1-17 マスオ物語
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638 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/17(水) 00:04:39 ID:AnzaKYta
【SCENE62】
僕は呆然としていた・・・。突然、目の前で起きたその出来事に・・・。
僕の左横を、まるで何かに引きずられるかのように失速していくアナゴ君とGSX750Sカタナ・・・。
その減速がアナゴ君の意思ではないことは、すぐに理解できた・・・。
僕の親友アナゴ君の宝物であり、そしていかなる時もその熱き意思に応えてきたカタナ。
そして、東京で目的も無くその日暮らしをしていた僕の目を奪い、瞬く間にバイクの世界へ僕を引き込んだその勇姿が、バックミラーの中で小さくなってゆく・・・。
為すすべが無かった・・・。
状況を把握した鈴木さんが、速度を失っていくカタナの左後ろで、後続車に対し合図を送っていた・・・。
いつしか『ノリスケ』の姿は東京方面へ消えていたが、そんな事はもうどうでもよかった・・・。
僕は我に帰って減速をする。
路側帯上のアナゴ君を後続車から守るようにウィンカーを点滅させ、彼の左につける。
ガラガラともバラバラともつかない、明らかに正常では無いエンジン音とともに、カタナは40km/h程度でかろうじて車体を前に進めていたが、アナゴ君が幾度か捻るスロットル操作にそれ以上反応する事は無かった・・・。
カタナのエンジンからは、黒い液体が滴り落ちていた・・・。
何に恐怖していたのだろう・・・、無意識に僕は震えていた・・・。
不幸中の幸いか、すぐに横浜ICに差し掛かった。
瀕死のカタナはICに滑り込んですぐのところで、遂に事切れた・・・。
惰性で料金所に入るアナゴ君を、その事の重大さに気が着いていないらしき集金係は「ガス欠かい?」と呑気な声で聞いてきたが、アナゴ君は料金を払い終えるまでその声に応えることは無かった・・・。
トラブル慣れしているのだろう。鈴木さんが「とりあえず16号まで出そう」と言った。
オイルを垂れ流したまま高速道路の関係者の目に付く場所に立ち往生するのはマズイと判断したのだろう。
アナゴ君は茫然自失になる事も無く、その言葉に従いカタナを押し始める・・・が、終始無言のままだった・・・。
長い国道までのランプを一足早くCBとNinjaを移動させた鈴木さんと僕は、すぐに全力疾走でカタナを押すアナゴ君の元へ。
そして、3人で無機質な塊となってしまったカタナを国道16号線まで押し出した。
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639 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/17(水) 00:05:51
ID:a8JWnEkr
国道16号線横浜IC脇の歩道で、僕ら3人はカタナを囲んでいた。
カタナのエンジンはあちこちに飛び散ったオイルが付着していた。
暗くてよく見えなかったのだが、主にヘッド周りからのオイル漏れが酷いように見えた・・・。
沈黙したエンジンと、点滅するオレンジ色のウィンカー。カタナから生気が消えているように見えた・・・。
こんな事になること自体、僕にとっては予想外の出来事であったが、もっと予想外だったのはアナゴ君の反応だった・・・。
だってそうだろう。
普段からその熱い感情を包み隠さず表情、あるいは言葉として吐露するアナゴ君が、このような愛車の致命的ダメージを前に・・・、押し黙ったままだったのだから・・・。
幾つかの質問に対して無言のままのアナゴ君に、鈴木さんもいつもと異なる何かを感じたのだろう。フーと息を吐くと困ったな、という顔を僕に向けた。
僕の知っているアナゴ君であれば、ここで「ウォー!」とか「やっちまったー!」と騒ぎ立てる姿があるはずだった・・・。
しかし、そこに居たのは、伏し目がちに無表情で愛車の前に佇むアナゴ君・・・。
それが、まるである覚悟を伴った確信的行動の末に辿り着いた結末を前にした、どこか諦めにも似た姿に見えたのは
僕の気のせいだったのだろうか・・・。
時刻は零時を過ぎていた。
一大事とはいえ、こんな時間にイナダモータースに連絡を入れるというのは非常識だし、鈴木さんが言うには、こんな時間でもオヤジさんは駆けつけてくれそうだからかえって悪いだろう、とのことだった・・・。
「あそこまで移動させようか?」
鈴木さんが指差す彼方に、ガソリンスタンドの看板と、その下にまだ営業しているらしき明かりが見えた・・・。
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640 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/17(水) 00:06:37
ID:a8JWnEkr
熱帯夜の中で、汗だくになりながら3人でガソリンスタンドまでカタナを押した。
鈴木さんが店員に声を掛ける。
「すみませーん。あのバイク、壊れちゃったんで一晩置かせてもらってもいいですか?」
若いアルバイト店員は、自分の一存でそれを判断できなかったらしく、他の店員を呼びに行った。
すぐに事務所から出てきた、社員とおぼしき20代半ばの店員は笑顔で言った。
「店長が朝の9時には出社してきちゃうんで、それまでに引き取ってもらえるならいいですよ」
かくして、カタナはガソリンスタンドの片隅に一晩の宿を借りることとなった・・・。
当たり前のようにアナゴ君のアパートの駐輪場に帰りつくはずだったカタナ。
それが、こんなところでその歩みを止めることになろうとは・・・。
ガソリンスタンドの店員が、作業ピットから持ってきてくれたオイルパンをエンジン下にあてがってもらいながら、まだ熱いそのエンジンは急速に冷えてゆく・・・。
アナゴ君はうつむいたまま、それでもカタナのそばから離れようとしなかったが、鈴木さんの
「明日になったらオヤジさんに来てもらおう。オヤジさんならなんとかしてくれるさ。」
という言葉に小さく頷くと、ヘルメットを被った。
僕は二人乗りの経験が初めてでいまいち自信が無かったが、鈴木さんのバイクにはタンデムシートが無いので仕方が
無い・・・。僕はアナゴ君をタンデムシートに乗せて家路に着いた・・・。
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641 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/05/17(水) 00:07:29 ID:a8JWnEkr
R246を東京方面へ。
「明日、朝一でオヤジさんに連絡するんだぞ。いいね。」
赤信号で鈴木さんはそう言うと、手を挙げて交差点を左折し消えていった・・・。
後ろに乗っているアナゴ君の様子を伺う事は出来なかったが、彼の心が傷ついているであろう事は、同じバイク乗りである。痛いほど解った・・・。
幾つかの赤信号で停まった時、僕はアナゴ君に言った。
「明日は早いし、今日は僕の部屋に止まって行けよ。」
しばしの沈黙の後、アナゴ君はエンジンブローの後、初めて僕に対して口を開いた・・・。
「・・・ありがとな・・・」
めっきりクルマの少なくなった深夜のR246を、不慣れな二人乗りバイクはフラフラと家路を急いだ・・・。