1-26 マスオ物語 

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833 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2007/01/17(水) 23:48:49 ID:hVo/zIHY
【SCENE101】
アナゴ君が雪辱を果たしたバトルから、2週間ほど経ったある日。
僕達は『ノリスケ』ことナミノ君が居候している彼の伯父の家に居た。
世田谷の中でも、高級住宅街というよりは古くからの民家が多く見受けられる、
下町の風情も感じさせる住宅街の一角。
そこに建つ平屋建ての民家の庭先にナミノ君と僕、そしてアナゴ君が居た。

ナミノ君以外に5人居るというこの家の住人は、夜まで留守。
そんな束の間の時間を狙って、僕らは庭先に引っ張り出されたナミノ君のカタナを囲んで
手に手に工具を持ち作業していた・・・。

あのバトルの晩。結局アナゴ君とナミノ君は第三京浜を3往復もした。
ひとしきり走った後、保土ヶ谷PAでナミノ君はアナゴ君に言った。

「アナゴさん。このヨシムラ、貰ってやって下さいよ!」

突然の申し出にアナゴ君は驚いていた。
ナミノ君は不本意でこの愛着あるカタナを降りるのだから、せめて愛車の特徴的なカスタムパーツであるヨシムラショート菅だけでも、この日幸運にも知り合えた、同じマシンに乗るアナゴ君の手で使い続け、走り続けて欲しいという事だった。
愛するバイクを降りねばならぬ無念の心情を、ナミノ君はアナゴ君とヨシムラに託したいようだった・・・。

「えぇ〜?そんなぁ〜。悪いよう〜。」

などと、不自然に気持ち悪くクネクネしながらそう言いつつも、アナゴ君はまんざらでも無い様子だった。
この日も朝からアナゴ君は上機嫌でここに来たのだ。
「じゃあ、俺こっち押さえてるから、そのナット緩めて!」などと、アナゴ君はノリノリで僕に作業を指示する。



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834 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2007/01/17(水) 23:49:44 ID:hVo/zIHY
アナゴ君は750カタナ時代、愛車のポテンシャルアップを図ろうと密かに企み、
アルバイトと摂生を重ねてその為の資金を貯めていた。
その金は1100カタナの頭金へと変わり、さらに毎月のローンも抱えた彼には、
愛車をカスタムする為の満足な金は無かった。

特にその夏の8耐でヨシムラの活躍を見てから、彼はヨシムラマフラーに憧れていたのを知っている。
いつだったか上野バイク街に二人で行った時も、天井から吊るされたヨシムラをしばらく眺めていたアナゴ君の唇の端からよだれが流れていたことだって僕は知っている。
だからこの日、アナゴ君はひょんな事から憧れのパーツが手に入った事で、本当に嬉しそうに生き生きしていた。

考えようによっては、バトルに負けた相手からパーツを貰い受けるさまは、刀を狩る五条橋の武蔵坊弁慶のようで滑稽でもあるが、僕はそんなアナゴ君が単純に羨ましかった。
・・・そろそろ僕もカスタムマフラーが欲しいな、とバイクを手に入れ少し経ったライダーのほとんどが通る物欲の道を、僕も例に漏れず通ろうとしていた。

作業の合間に縁側でお茶と煎餅で休憩。バイク談義に花が咲く。
師走の冷たい北風を受け、3人とも頬を真っ赤にしながら作業をした・・・。
楽しかった・・・。本当に楽しかった。

数日後の身売りが決まっているナミノ君のカタナには、アナゴ君のカタナについていた純正マフラーが装着された。
・・・かくしてアナゴ君のカタナにはヨシムラマフラーが装着されたのだった・・・。



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835 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2007/01/17(水) 23:51:10 ID:hVo/zIHY
シルバーの美しい車体の下腹部に、静かに、だが確かに存在を主張するマットブラックのヨシムラショート菅・・・。
感無量だったのか、それを無言で見つめるアナゴ君の半開きの唇は、僅かにフルフルと震えていた。

釣瓶落としに冬の日没が迫る。一日が終わろうとしている。家人が戻る前に僕達はおいとまする事にした。
タダでは悪いからと、アナゴ君は数枚の紙幣をナミノ君に渡そうとする。
「いえいえ、そんな」と受け取りを拒否するナミノ君の腕を押しのけ、アナゴ君は彼のポケットに一方的に紙幣を捻じ込んだ。
「またバイクに乗れる時が来たら、一緒に走りましょう!」ナミノ君はそう言って僕たちを見送った。
・・・余談だが、その日訪れたこの家が、自らの人生において大きな大きなウエイトを占める場所であるという事を、もちろんその時の僕には知る由も無い・・・。

快音を響かせ家路に着くアナゴ君のカタナ。
ヒラリヒラリといつもより軽快にすり抜けを繰り返す彼の背中は正直で、
後方を走る僕にもその嬉しい気持ちが伝わってくる。

楽しい一日だった。バイクが仲立ちする人との縁。楽しい時間。楽しい思い出・・・。
僕はバイクに乗り続けていれば、この先もそんな日々が永遠に続いてゆくのだと信じて疑わなかった・・・。
今にして思えば、バイクに乗っていて心の底から純粋に笑い、そして語り合った楽しいひと時は、その日が最後だったように思う・・・。



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837 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2007/01/17(水) 23:52:30 ID:hVo/zIHY
そんな風に1984年の暮れが過ぎていった・・・。
限定解除に成功し、新しい相棒Ninjaと出逢った。
屈強な外国人ライダー達やバイク屋の老店主と出逢った。
独り旅立った北海道で、多くの人々と出逢い、そして美しき女性に出逢った・・・。
出逢いに彩られた1984年。良い年だった・・・。
そして、そんな風にバイクと共に走っていけば、未来にも幸せと喜びが待っているものと信じて疑わなかった。

しかし・・・、しかし時間はときに残酷に容赦なく流れゆく・・・。
翌1985年が、悲しみと絶望に覆われた年であることを、その時の僕は知る由も無かった・・・。
・・・そしてその悲しみと絶望もまた、バイクによってもたらされるという事も、知る由も無かったのである・・・。


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940 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2007/01/23(火) 23:44:52 ID:RVgrA/B6
【SCENE102】
1985年が明けた。
久方振りに帰省した大阪の実家で、僕は呑気な正月を過ごした。交通手段は新幹線。
母には未だバイクに乗っている事を伝えていなかった。

ヨンフォア時代から今まで、母にその事実を伝えるタイミングをなんとなく逸し続けていたし、
乗り始めてからこれほどまでの時間が経ってしまっては今さらという気もする。
なにより、反対されたところで僕はバイクをやめるはずも無いのだから、
それを伝えるということは母を心配させるだけで何かを生み出すことは無い。

・・・ということで、その当時の母は僕が夜の公道を時速200km以上で駆け抜けている事実を知らなかった。
自らが親の立場になってみて考えれば、それは身の毛もよだつような事だ。
親不孝以外の何物でもない。

ただ、上京前はあれほど疎ましいと思っていた母にそのような感情を抱かなくなっていたのは、
親元を離れ、あるいはバイクを中心とした体験と人間関係の中で、少しだけ大人になった証だったのだろうか・・・。
僕が東京に戻る時、大阪駅のホームまで見送りに来た母は言った。

「風邪ひかんようにな。あったかくして寝るんやで。」

もう子供じゃないんだからと返事をしたが、風邪どころかスピードの誘惑に命を危険に晒す日々を送っていた僕は、
そんな母の言葉に小さな罪悪感が湧き上がり、帰りの新幹線の車中は心穏やかでなかった・・・。

「ごめんな、おかん・・・」

心中でそう呟く僕だったが、現金な事に東京に帰れば待っている、楽しみな「ある事」もまた忘れていなかった・・・。



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941 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2007/01/23(火) 23:46:07 ID:RVgrA/B6
1月も半ばを過ぎた頃、僕とアナゴ君は駅前で待ち人をしていた。

「フグタ君!あれじゃないのか?」

アナゴ君が指差す方向から、派手なオレンジ色で塗装されたサニートラックが近づいてくる。
車高が異常に低く、排気音が異常に大きい・・・。

「アケマステオメデト!GUYS!」

シンディー・ローパーの歌声がけたたましく車外に漏れるその車の運転席には、本年初顔合わせのレッド軍曹。
「ハーイ!」と助手席にはジョージ。・・・僕は彼らにお願いしていた事があったのだ。

昨年末、ヨシムラを手に入れたアナゴ君に触発され、カスタムマフラー購入の気運が一気に高まった僕は、
保土ヶ谷PAでもその思いを口にしていた。

「Ninjaのカスタムパーツならアメリカの方が色々ありそうだよね。彼らに頼んでみたら?」

そう言ったのは鈴木さん。
そこで僕は安くて構わないので何か良いものがあれば買ってきて欲しいと、
クリスマス休暇で本国に一時帰国するレッドとジョージに頼んでいた・・・。

サニトラの荷台に英字新聞で無造作にくるまれた長尺物が数本。
挨拶もそこそこにレッドは車を降り、古いA−2の胸ポケットにレイバンをしまいながらそれを早く見せたくて堪らないと言った様子で新聞紙を破き出した。

「おぉ!」

アナゴ君は感嘆の声を上げる。エキゾーストパイプは、やや使用感漂う、
しかし茶色から青へのグラデーションが美しい焼き色が入っている。・・・そして、サイレンサー・・・。



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942 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2007/01/23(火) 23:46:54 ID:RVgrA/B6
「de・・・vi・・・l・・・。デビル!?」

「YES!devilね。PipeはHand madeね。サージェントのトモダチが作ったお古さ!」

ジョージがそう説明してくれた。

「オマイハ すぴーどノでびるダカラ オニアイダッ!!」

最近、一生懸命覚えているという変な日本語で、レッドはHAHAHAと笑いながら言った・・・。
派手でやかましいサニトラ。談笑する若い学生風の二人と屈強な外国人二人。
そんな珍妙な光景を、駅前交番の巡査が何事かと眺めていた・・・。

・・・僕も遂にカスタムマフラーを手に入れたという喜び。本当に嬉しかった・・・。一刻も早く音が聞きたかった。
そして、鈴木さんはますます『魔棲雄』という看板を背負えと僕をからかうだろうな、とも思った。
そんな思いが交錯し、僕は苦笑した・・・。

そんな風に、何事も無く平穏に1985年は明けたはずだった・・・。


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