1-24 マスオ物語 

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363 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/07(月) 23:07:50 ID:UG6mX7rw
【SCENE83】
グレーに濁った東京の夜空。
そこにあるはずの星達は、湿気と排気ガスと人類の業によって作られた汚れたフィルターによってその光を地上に届ける事は無い。
・・・かろうじて、半月だけが輪郭もおぼろげにその姿をビルの合間に浮かべていた。

僕は、もはや硬くなくなった真っ赤な革ジャンに袖を通すと、グローブを装着し何度か拳を握ったり開いたりする。
チョークを引かれたNinjaのアイドリングは高めで安定し、散歩を待ちわびる犬のように「早く行こう」と僕を急かす。

久しぶりの第三京浜・・・。僕の胸は北の大地を走るときのそれとは異なる高鳴りに包まれていた。
僕は裏通りから環八へNinjaを走らせると、心持ちスロットルを大きく開ける。
雄叫びをあげた900ccは、あっという間に周囲の退屈なクルマの列を置き去りにする・・・。

・・・散歩を待ちわびる犬?前言を撤回せねばなるまい。
それはまるで夜の都会に放たれた猟犬・・・。
メーターパネルやタンクに映り、流れてゆく街灯やネオンの光。
陽光のもと、健康的に大地を駆けてゆく姿も良いものだが、『Ninja』と名付けられた我が愛車に最も似合うのは都会の夜なのだと改めて実感する。
その名の如く、忍のように速く静かに夜の東京をNinjaは駆ける。

そのうち、路肩に停まった銀色の鉄馬が見えてくる。
僕の接近に気が付いた銀馬の主は、僕が横を通り過ぎた瞬間にクラッチをミートし環八の流れに滑り込む。
後方から闇をつんざくような4気筒の叫びが一瞬聞こえたかと思うと、バックミラーの中に銀馬のヘッドライトが収まっていた。

・・・アナゴ君は今日も元気だ。
そうだ、彼は1100カタナでの初陣だ。きっと張り切っているだろうな・・・。
そんな事を考えながら、しばし2台でランデブーすると、第三京浜玉川IC入り口が見えて来た。

僕とアナゴ君は、再びスピードの快楽と狂気が支配する闇の世界へと吸い込まれてゆくのだった・・・


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364 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/07(月) 23:09:18 ID:UG6mX7rw
「ハハッ!速いなアナゴ君」

本線上に出るなり前に出たアナゴ君が、第三京浜の高速コーナーを2つ3つほどクリアする後姿を見ながら、僕はヘルメットの中で笑いながら独り言を呟く。
そして、僕もスロットルを大きく開け、カタナのテールに喰い付く。
そう、僕達はここに仲良しこよしのツーリングに来た訳ではないのだ。
もはやバイクに乗るという事が、人生の中の大きな比重を占めていた僕。

愛車を誰よりも乗りこなし、そして速く走るという事にプライドと自我を求めていた僕にとって、やはり同じベクトルを持っていたアナゴ君は良きライバルであり、そして手ごわい強敵でもあった・・・。

しかし、アナゴ君は速い・・・。
750ccから1100ccへの乗り換えとは言え、ほとんど同じ車体を持つカタナ。コーナーリングで、アナゴ君には乗り換えによる違和感やためらいが全く無いようだった。
そして、コーナーを立ち上がれば1100ccのパワーが炸裂し、怒涛の如く加速してゆく。

・・・僕がヨンフォアに乗っていた頃、アナゴ君の速さは圧倒的だった。
大型バイクに乗る雲上人の如き彼は、僕を歯牙にも掛けず、置き去りにし、彼方へ消えていった。
彼の速さは僕の憧れだった。

しかし、僕がNinjaに乗り換えた事で、僕と彼とのパワーバランスは崩れた・・・。
最先端のDOHC水冷16バルブ900ccは、空冷のナナハンマシンのテールを常に射程に置き、場所によってはそれを置き去りにする事だって容易だった。
憧れだった人間とマシンを、スロットル一つで置き去りにする事にためらいが無いわけではなかった。
僕はアナゴ君と同等以上の戦闘力を手に入れた事を、単純に喜べないような複雑な心境だった。


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365 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/07(月) 23:11:45 ID:UG6mX7rw
だが、アナゴ君もまた『本当の力』を手に入れたことで、これまでに無い二人の関係が生まれた。
極限の限界性能や、サーキットなどのクローズドコースであれば、それでもまだNinjaに性能的な分はあるだろう・・・。
だが、ここは公道だ。
限られた、そして目まぐるしく変化する状況の中で900Ninjaと渡り合うに充分の性能を1100カタナとアナゴ君のコンビは兼ね備えていた。

憧れでも、手加減やためらいでもない、もう一つの関係・・・。
対等の『ライバル』としての関係が、僕とアナゴ君の間に出来上がりつつあった・・・。

それでも、極限領域の走りをしていなかった僕達。
夏の夜の超高速クルージングが気持ちよくて堪らなかった。

そんな時、ふとミラーの中に僕らとは異なる別のバイクが侵入している事に気がつく。
しまった!あまりに気持ちのよいクルージングに没頭していて彼の接近を許してしまった!
このヘッドライトは・・・、VF1000R!レッド軍曹だ!

ヴォォォォォン・・・とホンダV4独特のくぐもったエンジン音を引きずりながら、レッドは僕とアナゴ君を追い越し車線から一気に追い抜いてゆく。
彼はスクリーンに深く潜り込みながらも、追い抜きざまにこちらを向き、左手でCome onと僕らを誘う。

彼の超高速の誘惑に誘われるがまま、僕とアナゴ君はスロットルを大きく開けた。
3台はエキゾーストノートとテールランプの赤い光を引きずりながら、真っ暗な高速コーナーに吸い込まれていくのだった。



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415 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/15(火) 00:57:38 ID:led16c2M
【SCENE84】
レッド、アナゴ君、そして僕の3台で心地よく流していたつもりの第三京浜だったが、保土ヶ谷まで数キロのところでアナゴ君が先頭に立つとペースが上がり、そのまま僕は2台のテールランプを眺めながら料金所に滑り込んだ。

「おいっフグタ君!俺はコーヒーな!」

「えぇ!?これ勝負だったの?」

「当たり前だろ!俺の勝ちだぜ!」

「I'd like coke!」

「レッドまで!?」

保土ヶ谷PAで3人の話題に上ったのは、もちろん『ノリスケ』。
僕とアナゴ君は、片言の英語で『ノリスケ』に負けたレッドを茶化したが、彼は恥かしそうにHAHAHAと笑うだけだった。
後にジョージから聞いたことだが、一般車の多かったその日、レッドは『ノリスケ』を深追いしなかったのだそうだ。
・・・どうやら僕が彼に言った「できれば、ここで必要以上に乱暴な運転をしないで欲しい・・・。」 という約束を、一般車両を掻き分けながら走る中で彼は律儀に守り通していたらしいのだ・・・。

そのうちCB1100R鈴木さんが合流し、話は『ノリスケ』から北海道ツーリングの思い出話へ。
レッドも子供の頃、故郷カリフォルニアから父親の運転するハーレーダビッドソンに乗ってグランドキャニオンまで旅をした思い出話を披露し、僕らの楽しい夜は過ぎて行った・・・。



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416 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/15(火) 00:58:30 ID:led16c2M
そんな風に1984年の晩夏は過ぎていった・・・。
秋の気配が近づいても、アナゴ君が待ちわびる『ノリスケ』が姿を現す事は無かった・・・。
彼が第三京浜に現れたのは、気まぐれだったのだろうか・・・。もう来ないのだろうか・・・。
『ノリスケ』。その夏、第三京浜の走り屋の話題を一人さらっていたその名を口にするものも次第に減っていったが、アナゴ君だけはいつまでもいつまでも彼の出現を待ちわびていた・・・。

その頃、アナゴ君が執心していたのは『ノリスケ』だけではなかった。アナゴ君には憧れていたものがあった・・・。
それは『ノリスケ』もまた、背中に背負っていたもの・・・。

ことバイクに乗っている時は、やや自己顕示欲が強くなる傾向にあったアナゴ君は、自らの存在を誇示する「それ」に憧れていた・・・。
「それ」とは、俗に言う『カンバン』。
自らの名前やオリジナルのマークを革ジャンの背中に刺繍する事に、アナゴ君は強い憧れを持っていたのだ。

アナゴ君はとにかく『カンバン』に憧れていた。
レッド達が着ていたアメリカ空軍の刺繍が施されたフライトジャケットの背中を「かっけぇ〜」と言っていつも羨望の眼差しで見ていた。
そのうちアナゴ君は「おい、フグタ君!俺達もおそろいのデザインを刺繍しようぜ!」と僕に誘いを掛けてきたが、 そういったものを恥かしいと感じていた僕は丁重にお断りした。
その後、アナゴ君は鈴木さんにも同様に断られていた・・・。

誰からも相手にされなかった可哀想なアナゴ君は、遂に単独でカンバン作りを実行に移した。
まずはデザインだ・・・。
が、全く絵心が無かった彼はその情熱に反して自らを満足させられるようなデザインを考え付く事が出来なかった。
彼が僕に見せてくれた数点のスケッチは、小学生が描いた絵の如く、それはそれは酷いもので、僕は彼を傷つけないように批評する事で精一杯だった。



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417 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/15(火) 00:59:09 ID:led16c2M
そこで、なんとアナゴ君はそのデザインを「外注」したのだった。
外注といっても、金のかかるプロの手によるものではない。

その発注先とは、なんと僕がヨンフォアを譲った少年。デザイナーを目指していたあの少年だ。
アナゴ君の願いを、少年は喜んで引き受けてくれたそうだ。
プロのデザイナーを目指す彼にとって、無償とはいえ自分の腕を頼りに仕事を任せてくれた人がいることは嬉しかったのだろう・・・。

彼の家に完成したデザインを受け取りに行くアナゴ君に僕は付き合った。
少年の家に着くと、庭先に懐かしきヨンフォアの姿があった。僕の手元にあった時と同じように・・・いや、それ以上にピカピカにされ、可愛がられているようだった。

中減りしたタイヤは、相応の距離をのんびりと少年と共に過ごしている事を物語っていた。
それが僕には単純に嬉しかった・・・。

「お久しぶりです!」

挨拶もそこそこに、彼の部屋に通された僕ら。
そしてアナゴ君は約束のデザインスケッチを受け取った。
アナゴ君が開いたそのスケッチを、僕は彼の肩越しに覗き見た。

「・・・どうでしょうか?僕なりに一生懸命描いたつもりなんですが・・・。」

・・・僕は絶句した。そこに描かれていたデザインは、確かにインパクトたっぷりのものではあった・・・

アナゴ君の最大の特徴である『唇』をメインにあしらったそのデザイン・・・。
上唇には『江戸前』、下唇には『男前』と非常に日本的なメッセージが書かれ、その唇の下には中世ヨーロッパの紋章のヘビやドラゴンのように絡み合う二匹の『穴子』が・・・。
その・・・。何と言って良いのやら・・・。これを背負って走るのか・・・?
しかし、依頼主であるアナゴ君はしばしこのデザインをじっくりと見ていたかと思うと嬉しそうに言った。

「スゲェ!カッコいいよ!やっぱりキミに頼んでよかったぜ!!」

・・・いいのか?アナゴ君、本当にいいのか?


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418 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/15(火) 01:00:00 ID:led16c2M
その後、少年と共にショートツーリングに出た僕ら。
デザイン料として、少年のガソリン代と昼飯代はアナゴ君のおごりだ。
ヨンフォアを手に入れたその日、奥多摩で僕らに見せた堅実な走りはそのままに、さらに安心感を増した少年の走り。
少年とヨンフォアが、完全に一つの関係として力強く結びついているその姿を僕は嬉しく見守るのだった・・・。

夕方、少年と別れると鮒田食堂で腹ごなしをした後、毎度ながらの第三京浜へ。
北海道からの帰京後初日は、気を緩めていたせいでアナゴ君とレッドに御馳走する羽目になってしまったが、その後の僕は非常に調子が良く、連戦連勝。
アナゴ君や、たまに一緒に走るレッドだけは最後まで僕を手こずらせてくれるのだが、他のバイクやクルマの走り屋の中には、僕に追いすがってくるものなど居なかった。
第三京浜の常連組で、赤い革ジャンのNinjaを知らぬ者は居ないほどだった・・・。

その夜も僕とアナゴ君は、第三京浜を別次元の速さで他の車両の流れを切り裂いてゆく・・・。
すると前方に白煙を噴出しながら走るマッハと、その先を行くZ1000が見えた。リチャードとジョージだ。
ジョージの奴は近頃、僕に対抗意識を見せて挑んでくる。
同じカワサキ4気筒に乗るものとして、どうも僕に対しての拘りがあるらしい・・・。

僕とアナゴ君は、160km/hほどでクルージング中のマッハとZ1000を左手で挨拶を送りながらかなりの速度差で追い抜いた。
バックミラーを見ると案の定、Z1000Rのジョージが僕らに追いすがろうとカウルに深く潜り込み再加速している様子が伺えた。

何度やっても同じさ・・・と、心の中で呟きながら僕はスロットルをさらに大きく開ける。
Ninjaとカタナ、そして少し遅れてZ1000Rは暗闇の超高速コーナーを暴力的なエキゾーストノートに反し、美しくシンクロしながら駆け抜けてゆく・・・。

楽しい・・・。楽しくて仕方が無い・・・。
仲間達と交わす束の間のバイク乗りだけが解す言葉無き会話・・・。
僕は第三京浜の注目株になっていることなどどうでも良かった・・・。
この心躍る時間を過ごすためだけに、深夜の超高速ライディングに身を沈めにこの場所へやって来ているのだ・・・。


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419 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/15(火) 01:00:52 ID:led16c2M
・・そして今日も僕の勝ち。保土ヶ谷PAには鈴木さんと今ついたばかりのレッドが談笑していた。
僕は戦利品のコーヒーを飲みながら悔しがるアナゴ君とジョージと会話をしていた。

「最近のフグタ君、調子いいよなぁ・・・。チキショウ!」

「Ninja Boy速いネ・・・。まるでスピードのデビルみたいネ。」

そんな会話を聞いていた鈴木さんが、ふと何かを思いついたように一人笑いながらキョロキョロと辺りを見回す。
足元に落ちていた指先ほどの小石を拾い上げ、それをやはり足元のアスファルトに擦り付けるように何か文字を書き出した。

「魔・・・・・・棲・・・・・・雄っと」

そこには3つの漢字で『魔 棲 雄』と書かれていた・・・。鈴木さんが言った。

「どうだい、フグタ君?魔の速度域に棲む男・・・。スピードの悪魔・・・。
その名も魔棲雄!アナゴ君みたいにこいつを背中に背負って走ればいいんじゃないか?」

僕が『カンバン』のようなものを恥かしがっているのを承知で、鈴木さんはふざけてからかう様にそう言った。

「おぉ!フグタ君、これ、背中に刺繍しろよ!カッコいいぜっ、絶対!」

「えぇ〜?ちょっと、勘弁してくださいよ〜!」

1984年の秋。その後、都市伝説の如く語り継がれる事となるライダーの名が生まれた瞬間だった・・・。
もちろん、当時の僕にはその名を背に走るつもりなど無かった・・・。
しかし、この名が哀しきエピソードと共に僕の背に縫い付けられるのは、そう遠い先の話では無かった・・・。



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443 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/18(金) 01:08:34 ID:UA7ZQoG/
【SCENE85】
かくして、上野で新調した真新しい革ジャンをわざわざ横浜の刺繍屋まで持ち込んだアナゴ君。
その完成した革ジャンをお披露目したのは10月半ば頃のことだった。

「What is this? Is this a doughnut?」

「あぁ!?唇だよ!リップ、リップ!! 俺の最大のチャームポイントの唇に決まってんだろ!」

「It's Lip? HAHAHAHAHAHA !!」

アナゴ君はいたって真剣なのだが、保土ヶ谷PAの一角は笑いに包まれていた。
それもそうだろう・・・。彼の革ジャンの背中と、左の肩口には『唇』と二匹の『穴子』があしらってあるのだから・・・。
見るものにインパクトを与えるという意味で言えば、そのデザインは確かにカンバンとしての仕事を大いに果たしているに違いなかったが、それにしてもコミカルにもほどがある。
彼の後ろを走っていると、自然に笑みがこぼれてしまうのだ。

しかし、彼の『唇マーク』が単なるお笑いで終わらないところが、アナゴ君の真髄でもあった・・・。
僕や鈴木さん、レッドなど一部の人間を除いて、ここ第三京浜においてその『唇マーク』を追い回せるライダーなど存在しなかったのだ・・・。

ほとんどのライダーは、超高速でコーナーを駆け抜け、闇に溶けこむように遠ざかってゆく唇マークをただ見送るしか無かった・・・。
1100カタナに乗り換え、そしてシンボリックなカンバンを背負ったアナゴ君もまた僕と同様に、第三京浜の注目株にのし上がっていったのである・・・。



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444 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/18(金) 01:09:45 ID:UA7ZQoG/
その夜、バイトからの帰り道。僕は一人で都内を走っていた。
今日も良く働いた・・・。労働の心地良い疲れ・・・。
すっかり涼しくなった秋の夜風を受けNinjaと共に走る東京の夜。

世田谷区を抜け、東横線に掛かる陸橋を渡る時、やや高くなった視界のお陰で都心方面の夜景が見えた。
その時、僕はふと彼女・・・タイコさんの事を思い出した・・・。
東京に住み、都内の大学に通っている彼女・・・。
この星屑のように煌めく東京の夜景のどこかに彼女は居るのだろうか・・・。

そんな感傷的な気持ちで、ふとNinjaのキーにぶら下がるニポポ人形に目を移したその瞬間、エンジンがバラバラと咽び出した。

あぁ、ガソリンを入れないとな・・・。
僕は燃料コックをリザーブに切り替え走り続けると、手近なガソリンスタンドにNinjaを滑り込ませた。
バイクの先客が居た。GSX1100Sカタナだ。店員が給油中だったが、バイクの主は居なかった。
アナゴ君ではない。アナゴ君が欲しい欲しいと言っているヨシムラ菅を装着していた。

僕が給油をしている時、スタンドのトイレからカタナの主が戻ってきた。
革ジャンを左手に引っ掛け、カタナに向かって歩いてくるその中肉中背の丸顔のライダーに僕は見覚えがあった・・・。
彼は誰だっただろう・・・。
一寸考えると、自動二輪限定解除試験合格の喜ばしい思い出と一緒にその丸顔が記憶から蘇ってきた。
そう・・・、僕と共に限定解除に合格した・・・え〜と・・・そうだ!ナミノ君だ!

「お〜い!」
僕は財布からガソリン代を払おうとしている彼に大声で呼び掛け手を振った。
ナミノ君は怪訝な表情をしていたが、ヘルメットを脱いだ僕の顔を見ると、やはり僕と同じように一瞬の間を置いて思い出したように笑顔で応えてきた。

「あぁ!免許センターの時の!」




445 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/18(金) 01:10:53 ID:UA7ZQoG/
僕らはスタンドの片隅で立ち話をしていた。
「Ninjaかぁ・・・。また凄いの買いましたね!」

「いやぁ、ローンだし・・・。それにまだまだ全然乗りこなせてなくて・・・」

「またまたぁ!そんな事言っちゃって!そんな気合の入った真っ赤な革ジャン着てるクセに!」

数ヶ月ぶりに出会った彼は、免許センターの時と同じように人懐っこい男だった。
僕達はバイク談義に花を咲かせた。
このNinjaで行った北海道ツーリングの話や、友人にもカタナ一筋の男が居る事など話は尽きる事は無かった。が、僕には彼が免許センターで出会った時より少々口数が少なく元気も無いように思えた。
その理由はすぐに解った。

「どうだい?ナミノ君も僕らと一緒に走らないかい?」

「・・・・・・。」

僕やアナゴ君と同じ地方出身者の彼が、もしかしたら一人で走っているのかと思い仲間に引き込もうとそう誘いを掛けたのだが彼は寂しそうな笑みを浮かべ足元を見つめているのだった・・・。



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446 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/18(金) 01:11:44 ID:UA7ZQoG/
「どうかしたのかい?」

「いえね・・・。僕・・・バイクを降りなきゃいけなくなっちゃったんですよ・・・。」

「えっ!?」

「免許センターで言いましたよね?僕、東京の伯父の家に居候してるって。
伯父さん厳しくて・・・危ないからバイクには乗るなっていうのが居候の条件だったんですけど・・・」

彼がとんでもない速度違反で過去に免許取り消しになっている事は、親戚の間でも有名な事実。いわば彼は『前科者』なのだ。

甥っ子を預かっている以上、伯父はそんな彼のやんちゃな一面を酷く心配しているのだそうだ・・・。
それでもバイクの魅力には抗いきれず、伯父とそのような約束をした事を親にも内緒にしたまま夏休みに愛車を博多から東京へ持ってきたのだそうだ。
愛車は友人のアパートに置かせてもらい秘密のバイク生活を送っていたそうだが、伯父の娘・・・ナミノ君にとっては従姉妹の誇る町内情報網に呆気なく引っ掛かってしまい、黙ってバイクに乗っていた事が伯父の知るところとなってしまったそうだ。

伯父は激怒し、田舎の母親もまた激怒し、もはやバイクに乗り続けられる状況では無くなってしまったのだそうだ・・・。

「バイクをどうするかはまだ決めて無いんですけどね・・・。田舎に戻すか、売っちゃうか・・・。
ま、いずれにしても東京でバイクに乗る事はないですよ」

彼は自嘲気味に笑った・・・。
僕もまた、寂しかった。
仲間になれたかも知れない男が、今まさにバイクから降りる事を余儀なくされているのだ・・・。

「明日、一日だけ猶予を貰ってるんです、バイクに乗ってもいいって。
だから朝から一日ひとっ走りしてこようかなって思ってガソリンを入れに来たんですよ。」

「そっか・・・」

「イヤだなぁ!フグタさんがそんな顔しないで下さいよ!
一生バイクに乗れなくなった訳じゃないんですから!」



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447 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/08/18(金) 01:13:10 ID:UA7ZQoG/
「明日は朝から伊豆のほうを一回りして、夜に東京に戻ってきたら第三京浜をかっ飛ばして走り納めにしようと思ってるんです。
知ってます?第三京浜。一度しか行ったこと無いんだけど、あそこはいいですよ〜。思う存分飛ばせますよ」

第三京浜の話が出ては常連組みとしては黙って居られない。
僕はその話に乗り掛けたが、突然ナミノ君は腕時計に目をやると驚いたように言った。

「いけねっ!門限だ!伯父さん、門限にも厳しいんですよ。破ったら明日のツーリングどころじゃないよ!」
彼はそう言うと、カタナに飛び乗り、急いでジャケットを着込み、ヘルメットを被りながら言った。

「じゃあ、僕はこれで失礼します!フグタさんは気をつけてバイクに乗り続けて下さいね!」

僕の言葉を待たず、カタナは発進した。・・・相変わらずマイペースなヤツだ・・・。
そしてその時、初めて革ジャンを着た彼の後姿を見た・・・。

   『ノリスケ』

そこには何と、僕とそしてアナゴ君が追い求めていた敵の名があったのだ!

「ま・・・待ってくれ!」
そんな僕の呼び掛けを掻き消すように、ヨシムラの咆哮が鳴り響いたかと思うと、車道に躍り出た彼は世田谷方面へ向かって走り去って行った・・・。

「ナミノくん・・・キミは・・・」
僕は小さくなってゆくカタナの赤いテールランプを、ただ立ち尽くして見送るだけだった・・・。


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