1-25 マスオ物語
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479 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/22(火) 00:54:33 ID:7KO3cBWj
【SCENE86】
ナミノ君、いや・・・僕とそしてアナゴ君にとって追い墜とすべき相手『ノリスケ』と偶然の再会を果たした翌日の日曜日。
僕は朝から悩みに暮れていた・・・。
布団の上で寝転びながら天井を眺めていた。
ふと目覚まし時計に目をやると、正午過ぎ。
今頃、ナミノ君は伊豆半島を走っている頃だろうか。
窓から青空が見えた。晴れて良かった。
ナミノ君は秋風を受けながら、ヨシムラの快音を轟かせ、気持ちよく走っているだろう。
同じライダーとして、最後になるかもしれないツーリングが快晴の元で素晴らしい思い出となる事を心から祈っていた・・・。
・・・だからこそ僕は悩んでいた。
僕は知っている・・・。
天真爛漫で人懐っこいナミノ君のもう一つの一面である『ノリスケ』という手錬のライダーが、今晩第三京浜に現れる事を・・・。
彼と決着をつけたい・・・。
特に彼に挑み、そして愛車をブローさせてしまった同じカタナ乗りであるアナゴ君は、なおさらその気持ちが強いであろう。
しかし・・・。今日は彼にとって愛車と過ごす最後の日だ。
僕達がバトルを挑む事が、そんな彼の一日のしかも最後の快走に水を差すことになりはしないだろうか。
確実に彼の一生の思い出となるであろうこの日をぶち壊す事になりはしないだろうか・・・。
それに、今晩の何時来るか解らない相手にバトルを挑むためには僕らは彼の出現を待つ事になる・・・。
一人の相手を二人で待ち受けるその行為が、なんだか「待ち伏せ」を掛けるようで、そんな意味でも僕にはためらいがあった。
その反面、東名でのナミノ君の走りを知っている僕にとっては彼もまた、『強敵』の出現を待ちわびる戦士であるようにも思えた。
もしかしたら、愛車との最後の日にそんな強敵の出現と心躍るバトルを望んでいるのかも知れない・・・。
もし僕が彼の立場であったとしたらそう思うに違いない・・・。
僕はそんな二つの思いの中で悩み、そして今晩の行動について決めあぐねていたのだった・・・。
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480 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/22(火) 00:55:42 ID:7KO3cBWj
午後3時過ぎ。僕はアナゴ君のアパートの扉をノックした。
一回で出てこないのは承知の上。
彼は部屋に居る時間のほとんどを眠って過ごしているのだ。
5回目のノック。カタナが駐輪場にあるので、部屋に居るのは解っている。
6回目のノックをしようとしたとき、中から物音がした。
「・・・なんだぁ?フグタ君かぁ。・・・こんな時間になんだよう・・・」
ボサボサの頭をさらに掻き乱し、寝ぼけ眼のアナゴ君は一段と血色の悪いタラコ唇でイライラするほどゆっくりとそう言いながら扉を開けた。
「アナゴ君・・・。今晩、ノリスケが現れるぜ。」
3秒ほど間抜けな寝起きの顔で固まっていたアナゴ君の瞳に、次の瞬間、光が蘇る・・・。
「・・・本当か?」
さっきまでの寝ぼけた顔がウソのような真顔で、アナゴ君はそう聞き返してきた。
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481 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/22(火) 00:56:23 ID:7KO3cBWj
結局、若かった僕は『ノリスケ』と走りたいという自分自身の欲望を抑えることが出来なかった。
今日という日を逃しては、あの静岡から横浜まで僕らの前を走り続けた手錬と走る事が出来ないのだ・・・。
野生の肉食動物が、果たして目の前に置かれた生肉を黙って見過ごす事などあるだろうか?
そう・・・。僕らは野生の肉食獣の如く、熱く滾る闘争本能を持て余していた。
最近の第三京浜において、僕らに敵するライダーが居なかった事で、僕らは腹をへらし獲物を追い求める狼と化していたのだ。
・・・それにナミノ君、いや『ノリスケ』もまた同じ気持ちで僕らと走ってくれるだろう・・・。
確証こそ無かったが、少なくとも彼にとってのラストランに悪い思い出を残すことは無いであろう事は不思議と自信があった。
そう、彼もまた僕らと同じ熱い血が流れる狼なのだ・・・。
「おぅ、どうしたんだい、お二人さん。今日は随分早いじゃねぇの?」
そう親父が訝しがる鮒田食堂で早めの飯を済ませた僕らは、秋の真っ赤な夕焼け空の下を、第三京浜玉川ICへと向けて愛車を進めるのだった・・・。
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643 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/09/07(木) 00:59:51 ID:LiwXQaEo
【SCENE87】
僕は昨晩のガソリンスタンドでの、『ノリスケ』ことナミノ君との顛末の全てをアナゴ君に話したわけでは無かった。
第三京浜玉川ICに向かって僕の前を走るアナゴ君は、今晩がナミノ君にとってのラストランである事を知らなかった。
アナゴ君がその事実を知ったところでナミノ君に遠慮するという事などないであろう・・・。それでも、彼に対しては
このバトルを前にして少しでも心を揺さぶるような余計な情報を吹き込みたくは無かった・・・。
・・・僕は心配だったのだ・・・。
数ヶ月前、僕は我を忘れて『ノリスケ』を追い回した挙句に、愛車をブローさせたアナゴ君を知っている・・・。
僕の目前で飛び散ったカタナの血液のような赤黒いオイルの飛沫・・・。エンジンの断末魔・・・。
200km/hをゆうに超える速度域での致命的なトラブルからアナゴ君が無事に生還できたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない・・・。
コミカルな唇マークを背負い、1100ccの新しい相棒に跨り僕の目前を走る親友が、もしかしたらあの夏の晩に死んでいたのかも知れないと思うと、今でも背筋が冷たくなる・・・。
だから、一本気な部分が長所であり、また短所でもある我が親友には少しでも平穏な精神状態でリベンジバトルに臨んでもらいかったのだ・・・。
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644 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/09/07(木) 01:01:20 ID:LiwXQaEo
そんな事を考えながら『ノリスケ』を待ち受ける為に、当然のように第三京浜玉川ICへと向かった僕はすっかり失念していた。
必ずしも彼が東京側の玉川ICから第三京浜に上がるとは限らない。
いや、世田谷に住む彼が伊豆からの帰路に第三京浜を使おうとした場合、どちらかといえば反対車線である神奈川方面からの上り線を使うほうが可能性は高いのだ。
しかし、その時の興奮した僕らに、そこまで思慮を巡らす余裕など無かった。
いつものように通いなれた道を玉川ICへと向かっていた。
だからその日、彼・・・『ノリスケ』と遭遇できたのは、奇跡のような巡りあわせだったのだ。
日に日に日没が早まる晩秋。
西の空は僅かに明るさが残っていたが、ネオンやクルマのヘッドライトが目に眩しい都会の夜がやって来ていた。
前を走るアナゴ君が、IC手前で『ノリスケ』を待つ為にバイクを停める場所を探そうと減速しようとした時だ。
対向車線を左ウィンカーを点滅させ、走ってくる車両の姿があった。
すっかり暮れた薄暗闇の中でも、その一灯の乗り物が二輪車である事は認識できた。
四角いライトは対向車線側のICから第三京浜に上がろうとしているようだった。
そのバイクがICに入る為、左に身を翻した瞬間、僕はそのライトの光による幻惑から開放される。
そしてそこに見たものは、街灯の光を受け鈍く光る銀色のバイクと、黒い革ジャンを纏ったライダーの姿だった。
それは、昨晩会ったばかりのナミノ君の姿に他ならなかった・・・。
「ノリスケだ!」
誰に聞こえるはずも無いのに僕は一人叫んでいた。
アナゴ君もそのバイクが気になっていたらしく、そちらの方を眺めていた。
クラクションを鳴らす。振り返るアナゴ君に大袈裟なジェスチャーで合図する。
そうだ!あれがノリスケだ!
我が友は、そんな僕の滅茶苦茶な動作で全てを理解したようだった。
前を向き直った彼は、玉川のICへと向かって猛然と加速を開始した。
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645 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/09/07(木) 01:03:03 ID:LiwXQaEo
僕もまた加速体勢に。気だるい環八の流れの中で、瞬時に3つシフトを落とす。
跳ね踊るタコメーターの針。
アスファルトを蹴飛ばすリアタイヤ。
僕とアナゴ君は左に向かって弧を描く第三京浜玉川入り口に向かって矢のように突き進んで行く。
フルバンク・・・。まだ暖まりきっていないタイヤのショルダー部がやや心許ない。
前を行くカタナのステップから散る火花を綺麗だな、と思う・・・。
さて、どんな位置関係で本線上でノリスケと合流するだろうか・・・。
僕は何故か落ち着いていた。
この期に及んで、僕はこのバトルをどこか傍観者のような立ち位置で考えていたのかも知れない・・・。
ノリスケと同じカタナに乗るアナゴ君・・・。
地力に劣る750ccで果敢に挑み、破れ、そして愛車を失ったアナゴ君に比べるとどうしても僕にはこのバトルに全身全霊を傾ける理由が不足していたのかも知れなかった。
その時、無意識のうちに僕はこのバトルの見届け人になろうとしていた・・・。
程なくして本線へ。フルスロットルで加速する僕とアナゴ君。
右手に環八反対車線からの合流車両とを隔てるガードレール。
そしてその向こうにノリスケのヘルメットがやはり滑る様に猛然と加速している様が確認できた。
僕の前を行くアナゴ君。
そして、ガードレールを挟んでその右側を走るノリスケ。
まるで鏡に映しこんだように疾走する二台の銀馬に僕は不思議な美しさを感じていた・・・。
そして環八上下線からの合流を隔てるガードレールは終わる。
ノリスケがややアナゴ君の前で合流した。
数ヶ月の間、追い求めた『ノリスケ』の文字が縫い付けられた革ジャンの背中がそこにある!
胸躍るバトル。そしてアナゴ君にとってのリベンジマッチが始まった。
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717 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/09/14(木) 23:20:26 ID:FTZ0LEtR
【SCENE88】
僕とアナゴ君より早く第三京浜の本線上に飛び出したナミノ君。
だが、すぐにアナゴ君はそんなナミノ君の隣に並ぶ。
もともとナミノ君は自分を追う者の存在を知らない。
戦闘速度で彼を追う僕とアナゴ君が追いつくのは訳が無かった。
左隣に突然現れた自分と同じカタナに乗るライダーに、ナミノ君はやや面食らったように見えた。
しかし、アナゴ君はそんな不意打ちのようなバトルの仕掛け方を由としない男だった。
アナゴ君は右に並走する『ノリスケ』に向かって速度を合せ、そして左の拳を突き出した。
宣戦布告・・・。
そして、アナゴ君は再び深くカウルに潜り込んだライディングフォームを取る。
一瞬の後、甲高く響き渡った空冷1100ccの咆哮はひとつだけでは無かった・・・。
アナゴ君のハンドサインの意味を瞬間的に、そして正確に受け止めた『ノリスケ』もまた、戦闘態勢に・・・。
二台の銀馬はお互いに一歩も退くことなく僕の目の前で猛然と、美しく加速してゆく・・・。
二台のカタナがバトルに突入する一部始終を後方から見ていた僕は、あらためて『ノリスケ』はアナゴ君の獲物であることを確信する・・・。
二人のやり取りがまるで映画の決闘劇のようで、それを僕は血湧き踊るような、それでいて作られた映画を観ている様な、心の昂ぶりと希薄な現実感とが入り混じった複雑な感覚に支配されながら二台のカタナを追った・・・。
・・・そんな感覚に僕はデジャヴのようなものを感じていた・・・。
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718 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/09/14(木) 23:21:02 ID:FTZ0LEtR
・・・僕は時に気がつき、そして思う事がある・・・。
僕の精神は、無意識の内に自身の周囲で起きる数多の事柄に対して、ある一定の距離を保とうとしていることを・・・。
この世界に両の足で立ち、数々の人々と「今」という時間を共有している事を自覚しながらも、どこかそれを客観的に、他人事のように感じている自分が居ることを・・・。
僕のそんな精神的傾向は、特にバイクを知る前においては疑う余地も無いほどに非常に強いものであり、そんな傾向が学校にも行かず、部屋に篭り、一切の外界との接触を持たずに居た自分自身を作り出した素地であったのだろう。
しかし、今にして思えば、その当時は自分自身を部屋に篭らせるものの正体について自覚は無かった・・・。
親友アナゴ君を始めとした多くの人間関係との媒介であり、物理的に長大な距離を自由に移動する事ができ、
またそれに伴って精神をも無限大に解き放つ力を持ったバイクという翼を手に入れ、以前より少しだけ広い視野を持つことが出来た事で、
そんな周囲と一定の距離を置きたがる自らの姿に僕は気がつく事が出来たのかも知れない。
僕自身が周囲を「拒絶」している訳ではない。
言うなれば自らの周囲に対して感じる如何ともし難い距離感と、希薄な現実感が僕を時に悩ませ、そして時に安心させるのだ・・・。
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719 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/09/14(木) 23:27:00 ID:FTZ0LEtR
・・・例えば、僕は死んだ父の事をよく覚えていない。
父の僕への愛情が小さくなかったであろう事は、父が撮りためたたくさんの僕の写真が入ったアルバムと、その中に時折見ることの出来る僕と一緒に写る父の優しい笑顔で容易に想像が付く。
・・・しかし、僕は父の事をよく覚えていない・・・。
当然僕も出席していたであろう父の葬儀の事など何も覚えてはいない・・・。
父の死んだ年から計算すれば、僕は充分に物心のついた年頃だったはずだ・・・。
しかし幾ら記憶の糸を辿ろうと努力してもそれらの父にまつわる記憶が思い起こされる事はほとんど無い。
父だけではない。
木から落ちたり犬に追いかけられたりした子供心に刺激的だった数えるほどの思い出以外に、
はっきりと思い出せる幼少期の思い出が僕にはほとんど無い・・・。
・・・そこに明確な現実感が無いから、それらを覚えている事が無いのだろうか・・・。
全てを我が事と受け止められず、他人事のように感じていたから、
心に深く刻み付けられる思い出とも言うべき記憶が持てなかったのだろうか・・・。
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720 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/09/14(木) 23:28:51 ID:FTZ0LEtR
僕はまるで自分の人生を他人事のように感じながら生きてきた・・・。
いや、正確に言えば今もその傾向はある・・・。
妻は言う。僕は近所でも評判の良夫であると。
ご近所の評価によれば、僕はいつもニコニコと優しそうに見えるのだそうだ。
あわてものの妻をあたたかく見守り、休日には子の面倒をよく見、
義父や義母の相手も面倒がることなく、時には義兄妹の我侭にも嫌な顔一つせず付き合う・・・
理想的な夫像なのだそうだ・・・。
・・・違う。違うのだ・・・。
僕は無意識のうちに周囲と距離を置く術として、そのような当たり障りの無い「良き夫」としての
行動を取ってきただけなのかもしれないのだ。
内心を言葉や顔に出すという事は、少なからず相手との精神的な接触を伴う。
僕はそれを嫌って当たり障りの無い笑顔や相槌でその場を凌いできただけなのかもしれないのだ・・・。
幼少期からのそんな僕の精神的傾向が、自身にとってどのような意味を持つのかなど知る由も無い。
心が傷つく事への防御反応であるのか。
それとも、単にものぐさに端を発した面倒くさがりの表れであるのか・・・それは解らない。
・・・唯ひとつ言えることは、僕はそんな現実感に乏しさを覚えた人間であるということだ・・・。
だからこそ、僕はバイクにのめり込んだ。
全身を襲う加速Gの悦。
「風」と表現するのもはばかるほど固く変化する空気。
スピードに呑まれ溶ける風景。
・・・死を強烈に実感させて余りあるその速度感・・・。
希薄な現実感に生きている事が通常の状態である僕の人生において、
その乗り物はそれまで知る事の無かった光景と体験を僕に運んできた・・・。
それはあまりに強烈な刺激であり、また快感であった。
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746 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/09/20(水) 00:18:07 ID:ABsvdbFy
【SCENE89】
幼少期より感じていた現実感の希薄さと隔世感・・・。
生まれてこの方、僕を正体不明の不安感に陥れ、また掴み所の無い安心感で包んでいたそれらの感情とは異なる、
高揚感や世界との繋がりを僕にもたらしたバイクとの出会い。
僕はその二つの車輪で駆け行く乗り物の持つ魅力とパワーが、
僕をまるでそれまでと正反対の気質へと変えてゆくのだと、当時は感じていた。
確かに僕の生活は変わった。
最長では10日ほども外に出ることなく篭っていた6畳一間に、
曜日を問わず昼間に居る事がほとんど無くなった。
僕は学校へ通うようになり、時間が空けばバイクと共に過ごし、
そのバイクを金銭的に維持するためにアルバイトにまで精を出した。
バイクと出会う以前の僕を知るものであれば、僕が変化したという事に異論を唱えるものは居ないだろう。
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747 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/09/20(水) 00:18:52 ID:ABsvdbFy
僕自身もバイクを知ることなく青春時代を過ごしていたらどうなっていたのかと考えると、ゾッとする事がある。
おそらく特に前向きな意思の無いままに大学を中退し、他人とのコミュニケーション能力が
著しく不足したまま大都会に放り出されていたか、
若しくは恥も外聞もなく女手一つの大阪の母のもとへ戻り、
現在で言うところのパラサイトシングルと化していたであろう・・・。
だから、そんな面から自らの人生を振り返った時、「バイクは僕を変えた」という事実は決して僕自身、否定はしない。
いや、むしろ実にその通りである。
・・・しかし、人間の変化とは、決して一元的に語れるものではない・・・。
バイクとの出会いによって、確かに人生を陽の当たる方向へ転舵した僕だったが、僕という人格を形成する核となる部分までもが容易く変わるものではないという事を、この『ノリスケ』とのバトルで実感する事となった・・・。
・・・そしてそれはバイク経験の浅い僕がこの先、ここ第三京浜で誰よりも速い存在へと昇華してゆくことと、決して無関係ではなかった・・・。
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750 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/09/20(水) 00:23:12 ID:ABsvdbFy
アナゴ君の宣戦布告で始まった二台のカタナのバトル。
闇を切り裂く二つの空冷1100ccの咆哮。
その魂の如く迷い無き矢の如く加速してゆく二人の戦士・・・。
もちろん置いていかれるわけには行かない。僕もまたスロットルをワイドオープン。
少しの間も置かず酸素と燃料を膨大な運動エネルギーに変換するNinjaの心臓。
高鳴る吸気音に比例して、天井知らずに上乗せされる加速G・・・。
一度味わってしまったら、決して忘れる事も逃れる事も出来ない快感。
・・・そう、それは麻薬のよう・・・。そんな瞬間の為に僕は生きていた・・・。
時速200km・・・。死と紙一重の速度の中で、僕は確かに笑っていた・・・。
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800 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/09/29(金) 00:15:56 ID:cRouVyEL
【SCENE90】
遥か彼方に赤く光るクルマのテールランプが止まって見えるのは錯覚だ。
次の瞬間、その赤い光は息をもつかせる間もなく目前に近づく! 。
そのクルマはこちらに向かって後退してくるわけではない。
我々と同じ方向に100km/h近い速度で走っているのだ。
にも関わらず、そのクルマのテールランプは僕に向かって猛烈な勢いで突っ込んでくる。
序章の十数ページで読む事を諦めた特殊相対性理論の解説書を思い出す。
が、非常に曖昧で中途半端な僕の知識から行きつく思考の先は、アルバート・アインシュタイン博士が舌を出した、かの有名な写真の表情・・・。
そんなお茶らけた博士の顔を思い浮かべながら、僕はそのクルマに追突まで数分の一秒という「余裕」を持って
数十センチ脇をヒラリとかわし追い抜いてゆく。
僕は呆れるほどに落ち着いていた。
僕の周囲で、僕と同じ方向と速度を持った存在は前方を行く2台のカタナのみ。
一般車両も、遮音壁も、中央分離帯もアスファルトも・・・Ninjaのスピードに置き去りにされ、
猛烈な速度で後方へと流れ去る・・・。
それはまさにスピードが産み出した死の相対性。
僕とNinjaの周囲のほとんどを、僕自身を死に追いやって余りあるエネルギーが包み込んでいた・・・。
そんな状況下で、何故僕はいつも落ち着いていられるのだろうか・・・。
僕はふとあの日のことを思い出していた・・・。
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801 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/09/29(金) 00:17:41 ID:cRouVyEL
バイクで初めて公道を走った日。・・・ヨンフォアを駆り、西湘バイパスでフェアレディZを追ったあの日・・・。
僕はその暴力的な速度感や、身を斬るような空気の流れ。
そして車体から伝わる不気味な振動といった、自らを包み込む非日常的な状況の一つ一つを、それぞれバラバラに受け止めていた。
我が身を襲う未知なるそれらの事象は、僕の魂を鼓舞させ、甘美なスピードの世界へ引き込む魔力をもってはいた。
しかしながらそれ以前に、それらの自身に降りかかる危険な事象を統合して得られる「恐怖」という感情が終ぞ芽生える事は無かった・・・。
逆説的に言えば、当時初心者であった僕にその「恐怖」という感情が人並みでも存在すれば、公道デビュー初日からあのような高速バトルをする事など無かったはずなのだ・・・。
数十メートル前方には、220km/hという速度でも近づいてくることの無い2台のカタナ。
『ノリスケ』が先行して右コーナーに進入し、そのすぐ後ろをアナゴ君が追従してゆく。
僕もまた、右車線でそのコーナーにアプローチを開始する。
ブラインドになった高速右コーナーの先、僕のライン上を邪魔するように一台の商用カローラが走っているのを発見する。
僕は落ち着いてNinjaの手綱を緩める。
入力を弱められたNinjaは、右旋回しながらも左車線へと大きく膨らむ弧を描き何事も無くカローラを左からパスする。
するとすぐに目の前に、一刻の猶予も無くアルトのテールが迫る。
今度はNinjaのハンドルをやや強くこじると先ほどパスしたカローラの直前に滑り込む。
・・・緩急自在。Ninjaと踊るアスファルト上のダンス・・・。
バックミラーに一瞬大写しになったカローラのヘッドライトの光は、
次にバックミラーを見た時には小さな光の点と化していた・・・。
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802 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/09/29(金) 00:20:10 ID:cRouVyEL
時速220kmのステップで、僕はその後も次々とクルマの間をスラロームした。
恐怖など微塵も無く、むしろそのリズミカルなライディングが心地よかった。
まるで僕は、スピードに対する感情の一部を失調しているかのようだった・・・。
180km/h付近の速度と、200km/h超の速度とは、数値的な大小以上の感覚的に大きな隔たりがある・・・。
思えばNinjaを手にしてここ第三京浜を初めて走った夜。
僕はそのあまりの速度感に一度だけ「恐怖」のような感覚を覚えた。
「恐怖」を感じる事の少ない僕にとって、その感覚が「恐怖」と呼んでよいものかは解かりかねるが、しかし、あの体を硬直させるような嫌な感覚をそう表現して差し支えないだろう。
・・・だがバイクに乗っていてスピードに「恐怖」を感じたのはその一度限りだ。
そう・・・。それ以降、僕はいとも簡単に「魔の速度域」に慣熟してしまったのだ・・・。
果たしてそれは僕が、女神と死神が同居するような魔のスピードの世界の住人だからなのだろうか・・・。
230km/h・・・。先行する二台のカタナがゆっくりと近づいてきた・・・。
昂ぶる精神に反して、恐怖など微塵も無かった・・・。
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125 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/10/16(月) 23:30:55 ID:dWKWXc1n
【SCENE91】
京浜川崎ICを過ぎて少し経った頃には、僕は目前に二台のカタナを捉えていた。
赤い『ノリスケ』の4文字と、2匹の穴子を従えた唇マークは、それぞれ似て非なるスズキ空冷サウンドを響かせ、僕の前をゆく。
その熱き走りを具現化したかのような張りのあるヨシムラサウンドを奏でる『ノリスケ』と、
内に秘めた情熱を歌うテノールの如く甲高く調律されたカタナ純正サウンドのアナゴ君。
220km/hでヘルメットを切り裂く風の音。
それでも二台の熱き雄叫びは僕の耳に届き、そして僕の魂を揺さぶる。
その速度域で、それでも僕はややスロットルに余裕を感じていた。
二台の前へ出ようとしなかったのは、冷静な意識の下で、『ノリスケ』はアナゴ君の獲物であるという事を忘れていなかっただけでは無い。
僕は楽しかったのだ・・・。
ライダーとして真っ直ぐで正当であろう魂を持ったこの男達と共に、僕らだけのスピードの世界に身を置ける幸福・・・。
二台のカタナの空気と魂を揺さぶる叫びに、我が愛車の咆哮を重ね合わせ、三重奏を奏でる喜び・・・。
一年半ほど前まで、たった一人で過ごしていたこの都会の夜の闇を心通い合う男達と過ごせる充足感・・・。
僕は・・・。僕は、こうやっていつまでもいつまでも走っていたかった・・・。
その内に、僕の目の前で展開される二台のカタナのバトルに変化が起きた。
ピッタリと『ノリスケ』に張り付くように走っていたアナゴ君が、『ノリスケ』との距離をやや置き始めたのだ。
遅れ始めたのか?いや・・・。この区間はアナゴ君の得意としている高速コーナーが続く区間だ・・・。
僕は感じていた。アナゴ君は何か企んでいる、と・・・。
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126 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/10/16(月) 23:33:21 ID:dWKWXc1n
ミラーの中で小さくなった敵機を確認する為に、『ノリスケ』が左肩越しに小さく振り返った瞬間、アナゴ君は仕掛けた。
抜けの良いヨシムラパワーで加速やトップスピードにおいては有利だった『ノリスケ』。
しかし、アナゴ君には週末ごとにここ第三京浜に通い詰めた「経験」という武器があった。
先の見通しの悪い左コーナー。
『ノリスケ』がスロットルを戻した事が、ヨシムラ菅から一瞬放たれるアフターファイヤーで確認できた。
その時、『ノリスケ』の後ろに居たはずのアナゴ君の姿はそこに無かった。
アナゴ君はコーナー目前で大きく右にポジションを変えると、ほとんどその速度を落とすことなく肩と尻を左に滑らかに滑り込ませ、大外から一気にブラインドコーナーに切り込んで行った・・・。
そうだ・・・。ここは、Ninjaで初めて第三京浜を走ったときに、アナゴ君にしてやられたコーナーだ・・・。
僕は、その一部始終を見ていた。
身も凍るような狂った速度で、死のコーナーのクリッピングを正確に捉えたアナゴ君。
一瞬前に『ノリスケ』の描いたクレバーなラインを跨ぐように大胆にインに飛び込んだアナゴ君は、その速度を維持したままコーナー立ち上がりを待つことなく、あっさりと『ノリスケ』の前に躍り出ていた。
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195 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/10/24(火) 00:37:09 ID:Rs02ifez
【SCENE92】
驚いたのはアナゴ君の剃刀のような走りだけでは無かった。
アナゴ君のやや後方から、彼の美しいフォームとラインをトレースするように高速コーナーに滑り込んだ僕。
・・・落ち着いてアナゴ君の走りを見つめていただけだった・・・。
それなのに、次の瞬間には彼の走りを自らの物としている僕が居た・・・。
緊張も恐怖も無かった。
ただ、先刻まで速度なりの車間距離を保っていた『ノリスケ』の4文字が、コーナーを抜けた時には、手を伸ばせば届きそうなほど近くにある事に驚いている自分が居た・・・。
コーナー立ち上がりで、僕は躊躇した・・・。
その時、かろうじて僕の前を行く『ノリスケ』を、コーナーの脱出速度差を利用してオーバーテイクするのは簡単だった。
だが、迫る敵機の背を前に僕は心の内で、ある選択に迫られていた・・・。
このまま『ノリスケ』を抜き去ってしまって良いのだろうか?
このバトルに臨むにあたって、前述したとおり『ノリスケ』はアナゴ君の獲物であり、
手出し無用であるという僕なりの拘りがあった。
だから、アナゴ君に続き僕まで『ノリスケ』の前に出てしまっては、
東名で750カタナを失ったアナゴ君のリベンジマッチに水を差すことにならないだろうか・・・。
僕がアナゴ君と『ノリスケ』の間に割って入り、事実上のブロックをすることを、
あのアナゴ君が善しとするだろうか・・・、との思いがあった。
その反面で、僕が一人のライダーとして、また男としてアナゴ君をも含めたライバルと切っ先を合わせる戦いの場で、この右手に操るスロットルを戦い以外の意図をもって緩める事が、彼らや愛車や自分自身に対する不義にあたるのでは無いだろうかという思いもまた首をもたげる・・・。
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200 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/10/24(火) 00:42:17 ID:Rs02ifez
時速200kmで流れる景色の中、僕は目前の『ノリスケ』と少し前を行くアナゴ君の背中を交互に見つめると、
スロットルをやや戻した・・・。
一瞬の間に、あらゆる思いが胸をよぎった。
だが、オイル滴る750カタナの傍らで、悔しそうに佇むアナゴ君の姿を思い出した時、
僕はこのバトルの見届け人になる事を再び心に決める。
その時の僕には、アナゴ君をも含めた二台のカタナを抜き去るという選択肢は、どういった訳か考え及ばなかった。
僕は、アナゴ君に思う存分に戦って欲しかったのだ。
並びかけた『ノリスケ』のカタナが、再び僕の前方に陣取る。
保土ヶ谷まで、もうそれほど無いはずだ・・・。アナゴ君はこのまま逃げ切れるだろうか・・・。
そう思っていた僕は、目の当たりにする事となる・・・。
世界最速マシン、Ninjaを持ってしても決して手加減して対峙することなど許されない『ノリスケ』の実力を・・・。
先刻の僕の葛藤。そしてスロットルを戻した決断が、取り越し苦労に過ぎなかったという事を・・・。
やはり『ノリスケ』は、決して余計な事を考えながら何とか出来る相手などでは無かったのだ・・・。
・・・ツーリングの帰り道。突如として現れた、カタナとNinjaとの突然のバトル。
その突然の事態に、もしかしたら『ノリスケ』は気持ちが切り替わりきっていなかったのかも知れない。
そして、超高速コーナーでアナゴ君にインをつかれた事で、遅ればせながら彼は目覚めたのだろうか・・・。
闇を切り裂くヨシムラの轟音が、ひときわ野獣の如き咆哮を響かせる。
そして、僕達が始めてみる「追う立場」となった『ノリスケ』の猛攻が始まった・・・。
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374 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/11/18(土) 23:40:15 ID:wYENXBzy
【SCENE93】
初めてノリスケの前を走る事となったアナゴ君。
彼は愛車の小さなスクリーンに上半身を捻じ込むように深く伏せ、
決して後ろを振り向くことなく、ただ一直線に闇を切り裂き走る。
アナゴ君は、前走者が居なければ速さを維持できないライダーではなかった。
『ノリスケ』を追い立てていた先ほどまでの・・・いや、それ以上のペースを彼は自ら造り出す。
コーナー脱出時の速度差で、立ち上がり後もアナゴ君と『ノリスケ』の車間は徐々に開いてゆく。
闇に向かって小さくなって行く唇マークが、この時ばかりは格好よく輝いて見えた・・・。
しかし僕は、彼らのバトルと直接関係の無いある思いを抱えながら走っていた・・・。
それはバイクに乗った僕自身についての疑問・・・。
速度が上がるにつれ、高揚する心・・・。
先の見通しが悪いほどに好奇心突き動かされるコーナーリング・・・。
どうして、こんなにもバイクに乗っている時・・・いや、バイクに乗って命を危険に晒している時がこんなにも楽しいのか?
何故、僕はこの死と隣り合わせのスピードを恐怖と受け止めることなく、むしろ快感として貪るのであろうか・・・。
何故、バイクに乗り始めて一年半程度の経験しか持ち合わせていない僕が、アナゴ君やナミノ君達のような歴戦の強者達と互角に渡り合う力を身につけているのか・・・。
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376 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/11/18(土) 23:42:58 ID:wYENXBzy
【・・・後者の疑問については自身でも説明がつけられるような気がした。
直線、コーナー、一般車両のパス・・・。
その時々の状況の中で、出来る限り速く走る為の速度や走行ラインというものは物理的に自ずと決まっている。
認識不足や操作ミス、そして一瞬の判断ミスでその限界を超えた者に待っているのはライディングの破綻・・・。
だから、ライダーはそれらの状況に対し安全率を加味しながらやり過ごす。
「速く走る」という事は、その物理的限界に近づく事を意味し、安全率を小さくし、反してリスクを増大させてゆく事に他ならない。
速さを保ちつつも、経験則や技術的底上げによるスキル向上により、その安全率をある程度補填する事は可能であるが、その当時の僕の速さの追い求め方とは、明らかに安全率を単純に削ぎ落としていく危険な方法であった。
恐怖・・・。
その感覚は、人間を始めとする高等生物が自らの生命を持続させてゆく為に身に付けた、自身の命を守る為の重要なセンサーであり、その感覚こそが無意識のうちに『安全率』を考慮させるのである、が・・・。
僕が速く走ることの出来る理由を、Ninjaという当時の世界最速車両が愛車であった事以外に僕自身、本当は解かっていた。
僕の心の中の『恐怖』というセンサーは・・・壊れていたのだ・・・。
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377 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/11/18(土) 23:44:18 ID:wYENXBzy
自らの心を抑えこむように生きてきた幼少期から青年期。
内気な僕と対照的に、快活なガキ大将肌の兄をどこか疎ましく思いながらも付き従っていた僕・・・。
母から無理に習わされたヴァイオリンを、それでも否定的な意思表示すらすることなく習い続け、上達もまたすることの無かった僕・・・。
その他、あらゆる事象に真正面から向き合う事の無かった僕・・・。
そして・・・。そして、父の死という本来であれば幼き少年の小さな心にとって少なからず衝撃を与えるであろう出来事に際して、思い出すら持たない僕・・・。
心の弱かった僕の唯一の身の守り方とは、他からの様々な入力に対して無意識にセンサーを鈍にし、無理矢理に心の平衝を保とうとする事だったのかも知れない。
200km/hをゆうに超える速度で飛び去る景色を、まるで他人事のように眺めていた。
幼い僕を抱き、優しく笑う父の写真の顔を思い出していた。
おそらくは、僕をこよなく愛してくれていたであろう父。
そんな父との思い出も、彼の死に対する悲しみの感情にも鈍感だった僕は・・・僕は・・・そう、自分自身の命に対してもまた、鈍感であったに違いなかった・・・。
死を恐れていないというよりも、自らの命に対しての明確な手応えと死のイメージを持つことの出来なかった僕が、死への恐怖を根拠とするスピードに対する安全率を持てなかったのは自然な事だった。
・・・それが、僕の速さの寂しき理由・・・。
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378 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/11/18(土) 23:45:29 ID:wYENXBzy
超高速下で、そんな思いを巡らせていた十数秒の間に、『ノリスケ』の背中が再び眼前に大きく迫る。
彼はアナゴ君の獲物なのだ。今日は見届け人に徹するのだと誓ったではないか。
それなのに、無意識のうちに敵機を捕捉し、いつのまにか抜いてしまいそうになっている自分に驚き、スロットルを僅かに戻す。
「僕は・・・速く走れちゃうんだから・・・」
他人が聞けば、ひどく逆上せ上がったようにも聞こえる独り言を自嘲気味に呟いた僕・・・。
この日、僕は好敵手と強敵の走りを前にして自身の速さの仕組みに気づかされてしまったのだ・・・。
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379 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/11/18(土) 23:47:08 ID:wYENXBzy
保土ヶ谷まであと少し・・・。一分ほどで着くだろうか。
もはやアナゴ君の勝利は揺ぎ無いものと信じて疑わなかった。
しかし、そう思っていたのは僕だけだったようだ。
話はそれほど単純で無かった。
敵機『ノリスケ』もまた、僕と異なるタイプのスピードに対する何かを喪失している人間だったようだ・・・。
『ノリスケ』は、後方から超接近しつつも僅かに速度を殺し、
再び自らの後方に位置を戻した僕をどのような思いで見ていたのだろうか。
彼はミラー越しに一瞬こちらを見たかと思うと、前に向き直り猛進を続けた。
コーナー脱出速度差を利用し、一時は50m以上もの差を付けて最前方を走っていたアナゴ君の姿が再び近づいてくる。
・・・速い。
この最高速に近い状況の中で僅かに残された速度の伸び代は、アナゴ君のカタナを『ノリスケ』のカタナが上回っていた。
おそらく、『ノリスケ』のカタナは、ノーマルマフラーのアナゴ君に対して抜けのよい社外品を装着している為だと思われる。
もしかしたら、吸気系やレシオだって弄ってあるのかもしれない。
その『ノリスケ』の速度の伸びは、彼のファイティングスピリットの表れにも思えた。
そうだ。彼だって必死なのだ・・・。
今日がバイクでのラストランになるかも知れない彼にとっても、これは負けられない闘いなのだ。
『ノリスケ』のカタナのヘッドライトに照らされたアナゴ君の背中がじりじりと迫る。
もうすぐ保土ヶ谷・・・。カタナ同士のバトルの決着が着く時もまた、じりじりと迫っていた・・・。
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471 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/11/30(木) 00:02:16 ID:GtpPHZXj
【SCENE97】
アナゴ君の背中は、完全に『ノリスケ』の射程に納まっていた。
この速度域でもアナゴ君の耳には背後に迫るヨシムラの咆哮が届いたようだった。彼は小さく後ろを振り返る。
その時、『ノリスケ』は遂にアナゴ君のスリップストリームに喰らいついていた・・・。
『ノリスケ』はすぐにアナゴ君の隣に並び、あるいは前に出る為に仕掛ける事をしなかった。
不思議なもので、前走者に追いつく事と追い抜くことは全く異なる意思を必要とする。
そのアナゴ君を上回るトップスピードをもってしても、絶対的な速度に対してその速度差というのは微々たるものであり、 なによりここは一般車両の混在するストリートである。
このコースに精通するアナゴ君を相手にして、トップスピードだけでは決定力に欠けると感じたのか・・・。
もしかしたら再び追われる立場となる事に躊躇いを感じたのかもしれない。
『ノリスケ』はチャンスを伺っているように見えた・・・。保土ヶ谷まであと僅か。
その短い時間の中で、たった一度きりの起死回生の一撃を・・・。
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472 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/11/30(木) 00:03:29 ID:ycQCxg3h
そんな二人を尻目に、僕はいよいよ快楽の絶頂にいた。
前方で繰り広げられる男達の熱き闘い・・・。
空気がヘルメットに切り裂かれる音・・・。
股下で唸るエンジンという名の愛車の心臓・・・。
スピードに呑まれ溶ける景色・・・。
それまでの人生の大半を地に着かない足取りでよろよろと歩き、闇の淵から斜めに構えて世界を傍観して来た
自分が今、バイクという大いなる翼に乗り猛烈なスピードで目の前の世界を切り取っていく快感・・・。
バイクこそが・・・スピードこそが、僕のアイデンティティ。
・・・自らの命にすら現実感が持てない故に失した恐怖心。引き換えに手に入れた速さ・・・。
僕の生まれながらに持っていたネガティブな面から引き出されたであろうスピードへの資質に気がついてしまった今、
それすらも真正面から受け止め、正負表裏一体の自身の魂の形として僕はバイクとスピードに自己の拠り所を見出し、
否定的に受け止めていた己と己の人生すら初めて肯定的に受け止められるような気がした。
魂が開放されるような清清しい心持ちで、僕はスロットルを開けていた・・・。
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473 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/11/30(木) 00:04:20 ID:9hkv2lFU
すると、突然に僕はある思いに駆られる。
それは誰よりも速く走りたいという欲望・・・。
前を疾駆する二台のカタナを撃墜したいという戦士としての欲望・・・。
それはもう一人の自分の声というよりは、バイクにアイデンティティを見出してしまった僕の心の素直極まりない思いに他ならなかった。
その心の声に誘われるがまま、僕は僅かに残していたスロットル開度の残りを引き絞る。
高鳴る吸気音は僕の心を解き放ち、僕はヘルメットの中で満面の笑顔に包まれる・・・。
近づく二台のカタナのテール・・・。僕は無邪気に前を行く二人の戦士を追い墜とそうとしていた。
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531 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/12/07(木) 23:47:35 ID:M9z1zv0o
【SCENE98】
解き放たれた僕の感情と、Ninjaのチカラ。
僕の丹田から際限無く湧き上がる正でも負でもなく、明でも暗でも無いただ真っ直ぐな透き通った感情は、スロットルに僅かに残された迷いを呑みこむ。
すると、地上最速の戦闘機は、雑誌でのみ目にした最高速に向かって現実に加速していく・・・。
おそらくは100km/hで同一方向に走行する一般車両が、100km/hを遥かに超えた速度で次々と目の前に近づく。
その真っ赤なテールライトは、いつか見た宇宙戦争映画のビーム光線のように我が愛機の左右をかすめる。
視界の右上方には、オレンジ色の大きな満月。その月にだって飛んでいけそうな気がした。
僕とほぼ同じ速度で移動する物体はたったの二つ。それは前を走る二台のカタナ。
僕は二台をスクリーン越しに見つめていた。・・・ただし、先刻とは異なる瞳で・・・。
バイクとスピードに自我を見出し、快走する僕のつき抜けるような快感の中に、僅かに残る蟠りにも苛立ちにも似た感情の対象になりつつあったのは、他でもない、その二台のカタナだったのだ・・・。
僕よりも速い存在が、僕自身を否定する存在に思えた・・・。
誰よりも速く走ることこそ、自らの存在を証明する行為に思えた・・・。
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532 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/12/07(木) 23:49:32 ID:M9z1zv0o
何故、カタナがNinjaの前を走っているんだ・・・。
僕の方が速い・・・。僕が一番速い・・・。
キミ達よりも僕の方が速いんだ・・・。いや、この第三京浜で一番速いのがこの僕なんだ・・・。
それまで抑圧してきた感情が開放されていると、そう感じていた。
バイクによって心が解き放たれたと思っていた。
しかし、それは僕の思い違いなのかも知れなかった。
僕の心を抑えつけてきた自身以外の魂に僕は支配されていたのかも知れなかった。
本来の僕が持っていなかった攻撃的な感情が芽生えていくのを僕は止められなかった。
・・・僕の心の中で魔物のような感情が蠢き始めていた・・・。
・・・その魔物が棲んでいたのがスピードの中なのか、それとも心の深部だったのか・・・。それは解からない。
ただ、流れ出す感情の迸りは止める事が出来なかった。
バイクと出会うまで、誰に顧みられることも無かった僕。
そんな僕が唯一頂点に立てそうな気がしたバイクの世界。
今にして思えば、あらゆる感情を自ら伏せてきた僕は、あるいは寂しかったのかもしれない。
僕はここに居る・・・。
この世界にそんな思いを伝える媒介がバイクであり、そしてこの瞬間こそがその感情を世に伝えるべき瞬間なのだと、その時の僕はそう感じていたのかもしれない・・・。
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533 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/12/07(木) 23:51:00 ID:M9z1zv0o
最右列の追い越し車線を走る二台のカタナは、完全にNinjaの射程に納まっていた。
僕はそのスリップストリームに入る事もせず、彼らの左、中央車線で彼らを追い落とす最終段階に入っていた。
彼らの前に出る!僕が先頭を走る!僕が・・・僕が・・・僕が・・・僕が!!!
ストレス無くNinjaに吸い寄せられる二台の敵機。スピードメーターの針が250km/hを越えた。
流石のNinjaもほとんど加速をやめていた。
それでもなお満たされない空腹を満たすが如く、僕はさらにスピードを欲した。
もはや加速を止めたNinjaの力を絞り粕まで使い切るが為に、僕は僅かにシート上で尻を動かし、同時に上体をさらに深くスクリーンに潜り込ませようと試みた。
その時ほんの一瞬、視線が進行方向から外れ、メーターからトップブリッジ周りに移った。
・・・そのほんの数十分の一秒の間に視線が合ったのだ。Ninjaのキーにぶら下げていたニポポ人形と・・・。
ニポポの寂しげな瞳は、それを僕に託してくれた未だ愛しき女性、タイコさんの笑顔を脳裏に思い起こさせた・・・。
視線はすぐに前方に戻されたが、それがトリガーとなって僕の海馬は刺激されたかのように、あらゆる事柄がランダムに関係、無関係を問わず脳内から引き出されてゆく・・・。
彼女の笑顔・・・、遥かなる旅路・・・、ヨンフォア・・・、鈴木さん・・・、限定解除・・・、ナミノ君・・・、そして・・・そして・・・。
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534 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/12/07(木) 23:53:05 ID:M9z1zv0o
なぜか、醤油ラーメンをすする我が友の笑顔が浮かんだ・・・。
相変わらずでかい唇だなアナゴ君・・・。・・・アナゴ君・・・あぁ、そうだ・・・これはアナゴ君のリベンジマッチだったんだ・・・。
ふと我に返った時、Ninjaのスロットルはほとんど全閉まで戻されていた。僕は呆けていた。
再び猛烈な勢いで遠ざかろうとする二台のカタナの姿に驚いてスロットルを開け直す。
僕とノリスケの車間は先刻までと同じ程度に戻っていた。
僕の心は解放されたと思っていた。
なのに、何時の間にか魔物のような黒き感情に支配されかかっていたようだった。
解からない・・・解からない・・・。
バイクを知るまでの僕が支配されていた、つかみ所の無い薄暗い闇とは異なる、ドロッとした黒く攻撃的な感情・・・。
僕は、僕の中にはまだ得体の知れない魂が潜んでいるのか・・・。
一つだけ言えることは、そのどす黒い感情が決して心地悪いものではない・・・いや、むしろ怪しげな快感を伴うものだったという事だった。
そんな思いに駆られていた刹那、『ノリスケ』が遂に仕掛けた。保土ヶ谷PAの灯りが目の前まで迫っていた・・・。
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580 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/12/18(月) 23:47:42 ID:vIaLfpLS
【SCENE99】
ストレートの先を緩やかに左に流れる高速コーナー。
コンクリートウォールと土手で目隠しされ、見通しの効かないそのコーナーの先に、保土ヶ谷PAが近いことは、その目隠しの先の空がぼんやりと明るく見えることで解かった。
料金所が近いからか?一般車両が多くなってきた・・・。
そんな中、何故か無人の追い越し車線が、迫り来る左コーナーへと僕らを不気味に誘っているようだった・・・。。
冷静さを取り戻した僕は、近すぎず遠すぎず、二台のカタナの最終バトルを見届けるに過不足無い間合いを取りながら、走り始めた時と同じように落ち着いてその様子を眺めていた。
・・・眺めていた、と言っても200km/h以上の速度でバンクしながらだ。
僕よりも一瞬先にコーナーに進入した二台のカタナ。
進入の瞬間こそ、後ろから見ているとまるで写し絵のように美しく重なりあいながらだったが、より強くマシンを寝かせつけて行ったのは、後続『ノリスケ』のほうだった。
『ノリスケ』が仕掛けた。速度と釣り合わない大きく力強いアクションで、肩と尻からやや小太りな体をマシンに先行させてイン側に落とし込む『ノリスケ』。
そうしてアナゴ君より内側のラインを選択した彼は、より小さな弧を描くほど円周が短くなる物理法則に漏れず、アナゴ君との距離を詰め、そして並んだ・・・。
200km/h超でバンクしながらの並走。有利なのは明らかに『ノリスケ』のほうだった。・・・そう見えた・・・。
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581 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/12/18(月) 23:49:27 ID:vIaLfpLS
アナゴ君がインを刺された。保土ヶ谷までの最終コーナー。
ここで前に出られてはもはや敗北も同然。もう前に出るチャンスなどある訳が無い。
アナゴ君が負けるのか?そんな思いが瞬間僕の脳裏を過ぎったが、それは僕の早合点である事をさらに次の瞬間に知る事となった・・・。
相手を前に出せば負ける・・・。ならば、前に出さなければ良い。
アナゴ君のシンプルな思考に基づいたライディングが、カウンターパンチのように『ノリスケ』に向けて繰り出された。
『ノリスケ』に並走を許したアナゴ君は、しかしそれ以上彼の先行を許しはしなかった。
200km/hを超える速度での左旋回。この状況で、アナゴ君はスロットルを開け増したのか。
敵機のイン側の優位性をもろともせず、彼は自らのラインを突き進む。
『ノリスケ』と中央分離帯の植栽の僅かな合間に、高速で移動しながら明確な意思を持ってアナゴ君は自らの居場所を切り拓く。
決して退こうとはしない。
中央車線には一般車両が居た。即ち彼らは一本の追い越し車線上に美しく、そして破滅的な二本のラインを描いてゆく・・・。
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582 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/12/18(月) 23:50:56 ID:vIaLfpLS
自らの生命の危険に対して全くの無関心を装う事の出来た僕も、流石にアナゴ君の綱渡りのようなライディングを後方から見せつけられやや肝を冷やす。
そして、スピードという甘美で狂った世界の中に、常識的な感覚を忘失してきたのは僕だけでは無い事に気づく。
そうだ・・・。アナゴ君、キミも同類だ。
一本気で明るく、一見僕とは正反対の気質を持ったキミに、それでも惹かれ合う何かを感じたのは、そう、キミもまた僕と同じ世界に興奮と安らぎを求める男だからなんだ・・・。
長い左コーナー・・・と言っても、十秒にも満たない時間だろうか。
それでも、後方から友のリスキーな走りを眺めている時間は、あまり気持ちのよい物ではなかったし、その分、何倍にも長く感じられた。
そのコーナーが終わろうとしたとき、アナゴ君は終ぞ『ノリスケ』の先行を許さなかった。
いや、むしろ半車身ほど先行していたのは、アナゴ君のほうだった。
やはり・・・アナゴ君は凄い。
僕は当時、アナゴ君にも勝てる自信を持っていたし、それはほとんどの場合、実際の事だったのだが、それと相反する心情として、やはり彼には敵わない・・・という気持ちも持っていた。
矛盾するようだが、それが男アナゴ君に対する僕のその当時の思いだった。
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583 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/12/18(月) 23:52:34 ID:vIaLfpLS
そして、最後の踏ん張りどころ・・・。ほとんどストレートのような緩やかな右コーナー・・・。
さらにその先の左コーナーは、直後に料金所が待ち受けているので、事実上ここが決着を付ける場所だったのだ。
短いような、長いようなそのストレート勝負。
僕は固唾を呑んでその勝負の行方を後方から見守っていた・・・。
しかし、決着は突然についた・・・。それは呆気ない幕切れだった。
二台のカタナが突き進む追い越し車線上に、中央車線から一台のトレーラーが侵入してきたのだ。
ウィンカーをあげていなかったので、それは余りに突然の事の様に思えた・・・。
その100km/h以上の速度差の為、トレーラの尾灯が見る見る迫る・・・。危険だ!
美しくシンクロしながらここまで走ってきた二台のカタナは、この局面において初めて正反対の行動を取った。
『ノリスケ』のブレーキランプが、玉川ICで僕達と合流してから、初めて真っ赤に光った・・・。
行く手を塞がれた『ノリスケ』は、その意思に反して、それでも潔く減速することを選んだのだった・・・。
『ノリスケ』よりもさらに右側。最も中央分離帯に近い位置で走行していたアナゴ君は、その点に関して『ノリスケ』より有利な位置に居た。
アナゴ君は、もう半分以上追い越し車線に侵入しているトレーラーの右横を、それまで走っていたラインをほとんど崩すことなく、落ち着いて走り抜けていった・・・。
トレーラーと中央分離帯の隙間を抜ける・・・。
他人から見れば、それは余りに危険な・・・いや、そう思われても全く反論の余地は無いのだろうが、
それでもおそらく当の本人にとってその選択肢は充分なマージンを感じてのうえであろう事は、
全く焦る様子の無い落ち着いた彼の背中で感じ取れた。唇マークが笑っているように見えた・・・。
・・・そして、『ノリスケ』と僕の視界から、真っ直ぐな魂を持つ銀刀の使い手は消えていった・・・。
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758 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2007/01/16(火) 00:20:03 ID:N/zJlq/W
【SCENE100】
既にバトルは終了していた。
『ノリスケ』と僕は、残り数百メートルとなった第三京浜を、お互いのマシンの心臓をクーリングするように、ゆっくりと並走していた。
僕は100km/hで右隣を走る『ノリスケ』の方を向き、ヘルメットのバイザーを上げた。
それに応えるように彼もまたバイザーを上げた・・・。
彼の眼差しは既に僕がフグタ マスオであることを知っていたようだった。
そこに居たのは敵機『ノリスケ』では無かった。
免許センター、そして昨晩ガソリンスタンドで立ち話した時と同じように、
人懐っこく優しい目をしたナミノ君が居た・・・。
保土ヶ谷PAで、まだ愛車に跨りながらヘルメットを脱ごうとしているアナゴ君に横付けする。
そしてヘルメットを脱いだアナゴ君は、後から来た僕とナミノ君の2台のエンジン音に負けないくらいの声で吼えた・・・。
「ウォォォォォォォォォッシャァァァァ!!!」
それは彼の魂の叫びに他ならなかった・・・。
失われた愛車に対しての鎮魂の思い。
同じく失われた男としての誇りを取り戻した悦び。
そして何よりも、心躍る走りが出来た事で満ち足りた、ライダーとしての本能・・・。
アナゴ君のその叫びは、以前から彼と共に走り、『ノリスケ』との因縁も知っている僕にはよく理解できた・・・。
・・・理解できたのだが・・・しかし、公衆の面前で友人が夜空に向かって吼えているのだから恥かしい・・・。
「お、おい!アナゴ君!止めろってば!みんな見てるぞ!!おい!」
心の昂ぶりが絶頂を超えたアナゴ君は、叫ぶのを止めなかった。
隣では、驚いて目を丸くしたナミノ君が、ヘルメットも脱がずに吼え続けるアナゴ君を眺めていた・・・。
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760 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2007/01/16(火) 00:21:05 ID:N/zJlq/W
「えっ!?・・・ウソだろ・・・」
しばらくして落ち着きを取り戻したアナゴ君と僕とナミノ君の会話が、
今晩がナミノ君のラストランであることに話が及んだ時、アナゴ君はそう言って絶句した・・・。
僕はアナゴ君の気持ちが手に取るように解かった・・・。
彼はこのバトルが終わった時、この『ノリスケ』と仲間になれると信じて走っていたのだろう。
バイク乗りにしか解からない共に走ることで生まれる共感と連帯感。
このバトルを通じてアナゴ君は新しい仲間が出来た事を信じて疑っていなかったに違いない・・・。
「残念ながら・・・」
ナミノ君は缶コーヒーを飲みながら言った。
彼はマイペースにコーヒーを胃に流し込み続け、一気に最後まで飲み終えると、もう一言付け加えた。
「でも、今日はすごく楽しかったです!こんなにもつれ込んだバトルをした事なんて無かったんです。本当にワクワクしました。
だから、こいつとの最後の走りがフグタさんとアナゴさんで僕も嬉しかったです!」
ナミノ君は自分のカタナのタンクをポンと叩き爽やかな笑顔でそう言った。
何かをやり遂げたようなスッキリとした笑顔だった。
それに相反してアナゴ君はガックリと肩を落とし斜め下を見ていた・・・。
吸っていたはずのタバコが足元に落ちていた。
アナゴ君が相当にショックを受けているであろう事は、その解かりやすいリアクションで一目瞭然。
さっきまで勝ち名乗りを挙げていた男が、今はこの様子・・・。
これではどちらが勝者か解かったものではない。
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761 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2007/01/16(火) 00:21:45 ID:N/zJlq/W
「いや、ほら、アナゴ君。ナミノ君も一生バイクに乗れなくなったって訳じゃないんだからさ。
そんなに肩を落とすなよ。な?」
僕がそう言ってもアナゴ君は上の空。まるで話にならない。
見かねたようにナミノ君が言った。
「アナゴさん。もう一勝負しませんか?
門限も近いけど、どうせ明日から乗れなくなるんだから構うこっちゃありませんしね」
アナゴ君は驚いて顔を上げると、突然のナミノ君の言葉に一瞬躊躇しながらも答えた。
「お、おう!一勝負といわず、二勝負でも三勝負でも受けて立つぜ!」
フグタ君はどうする?と聞くアナゴ君の顔にはもう笑顔と元気が戻っていた・・・。本当に解りやすいヤツだ。
「いや、僕は今日は調子悪いみたいだから遠慮しとく・・・。カタナ同士で行ってこいよ!」
僕は小さなウソをついた。
そうか!と言ってアナゴ君は持っていた缶コーヒーを僕の足元に置くとすかさず愛車に跨りヘルメットを被った。
そうして、二台のカタナはランデブーしながら保土ヶ谷PAを後にすると、周囲には静寂が。
遠くにカタナの排気音が微かに聞こえていた。
僕は先刻の解りやすいアナゴ君の豹変振りを思い出し一人笑うと、Ninjaの傍らの縁石に腰を下ろし月を眺めた・・・。
そして、やはり先刻の自らの言葉と、今日の自らの走りを振り返った・・・。
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762 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2007/01/16(火) 00:22:34 ID:N/zJlq/W
・・・調子が悪いだって?とんでもないウソだ・・・。
僕は二人を抜き去ろうと思えばそう出来たはずだった。しかも簡単に・・・。
僕は今日、アナゴ君の為に傍観者に徹すると決めていたはずだったのに、あの湧き上がる感情はなんだ?。
誰よりも速く走ってやろうとする想い・・・。人の後ろに甘んじて居たくない想い・・・。そして、それを現実にする死すら忘れたかのような走り・・・。
なんなんだ。あの押し迫るような感情はなんなんだ?僕は・・・僕の心には何が眠っているんだ?。
僕はしばらく夜空に浮かぶ満月を眺めていた・・・。
物言わぬ満月は僕の内なる問い掛けに答える代わりに、
目に痛いほどの黄色い光で僕とNinjaを照らしていた・・・。
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