1-9 マスオ物語 


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368 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/26(日) 16:34:03 ID:aptF8t6U
【SCENE40】
僕はその日、たった一人でツーリングに出た。
いや・・・一年の間、僕の大切な相棒だったヨンフォアとの二人きりと言ったほうがよいだろうか?
まだ夜も明けきらぬ早朝。向かうは伊豆半島。
梅雨時期とは思えないほど輝く朝日を受け、僕とヨンフォアは走り出す。
今日はアナゴ君はいない。僕とヨンフォアだけのツーリング。・・・最後のツーリング・・・。

ニンジャに試乗したあの日。
僕はオヤジさんから提示された80万円という額で購入を即決した。
「雑誌のテストライダーに手荒く扱われたかもしれねぇからよ、エンジンオイルは当然としてタイヤとブレーキパッドとチェーンも交換してやらぁ。新しいバイクにゃ、パリッとした感触が嬉しいだろ?もちろん80万以上は貰わねぇよ。出血大サービスだけどな。」

オヤジさんの嬉しい整備サービス付き。そんなニンジャの納車日は明日に迫っていた。
「あれはどうするんだい」
僕が乗ってきた店先に置かれたヨンフォアを指差し、オヤジさんは聞いてきた。

・・・伊豆に向け、快調に一台もクルマの居ない早朝の都内を走るヨンフォア。試乗したニンジャでは、到底回し切れなかった8000rpm付近まで快音を響かせながらヨンフォアはゆく。
決して乗り手を怯えさせること無く、それでいて退屈させる事の無いその乗り味。

ニンジャと比べるとやはり物足りない動力性能かもしれないが、少々のラフなスロットル操作やブレーキ操作でも決して破綻しないその柔らかいパワーや車体は、乗り手を選ばず、そして優しい。

僕はこの一年の間にライディングテクニックが上達したような気がしていたが、入力操作に対して過敏に反応するニンジャに試乗してみると、ヨンフォアのその素直な性格の乗り味に救われていただけなのかもしれない、と思った。

オヤジさんからのヨンフォアの下取りの申し出を僕は断った。
こいつの次のオーナーはもう決まっていたからだ。

3月末頃の工事現場のアルバイト先で知り合った、17歳の男子高校生がいた。
彼は春休みを利用してのアルバイトだった。ヨンフォアで出勤する僕をいつもキラキラと輝く瞳で見つめてきた。
バイクに乗る事が小さい頃からの憧れで、その夢を実現する為のアルバイトだったらしい。


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370 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/26(日) 17:05:01 ID:aptF8t6U
年の離れた兄と、彼の駆るバイクをいつも羨望の眼差しで見ていたこと・・・。
中学3年の夏休み、たった一人で出かけた自転車での東北一周旅行で、多くのライダー達に親切にしてもらい
バイクへの憧れをさらに大きいものにした事・・・。
17歳の彼は、澄んだ瞳で僕に話してくれた。
・・・僕はこの彼の年齢くらいの頃、こんな輝く瞳をしていただろうか?と思い返し、少々の恥かしさと一緒に応援したい気持ちが芽生えてきた。

・・・僕とヨンフォアは、都会を抜け出し海に出た。
神奈川の海。烏帽子岩を左手に眺めながらのライディング・・・。
懐かしい景色・・・。そう、ヨンフォアを手に入れて初めて走ったあの日のルート。
ほどなくして有料道路に入る。

たった一年前の事だと言うのに、全てが懐かしい・・・。ここは僕がスピードに『目覚めた』西湘バイパス・・・。
太陽もやや高くなり、通行量も増えてきていた。
ハイペースのバイクやクルマに抜かれたが、あの日のようにそれを追うことはしなかった。
その日はゆっくりと、ヨンフォアとの最後を噛み締めるように走りたかった・・・。
それに、もう次のオーナーが決まっているバイクだ。

春休みが終わると同時に、17歳の彼はアルバイトを辞めていった。
さすがに高校生は平日の勤務など出来はしない。
教習所に通う資金くらいは出来たのだろうか?彼の最後の勤務日。僕は彼と約束をした。
「僕は近いうちに大型に乗り換える事になる。そうしたら、もしキミさえよければ、このヨンフォアを譲ってあげるよ。」

「・・・でも、ヨンフォアって高いですよね・・・。プレミアが付いてるって雑誌で見たんですけど・・・」
「心配いらないよ。実はね、このバイクは親切な人の計らいで安く買ったんだ。そうだな・・・4万・・・4万でどう?」
その時の彼は、いつも以上に瞳をキラキラと輝かせ、「買います!買います!」と叫んだ。

「条件が二つあるぞ。引渡しは僕が新しいのを手に入れてからだ。半年以内と約束しよう。もう一つは、キミの親御さんにきちんと許可をとってからだ。キミはまだ未成年だからね」
僕は一端の兄貴面をしてこう言った。
僕もまた、バイクに乗ってからというもの、男らしくなってきていた。

僕に安価にヨンフォアを提供してくれた元オーナーの親分さんのように、新しいライダーに道を拓いてあげる兄貴分としての役目を負うべき時が来ていた。


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383 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/26(日) 23:29:34 ID:PCBTkSD0
口約束だけでは彼も不安になるだろうと、何度か教えてもらった電話番号に連絡を取った。
彼も少しは苦労したようだが、早々に両親も説得出来たようだ。

電話をするといつもお母さんが最初に出た為、親御さんの心証を悪くして彼の夢の邪魔をしないように、僕も努めて丁寧な対応をした。
2週間ほど前に連絡した際、彼は中型自動二輪免許を取得できた事を喜びの声で伝えてきた。
僕も限定解除に成功した直後だった為、二人でその成功を喜び合った。

そして先週。ニンジャの納車日程が決まった直後、ヨンフォアを正式に引き渡せる事を彼に伝えた。
引渡しはイナダモータース。僕のニンジャの納車と同時。オヤジさんに点検整備をお願いしたのだ。
僕が1万キロ以上乗ったヨンフォアのコンディションは一年前とは違うだろう。
若い彼には安心できる状態で引き渡したかった。
それに個人売買車の点検整備のみという、一見失礼で金にならない仕事を最初に提案してきたのは他ならぬオヤジさんだった。

・・・ヨンフォアは熱海を抜け、伊豆半島へ。しかし天気が良い。本当に梅雨なのだろうか?
美しい伊豆の海岸線を行く。海底すら透けて見える真っ青な海に感激する。
・・・そういえば、ヨンフォアは僕に何度感動をくれただろう・・・。

西湘バイパスや第三京浜で知ったスピードの悦楽・・・。
箱根ターンパイクや各地のワインディングで知ったコーナーリングの楽しさとバイクの奥深さ・・・。
北海道の雄大な景色・・・。
愛車で遥か彼方まで移動することで達成感を覚えた深夜の国道4号線走破・・・。

この一年足らずの間、ヨンフォアに乗りさえすれば毎日なにかしら新鮮な感動を得る事ができた。
たかが鉄とアルミで出来た『工業製品』に他ならないバイク。

しかし、ヨンフォアは僕の心を毎日のように刺激してやまなかった。
当時、既に最先端では無くなっていた非力なはずのSOHC 398ccエンジンは、たった一年間で僕を大きく変える大きなパワーを持っていた・・・。


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386 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/27(月) 00:14:14 ID:ul4+fCl3
伊豆半島の先端、石廊崎に到着した。
観光客のいない売店のベンチに、程よく疲れた体を横たえる。
遠くに聞こえる波の音。断崖を海から駆け上がってくる風の音。海鳥の声・・・。
僕の視界には、南伊豆の真っ青な空とヨンフォアが映る。・・・今日でサヨナラすることになる、ヨンフォア。

・・・今日東京に戻れば、ヨンフォアはアパートに帰ることなくイナダモータースに点検整備の為、ピットインすることになっている。引渡しは明後日だが、こいつと一緒に居られるのは今日が最後・・・。

佇むヨンフォアを眺めながら、僕は考えた・・・。
僕がこいつを手放す理由。それは一方的な僕の自分勝手だ。
僕が更なるパワーとスピードを望む以上、ヨンフォアとの別れは必然だった。

ヨンフォアは一年前からヨンフォアであり、その持って生まれた性能に変わりは無い・・・。
変わったのは僕の心だ・・・。

新しい何かを望む気持ちより、ヨンフォアへの愛情が深ければ手放す事は無かっただろうか?
こいつとの別れは、僕の移り気で利己的な心の表れなのだろうか・・・?
限定解除取得を決心したあの日。
大型バイクに乗る為に振り返るのはよそうと心に誓ったが、やはり別れを目前にして、僕の心は複雑な気分だった・・・。

しばらくもの思いにふけた後、僕は起き上がった。
「帰ろうか・・・」
僕はヨンフォアにそう声を掛け、跨った。

セルモーターでエンジンを始動する・・・と、掛からない・・・。
3度ほどセルモーターを回すが、ギヤノイズが空しく響くだけ・・・。
どうしたと言うのか・・・?キーもキルスイッチも問題は無い。

古いがエンジンの掛かりだけは天下一品だったはずのヨンフォア。
そんなヨンフォアの突然の反抗。
まるで僕と自らの別離を知り、東京へ帰りたくないと駄々をこね始めたかのようだった。

一年の間、ほとんど毎日のようにこいつと過ごした・・・。
雨の日も、炎天下も寒い冬も、ヨンフォアは音を上げず走ってくれた。
物言わず、僕の要求通りに加速し減速してくれた・・・。
そんな僕の相棒の、最後の抵抗・・・。


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391 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/27(月) 00:51:30 ID:ul4+fCl3
不覚にも、僕は涙が出そうになった。
相手はタダの機械だ・・・が、こんなタイミングでそれまですることの無かった自己主張をされてしまうと、別離があまりにも辛い・・・。
「ゴメンな・・・。解ってくれよ・・・。」

タンクをポンポンと叩きながら、そうヨンフォアに呼び掛けた。
これでダメならキックか押し掛けだな、と意を決して再度セルモーターを回す。
・・・いとも簡単に、いつものようにヨンフォアのエンジンに火が入った・・・。

・・・何だったのだろう・・・。
僕はことさらにバイクを擬人化するかのような思い入れはしない方だ。
機械はあくまでも機械であり、オーナーの使い方とメンテナンスのみが、その機械への応え方だと思っている。
しかし、あの時のヨンフォアには心が宿っているように思えた・・・。
酔狂かも知れないが、僕は今でもそう信じている。
そんな想い出が一つくらいあってもバチはあたるまい。

石廊崎から沼津方面へ走り、伊豆スカイラインで再度半島の東側へ。
傾き始めた太陽に照らされ、今朝走ってきた道を東京方面へ戻る。
二度とヨンフォアとは走らないであろうその景色の一つ一つを心に刻むように僕は東京へ向かう。

その後も何度か休憩し、その度にエンジンの停止と始動をしたが、二度とヨンフォアが駄々をこねることは無かった。
それどころか、これまでに無いほどシルキーなフィーリングで気持ちよく吹け上がるエンジン。

・・・僕とヨンフォアはこれから別の道を行く。若いオーナーのもとで幸せなこれからを送って欲しいと願う。
またしてもバイクに乗るのが初めてのオーナーだ。
お前は今度も、人に感動を与えながらどこまでも走って
いくんだろうな・・・。ありがとう!サヨナラだ、ヨンフォア。


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409 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/27(月) 22:20:59 ID:iom2nulV
【SCENE41】
日が完全に沈んだ頃、イナダモータースに到着した。
店先にヨンフォアを停め、名残を惜しむようにエンジンを止める。
最後にポンポンとタンクを叩き僕はヨンフォアを降りた・・・。
「ありがとな」
そう言って、ライトに付いた羽虫の死骸を手で払ってやる。
チリチリというエンジンが冷えていく音を聞きながら、本当に別れが来た事が実感として感じられた・・・。

店内へ。オヤジさんは作業場で作業中。相手は・・・僕のニンジャだ。
「おっ、来たな。こいつは明日届くブレーキパッドを組めばお終いだ。今日はCBと最後に走ってきたんだろ?」
さすがにライダーの心理はお見通しのオヤジさん。

「初めてのバイクってのはな、ずっと心に残ってるもんだ。兄ちゃんはきっと一生CBの乗り味は忘れねぇだろう
なぁ。それだけでもあのバイクは幸せモンだ」

その時は、正直その言葉に実感は無かった。
しかし、歳を重ねた今になって言える事がある・・・。
オヤジさんのその言葉は決してウソではなかったということ・・・。

今でも、想い出のバイクとして真っ先に思いつくのは、ホンダCB400FOUR。
・・・肩肘張らず、ただ新鮮なバイクの楽しさを純粋に吸収し続けた二輪免許取得後の約一年・・・、いつもヨンフォアと一緒に居た青春の一ページ。
誰と競うわけでもない。誰に見栄を張るでもない。
ただただ楽しかったバイクとの日々を思い出すとき、必ず初めに脳裏をよぎる、ヨンフォアとの想い出・・・。

・・・僕はオヤジさんにヨンフォアのキーを預けた。
電車で帰ろうとしたのだが、オヤジさんがこれに乗ってけとヨンフォアやニンジャのキーの半分の長さも無いような小さなキーを渡してくれた。
「代車だぁ。ほれ、あれだよ、あれ。俺の私物だから壊さねぇでくれよ。」

オヤジさんのスーパーカブ70に乗って環七に出る。
つま先での踏み込みがシフトアップという一般的なスポーツバイクと逆のシフトパターンと、右手での前後スライドのウィンカーにかなり戸惑いながら最初の信号で停まるとバックミラーの中で、ヨンフォアはオヤジさんに押されてイナダモータースの中へ消えていった・・・。


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