1-22 マスオ物語
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695 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/07/06(木) 23:53:18 ID:NKd8CIe+
【SCENE79】
開陽台を後にした僕は、摩周湖と逆方向の東へ向かった。
それは当初の予定通りの旅程ではなかった・・・。
それはただ、彼女と二人で走った楽しい思い出の生々しく残る道を、一人ぼっちで走りたくなかったからだ・・・。
一昨日とはうって変わった、物言わぬ無機質なツーリングバッグを載せたタンデムシートを、僕は振り返ることなく、
淡々とNinjaを東方面へと進めるのだった・・・。
僕は苛ついていた・・・。その苛つきの原因を、いまさら説明するつもりは無い。
もちろん、苛つきの矛先は自分自身・・・。
その負の感情は、右手で握るスロットルに直接伝えられる・・・。
当時最速の900ccは、ここがその速度を出すに値する場所であるのかという事を全く意に介さず、主人の命令通りに後輪を回す・・・。
いくら直線道路の快適な北海道とはいえ、そしていくら早朝とはいえ、とても一般道で出すに相応しくない速度でNinjaは矢の如く突き進む・・・。
メーターの針は上昇を止めない・・・。深く潜り込んだ目の前のスクリーン上で、可哀想な甲虫は無残にも乾いた小さな音とともに粉砕され、僅かな体液のみをそこに残す・・・。
原野の静寂を突き破るような突然の爆音に、路肩から小鳥が飛び出し道路上を横断しようとしては、猛烈な勢いで迫る二輪車の影に驚き、逆方向へ翻っていく・・・。
通常の速度であれば、なんら気に留めることの無い路面のうねりは、ジャンプ台の如くNinjaを空に舞わせる。
路面から前後のタイヤが離れている事を認識しつつも、僕はスロットルを戻す事をしなかった・・・。
その速度が何キロだったのかは想像にお任せしたい。
とても一般道で出す速度ではない。愚かな行為だ・・・。
・・・しかし、快感を伴って第三京浜を駆け抜けている時のような心持ちにはどうしてもなれなかった・・・。
それどころか、速度が上昇するにつれて苛つきばかりが増幅するように思えた・・・。空しかった・・・。
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696 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/07/06(木) 23:54:14 ID:NKd8CIe+
国立公園にも指定された深い原生林の残る、日本最後の秘境「知床」に僕はやってきた・・・。
開陽台を出発してから僕は走りづめだった・・・。停まりたくなかった・・・。
寂しげな羅臼の漁村を、僕はあえて無視をするように通過した・・・。
スピードで癒されなかった心を、代わりにコーナーリングで慰めようとするが如く、僕は知床横断道路を攻め始めた・・・。
北海道では珍しいタイトコーナーが次々と迫る知床横断道。僕は彼女の面影を振り払うかのようにコーナーへ突っ込んでいく・・・。
しかし、ライディングは思うに任せなかった・・・。
・・・ダメだ。リズムが全く掴めない・・・。体が硬く重い・・・。バイクを寝かせられない・・・。
立ち上がりでは不本意なコーナーリングへの焦りからスロットルを早く開けすぎてしまい、コーナー出口でNinjaはアウトに膨らむ。
完全にライディングが破綻していた・・・。
長閑な北海道の直線路に慣れ過ぎてしまったためか、それとも他に僕の集中力を妨げる要因があるのか・・・。
・・・おそらく後者であろう事は解っていた・・・。
何故、ライディングとはこれほどまでも如実に精神状態を反映するのだろうか・・・。
結局僕はただの一度も満足のいくコーナーリングが出来ないまま、峠の展望駐車場へ辿り着いた。
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698 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/07/06(木) 23:54:55 ID:NKd8CIe+
・・・ざわめく心に耐え切れなくなった僕は、そこでバイクを停めた・・・。
エンジンを切ると、静寂が周囲を包んだ・・・。
僕は言い知れぬ寂しさに支配されていた・・・。
今、ここに一人で居る事が不安であり、また心苦しかった・・・。
上京してバイクと出会うまでは、一人で居る事が当たり前だった僕・・・。
いや、どちらかと言えば人間関係を疎ましく思っていたふしもあった僕にとって、一人のほうがむしろ快適でもあった・・・。
・・・それなのに、今の僕に押し寄せるこの孤独感は一体なんなのだろう・・・。無性に寂しかった・・・。
Ninjaに跨ったまま、ヘルメットを脱ぐと溜め息のような深呼吸をした・・・。
ふと、アナゴ君の顔が思い浮かんだ・・・。
この一年あまり、いつも一緒だった悪友は今頃どうしているだろうか・・・。
鈴木さんやレッド達や第三京浜の常連組み・・・、イナダのオヤジさんや鮒田の親父とおばさん・・・、学校の友人・・・様々な人たちの顔を思い出した・・・。
・・・そして最後に、数時間前別れたばかりの彼女の笑顔が心に浮かんだ・・・。
僕は、人との出会いによって本当の孤独の意味を噛み締めていた・・・。
それは、一人ぼっちで生きていた頃には到底気が付く事も無かった心境だった・・・。
知床半島西側の付け根にある漁村、ウトロで僕はその日の走りを停めた・・・。
まだまだ早い時間帯だったが、その日はもうそれ以上走りたくなかった・・・。
ほとんど誰も居ないキャンプ場で、僕は一人きりで過ごした・・・。
テントの中で昼寝をしようと目を閉じても、彼女の笑顔が浮かぶ・・・。
僕はNinjaのキーにぶら下がったニポポ人形を眺め溜息をついた・・・。
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699 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/07/06(木) 23:55:48 ID:NKd8CIe+
その夜、僕は街角の公衆電話から鈴木さんに電話を掛けた。
アナゴ君の北海道行きが駄目になる以前から、鈴木さんとはお盆休みに北海道で合流する事で話が進んでいた。
数日後に迫った合流に向けての最終確認の為の連絡と言えば聞こえはいいが、とにかく僕は誰かと会話をしたかったのかも知れない・・・。
「よう!フグタ君、元気でやってるかい?今、どこに居るんだい?」
鈴木さんと最後に会ってから、それほど時間は経っていないというのに、何故か無性にその声が懐かしく感じた・・・。
電話口の向こうから、電車や踏切の音という東京の喧騒が聞こえ、それすらも懐かしく思えた・・・。
数枚の100円玉が無くなるまで、僕は鈴木さんとの会話に興じていたが、ふと僕はアナゴ君の事を思い出した。
今、アナゴ君はどうしているのかを僕は鈴木さんに質問した。
「え?アナゴ君かい?」
鈴木さんがそう言ったところで、通話残時間の少ないことを報せるブザー音が鳴った。
「そうだなぁ・・・。僕がそっちに行ってからのお楽しみだな!」
どういうことですか?と聞き返そうとしたところで、電話は切れた・・・。
鈴木さんの口調が、何か含みを持ったように聞こえたのが気掛かりだった・・・。
・・・アナゴ君はどうしたというのか・・・。そう考えながらシュラフに潜り込んだはずの僕だったが、眠りに付く直前に脳裏を支配していたのは、やはり彼女の笑顔だった・・・。
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839 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/07/11(火) 23:35:02 ID:kjB4ejYB
【SCENE80】
鈴木さんと合流をする約束をした日までの数日間、僕は幾人かの人達に出会った。
とあるキャンプ場でテントを張ろうとしていると、先客のライダーが近づいて来た。一見人あたりの良さそうな彼は、キャンプ場の片隅の一張りのテントを指差して言う。
「ここでキャンプするなら、あの人に挨拶しておいた方がいいよ」
・・・噂には聞いていたが、『主』とその取り巻きという奴だろう。
僕は半ばワザと彼に聞こえるような大きな溜息をつくと「アホちゃうか?」と呟いて張りかけのテントを片付けて、そのキャンプ場をあとにした。
・・・彼らは何を求め、この北の大地にやってきたのだろうか?
思うがままに走り、腹が減ったら飯を喰い、呑み、眠る・・・。そして翌朝には未だ見ぬ地を求めまた走り出す・・・。
バイク旅の醍醐味とは、その自由気ままさにあると断言する。
極めて機動性に優れた、小さく、それでいて長距離の移動を可能にするパワフルな乗り物と、最小限の荷物がもたらす、精神を解き放つかのような開放感。決して逃れる事の出来ない日常生活の中で、それでも束の間のそれを求めて僕らは愛車に跨り走り出すのだ。
それがどうだ。そのキャンプ場で見た愚かな彼らは、この無限にも続くような大地と大空の下で、そんな無粋な振る舞いに興じているのだ。正直、付き合いきれない。おそらくアナゴ君がこの場に居たら一悶着になっていた事だろう。
僕の放った一言に驚いて間抜けな顔をして突っ立ている『主』の腰巾着を、振り返りもせず僕は別のキャンプ場へと向かった・・・。
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840 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/07/11(火) 23:36:10 ID:kjB4ejYB
雨の夕方。雨宿りがてら夕食をとる為に入った、とある集落の名も無き食堂。
お婆さんが一人で営むその食堂には、僕以外の客は居なかった。学生さんかい?どこから来たのさ?内地は暑いっしょ、と次々と質問を浴びせかけてくるが、その皺だらけの顔の優しい瞳は決して鬱陶しい訳ではない。
きっと久方振りの話し相手が出来て嬉しいのだろう。僕は一つ一つの質問に丁寧に答える。
そのうち、お婆さんは開拓時代の北海道の話を聞かせてくれた・・・。
お父さんは本州から屯田兵として入植して来たこと・・・。何も無い森を開拓する為、必死に働いたこと・・・。地獄のような冬のこと・・・。気まぐれな天気に翻弄された夏のこと・・・。
僕は驚いた。北海道の原風景の如く、当然のように目の前に地平線に届かんばかりに存在する緑の丘が、実は開拓民が手作業で森の木を一本一本、根から掘り起こし、土を耕した結果なのだと言う事を。・・・気が遠くなる思いがした。
降り止まない雨音を聞き、お婆さんは泊まっていきなさいと食堂の座敷を一晩の宿に貸してくれた。その後も、僕の知らなかった北海道の貴重な話の数々を聞き、僕は少しだけこの大地の事が解ったような気がした・・・。
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841 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/07/11(火) 23:37:45 ID:kjB4ejYB
美瑛の丘を走りながら僕は、もの思いに耽っていた。
東京を発ってからそれほどの日数は経っていないはずだが、様々な人に出会ったような気がする・・・。
僕の北海道行きを羨ましがっていたカブに乗った酒屋のおじさん。雨の中、会話を交わした東京へ帰るライダー。
青森港で一晩を飲み明かした名も知らぬライダー達。NS250Rを駆る謎の高校生。すぐに排気量を尋ねてくるおじさん達。
悪質運転のドライバー。「気楽に行こうぜ」と僕をたしなめたインディアン乗り。キャンプ場の主と腰巾着。優しいお婆さん。
・・・そして、初恋の彼女・・・。
良い人・・・、好まざる人・・・、愛しき人・・・。一人旅だったからこそ訪れたであろう出会いの数々・・・。
・・・そして、僕は果たしてそんな出会いを通じて成長する事が出来たのだろうか?
「北海道はひとりで行くもんだ」
僕は、ふとアナゴ君やイナダのオヤジさんが言っていた事の意味が理解出来たような気がした・・。
その日、富良野のキャンプ場が僕と鈴木さんのランデブーポイントだった。今日の昼頃に函館に上陸したはずの鈴木さん。
彼も今頃、富良野を目指して走っている頃だろう。時間的に僕のほうが早く着くだろうか?
僕は約束のキャンプ場に到着した。数台のバイクの中にCB1100Rの姿は無い。僕はテントを設営し、芝生の上にゴロリと横になった。
陽は傾きかけていた。連日の走行の疲れからか、僕は暮れゆく空を仰ぎながらウトウトとし始めていた・・・。
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843 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/07/11(火) 23:39:13 ID:kjB4ejYB
どのくらい経っただろう・・・。僕の耳が聞き慣れた音を捉えた。行儀良く調律されたホンダらしい空冷4気筒サウンド。
間違いない!鈴木さんだ!
とたんに目が覚めた僕は、その場に立ち上がる。音はすれども姿はまだ見えない。それでもその音は確実に近づいてくる。
ん?2台か?別のバイクの音が混ざって聞こえる。鈴木さんではないのだろうか?ホンダサウンドに混ざって聞こえる官能的でパワフルなこの音は一体?
ほどなくして、道道からキャンプ場へ一台のバイクが入ってきた。赤と白の鮮やかなカウリング。やはりCB1100Rだ!
僕は鈴木さんに向かって大きく手を振ろうとした・・・その時だ。
CB1100Rに続いてもう一台、バイクがキャンプ場に入ってきた。シルバーのカウルに夕陽が反射した・・・。
・・・見間違えるはずもない。唯一無二のその造形・・・。数々のライダーを虜にしてきたその強烈なオーラを纏った
そのバイクの名は・・・。SUZUKI GSX KATANA。
そして、同時にそのカタナに乗るライダーが誰であるかと言う事も、見間違えようはずが無かった・・・。
その美しきバイクに跨るは・・・我が最高の友、アナゴ君に違いなかった・・・。
2台のバイクは僕の目の前に停車する。
「いよぉ、フグタ君、久しぶり!」
バイザーを上げながら、一言目をそう切り出した我が友の股下にあるカタナの心臓は、明らかに1100ccだった・・・。
呆然とする僕の顔に堪えきれなくなったのか、鈴木さんは肩を震わせ笑っていた・・・。