タラオ物語1
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タラオ物語
698 :タラオ:2007/01/14(日) 03:23:12 ID:cwmAB1Mx
タラオ物語
3日前、父が死んだ。不思議と悲しくは無い。
結局、彼が46回目の夏を迎えることはなかった。
699 :タラオ:2007/01/14(日) 03:24:42 ID:cwmAB1Mx
4ヶ月前のこと、膵臓のスキルスだった。
病変が発見されたときにはすでに末期症状にあり、
医者は節目がちに、だがどこか手馴れた雰囲気を漂わせながら「残念ですが・・・」と告げた。
「ウソ・・・」泣き崩れる母、医者に食って掛かる俺。
ただそのとき、父だけがやわらかく、そして本当にやさしく笑っていた。
母さんの肩を抱き、真直ぐに俺の眼を見ながら。
700 :タラオ:2007/01/14(日) 03:26:36 ID:cwmAB1Mx
「来年の夏までは持ちませんか・・・」
落ち着いて医者に問いかける父。
「統計的にみて、フグ田さんの場合ですと後3ヶ月というところでしょう。
年齢も若い分、腫瘍の進行も早い」
「そうですか・・・でも私はあきらめませんよ?戦えるだけ戦う。
たとえ死んだとしても、それで私が敗れた事にはならないからね」
普段眼鏡の奥で笑っている印象しかない父の眼が、
あんなにも闘志と自信を溢れさせている事に俺は驚いた。
そんな父は見たことが無かったからだ。
いつもの穏やかな彼からは想像も出来ない、男の眼だった。
701 :774RR:2007/01/14(日) 03:28:22 ID:cwmAB1Mx
車椅子を押す俺に、父が声をかける。
「なあ、タラオ。こんなにも生きていることを実感できたのは初めてだよ。
死ぬのも悪くないものだね。そりゃ怖いよ?
だけどその恐怖が、僕に生の実感を与えてくれるんだ。本当に悪くないね」
川沿いの土手、路沿いの梅並木、
まだ寒いがわずかに梅の花が咲き始めており、風が独特の甘い香りを鼻腔に運んでくる。
「親父・・・俺にはわからないよ」
「うん、お前にはまだわからないだろう。ただ、そうだな・・・お前にもそのうちわかるよ。
俺がこの感覚を教えてやれる時間が無いのは残念だけど、お前は俺の息子だからな。」
父が、自分のことを「俺」というのをはじめて聞いた。不思議と耳に心地よい。
黙って車椅子を押し続けた。あのときの自分にはそれしか出来なかったし、それで十分だったと思う。
それが父と交わした最後の言葉だ。
702 :タラオ:2007/01/14(日) 03:29:43 ID:cwmAB1Mx
父は戦った。そして死んだ。
706 :タラオ:2007/01/14(日) 05:04:25 ID:cwmAB1Mx
夜、告別式が終わり、親戚が帰ると家が妙に広く感じた。
親父が死んで、この家に住むのは俺と母さん、祖父、祖母の4人になった。
カツオ兄さんは、アメリカの大学に留学したのちイギリスのマン島にある金融機関で働いているので
年に数ヶ月しか日本に戻ってこないし、ワカメ姉さんは数年前に結婚して家を出た。
仕方が無いこととはいえ、家族がだんだんと遠く行ってしまうのは寂しいものだ。
4人で、居間のちゃぶ台を囲み母さんの入れてくれた緑茶を飲む。
「あの時マスオ君と釣りに行って・・・」祖父が何度も聞いた昔話を始めた。
俺には優しくて、大好きなおじいちゃんだが、最近では年のせいか、同じ話を何度もしたがるのが玉に瑕だ。
適当に聞き流していると、窓の外からリプレイスマフラーをつけたクルマの重低音。
カツオ兄さんのレクサスSCだろう。彼と会うのはひさしぶりだ、玄関で出迎えよう
707 :タラオ:2007/01/14(日) 05:07:17 ID:cwmAB1Mx
「おう、タラちゃん。わりぃな間に合わなくてさ。出来るだけ早く来たんだけどさ、
むこうの空港が天候不順で足止め食っちゃって、もう参ったね。みんなは居間か?
おっと、その前に一本線香を上げさせてもらおうか」
案の定ゼニアのスーツに身を包んだカツオ兄さんがドアを開け、あわただしく靴を脱ぎながら、闊達に言う。
「カツオ!遅いじゃないか!」
祖父が居間から怒鳴ったが兄さんは何処吹く風。
「ごめん父さん。これでも空ぶっとんできたんだよ?船で来なかっただけ褒めておくれよ」
「バカモーン!!」
不必要に暗くならないあたり、こんなときにこの人の存在はありがたい。
708 :タラオ:2007/01/14(日) 05:09:19 ID:cwmAB1Mx
焼香を済ませると、カツオ兄さんは俺に向き直った。
「タラちゃん、これから時間あるか?」
「ん?大丈夫だけど、どうかしたの?」
「いやチョットな。伝えておかなけりゃいけないことがあってさ。
マスオ兄さんの遺したモノのことさ。モノといっていいのかな?
兄さんがお前に伝えられなかったことさ。ま、あとでな」
悪戯っぽく、カツオ兄さんが言う。
気になるけれど、兄さんのことだ、何か算段があるのだろう。
「うん、じゃあ後で声かけて」
「わかった」
どこか真剣な眼差しで位牌を一瞥し、居間に向かい会話に加わるカツオ兄さん。
彼の言葉に、俺の胸がざわついていた。
709 :タラオ:2007/01/14(日) 05:11:13 ID:cwmAB1Mx
深夜2時。俺と兄さんだけがテレビの音をBGMにしながら酒を飲み、
とりとめの無い会話で何かを紛らわしていた。
いや、飲んでいるのは俺だけだ。兄さんは一滴も飲んでいない。
指の股深くに差し込んだタバコの火を見つめながら、
大学だの、女だの、ギャンブルだの、風俗だのといった俺のくだらない話に静かに相槌を打ってくれていた。
「でさ、カツオ兄さんその女が・・・」
「タラオ。そろそろ行こうか」
兄さんが俺の話をさえぎって腰を上げる。
「さっきの、マスオ兄さんが残したモノの件だ」
正直、そのとき俺は少し怖くなっていたんだ。
「兄さん、今日はもう遅いから、明日で、明日でいいじゃないか・・・」
「お前は明日もそういうのだろうな。そもそも明日があるのかどうか、
お前にわかるのか?俺は今しか信用していない。だから今から行くんだ。」
眼が本気を物語っていた。だから俺は黙ってうなずいた。
710 :タラオ:2007/01/14(日) 06:29:19 ID:cwmAB1Mx
世田谷の家を出て、環八からR246を西に向かう。久しぶりに乗る兄さんのSC。
乗り味はノーマルには無い硬さがあり、コーナーでもあまりロールしない。
タービンも交換しているようだ。
さっきまでの酔いはまだ残っているが、それでもだいぶ醒めてきた。
「いいクルマだろ。オープンにも出来るからまったり走るには気持ちいいし、
その気になればそれなりに早い。まあ、車重があるから峠とかスラロームはダメだけどな。」
カツオ兄さんは、さっき剣幕がウソのように明るく喋った。
「そうだね、俺もこういうのに乗りたいよ」
「10年早いって。まあ、こんなクルマより・・・おっと、それは後のお楽しみ」
曖昧に笑う。
711 :タラオ:2007/01/14(日) 06:32:16 ID:cwmAB1Mx
クルマは川崎に入ってしばらくしてR246をはずれ、わき道に入る。
ごく普通の住宅地の一角に、そのプレハブ倉庫があった。
傍らの、コンクリを打ちっぱなした駐車場にSCを滑り込ませる。
幅5m、奥行きは10mくらいか。プレハブの外観は汚らしいし、窓も無い。いや、窓はあるが中から板が張ってあるのか。
換気扇ダクトの下の外壁は雨と、何かの粉塵の付着で汚く汚れていて、正面シャッターには錆が浮いている。
先ほどまで漠然と不安を抱いていたが、この掘っ立て小屋を見て、正直少し拍子抜けした。怖がっていた自分に腹が立った。
「少し待ってな」
そう言い、カツオ兄さんは3つの鍵を開け、シャッターを上げた。
暗くて、何も見えない。兄さんが手探りで電気をつけた。
そこに、バイクが3台並んでいた。
717 :タラオ:2007/01/14(日) 14:12:38 ID:cwmAB1Mx
ひび割れた、打ちっぱなしのコンクリの上。
全車とも風よけ、(カウリングといったか?)を備えた大型のバイクだった。
シルバーの少し年代の行った、旧式っぽいバイクが一台。
青/白の鋭角的な顔をしたスポーツバイクが一台。
そして、真紅のボリュームのある、弾丸のような形状のバイクが一台。
718 :タラオ:2007/01/14(日) 14:13:35 ID:cwmAB1Mx
自然と意識せず、近寄っていた。
動脈から吹き出した鮮血を塗り固めたようなその色、
空気を切り裂き、押しのけ、空間における自らの位置を主張するための形状、
絶大なパワーを受け止めるであろう太いチェーン、
路面と戦い続けた結果生じたものであろう熔けたタイヤ。
バイクなどに興味は無い。いや、無かったというべきか。
それでも、
眼が釘づけになった。
打ちのめされた。
引き寄せられた。
魅せられた。
魅入られた。
初めて、こんなに近くでバイクを見た。
ただの機械がこんなにも暴力性を、そして官能を伝えてくることに、驚いた。
乗り手の感情が各所にこもっていた。それが伝わってきた。
そしてつかの間、父の死を忘れていたことに愕然とした。
719 :タラオ:2007/01/14(日) 14:14:32 ID:cwmAB1Mx
「タラちゃん…そいつが気になるか?」
壁に背を預けて、タバコをもてあそびながらカツオ兄さんが言う。
「ああ、そうだね。これもしかして兄さんのバイク?」
「いや、俺のじゃない。お前の親父のバイクだ。」
俺の知らない親父が、ここにいた。
720 :タラオ:2007/01/14(日) 14:20:15 ID:cwmAB1Mx
「そう、そのハヤブサが、マスオ兄さんがタラオに残した最後のものだよ」
真紅のバイク=ハヤブサを見つめながら、兄さんは紫煙と共に、言葉を吐き出す。
「あそこに吊るしてあるツナギを見てみな。
魔の棲む雄〜魔棲雄〜。首都高・湾岸・第三京浜の伝説だった看板だよ。
お前が生まれて、育つにつれて第一線からは徐々に遠ざかっていったそうだが、
今でも首都高の常連ならマスオさんのことを覚えているだろうさ。
現に、首都高最速の俺でもマスオさんに何とかついていけるようになったのは、
そう・・・ここ3,4年くらいのことだしな。
とにかく、化け物の様に早かったよ…恐怖を知らないのかと思うくらいに…」
知らなかった。何も。
721 :タラオ:2007/01/14(日) 14:21:34 ID:cwmAB1Mx
気がついたらカツオ兄さんを殴っていた。殴っていた。殴っていた。力いっぱいに。
膝を入れようとして避けられ、投げ倒された。コンクリに叩き付けられた。
くそっ何だっ!糞!何なんだ!くそ!
膝立ちのまま腰に組み付き、引き倒した。馬乗りになった。
そして、泣いた。
泣いた。
悔しかったのか、哀しかったのか、憤ったのか、寂しかったのか、
そのすべてなのか、どれでもないのか。
わからない、自分の感情がわからない。
だから泣いた。
情動に押し流されるまま、大声で、ただ泣いた。
722 :タラオ:2007/01/14(日) 14:22:31 ID:cwmAB1Mx
「ほらっ」
奥の冷蔵庫から兄さんが奥の冷蔵庫から缶コーヒーを投げてよこした。
手の自由が利かなくて、受け取れない。
「ったく、しょうがねえやつだな。今、氷用意してるから、冷やしとけよ。後でパンパンになるぞっ」
「兄さんも、そうしておいたほうがいいよ。うまく喋れて無いじゃん?」
「って、おい。誰のせいだよ」
二人、眼を合わせてゲラゲラ笑う。
「カツオ兄さん?」
「ん?」
「ありがとう」
「ん」
笑って、小さくうなずきあった。
723 :タラオ:2007/01/14(日) 14:27:40 ID:cwmAB1Mx
第一部、〜タラオ父との出会い〜完