タラオ物語6

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109 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/03(土) 14:22:00 ID:eoW9iLQ8
アナゴさんと、初めてツーリングに行って以来、俺は憑かれたように走りに走った。
大学の授業が終わると、(あるいは勝手に終わらせて)ガレージに行き、ほとんど毎日といって良いほど走りまくった。梅雨時期もアスファルトの乾いた短い時を見逃さず、それでも雨が降ったなら降ったなりに走った。
夏までにフロントとリアのタイヤを交換した。今まで、服や、友達付き合いに消えていた金はほぼすべてTLの維持とガソリンにつぎ込み、更にバイトを増やした。
ノートを貸してくれる友人がいなければ、前期の取得単位は悲惨なコトになっていただろうと思う。(ノートを貸してくれた彼には学食の食券の束を進呈する必要があったが…)

バイクにかまけていたおかげで、一応、所属している少林寺拳法部の練習にもほとんど顔を出さなかったため半幽霊部員になってしまっていた。
期末試験終了後に久しぶりに出た部活で、先輩に「タラオ…お前夏休み、特錬な!」と命じられたのは言うまでもない。。。



110 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/03(土) 14:23:15 ID:eoW9iLQ8
俺の大学にはバイクで通学しているやつも多い。必然、都内のキャンパスの、あまり広くない駐車場にはさまざまなバイクがぎっしりと並ぶことになる。
俺は川崎のガレージにTLを置いているので今までどおり電車通学しているが、学内のバイクを見て歩くのが楽しくて、講義の合間などになんとなしに見て回ってしまったりする。
ビッグスクーターやらアメリカン、モタードやらSS、生活感の溢れた感じのスーパーカブからきれいなチタンブルーのマフラーを装着したRSV1000Rまで様々だ(TLはいないが・・・)。
それぞれ、持ち主の趣味が如実に表されていて、実に面白い。



111 :タラオ:2007/02/03(土) 14:24:45 ID:eoW9iLQ8
中でも、俺の気を特に引く一台があった。
いつも停まっている、ヤマハの新型FZ1だ。ブルーメタリックの車体はタンクの側面を除いて、きれいにワックスがけされている。
オーリンズ、ブレンボ、マルケジーニ、アクラのフルエキマフラーなど一級品のリプレイスパーツをふんだんに装着しているが、俺が興味を持ったのはそんなパーツ類じゃない。
そう、俺の気を引いたのはFZのガリガリに削れたバックステップのバンクセンサーと、肩のとろけたリアタイヤ、
そして…カウルの内側に小さく、わからないように貼られた女の写真のシールと「ミヨちゃんLOVE!」の極々小さな字…どんなやつが乗っているんだ?



112 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/03(土) 14:25:54 ID:eoW9iLQ8
熱帯夜、うだるような8月の夜。
部活の特別練習を終え、組み手で先輩連中にどつかれた熱い身体を引きずりながら、駐輪場に赴く。
夏休み中、しかも8時過ぎなのでさすがにバイク駐輪場は閑散としているが、例のFZ1は太陽の余熱に熱いアスファルトの上に、いまだ、鎮座していた。
夏休みでも、いつもFZは駐輪場のいつもの位置にあったが、この数日の様子から8〜9時過ぎくらいにいなくなることがわかっていた。
そういうわけで今日の俺は、このバイクの持ち主がどんなやつか確かめてやろう、という気になっていたわけだ。
自販機でスポーツ飲料を買い、傍の段差に腰掛けてセブンスターを咥える。
暑さと、脳にいきわたるニコチンにボーッとしながらバイクを眺め、
3本目のタバコに火をつけた時、FZに近づく人影を見つけた。
「彼」か?



113 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/03(土) 14:26:59 ID:eoW9iLQ8
彼はFZの傍らで右ポケットをまさぐると、キーを取り出した。間違いない。彼だ。
早足で近寄って早速にも声をかけてみた。
「あの、すいません―このFZの方ですよね」
「ん?ええ、そうですけど…何か?」
怪訝そうにこちらを見直す彼。ざっくりとした短髪に、横に長いスクエアな眼鏡をかけていた。知的さを感じさせるが、どこか神経質そう。
少し、バイクから想像するイメージと違った。



114 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/03(土) 14:27:54 ID:eoW9iLQ8
「いやいや、FZがすごく綺麗にいじってあるもんで、ずっと気になっていたんですよ。
で、偶然通りかかったときに、あなたの姿が見えたもんだからつい声かけちゃいました。」
見張っていたというのも怪しいし、少し恥ずかしいので、偶然ということにしておいた。
「ああ、そういうことですか」
うれしそうに頷く彼。バイク乗りが自分のバイクをほめられて嬉しくない筈はない。
「タイヤとか、ステップとか結構キテますよね」
「うん、首都高上がったり、峠とか走るとどうしてもね」
そうして彼は、FZのカスタムについて軽く説明して見せた。
頃合を見て、俺はしゃがんだままカウルの内側に貼ってある女の子のシールを指差した。
「で、この娘は?」
「―彼女・・・」
恥ずかしそうに、視線をそらしながら言う彼。暗いからよくわからないが、多分、真っ赤だ。
可愛いヤツ。
「で、名前は?」
「―ミヨちゃん・・・笑うなよ!?」
「笑わないさ・・・(ニヤリ)・・・」



115 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/03(土) 14:29:14 ID:eoW9iLQ8
彼は大手英一。工学部の4年だそうだ。ミヨちゃんとは幼馴染らしい。珍しくもバイクに彼女の写真を張るくらいだから、よほど好きなんだろう。
神経質そうな初印象に反して案外くだけたヤツで、彼のほうが年上ながらタメ口で話すことを許してくれた。
「同じ学部じゃないだろ?いいんじゃない?」とのことだ。
俺が今年免許を取得し、TLに乗っていることを告げると、
「TLかよ…」とつぶやきニヤリと笑いやがった。
「TLだよ」ニヤリと笑いかえしてやった。

連絡先を交換して・・・
その日から、英一と友人になった。
バイクを通じて得た、初めての友人だ。



156 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/04(日) 18:02:18 ID:m0uktPD2
英一と出会ってから一週間と少し、8月も半ばに入り、俺の部活の練習も後3日で終わる。
ちなみに英一は工学部の4年で、院に進学するので夏休みは基本的に無いらしい。
彼とは不思議とウマが合った、と言えば良いか。俺は人見知りの激しいほうではないが、こんなにもすぐに馴染めるのも珍しい。
バイクと言う共通の話題があったことも理由の一つだが、英一の屈託のなさにどこか安心できるのだ。
「で、フグタのTLはどっかいじったりしないのかい?」
英一は学食のB定食の味噌汁をご飯にぶっかけながら言った。彼は基本的に几帳面な男だが、顔に似合わず、時々そんな豪快なことをする。
「ん〜どうだろう?でも俺、英さんみたいにいじれるほど金ないよ?」
そう、英一は学生のくせに何故かまったく金に困っていないらしい。ちょっとした特許の権利を持っていて、ライセンス料が入ってくるとのコトだ。
―正直…うらやましい。



157 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/04(日) 18:03:41 ID:m0uktPD2
「まあ、金が無くても、無いなりにいじれるもんさ。自分のバイクがだんだんオリジナルに変わって行くってのはさ、やっぱ嬉しいよ。
単なるモノじゃなくなっていくって感じ・・・わかるだろう?」
わかる。確かにそれはあるだろう。
「そうだな…どうせなら、見た目や音より、走りが変わるようなカスタムがいいな。足回りとかステダンとか変えてみるかな…」
俺は、うどんをすすりながら答える。TLは高速コーナーは良いが、待ち乗りや回り込むような低速コーナーではハンドリングが重く、
その点がしばらく前から引っかかっていた。
「ステダンか・・・面白いかもしれないな」
「ちと考えてみるよ。そのときは手伝って。」
「OK!フグタのバイク見てみたいし、喜んでてつだわさせていただきまする」
「よろしくたのんます」



158 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/04(日) 18:05:19 ID:m0uktPD2
自宅に帰って、インターネットで調べてみるとオーリンズから適合するステダンが出ていた。減衰を任意にアジャストできるらしい。
値段はネットショップで6万円ほど…正直、俺にとって安くは無い。しかし手が届かない値段でもない…
買うべきか、買わざるべきか…15分ほど髪の毛をかき上げながら迷ったすえ、俺は購入ボタンをクリックした。やはり欲望には逆らえない。
まあ、とりつけて何か問題が出たらヤフオクで売りに出してしまえば、そんなに大きな損にはならないだろうと言う打算もあったわけが。

英一に電話した。
「あ、英さん?俺です。買ったよ、オーリンズのステダン」
「早っ!もうかよ!なんと決断の早い・・・フグタよ、君は男だな!」
「まーね。でさ、週末には来るらしいんだけど、とりつけ手伝ってくれる?」
正直、作業自体は手伝ってもらうまでもないことだが、英一に俺のバイクを見せておきたいのであえて手を貸してもらうことにした。
「OK、じゃどっかで待ち合わせする?俺、バイクで行くけど。」
俺はウチの近くのジャスコを待ち合わせ場所に指定した。ランドマークとしてわかりやすいはずだ。
「英さんさ、ついでにツーリング行こうよ。近場で箱根か伊豆あたり」
「いいよ!じゃあ、朝7時に待ち合わせにしよう!」
「OK!」
―そういうことになった。



159 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/04(日) 18:07:20 ID:m0uktPD2
6時50分。この時間でも残暑の「残」が小憎らしく思えるほどに暑い。休日のこの時間だから道はすいているだろうが、渋滞にはまったら…きつそうだ。
ジャスコの自販機のコーラで喉を潤しつつ、セブンスターを灰にしながら英一を待つ。
タバコが半分も灰にならないうちにFZ1の滑らかな、かつ重厚な排気音が聞こえてきた。
英一。時間通りだ。縁石から腰を上げた。
「おはよ。待った?」
「いや、ばっちり時間通りだよ、英さん。早速行こうか。環八から246を川崎方面に…あとはおいおいナビするよ」
「OK」
俺はメットをかぶり、グラブをはめるとタンデムステップを引き出して跨った。
英一は俺の膝を左手で一つ叩くと小さく前を指差し、ゆっくりとクラッチをつないだ。
実は、バイクの後ろに乗るのはこれが初めてだ。FZのリアシートは広く、英一の操縦はタンデムを意識した十分に滑らかなものであったが、
人の操縦に自分の身体がゆだねられていると言う違和感が、どうにも俺を不安にさせた。
タイミングや判断が、少しずつ違うのだ。クルマの場合、人の助手席に乗っていてもあまり気にならないが、バイクでは一挙手一投足が気になってしまう。
より危険な乗り物だからだろう。英一の運転はおそらく俺よりも上手いが、それでも、自分で運転したほうがいい。
やはり自分の命は自分で握っていたいから。



160 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/04(日) 18:12:04 ID:m0uktPD2
「おお!こいつはすごいな!」
数十分後、いつものガレージ。ハヤブサ、カタナ、R750、そして俺のTL。
4台のバイクが整然と並ぶ光景を見て、英一が歓声を上げた。
「バイクファミリーだな!特に全車スズキというところが、怪しいこだわりを感じさせるね!!」
「うん、R750が兄貴ので、カタナが親父の友人の、で…ハヤブサが死んだ親父のバイク」
「あれ?フグタのお父さんって亡くなったの?」
「うん、癌でね…」
「そうか…じゃ、まあ、さらっとTLいじっちゃおうよ」
英一は微妙な空気を読み取って、すぐに話題を変えてくれた。こういう機微に反応してくれるのは、正直、助かる。
ステアリングダンパーの交換は、基本的には純正をはずし、新しいものを装着するだけのため、20分もかからなかった。
簡単なカスタムではあるが、純正から交換されたオーリングのステダンは強く存在を主張するように光って見えた。
TLがまた少し自分のものになった気がして、陣割とした喜びが浮かび上がってくる。
跨って、ステアリングを左右に振ってみた。
おお、軽い!これは良いかも知れない!実走が待ちきれない!



215 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/07(水) 01:06:30 ID:eLANBHm+
水道で手を洗い、ウーロン茶で喉を潤し、タバコを一服するとツーリングの準備に取り掛かった。
とはいっても日帰りのため余計な荷物は無く、念のためバイクの各所を点検するだけだ。
「ルートはどうするか?」
チェーンの張り具合を確かめながら英一が聞いてきた。
「ん〜そうだな、東名と小田厚で箱根まで行って、ターンパイクから伊豆スカとおって後は時間見て適当に…って感じでどう?」
「それでいいよ。帰りは、海沿い来て、西湘バイパスから湘南とおって、後は適当に高速とか16号でいいな」
「それでいこう。あ、バナナワニ園が見たい。これ覚えといて」
「…OK…」
大まかな計画だがこんなもので十分だ。バイクならではの機動性で、いかようにも変更できる。

そんな風にして、俺たちは出発した。



216 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/07(水) 01:07:34 ID:eLANBHm+
走り出して、すぐにステダンの交換による効果がわかった。
ものすごく軽い!街乗りの倒しこみがすごく楽で、小回りも今までよりも遥に良くなった気がする。左右に小さく、何度も蛇行してみたりして、軽快な動きを楽しむ。
TLの本来のハンドリングはこういうものか…小さなカスタム一つでこんなにも変わるとは…乗り始めてから数ヶ月たち、自分のバイクをある程度理解したつもりだったが、
それでもまだ色々な顔が隠されていて、ちょっとしたことからそれが覗けたことが、なんとなくうれしかった。



217 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/07(水) 01:08:33 ID:eLANBHm+
しばらくして、東名に乗った。リーダーは俺が取る。英一は右後方へ。
ベンチレーションから吹き込む熱風は肺に熱く、エンジンの廃熱がジーンズを通して下半身を焼くが、「これがバイクだ」と割り切ってしまえば何とでもない。要は気の持ちようだ。
クルマの流れは休日としては悪くなく、140km/h程度で巡航することができた。
しばらくすると、車群を抜けた。
前方車はるか遠く、車種の判別はもちろん、その色すらわからない。俺は右後方を振り返りながら一気にギアを3つ落とし、前に向き直ると、一気に右手首を翻した!
一瞬、リアタイヤの空転に車体を悶えさせ、TL1000Rは弾かれたように加速していく。右ミラーに視線を飛ばすと、一瞬遅れて英一のFZ1が追尾してくるのがわかった。
180…シフトアップ…200…シフトアップ…240km/h…、真夏の太陽に熱せられたアスファルトから立ち昇る陽炎を吹き飛ばし、2台は加速する。
FZは、右ミラーの中でほとんど位置を動かさない。さすがに…速いな。
オーリンズのステダンは、この速度では軽すぎ、安定性に欠ける気がした。状況に合わせてアジャストするべきなのだろう。
しばらくすると、前方をおそらく100km./h以上の速度で走っているはずのクルマが、まるでこちらに向かってバックしてくるかのように、みるみるうちに接近してきた。
FZのライトがハイビームに切り替わる。同様に俺もハイビームにすると、俺たちの存在に気がついたライトバンがウィンカーを出しながら、中央車線へと緩慢に逃げ始めた。
与えられつつあるわずかな車線、わずかな空間を、黒と蒼の弾丸が切り裂いてゆく…



218 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/07(水) 01:09:37 ID:eLANBHm+
厚木インターで東名から小田原厚木道路につないだ。
ここからは俺に代わり英一が前に出る。軽快な道路ではあるが覆面パトカーや白バイの非常に多いルートであることを、英一もわかっているらしく、120km/hほどでセダンに気を配りながら淡々と流していく。
途中、高速上にもかかわらず牧場の牛糞の匂いが漂ってきたりして、一瞬ごとに都会の喧騒から遠ざかっていることを再認識させられる。
ヘルメット越しに感じる風のにおい…これもバイクならではの体験か。



220 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/07(水) 01:10:58 ID:eLANBHm+
小田原厚木道路を走り、20分程度で終点の風祭まで達する。
一瞬だけ一般道を通り、給油した後、箱根ターンパイクへ…はじめて走る道。今日は贅沢に有料道路三昧。
ターンパイク前の小さなパーキングで小休止した。
「ふ〜フグタ、結構飛ばすじゃないか?」
と、耳栓をはずしながら言う英一。
「東名だろ?危なっかしかったか?」
「いや、異常と言えば異常だけど…まあ絶対に無理な速度ってわけじゃなかったし、路面もよくて交通量も少なかったからな。
後ろから見ていても不安は感じなかったよ」
苦笑気味に言う英一。
「だけど、フグタさ、免許とってから4ヶ月しかたってないだろ?僕なんかそのころは怖くて200キロなんて出せなかったからな!」
「俺だって、怖くないわけじゃないけど、まあ、ちょっと遊んでみたくてさ。
新しくつけたステダンの高速域での動きも確認しておきたかったしね。
それに初心者と言ったって、俺もう7千キロは走ってるぜ?」
そう、怖くなかったわけじゃないが、なんとなく大丈夫であることが”わかって”いた。あくまでなんとなくで、理由は無いが…
「そか、で、ターンパイクはどうする?フグタが前走る?」
「いや、英さん先走ってよ。俺は先輩殿のラインを盗ませていただきますだよ。ただ…ちんたら走ってると…ぶち抜くぜ?」
セブンスターを咥えてニヤリと笑って見せた。
「…おう、やって観やがれ!小僧っ子がっ!」
カルピスソーダを口に当てながら英一が返す。
彼はタバコを吸わない。



221 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/07(水) 01:12:06 ID:eLANBHm+
ターンパイクの料金所を過ぎると、すぐに上りになっている。
傾斜はそれなりにあり、路面も一般道よりは綺麗なため平均速度も高いため、すぐに耳が痛くなる。頻繁につばを飲み込んだ。
料金所から数キロは周囲に畑もあるが、すぐにそれも途切れ、手の入っていない原生林の中を走る一本道になった。
綺麗な空気を吸いたくて、RR4のシールドを上げる。
標高が高くなるにつれて冷えてくる風が顔に当たり、かすかな草いきれの香りを鼻腔に届ける。気持ちいい…
英一のFZはリプレイスマフラー特有の低い音を響かせながら、80〜90kmをほどで淡々と走っていた。ブレーキランプはほとんど点灯しない…



222 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/07(水) 01:13:40 ID:eLANBHm+
俺がついていくのを感じて、英一は徐々にペースを上げ始めていた。
人それぞれの個性や性格が走りに現れるのだろうか。
英一のライディングは非常に滑らかで、ロスのない、まさに教科書的な美しいものだったが、時にびっくりするほど大胆なラインをとることもあった。
ブラインドコーナーの手前では十分に減速し、対向車線にも絶対にはみださないが、
クリップを過ぎコーナーの先の視界を得たならば対向車線まで含めた道幅いっぱいを使って全開加速。
スローイン・ファストアウトの基本?リアをスライドさせながら莫大な運動エネルギーを蓄積していくFZを観ていると、教習所で習った言葉など頭から吹き飛んでしまう。
ジャッジャァァァ・・・英一が自作したステップに取り付けられたバンクセンサーから飛び散る火花。
旋回により生じる遠心力とバンクするバイクとライダーの自重、アスファルトから伝えられる垂直抗力、路面を喰う両輪の摩擦、エンジンが生み出す推進力…前へ!
すべての力が、一つの力点においてバランスしていた。綺麗だった。
美しいから、速い・・・
―そう,感じた。



223 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/07(水) 01:14:52 ID:eLANBHm+
英一のライディングを悠長に眺めている余裕がなくなってきた。彼のペースがとんでもなく上がってきたからだ。
クソッ!速い!喰らいつく。あっという間に迫り来る左コーナーにフル加速から一気にフルブレーキ。右手の中指と薬指を絞り込む。スネーキング。リアが少し振られる。一つシフトダウン。
体勢を作り、踵と右足の内腿でバイクをホールドしつつコーナーの先に視線を飛ばす。短いストレートの先に英一の背中が見えた。ステップをこする。ようやく回頭。我慢していたスロットルを開放した。
インジェクションから供給されたガソリンに呼応して二つのピストンは膨大な回転力を生み出し、チェーンを経てタイヤを歪ませ、そしてアスファルトへと伝達されていく。
加速!
コーナーからコーナーへと、作業の繰り返し・・・しかし状況は一つとして全く同じ処理を許さない。
ヘルメットを叩く風が運んでくる恐怖を押し殺し、バンプに小さく弾かれて空転するリアタイヤから背に走る悪寒をなだめ、FZを追う。
少しずつ遠くなる英一の背…だめか…あきらめかけて左コーナーを曲がったとき
― 紺碧の空へ突き刺さるかのごとく伸び上がるストレートがそこにあった・・・
快晴の蒼さに溶け込む、はてしなく長い天国への階段。その先にはなにがあるのか・・・
中ほどを、空よりも蒼いFZが突き進んでいく・・・まだそれほど離されていない・・・

― もう少しだけ…
俺はスロットルを握りなおし、3速から4速へシフトアップしながら、スクリーンに深く身を隠した。


464 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:04:03 ID:erhKF2W9
『ドライブイン大観山』
ターンパイクは意外に短く、10分もしないうちに頂上にたどり着いてしまった。
約10km/hの全開走行。互いが直接的に絡むことは無かったにしろ、バトルと言って良いかも知れない。
結局、英一に追いつくことは出来なかったが、彼の背中を完全に視界から見失うことは、最後まで無かった。
大観山の駐車場に滑り込み、エンジンを止めたいまでも、恐怖感を抑制するため放出されているアドレナリンに灼かれた脳が、冷たくくすぶり続けていた。
顔は、まだ少し青いかも知れない。

「おーおー!フグタ速いじゃないか!」
メットをミラーにかけながら興奮気味に言う英一。声でかいって…
「いやいや…英さんのが全然速いじゃんか。がんばったけど、追いつける気がしなかったよ」
「いや、僕も全開だったよ。あれ以上はきついね!…こりゃおもしろいことになってきたよ…」
にんまりと笑う英一。
「…?面白いことって?」
「バトルするに足る相手が出来たってことさ!」

どうやら…無我夢中の俺の走りは、英一に認めてもらえたらしい。
今まで、人の走りと自分の走りを意識したことは無かったが、自分の"速さ"を認めてもらえたことに、こそばゆいうれしさを感じた…


466 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:06:28 ID:erhKF2W9

「あっ、英さんちょっと待ってて!」
俺はふと思いつき、メットを地面において小走りで自販機へ。
「ほい!」
UCCの冷えた缶コーヒーを英一に投げ渡した。
「・・・?」
「これからさ、負けたほうが缶コーヒーをおごる…OK?」

一拍おいて、英一は満面の笑みを浮かべた。
「OK!いいね!」

親父とアナゴさんの伝統。
悪くない。
英一ならいいだろう?な、親父…



467 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:07:32 ID:erhKF2W9
観山でしばしの休憩の後、少しだけステダンの効きを強くなるよう調整して出発。熱海箱根線を経て伊豆スカイラインに入る。今度のリーダーは俺。
このあたりは箱根峠や十国峠など、すばらしいパノラマが随所に広がり、ついつい速度もゆっくりになってしまう。

伊豆スカイラインはターンパイクと比べてツイスティな道だった。距離も長く軽快なワインディングが延々と続いていく。
展望の良いポイントはゆっくりと景色をめでながら、森の中を走る場合は全開で…といったように緩急をつけて走る。
全開といっても若干の余裕を残して、というような感じ。
互いに、抜きつ抜かれつを楽しみながら進む。

都会から1時間と少しでこんなにも美しい景色を、道を味わえる…この上無い自由。

真夏の太陽が透明な大気を貫いて、ハンマーのようにアスファルトを叩いている。
空は何処までも高く、影一つ落ちてこない。
視界の端で、空の蒼さ、木々の緑、道の灰色が渾然一体となり、穏やかに交じり合う。

…俺の右を、英一が駆け抜けて行く…俺も右手に力を込める。

森に入れば、道にかぶさる木々のアーチ。
頭上の枝葉を押しのけるように打ち抜いてきた木漏れ日が、数千分の1秒単位で俺の眼を灼き、路面に、数車身前を走る英一の背に、フラクタルな光の迷彩柄を描き、そして刹那に流れて消える。
灰色のアスファルトの上。轟くエキゾーストノート。耳を叩く風の音。
2台は力強く、そして美しく優雅に踊る。

すでに法定速度の倍をゆうに超えている。意識では恐怖を感じるものの、不安は無い。
身体は自然に、何のためらいも無く動く。脛を焼くエンジンの排熱は気にならない。
乗れている。右コーナー。クロスラインで英一をインから一気にパスする。アスファルトがステップを削ってゆく。さらに高鳴るエンジン音。

高原の森を抜け、土の匂いを含んだ涼風がメッシュジャケットを通して身体をなでていく。

俺たちは言葉なき会話をかわしながら、互いにじゃれあうように、走り続けた。



468 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:09:02 ID:erhKF2W9

伊豆。
大観山を出てから1時間と少しで、海に出ることが出来た。相模湾だ。
海沿いを南に向かって下る。ちょうど昼前で、腹が減ったと思っていたとき、国道沿いのアジの開きの看板を出している飯屋、兼土産物屋を見つけた。
休憩もしたかったし、「まずはもう、伊豆といえば、なにしろ相模湾の「アジ」である…」という熱い想いが俺の中に存在しているため、
英一の意見も聞かずに駐車場に直行し、TLを止めた。

「おっ飯か?アジか?」
英一が、ヘルメットをあわただしく脱ぎながら聞いてきた。
「おう、飯だ。アジだ!…畜生…マジ旨そうじゃねぇか…」
土産物屋の店先に並ぶアジの干物のあめ色が、俺の腹の虫を刺激して止まない…

二人して、いそいそと階段を上り2階の食堂へ。
「いらっしゃーい。2名さまね?適当に座って選んで。」
割烹着姿のおばちゃんに促されて卓につき、壁のメニューを一瞥して即決した。

「俺はアジの開き定食にするわ。英さんは?決まった?」
英一はメニューを見ながらまだ迷っている。
「うむ。僕は塩焼き定食にするが、サイドメニューはどうする?」
「ん?他にたのむの?」
「ああ、例えばあの、お任せ刺身大皿盛りなどはどうかい?」
英一は壁の写真を指差した。確かに旨そうだが…5800円…


469 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:09:57 ID:erhKF2W9
「英一殿…高すぎます…」
「フグタよ…先輩として一言忠告しておこう。」
英一はため息混じりに言った。
「カネで経験が変えるなら、そんな経験はすべて買っておきたまえ。
男が大きくなるために金を惜しんじゃだめだ。必要な犠牲と言うものが世の中にはあるのさ…」
―なぜだか、良く判らないが、とてつもない説得力を感じてしまった。
「…英さん、わかったよ…しかしここは先輩として多少なりともご支援を…」
被せる様に英一は小さく首を振り、机に身を乗り出して俺の目を真直ぐ見て囁いた。
「フグタよ。痛みを伴ってこそ、経験は経験たりうるのだよ。」

…もういい。まあ、俺も刺身食いたいし。店員さんを呼んだ。
「えーと、塩焼き定食と、アジの開き定食と刺身大皿盛り合わせ、お願いします。」
英一は満足そうにうなずいて店員にいった。
「おばちゃん、あとサザエのつぼ焼き、2人前追加」
「!?」
「はいな、ありがとうございまーす」
 
 ―もういい…好きにしてくれ…



470 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:11:06 ID:erhKF2W9

腹いっぱい食った。アジの開きはうまかった。刺身も最高で、特に甘エビとイカ、そして刺身のアジは絶品だった。
ちなみに、その後、英一は1階の土産物屋で、アディダスならぬ<アジダス>のTシャツを買った。
アディダスの葉っぱマーク(?)の代わりに、3匹のアジの開きが描かれている。
ネタとしては面白いが、普段、絶対に着られない…恥ずかしくて。。。

「英さん、それ着るつもりか?」
俺の冷たい視線に、英一は堂々と答えた。
「ん?なんで?着るよ?
このアジのつぶらな瞳が可愛いじゃない」

「そうか…いや、いいんだ…」
彼は本気だった。。。

俺にはまだ、こいつが良くわからない。


472 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:12:21 ID:erhKF2W9

飯の後は温泉と相場は決まっている。
幸いに伊豆は温泉が名物。しばらく南下すると、すぐに小さな温泉旅館を見つけた。
前を走っていた英一のFZが左ウィンカーを出しながら、駐車場に滑り込んでいく。

受付のおばちゃんに2時間の風呂代を払い、われ先にと男湯へ。
少しばかり狭苦しい、古びた木の匂いが漂う脱衣場で汗で張り付いたTシャツを苦労して脱ぐ。ジーンズも重い。
風呂上りに、コレをまた着るのは少し嫌だが、まあ仕方ない。
あっ!!…英一のやつ、そのための<アジダス>か!!
 ―さすがだ・・・

「うはぁぁぁぁ」
「あっぁぁぁぁ」
待ちかねた露天風呂。二人とも思わず、おっさん臭い声を発しながら肩まで湯に沈め、バイクに乗り続けてこわばった腰や首筋を伸ばした。
スポーツバイクであるTLは前傾がきついポジションのため、このように長時間の乗り続けるのは、少々堪える。
英一のFZはもっと楽なはずだが、あれだけのスポーツ走行をこなして来たのだから、やはり多少なりとも疲れているのだろう。

湯船のへりに首を持たせかけ、脱力感に身を任せながら、大きく息を吐くと、
多少ぬるめで、海が近くだからだろう、少ししょっぱい湯に筋肉の疲労が溶かされていく。



473 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:12:59 ID:erhKF2W9
「ところで英さん…」
身体を起こしながら英一に声をかけた。
「ん?なに?」
「ぶっちぎりで俺の勝ちだから、後でコーヒーおごってくれよな?」
英一の下腹部に視線を流し、腕を組んでニヤリと笑ってみせた。
「?…っな!!コレは関係ないだろ!」
「そうかな?まあ、あれだな。経験で男は大きくなるが、もって生まれたものは変えられないという教訓だな…」
「…男は大きさじゃない!硬度と飛距離と思いやりだ!」
「ふむ。コレが俗に言う負け犬の遠吠えと言うヤツか。いやはや、勉強になるわ。」
遠い眼で、竹の垣根越しに海を眺めながら、独白。
 ―飯どきのリベンジ成った…虚しいが、決して譲れぬ勝利だ…

静かに立ち上がる。
露天風呂。太平洋。潮騒。黒潮の香り。
裸の背に、照りつける太陽が熱い。
英一はまだ何かさわいでいる…


474 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:14:08 ID:erhKF2W9
風呂上りの気だるい身体を休憩所で休ませ、アクエリアスで潤してから、俺たちは熱川バナナワニ園へと足を伸ばした。
俺の要望だ。一度、このファンキーな名を持つ場所を訪れたいと思っていたから。

で、結論から言ってしまうと、まあ…バナナとワニだった。。。

二人とも、首をかしげ、いまいち釈然としない思いをかみしめつつ帰途へ。
伊豆半島の東岸、R135を北へ向かって登っていく。観光客の車両で道は混んでいるが、流れはそれほど悪くない。
後方、すでに陽は大きく傾きつつあり、視界はにじむように染み出してくる紅に支配されつつあった。

紅く染まった海には、少し白波が立っている。

熱海ビーチラインを経て真鶴道路へ。
すでに陽は後方に落ち、紫の残滓をおびた東の空には、月がさりげなく存在を主張し始めていた。

早川インターから西湘バイパスへ。長大な砂浜に沿った快適な有料道路だ。
英一を従えて、140km/h程度で流しながら走っていると、熱気と風に飛ばされた塩がヘルメットのシールドに白く堆積してくる。
苦笑。…これは明日、洗車しなくちゃな…



475 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:14:44 ID:erhKF2W9
橘PAで休憩を取った後、更に西湘バイパスを走り、そのままR134に入った。
平塚あたりのガストでゆっくりと夕飯を取り、ツーリングマップをみて帰路を確認した。

「R134から鎌倉あたりで北に向い、横浜鎌倉線で横浜方面へ、でもって第三京浜で玉川まで、って感じでどう?」
「いいよ」
俺にはこのあたりの土地勘が無いため、よくわからない。英一に任せた。

ガストを出て、セルを廻した。
バイクに跨り、低回転で暖機しながら出発。
既に時間は午後10時を回っている。
さっき食べたスパゲッティが、胃に少し、もたれていた。


476 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:36:30 ID:erhKF2W9
横浜、第三京浜、保土ヶ谷インター。
疲労も溜まっているため、途中のコンビニで適宜、休憩を取りながら、たどり着いた。
眼は冴えているが、けして軽くないクラッチを握り続けた左手は、重い。
時計の針は天辺を過ぎようとしている。
英一を前にして、高速のランプを登っていく。この時間だ、道は結構すいていて流れは良い。

英一は60km/hほどで俺の前を走っていた。後方からのクルマが、次々と俺たちをかわして行く。なぜそんなに遅い?
と、彼の左踵が二度動き、エキゾーストが甲高いものになった。後ろを振り向き、俺を見て、赤いグラブに包まれた左の拳を突きつけた!



477 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:37:32 ID:erhKF2W9
…第二ラウンド。やる気だ…
…いいだろう…
俺は受諾のサインとして2度パッシングライトを瞬かせ、ヘッドライトをハイビームに切り替えた。
ギアを一速に落とす。
英一が前を向いたまま、左手を上げ、大きく指を開いた。1泊置いて、親指を折る。カウントダウン!
英一はゆっくりと左手で3までカウントする。手がハンドルに戻された。
後は、心の中で、数える。

…2…1…

「Go!!」

FZのリアが一瞬、白い煙を上げ、それに連動するかのように俺の右手も大きく翻った。
フロントが、少しだけリフトする。スロットルを緩めることなく、ハンドルに体重を預け、押さえ込んだ。
一瞬で120km/hを通過する。2速。確実に蹴り上げる。
英一と俺との距離は十数車身程度か。初期加速で多少出遅れた分、あいだは開いているがまだ、たいしたギャップじゃない。
時間にしてコンマ何秒…その程度だろう。

しかし、そのコンマ何秒が、遠い、俺にとって許せない距離に思えてきた。
・・・距離を、埋めなければならない。



478 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:38:29 ID:erhKF2W9
速度は既に200km/hを大きく超えている。ヘルメットが切り裂く大気の叫びが鼓膜を震わせ、レッドゾーン付近でエンジンは猛烈な鼓動を繰り返している。
モラルも常識も、すべてを背後に置き忘れた、公道では狂気と呼ぶにふさわしい速度。
とても、バイクにのり始めてまだ一年にも満たない、初心者が安寧としていられるスピードではない。
猛烈な勢いで迫り来るコーナー。FZのテールが赤く光る。一瞬遅れて、俺もブレーキを握り締める。前方に飛び出そうとする身体を膝と腕で受け止め、フルバンク。
前輪がバンプに乗り上げてはねるが、前足とステアリングダンパーが何とかそれを吸収した。
コーナーを抜けると、不意に前方に一般車。トラックが併走しているため、あいだが狭い。抜けるか?英一は…速度を緩めない!
俺も…立ち上がりでスロットルを微妙に調整しながら、出来るだけ速度を殺さず駆け抜ける。拳一つ分の、見切り。

まさに狂っている・・・しかし、俺は、何故か奇妙に落ち着いていた。
確かに興奮はしている。でなければこのような高いテンションを、プレッシャーを耐えていられない。
魂は熱い。だが、心は醒めている。冷静に、俺自身を見つめている。決して悪いことじゃない。そんな気がした。

クールラン・・・熱く、冷たく、全力でFZの赤いテールランプを追う。



479 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:39:20 ID:erhKF2W9
俺のがんばりにもかかわらず、彼我の距離は縮まらなかった。しかし離されることも無い。
当たり前だ、俺は英一のラインをトレースしているのだから。

近づくことはあっても抜けない。英一がしっかりとインを閉め、ラインを殺しているのだから。

超高速域では空力の関係か、エンジンの特性か、TLのほうが速度の伸びは良いようだか、一般車が邪魔になって抜くには至らない。
英一のほうが、クルマを、障害物を処理する技術、経験に長けている。

俺には、このストレートの先のコーナーがどんなRを持っているのか、路面のつなぎ目、バンプの有無、それらを知らない。
英一はおそらく熟知しているのだろう。

仮に、俺が彼より前にいたとしても、このペースで走り続けることは不可能だろう。
英一はそんな俺を、苦も無くパスしていくことだろう。

要するに、俺は現時点で、完全に英一に負けていた。認めざるを得ない。

しかし・・・納得できない。
すべきではない。そう思った。


480 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:41:11 ID:erhKF2W9
玉川インターにはすぐにたどり着いてしまった。そのまま高速を下り、北へ。
俺たちは、最初に見えたローソンにバイクを止めた。

「英さん、完敗です」
ミラーにメットを掛け、素直に負けを認めた。
「まぁな!フグタ君も、まだまだだね!
・・・でもさ、フグタは道知らなかったろ?だからまあ、しょうがないよ。」
「しょうがないか・・・」

英一はうなずいて、つづけた。
「そう、しょうがないさ。俺は首都高や京浜は結構走りこんでるからね。
コーナーとか、路面の特長とか、その辺はたいてい頭に入ってる。じゃなきゃあんな速度で走れないよ。」

リアシートに身体を持たせかけながら、英一は言う。
「初めてバイクで京浜走って、あの速度について来ただけでも大したもんだよ。
走ってきた年季が違うんだ。今日、俺が勝つのは当たり前さ。だからコーヒーはいらんよ?」
ウィンクしながら、そう、のたまう。
俺は黙ってタバコに火をつけた。


481 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/02/18(日) 15:41:48 ID:erhKF2W9
「そうだな、英さん…勝てるわきゃねえよな…全然本気出してなかったろ?
・・・くっそー、このままじゃ済まさんぞ!英一!覚悟しとけよ!!
でだ、コーヒーは付けにしておいてくれ!!」
「おう、わかった!ちなみに言うと、俺コーヒーは甘党だからね」
その言葉に、俺はニヤリと笑ってみせ、宣言した。
「俺が、あんたの好みを知っとく必要はねぇな。…なぜなら次以降、俺がコーヒーをおごる必要はないからね!」
「俺に勝つってか?!おうおう、ぬかすぜ小僧っ子が!!」

英一の言った"しょうがない" , "あたりまえ"・・・
上辺でははしゃぎ合っている俺の、脳の奥底に潜む獣が、その言葉に猛っていた・・・



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