1-19 マスオ物語 

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858 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/30(火) 22:42:12 ID:HBCRFc7w
【SCENE66】
朝もや煙る午前6時前・・・。
遠くに始発電車の音を聞きながら、僕はこの先1ヶ月の僕の全ての荷物を入れたバッグを愛車Ninjaのリアシートに括り付けていた。

パッキングももう手馴れたもの。去年、ヨンフォアのリアシートと格闘したのが懐かしい・・・。
頼もしき愛車と、少しの荷物・・・。これで充分。これさえあれば何処へだって行ける。
心を解き放つには、余計なものは少ないほうがいい。

僕は部屋に戻り、身支度を整える。日常をそぎ落とすかのように髭をそる。
冷たい水で顔を洗うと、頭はスッキリとしこれから始まるしばしの非日常へ、モードが切り替わる。

昨日買ったばかりの真っ赤な革ジャンに袖を通す。真新しい革の香りが鼻を刺す・・・。
まだ硬く体に馴染んでいないその革も、旅が終わる頃にはすっかり僕仕様になっていることだろう。そう考えると
ますますまだ見ぬ旅路への期待は膨らみ、心は躍る。

ブーツを履き、玄関を出る。
そして僕は居心地良く、そしてちょっぴり退屈な日常に、しばしの間カチャリと鍵を掛けた。

日常に鍵を掛けると、次は非日常への扉を開く番だ。
僕はNinjaのキーを回す。メーターパネルの照明が一斉に点灯し、Ninjaはその無機質なボディに命を宿す。

セルモーターによって心臓に火が入る。
これから数千キロにも及ぶであろう道程に自らと僕を運ぶ、強大なエネルギーを産み出す900ccは、早朝の鮮烈な空気を吸い込み静かに、だが力強く呼吸を始める・・・。


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859 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/30(火) 22:45:03 ID:HBCRFc7w
暖機運転をしながら、僕はやはり買ったばかりの純白のヘルメットを装着する。
これまで被ってきた内装のへたったヘルメットと比べると、アライ製ヘルメットのフィット感の強さも手伝って、少し強めに僕の頭部を覆う。
やはり新しいヘルメットはいいものだ。気持ちが引き締まる・・・。

Ninjaもそろそろいい頃だろう。僕は暖まった愛車に跨ると、日常に一瞥をくれるように後方確認をし、裏通りへ滑り出した。
見送りは誰も居ない。後ろ髪を引かれない為に、それは大切な事だ。

アナゴ君はまだ寝ている頃だろうか・・・。
彼が一緒ではないのは残念だが、僕の行く手にはおそらく一人旅だからこそ訪れるであろう様々なドラマが確実に待ち受けている事だろう・・・。


少しの間だが、さらば東京。この先出会うであろう名も顔も知らぬ人々は、今頃何処を走っているのだろうか・・・。
そんな事を夢想しながら、表通りに出た僕とNinjaは早朝のビルの間を、北へ向かい滑らかに加速して行った・・・。


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899 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/06/01(木) 23:15:32 ID:0ZMk94NS
【SCENE67】
昨年は、青森までアナゴ君と共に一気走りをした国道4号線。
今年は2日ほど掛けて走ろうと思っていた。

時間ならたくさんある。北海道までとは言わないまでも、やはり遠くてなかなか訪れる事の出来ない北東北も、じっくりと回っておきたかった。

快晴だ。旅の初日にはうってつけ。いい日旅立ちとは、よく言ったものだ。
春日部あたりで巻き込まれた通勤渋滞も、午前9時を過ぎると茨城県の田園風景の中を単調なライディング。
当時、進められていた関東圏を南北に縦断する新国道4号バイパス整備事業によって、道は断続的に快適な片側2車線路となったり市街地を抜ける狭い旧道に切り替わったりする。

それでも長閑な田園風景や、雄大な筑波山と遠くに霞む那須連山を眺めながら走っていると、早くも心は旅モード。
着実に北へ向かっているという実感が湧いてくる。
去年の深夜走行も、その特異な体験ゆえに思い出深い。が、やはり景色を拝みながらのライディングはいいものだ。

小山近辺の赤信号で、ビールケースを積んだスーパーカブが並んだ。
50代くらいであろうか、半ヘルの中年男性だった。
「おっ!Ninjaだね。お兄ちゃん、スゴイの乗ってるねー!」

カブに乗った栃木訛りの中年男性の口から『Ninja』という言葉が出てきた事に、やや不意をつかれ返答に苦慮して
いると、そのおじさんはさらに質問をしてきた。

「すごい荷物だね!北海道にでもいくんけ?」
「そうです。今朝、出発したばかりなんですよ。」
「いいなぁ。俺もCB750FOUR持っててよ、北海道には何回か行ったぞ!やっぱりあそこは最高だんべ!」

人は見かけによらないものだ。一見して、酒屋のオヤジにしか見えない彼も大排気量バイクに乗る一面を持っていた
ことに驚く。そして、信号が青になる数十秒間に、短いバイク談義に花を咲かした。

「気をつけて!楽しんできなよ!」
スーパーカブは交差点を左折し、裏路地に消えていった・・・。
・・・やはり、バイクとはいいものだ・・・。世代も社会的立場も関係なく、数秒で打ち解けあう事が出来る不思議な感情を仲介する最高の乗り物だ・・・。
僕は気分良くスロットルを開けた。Ninjaもまた、ごきげんなビートを響かせ加速してゆくのだった。


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900 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/06/01(木) 23:16:36 ID:0ZMk94NS
少し頭が痛い・・・。新しいヘルメットのせいだ。僕は宇都宮近辺で休憩を取った。
まだコンビニが少なかった時代・・・。田舎ならなおさらだ。僕は小さな商店の店先で今朝出発してから始めてヘルメットを
脱いだ。おばあさんが店番する商店で、アンパンと缶コーヒーを買い、しばしの休憩。

UCCオリジナルコーヒーを飲みながら、ふと気がつく。そうだ、ここは去年のアナゴ君との深夜強行軍で、東京を出発して
初めて休憩した場所だ・・・。何の気なしに停まったのだが、偶然とは面白いものだ。
午前10時を過ぎていた。アナゴ君はもう起きた頃だろうか・・・?ふいに心ならずも旅立つ事が出来なかった友の顔を思い出した・・・。

その後も北上を続けた僕だったが、その日はずっと頭痛に悩まされた・・・。文字通り、頭が締め付けられるように痛む。
ひと時、頭痛から開放される為に休憩を多くとるため、なかなか先に進む事が出来ない。
それでも、安達太良や磐梯の雄大な山並みを眺めながら走っていると、しばし苦痛は忘れる事ができた・・・。

その日は、仙台まで行きたかったが、頭痛が酷いので早めにビバークする事にした。
阿武隈川に面した小さな公園の東屋脇に一晩の宿を借りた・・・。
カップラーメンを作るお湯を沸かしながら、まだ僅かに紫色の残る西の空を眺めていた・・・。
東京は南に遥か遠く・・・。しかし、北海道もまた北に遥か遠く・・・。僕の旅は始まったばかりだ・・・。

三日月はうっすらと傘をかぶっていた。明日は雨だろうか・・・。青森までつけるだろうか・・・。明日は頭痛に悩まされなければいいな・・・。
そんな事を考えながら、テントの中で疲れた体を横たえた・・・。
時折、近くを通る暴走族の爆音に怯えつつ僕は眠りに着いていった・・・。


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937 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/06/03(土) 16:45:49 ID:KMwiz/i+
【SCENE68】
フライシートを叩く雨音で目を覚ます。旅の二日目は夏の強い雨で始まった・・・。
カッパを着こんでテント撤収。雨で濡れたテントの撤収ほど憂鬱なものは無い。

濡れて思うように畳めないテントを撤収し終えた頃には、自らの汗でカッパの中もぐしょ濡れになっていた・・・。
Ninjaに跨り走り出すと、グローブもすぐに水を吸って重くなる。赤信号で停まるたびに拳を握り締めると、その度に大量の雨水が滴り落ちた。

朝からこれでは正直辛い・・・。故郷の言葉で言うならば「えらいしんどい」と言ったところだ。目指す北の大陸はまだまだ先だというのに、既に僕の心は折れ気味になっていた。

いくら限定解除に成功して、Ninjaという当時の最速レベルのマシンに乗っていたとしても、第三京浜で注目の新人株だったとしても、バイクに乗り始めて一年そこそこの当時の僕は、まだまだライダーとして未熟だった・・・。
ツーリストの魂は、悪天候の時にその本当の姿が顕になる・・・。それがソロであればなおさらだ。
アナゴ君と一緒であれば笑い飛ばしていたり、あるいは弱音を見せることをお互いに牽制しあったりすることで簡単に乗り越えられるであろう辛い出来事も、その時の僕にとっては苦行難行の如く感じられていた。

雨はますます強くなる。およそ80km/h以上であれば風圧で勝手に飛んでいくシールドに付いた水滴も一般道である以上、常にそのような理想的な状況に置かれているとは限らない。頻繁にシールドを手で拭う。
対向車線の大型トラックが跳ね上げた、水たまりからの強烈な水しぶきは首筋などの僅かに皮膚が露出した部分に突き刺さり、同時に視界は数秒間閉ざされる。痛いやら怖いやら・・・。

神経をすり減らすライディングは肉体をも疲弊させるのだが、ヘルメットやらグローブやらを取り外したりする行為すら面倒くさい為、休憩も取る気にならない。だから、なおさら疲労が蓄積する・・・。

昨日、あれほど僕を苦しめたヘルメットによる頭痛が、すっかり治まっていた事だけが救いだった。僕は唯ひたすら無我の境地で国道4号線をひた走るしか術は無かった・・・。


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938 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/06/03(土) 16:46:36 ID:KMwiz/i+
岩手に入った。雨に煙る北上川を右手に見ながらのライディング。
いよいよ疲れ果てた僕は、昼食を兼ねて休憩を取る為に小さなドライブインにバイクを入れた。

先客が居た。荷物満載、関東ナンバーのホークU。
これから北海道へ向かうのだろうか?それにしてはバイクの汚れや荷物の草臥れ方に違和感があった。
カッパを脱いでいるとホークUの主人がドライブインから姿を現した。
僕と同じくらいの年頃。学生ライダーだろうか?
そして当然の如く始まる会話・・・。

「こんにちは。これから北海道に行くんですか?」

「いや、北海道からの帰りだよ。7月の初めから行ってたんだけど金がなくなっちまってさ」

見知らぬ相手と会話をする。しかもこちらから話し掛けるなど、少し前の僕であれば全く考えられなかった事だが、
バイクに乗り始めてからというもの、もはや何のためらいも無くそれが出来るようになっている僕が居た・・・。
当時の僕はそんな意識など無かったが、明らかにバイクに乗り始めてから人間的に成長している僕がいた・・・。

その彼から、新鮮な北海道の情報を幾つか仕入れる事が出来た。
中でも地球が丸く見えるかの如く展望が広がり、夜には満天の星空を眺めながらキャンプが出来る開陽台の情報は僕の心を掴んだ。
雨によって折れかかっていた心が、現金にも再び夢の大地に思いを馳せることで立ち直っていた・・・。

「このまま北上すれば雨はじきに止むと思うぜ。岩手山あたりは晴れだったからな」
それもまた、嬉しい情報だった。朝から僕を苦しめていた雨がそろそろ止むという確度の高い情報に、僕は俄然ヤル気が出てきた。

「うらやましいなー。これから北海道に上陸する感動を味わえるんだからな。」
そう言って、彼は国道4号線を僕がやってきた方向に走り去っていった・・・。
ライダー同士の会話で、何故ここまで気持ちが和み、走り続けるエネルギーをもらう事が出来るのだろう・・・。
ドライブインのラーメンをすすりながら、窓から見る遠く北の空には、青空が覗き始めていた・・・。


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939 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/06/03(土) 16:47:54 ID:KMwiz/i+
岩手山の横を通過する頃には、完全に空は晴れ渡っていた。
雨に洗われた新鮮な空気に、キラキラと輝く岩手山の山頂を眺めながら快適なライディング。
グローブは急速に乾いていった。
夕方、青森港に無事到着した。が、僕がそこで見たものは、青函連絡船ターミナル周辺を埋め尽くすバイクとテントの群れだった・・・。

チケット売り場で僕は愕然とした・・・。チケットは全て売り切れ。
現状では二日ほどのキャンセル待ちが必要であろうとの事だった・・・。
しまった・・・。昨年はいともあっさりと連絡船に乗れてしまった為、意識していなかったのだが予約をするべきだったのだ。
いくら時間があるといっても、北海道を目前にして待ちぼうけを食らわされてはたまらない・・・。
困り果てた僕に、カウンターのお姉さんが教えてくれた・・・。
「大間からの便なら比較的すぐに乗れるかも知れませんよ?」

大間。青森県下北半島の突端であり、本州最北端の地である。そこから、フェリーボートと呼ばれる船が函館まで就航しているという。
僕は公衆電話で早速問い合わせをしてみると、キャンセル待ちになるが明日の昼の便には乗れるだろう
との事だった・・・。僕は、翌朝に本州最北端の地に向けて走ることを決めた。

青森のフェリーターミナルでテントを張った僕は、数人の名も知らぬライダーと缶ビール片手に宴に興じた・・・。
「作りすぎたから」と、家族連れのおばあさんにもらった数個のおにぎりを前に、僕は「食べずに握り飯の中の具を当てる」
というくだらない特技を見せつけ、ライダーの輪の中で喝采を浴びた。笑い声の絶えない、心地よい夜が過ぎていった・・・。


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940 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/06/03(土) 16:50:59 ID:KMwiz/i+
翌朝、僕は青森市を出発し、今日こそ北海道に上陸して見せるという強い意志と共に北上を再開した。
野辺地を過ぎ、道はますます寂しくなっていく。荒涼とした海岸線を左手に眺めながら、時代に取り残されたような、それでいてどこか懐かしい感じの漂う下北半島を走る。まるで演歌の世界だ・・・。

行き交う車はほとんど無い。
僕はこんな寂しげな雰囲気も嫌いではない。早朝の下北半島、孤独なライディングが続いた・・・。

人影少ない寂しげなむつ市街を走る。ちらほらと制服姿の学生がいる。今は夏休みのはずだから、部活動か何かだろう。
道は陸奥湾を離れ、太平洋側へ抜けるしばしの山道に入る。・・・そこで、思いがけない出来事に僕は遭遇した・・・。

遠く東京からのライディングの疲れや、その寂寥感漂う下北半島の風景の中で、僕の脳は完全に『ツーリングモード』になってしまっていたのだろう・・・。

明らかに第三京浜を走っている時の様な、あらゆる事象に瞬時に対応出来るような研ぎ澄まされた感覚を頭の奥にしまいこんでしまっていた・・・。
だから、彼の接近に気がつかなかったのだろう・・・。

Ninjaの右バックミラーに一瞬の光が映りこんだ次の瞬間。
そのNS250Rは紫煙を引きずりながら僕の右脇から一瞬のうちに僕の前方に移動していた・・・。
彼がツーリングライダーではない事は、そのいでたちから明白であった・・・。なぜなら、なんと彼は黒い学生服を着ていたからだ。
学ランをはためかせながら、バイクに深く伏せたその姿は明らかに戦闘態勢であった・・・。

その敵機の姿を確認した瞬間に、僕の脳内スイッチは音を立てて切り替わった・・・。
それはスピードに魅せられた若い僕にとって、至極当然の事だった・・・。

青森ナンバーの2ストの紫煙に引っ張られるかのように、僕はスロットルを大きく開けた・・・。


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31 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/06/05(月) 23:06:38 ID:iFADj0Uq
【SCENE69】
青き森の清き空気を、開け放たれたスロットルバルブから胸いっぱいに吸い込み加速するNinja。
短いストレートでNSのテールが猛烈な勢いで迫る。
僕はNSの右に並びかける。左コーナーの突っ込みで余裕を持って前に出られるつもりだった。しかし・・・。

・・・減速しないのか!?NS250Rのブレーキランプは迫るコーナーを前に一向に点灯しない・・・。
そしてその左コーナーを曲がるには不適当とも思われるような猛烈な速度を保ったまま突っ込んでいく・・・。

ブレーキング合戦に敗れたのは僕。
後追いにも関わらず、ブレーキングを先に開始したのは僕だった。
直後、NS250Rはフロントフォークを押し潰し、リアタイヤが持ち上がらんばかりの猛烈なブレーキング。僕は一瞬、彼がそのままアウト側へジャックナイフして飛んで行ってしまうのではないかと肝を冷やす。

ブレーキを引きずりながら、そのつんのめるようなキャスタ角を維持し、非常にコンパクトなコーナーリングを繰り出す
NS250R・・・。まるで、数日前に鈴鹿サーキットのコース上で見たレーサーの如き異次元のコーナーリングを
僕は見せ付けられていた・・・。膝こそ路面に接地していないものの、それは学生服に穴が開くと困るのでしないという
程度のもので、おそらくそれが許される装備であれば簡単に彼の膝と地面は接触していたろう・・・。

その明らかにサーキット志向なコーナーリングは、すぐに訪れた次の右コーナーでも同じであった・・・。僕は、その2回の
コーナーリングで全てを察知した・・・。

「・・・しまった・・・。こいつは地元スペシャルだ・・・。」

こいつは、迫るコーナーの全てを知り尽くしている・・・。曲率・・・。クリッピングポイント・・・。路面状態・・・。
それらを知り尽くしていなければ、到底こんなコーナーリングをする事など不可能だった。
それは、即ち僕の圧倒的不利を示すものだった。不利・・・?いや、もはや勝負すら成立しないのだろう・・・。


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32 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/06/05(月) 23:08:13 ID:iFADj0Uq
『パァァァァァァァァ!!』

その軽快な2サイクルサウンドは、コーナーを抜けるごとに遠ざかる・・・
。しかし、僕は彼を追うのを止めはしない。

それはもはや対抗意識からの追撃ではなかった。・・・その美しいライディングパフォーマンスを、少しでも長く見ていたい・・・。
そんな思いが僕を走らせる。簡単にはバックミラーの点になるものか!
僕は口元に笑みを湛えながら紫煙のたなびきを追った・・・。

えぇい!荷物が邪魔だ!・・・しっかりとNinjaに括りつけたはずの背後のバッグは、限界ライディングに耐え切れず左右に踊る・・・。
ステップがアスファルトをえぐる。リヤタイヤが僅かにスライドしている感覚が心地よい・・・。

僕は遠くなった学生服の背中を、それでも見失うことなく追撃を続けていた。
時折、彼は後方を振り返る。なかなかバックミラーから消えない執念深い余所者を意識しているようだった。霊山、恐山の懐で踊る2台・・・。

暖まってきたのは、タイヤか?僕の体か?
NS250Rとの差の開き方が緩やかになってくる。そう!そうだ、僕はもっとお前と走っていたいんだ!

アナゴ君とも鈴木さんとも、レッドとも『ノリスケ』とも異なるNSの速さ・・・。僕は盗む・・・。その速さを。その魂を!
速い男に出会うたび、僕は彼らの走りを自分の走りの糧にしようと模索してきた・・・。
そして、今日であったこの手練!

僕は楽しくて嬉しくて仕方が無い!これほどまでに速い奴とともに空気を切り裂き、右に左に美しくうねるワインディグを
共に走れるという事を・・・。この素晴らしき悦楽の時を共有できるということを・・・。


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34 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/06/05(月) 23:10:21 ID:iFADj0Uq
突然に視界が開けた。視界一杯に太平洋が広がる。漁村集落に突入した。バトルは終わった・・・。
NS250Rとはすでに100m以上の差を付けられていたが、彼は赤信号の変わりっぱなを直進していった・・・。
僕は停止線で停車すると、フーと深呼吸を一つして彼の後姿を見送った・・・。
いつしか彼の姿は見えなくなっていった・・・。
早朝の静けさに包まれた漁村に、余韻の如く2サイクルサウンドが響き渡っていた・・・。

何物だったのか・・・。彼の正体を確かめる術は、もちろん今となってはあろうはずも無い・・・。
しかし、僕が生まれつき持っていた、握り飯や饅頭の中身をあてる不思議な第六感は、そのヘルメットの中の素顔をも報せていた・・・。
・・・後にその走りで首都圏の走り屋を震撼させ、僕と一騎打ちをする事になるその男・・・。

彼の名は『湾岸のサブ』・・・。

僕は、この日のNS250Rの使い手が、彼であったと信じて疑わない・・・。


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