1-18 マスオ物語
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777 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/23(火) 23:08:38 ID:nMhSLlXc
【SCENE63】
僕は、その夜の事を何故かよく覚えている。
それは、誰にも必ずあるであろう、とりとめの無い青春の1ページ・・・。
いまいち元気の無いアナゴ君を元気付ける為、急加速してからかってみる。
不意の発進加速に、上半身をのけぞらせ必死に僕にしがみつくアナゴ君。
「こらっ!待てって、オイ!フグタ君!!」
「ほらほら、しっかり掴まってないと落っこちるぞ!」
クルマの居なくなった深夜の東京を笑い声を響かせ駆ける、タンデムのNinja。
当時、まだそれほど多くなかった24時間営業のコンビニで、ビールとつまみを買い込む。
コンビニのビニール袋を腕にぶら下げたアナゴ君を乗せ、向かうは僕のボロアパート・・・。
・・・なんのことは無い友人との『ニケツ』・・・。
どうしてだろう・・・。昨日、会社の昼休みに食べた昼食もろくに思い出せないのに、十数年前のそんな出来事が、
今も僕の脳裏に、真夏の熱帯夜の気だるい空気の匂いと共にハッキリと残る・・・。
若き日のそんなとりとめの無い瞬間は、色彩こそやや失われセピア色となってしまっているが、その輪郭は
何年経とうと失われる事は決して無い・・・。
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778 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/23(火) 23:09:39 ID:nMhSLlXc
スーツとネクタイ姿のアナゴ君は、今でも言う・・・。
「バイクに乗り続ける限り青春は続くんだ」と・・・。
僕もその言葉に異論は無い。
バイクに乗っている時だけは、青春時代のように何処までも飛んでいけるような高揚した気分が得られる事に変わりは無い・・・。
・・・しかし僕は、やはり学生時代のあの頃。「本当の青春時代」にしか得る事の出来ない思い出もあるのだと信じる・・・。
「あの頃」にしか得られない思い出・・・。だからこそかけがえの無い青春時代・・・。僕はバイクと友に出会えて本当に
良かったと、心の底からその不思議な縁に感謝してやまない・・・。
ボロアパートの一室で、僕達は缶ビール一本を片手に語り合った・・・。
鈴鹿8耐の事・・・。『ノリスケ』の事・・・。そして、カタナのエンジンブローの事・・・。
もうすっかり、いつものアナゴ君に戻っている事に僕は安心し、話は尽きる事は無かった・・・。
どんな会話だったのか、ほとんどの詳細は覚えていないが、翌日に二人で出発しようとしていた北海道ツーリングの事に話が及んだ時、アナゴ君が言った一言は覚えている・・・。
カタナがエンジンブローした為に、今年の北海道行きを中止しようかと言った僕に対し、アナゴ君は言った・・・。
「フグタ君。北海道ツーリングっていうモンは、そもそも一人でいくもんだぜ。俺の事は気にしないで、一人で行ってくれ!」
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779 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/23(火) 23:12:15 ID:nMhSLlXc
翌朝、僕らはカタナを置かせてもらったガソリンスタンドにいた。
完全なる寝不足・・・。猛暑の8耐を観戦し、そして東名をひた走ってきたまま、風呂にだって入っていない・・・。どうりで臭いはずだ。
だが、かろうじてスタンドの店員との約束である、朝9時前にカタナを国道脇の歩道まで移動させることが出来た。
スタンドの公衆電話から、アナゴ君はイナダモータースに電話を掛けた。
しばらく話し込んでいたアナゴ君は、受話器を置くと僕に向かって一指し指と親指で丸を作る。オヤジさんは来てくれるようだ。
やはり持つべきは信頼できるショップだ。
一時間ほどして、青いツナギ姿のオヤジさんは軽トラックで現れた。
「やっちまったんかい!まったく、回し過ぎたんだろ!」
挨拶もそこそこに、大声で叫ぶ。相変わらず、朝から元気のいい年寄りだ。
オヤジさんは、ヘッド周りのオイル漏れを一瞥すると、「おそらく・・・こりゃバルブだなぁ〜」と言った。
「コンロッドやメタルだったら、ロックしてたかもしれねぇぞ。お前さんに危害を加えないような壊れ方をしてくれたカタナに礼を言うんだな」
真面目な顔でそう言うオヤジさんに、アナゴ君は「・・・ハイ」と俯いて言った。
そして、彼が最も気になっていたであろう質問をオヤジさんに投げ掛けた。
「あの・・・!こいつ直るんでしょうか!?」
オヤジさんはエンジン周りを覗き込むように眺めながら
「まぁ、開けてみねぇ事には何とも言えんが・・・直ることは直るだろうよ・・・」
・・・と言った。
そこまで言うと、オヤジさんはちょっと意地悪な笑顔をアナゴ君に向けてさらに一言付け加えた。
「その話は、あれだ・・・。店に行ってからだな!」
そんなオヤジさんの意味深な笑顔と言葉に、僕達は顔を見合わせた・・・。
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800 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/25(木) 22:46:20 ID:oUXGAAkC
【SCENE64】
オヤジさんは、手馴れた身のこなしでカタナ回収の準備を進める。
僕とアナゴ君は、何も出来ず路肩でその動きを黙ってみているだけだった。
軽トラにラダーレールが掛けられると、オヤジさんはカタナを押し進める。
僕らは手伝おうと一歩前に出たが、オヤジさんは「危ねぇからどいてろ〜」と言うが早いか、タッタッタと軽く助走をしたかと次の瞬間にはカタナは軽トラの荷台の上に。
カタナはサイドスタンドを支点に、小さな軽トラの荷台に収まるように斜めに回転され、タイダウンベルトで固定される。
750ccの巨躯は、いとも簡単に小さな年寄りの手によって回収された。僕らは感心しきり・・・。
「ほれ!兄ちゃん、乗りな!」
オヤジさんはアナゴ君を助手席に招き入れるとイナダモータースへの帰路に着く。
僕は、友の愛車が一晩の宿を借りたガソリンスタンドへのせめてもの礼儀として、まだ給油タイミングでは無かったがガソリンを満タンにしてもらい、オヤジさんの軽トラを追った・・・。
・・・ここで、アナゴ君の名誉のために少し説明させてもらいたい・・・。
彼は、いともあっさりと今まで付き合ってきた愛車に背を向けるような男ではない・・・。
彼が自らの愛車、GSX750Sカタナを溺愛していた事は、彼の親友と自負してやまない僕が保証する。誓ってもいい・・・。
前の晩に語らった時も、彼はどんなことがあっても愛車を復活させるということを熱く語っていたし、おそらくその時のその言葉に嘘は無かったであろう・・・。
・・・彼は真っ直ぐで正直な男だ。彼が愛車と真っ直ぐに向き合って付き合ってきたことは、厳然たる事実だ。
鮒田食堂で一番安いメニューである醤油ラーメンを毎日のように食しながらも、エンジンには高級オイルを惜しげもなく他人よりも早い交換サイクルで奢っていたし、どんなに天気の悪い日々が続いた時だって、チェーンはいつもピカピカにグリスアップされていたのを知っている・・・。
・・・だから・・・だから、この直後に彼がとった選択を、どうか理解してあげて欲しい・・・。アナゴ君は自分の気持ちにも『真っ直ぐで正直な男』だったのだ・・・。
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801 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/25(木) 22:47:20 ID:oUXGAAkC
タクシードライバーの如く東京の裏道を知り尽くしたオヤジさんの軽トラにやや遅れて、僕はイナダモータースに到着した。
オヤジさんは店先でカタナを降ろしたところだった。アナゴ君はいない。店の中だろうか?
僕はNinjaを停め、ヘルメットを脱ぐとオヤジさんにアナゴ君は何処に居るのか聞こうとした。が、僕の問いかけを待つまでも無く、オヤジさんは無言で親指で店内を指し示す。オヤジさんの顔は、何故か悪戯っ子のようにニヤついていた・・・。
カラカラとアルミのサッシ戸を開けると、店内にアナゴ君は居た。
「アナゴ君、早かったね・・・」
そう言いかけて、僕は言葉を止めた。
なぜなら、僕が店に入ってきた事にすら気が着かない様子でそこに仁王立ちするアナゴ君の姿があったからだ・・・。
・・・そして、アナゴ君の目の前にはイナダモータースの売り物である一台の中古車の姿があった・・・。
小さな店内の最も中心に鎮座していたそのバイク・・・。その名は、SUZUKI GSX1100S KATANA・・・。
日本の理不尽な法規制や自主規制を超越した、スズキの技術者の本当の意思が形となった1100ccのエンジンとハンス・ムートのイメージをほぼ正確に具現化したその姿・・・。
「本来の形」であるカタナが、そこにあった・・・。
「あ・・・アナゴ君?」
もはや、僕の問いかけは彼の耳には入っていなかったのだろう・・・。
厚ぼったい唇を半開きにして、その小さな垂れ目をキラキラと輝かせているアナゴ君の姿がそこにあった・・・。
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841 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/29(月) 23:58:24 ID:XcTA99N7
【SCENE65】
古びた小さなバイク屋、イナダモータースの店内で、今まさに大きな選択に迫られている男がいた・・・。
店の丸椅子に座ったアナゴ君は、両腕を組んで首をかしげていたかと思うと、顎に手を当て天井をじっと眺めたりと落ち着きが無い・・・。
それは言うまでも無く、目の前に置かれた1100カタナを購入するか否か、という大きな選択・・・。
僕は知っている・・・。目の前のカタナの車両価格を現金一括とまではいかないまでも、アナゴ君がある程度まとまった金を持っていることを・・・。
彼のそのアルバイトと摂生で貯めた金は、近いうちに行うはずであったマフラー交換等によるカタナのポテンシャルアップに使う予定であった・・・。
その金とローンを組み合わせれば、決して無理ではない値札を、その1100カタナはぶら下げていたのだ・・・。
しかし、こればかりは金だけで済む話ではない・・・。これまで付き合ってきた愛車を手放すかどうかという、心情的な問題でもあったのだ。
これは若いアナゴ君にとって、とてつもなく大きな問題であった・・・。
ある程度分別のついた大人となった今では、それなりにドライな選択だってすることが出来るし、なによりも「乗り換え」ということが、必ずしも今の愛車に対する裏切り行為ではないという事だって知っている。
しかし、若く熱いカタナ野郎であった21歳のアナゴ君にとって、数年間付き合ってきた750カタナとの別離というものが、すんなりと答えの出せない大問題であるという事は、その悩み苦しむ姿から容易に想像できた・・・。
・・・自分に嘘をつく事は、誰にだって難しいはずだ・・・。数年間付き合ってきた750カタナを愛でる気持ち・・・。
それに相反して、「本物」である1100カタナに乗りたい気持ち・・・。
どちらも正直なアナゴ君の気持ちだろう・・・。
どちらかを選べば、どちらかの気持ちに嘘をつく事になる・・・。今、アナゴ君は苦悩の真っ只中に居た・・・
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842 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/29(月) 23:59:27 ID:XcTA99N7
そんなこんなで1時間ほど、彼は悩んだであろうか。それでも、もちろん結論な出ようはずも無い・・・。
それを見かねたように、それまでセールストークの一つも口にしなかったオヤジさんが言った。
「ま、こいつを買うにしても、ナナハンを直すにしてもよ。どちらにしてもよ、安い話じゃねぇからな。とりあえず、頭冷やして一人でゆっくり考えたほうがいいぜぇ。このカタナは予約って事にしといてやるからよ」
オヤジさんは笑ってそう言うと、小さなキーをアナゴ君に渡した・・・。出た!オヤジさんのスーパーカブ70のキーだ!
僕はアナゴ君がちょっとだけイヤそうな顔をしたのを見逃さなかった・・・。
とりあえず、アナゴ君はカタナについて考えるのを止めにしたようだった。そして、思い出したように僕に言った。
「そう言えば、フグタ君、明日から北海道に向かうんだろ?準備は出来てるのか?」
「それなんだけど・・・。やっぱり一人じゃ不安だなぁ・・・。大丈夫かな?」
すると、オヤジさんが横槍を入れた。
「何言ってるんでぇ。北海道っつーもんはな、そもそも一人で行くもんだぜ。北海道の魅力は、走りだけじゃねぇ。
人との出会いがもう一つの魅力よ。一人の方がな、見知らぬ人と話しやすいってもんだ。」
昨晩のアナゴ君と全く同じ事を言い切ったオヤジさんに、僕とアナゴ君は顔を見合わせて笑った。
「そうだな・・・。じゃあ、買いたいものがあるんだ!アナゴ君、上野に付き合ってくれよ!」
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843 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/30(火) 00:00:16 ID:dJI8+xL2
僕は北海道へ行く前に、買おうと思っているものがあった。ヘルメットとジャケットだ。
どちらもヨンフォアを手に入れたときに、元の持ち主の「親分さん」から貰ったお古。
Ninjaを手に入れた時、それらも新調しようと、その分の金は取っておいたのだが、これまで買いそびれてしまっていたものだ。
どうせなら、新しい装備を身につけて北海道に行きたかった。
僕達は、賑やかな上野バイク街を歩き回った。
ヘルメットこそ、雑誌で目星を付けていたアライの白いフルフェイスにすぐ決まったが、ジャケットはなかなか決まらない。
たくさんの店の数々の商品から気に入ったものを見つけるのは至難の業だった。
「フグタ君とNinjaは、いまや第三京浜で注目の的だからな。派手な方が絶対いいって!」
黒やグレーの地味な色のジャケットを選びがちな僕に、アナゴ君は真っ赤な革ジャンを勧めてきた・・・。
肩や肘にパッドの付いた、いわゆる「バトル系」・・・。セール品で確かにお手ごろ価格だ。
だが・・・派手過ぎやしないか?
そんな杞憂を抱えながら試着した僕を、アナゴ君が褒め称えた。
「うわっ!かっけ〜!フグタ君!絶対これだぜ!Ninjaにもバッチリだよ!」
鏡に映る僕の姿は、まんざらではなかった。・・・少し迷ったが、僕はその真っ赤な革ジャンを遂に買ってしまったのだった。
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844 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/30(火) 00:01:30 ID:XcTA99N7
その夕方。汗臭い体を流しに二人で銭湯へ行き、その後はお決まりの鮒田食堂。
「アナゴ君、どうするんだい?あの1100カタナ、買うのかい?」
「う〜ん・・・、しばらく考えてみるよ・・・。夏休みは長いからな。
それより・・・悪いな。北海道に行けなくなっちまって」
そんな風に、いつもの夕方が暮れていった・・・。
そして、僕は明日からそんな日常を抜け出す・・・。
そう・・・。バイク乗りだけが味わう事の出来る非日常・・・。
ライダーの心解き放たれる、聖地北海道へ旅立つのだ・・・。