タラオ物語5

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849 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/01/18(木) 22:21:38 ID:o4LwD5Yp
ガレージからR246は近い。
俺たちは”とりあえず、西”というアナゴさんのアバウトな方針で走り始めた。

幹線道路のため深夜とはいえクルマの通行量は多いが、流れは快適だ。
前を行くカタナからはヨシムラサイクロンの快音。
この瞬間…半年前の俺には想像もつかない状況にいることに、改めて不思議さを実感する。
親父が死ぬなんて俺はまったく考えていなかったし、ましてやその親父が伝説とまで言われたライダーだったなんて、想像も出来なかった。
多分、誰かに教えられたとしても、鼻で笑って信じなかっただろう。
それが今こうして、エンジンの振動を感じ、ベンチレーションを抜ける風きり音をBGMにアナゴさんの背を追っている…。
突如、気づいた。俺の知らなかった親父を知ることで、俺はいつの間にか急速に変わっている…


850 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/01/18(木) 22:23:06 ID:o4LwD5Yp
俺は、それほど自発的に行動する人間じゃない。
周囲の人間の期待に則って、抑制の効いた「タラオ」を構築し、ほとんどその虚構の中でのみ「俺」が存在していた。
別にそれが苦しかったわけじゃない。ただ、自動的にそうなっていただけだ。それが俺だ。俺だった。
バイクに乗る?それ自体が前の俺からすればナンセンスだったろう。
それがどうだ?。
カツオ兄さんに拳を振るい、バイクの免許を取り、初めて乗るスポーツバイク、初めての公道で無謀なシグナルダッシュをし…そして親父の女を愛した。
後付で行動の理由はいくらでも付けられるかもしれないが、その瞬間の俺は結局「俺」のしたいことだけを欲し、すべての抑制を排除し、情動に身を任せていた。
それが良いことなのか、悪いことなのか、そんなことはどうだっていいし、俺にはわからない。

でも、俺自身は、変化していくことが心地よいと感じていた。要はそれで十分だろう?



851 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/01/18(木) 22:24:06 ID:o4LwD5Yp
アナゴさんは左右のクルマの間を余裕を持って縫いながら淡々と進む。
左足の動きもあまりなく、落ち着いたものだ。
初心者の俺にも苦しくないペースを作り、ちらちらとバックミラーで俺の動きと位置取りを確認してくれている。
トップブリッジに巻いた1980円のアナログ時計に眼をやると、針は1時半を指そうとしていた。
厚木市街を抜けると、不意に大きく振り返り、右にウインカーを出す。清川村方面、宮ヶ瀬に行くようだ。

R246から外れると、しだいに通行量は減り、信号も少ない快適なツーリングロードになった。
自然と速度も上がるが、街頭の明かりもない夜道ゆえ、無理とは程遠い安全運転だった。
俺もだんだんと慣れてきていた。
3速のまま、TLのスロットルをぐいっと開け、トルクに任せて一気にカタナの前に出る。
ハンドルから左手をはずして振り返り、サムアップ。にやりと笑い、肩をすくめるアナゴさん。
もう一度カタナが前に出ると、先ほどより少し速い速度で駆け始めた。
なれてきた俺に緊張感を持たせつつも、決して破綻しないペースで進み続ける。
親父もこうして、彼にバイクを教わったのだろうか?



852 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/01/18(木) 22:25:03 ID:o4LwD5Yp
やまびこ大橋を渡り、湖畔のパーキングエリアで一服。
水面には鈍く月が光り、清涼で適度に湿った風が顔をなでて、通り過ぎていく。
耳に聞こえるは、木々のざわめきの中、エンジンを切ったバイクの「キン…キン…」という泣き声、
じりじりと焼けるタバコの火の音のみだ。
湖に面した柵に両肘をつき、ゆれる月を観るともなしに眺めながら、深く煙を呑む。旨い。
「な、バイクじゃなきゃ、さ…」ふとアナゴさんが言う。
「そうですね、バイクですよね…」

そう、バイクでなきゃ駄目なんだ。他に変われるものはない。



870 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/01/19(金) 23:22:55 ID:nLL+MqZu
宮ヶ瀬湖を一周した後、ヤビツ峠へ。
道は狭く荒れているため、走りはとても慎重になる。
下りはこんなに走りにくいものなんだな…

秦野の美しい夜景が時折眼に入るが、眺めている暇はない。
ヘッドライトで路面を探りながらの気を使う走行を経て、市街に下りてきたときにはほっとした。
アナゴさんは休まずに落合い交差点でR246を直交し、湘南方向へ。
快適な二車線道路をしばらく行き、秦野中井ICから東名高速に乗った。

アナゴさんを真似て、チケットを受け取り、口に咥えて発車し、路肩に止まってジャケットの右ポケットにそれをしまいこむ。
後ろを振り向いて待っているアナゴさんに頷いて合図すると、すぐさま彼は右ウィンカーを出しゆっくりと発車した。名古屋方面?何処まで行くつもりだ?
合流車線。目視で後方を確認。再び前を向くと―!アナゴさんの背中が見る見るうちに離れていく!。



871 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/01/19(金) 23:24:39 ID:nLL+MqZu
3速のまま、TLのスロットルを3/4開!数秒の後に速度は140km/hに達し、周囲の景色が今まで味わったことの勢いで、視界から消えうせていく…。
速度を若干上乗せしながら4速、5速、6速と確実にシフトアップ。160km/h。スポーツバイクの足回りの良さ故か、恐怖感は全くなかった。

追い越し車線で何台かの大型のトラックとトレーラーを抜くと、アナゴさんの背が徐々に近くなった。140km/hまで速度を落とす。
と、アナゴさんのつま先が小さく2度動き、GSX-Rの油冷エンジンを搭載したカタナは再度、猛然と加速していた。反射的に俺の右手がいっぱいまで翻った…
160、180、200km/h…未知の領域…ヘルメットを叩く空気が重い…自然とスクリーンの中に入ろうと背が丸くなる…

右カーブ、瞬間、眼に飛び込む標識にはR300の文字。170km/hまで減速しながら、カタナはテールランプの赤い航跡を描きながら、どっしりとコーナーを処理していく。
流れる景色、アスファルトを照らすナトリウムランプを後方に置き去っていく。
俺と変わらない相対位置を持つのは、右前方を疾駆する白銀のカタナのみ…。
極めて非現実的な現実。
唯一確かな存在として、俺の下でエンジンが激しく鼓動していた・・・



872 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/01/19(金) 23:25:42 ID:nLL+MqZu
午前3時45分、足柄サービスエリア。
この時間、さすがに二輪車駐車場には俺たちのバイクしかない。
「タラちゃんが結構乗れてるから、ちと飛ばしちゃったが…つらくなかったか?」
「ちょっと…だけど、大丈夫。楽しかったですよ」
正直にいって、大井松田ICを過ぎてからのコーナーの多い区間をハイペースで飛ばすのは少々恐ろしく、精神的にも疲れたが、アナゴさんが上手にリードしてくれたため、どこか安心して走り続けることが出来た。
「そうか、すまんな。ちょっと急いでいてな…」
「?」なにがあるのだろう…



873 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/01/19(金) 23:26:35 ID:nLL+MqZu
エリア内のコンビニで買ったサンドイッチをコーヒーで胃に流し込み、タバコをすいながらこわばった腰や手足をほぐす。
「さ、もうちょいだ。とその前に給油しとこうか」
エリアに併設されたガソリンスタンドでハイオクを満タンに。
「OK?」―「OK!」
アナゴさんを先頭に、二台のバイクは再び快調に走り始める。
御殿場IC。東名を下りる。R138―R246―すぐにぐみ沢交差点を左折。
頭上の看板に『富士山スカイライン』の文字を読む。ああ・・・もう富士山か!!



874 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/01/19(金) 23:27:26 ID:nLL+MqZu
対向車はほとんどいない。俺たちと同じ方向に向かう車もいない。
二台は互いのヘッドライトを頼りに高速コーナーの連続する快走路を進む。高度が上がり、気圧の変化によって鼓膜が圧迫されて痛い。唾を飲む。

リアブレーキ―フロントブレーキ―ステップイン―軽く体勢を作って倒しこみ、バイクに逆らわずに回頭、スロットルオン、トルクで車体を起こしていく・・・
本屋で立ち読みしたライテク本の内容をぼんやりと思い出しながら、アナゴさんのラインをトレースできる限りトレースしてみる。
少し荒れたアスファルトの上、カタナは俺の前で軽やかに踊る・・・

思考と体の動きとが多少なりとも合致してきたと思い始めたころ、それをはぐらかすかのようにカタナはウィンカーを点滅させ、トンセルの前で右に折れた。
道が狭くなる。不意に広大な駐車場に出た・・・終点まで進んで停車。
富士山五合目、御殿場登山口。



875 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/01/19(金) 23:28:26 ID:nLL+MqZu
「ぶぁ〜!!年寄りには堪えるぜぇ」
言葉とは裏腹に、指して疲れたそぶりも見せずに、アナゴさんは腰を伸ばした。
「まあ一服しようや」
肩名乗りやシートのネット下から小ぶりの魔法瓶を取り出して歩き出す。
タバコを取り出しながら肩を並べた。ざらざらとした、粗い、富士山の溶岩砂礫の上。
月明かりを頼り道案内に歩く。軽い傾斜地にどっかりと腰を下ろした。

「親父とも、ココに着たんですか?」
「ん〜そうだな、時々来たよ。東名で一本だろ?用賀から2時間くらいだからな」
軽いアルマイトのカップに入った、甘く、そして少しぬるくなったコーヒーを流し込みながら。
「ほら見てみなよ」
アナゴさんの立てた人差し指をたどり目線を上げると、ありえないくらいの密度の星空が広がっていた。

「俺たちは、さっきまであそこにいたんだぜ」
東を指差す。東京方面の空は街明かりで白くにごっていた。雲にまで光が反射しているのがわかる。
「な?全然違うだろ」
「ああ、最高に、気持ちいですね・・・」

それから、いろんなことを話した。
バイクのこと、女のこと、そして親父のこと…

親父にはアナゴさんという無二の親友がいて、アナゴさんには親父という無二の親友がいた・・・
二人が少し、うらやましかった…



876 :タラオ〜Acceleration of The Blood〜:2007/01/19(金) 23:29:23 ID:nLL+MqZu
しばらくすると、夜の底が白くなり、まだ登らぬ太陽からの青い光が夜空の星々を駆逐し始めた。
巨大な富士山の山塊が、俺たちの背後に明瞭な影を示す。
日の出。赤い巨大な光源が地球の影から現れた。
「これをタラちゃんに見せたかったのさ・・・」
…なんだ、”なんとなく、西”といいつつ、最初から計画してたんじゃないか!

「ありがとうございます」
素直になるのは少し恥ずかしかったので、太陽の方を向いたまま、感謝した。


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