と長い時間心を燃焼させるような思いは感じていない。
しかし、もういちどハーレーに乗りたいという思いは忘れたように仕舞いこんでいた心の奥底にしっかりと生き続けているようだ。
そうだ、久しぶりに大佐に手紙を書こう。
ハーレー乗りとして再開できる日を夢見て、いつかまたあの大きくて無骨で大らかなバイクに乗れる日を信じて。
大佐の息子も立派な軍人になったことだろう。大佐も自分も年を取った。
そういえばもう退役したのだから、大佐ではなくロブスター氏とせねばなるまい。


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