1-8 マスオ物語


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180 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/16(木) 23:36:53 ID:Ow5tpd+e
前年末、限定解除への野望を保土ヶ谷PAでアナゴ君や鈴木さん達に高らかに宣言してからおよそ半年。
それまでの間、がむしゃらにアルバイトに明け暮れた。
平日はほぼ毎日、夜間道路工事現場。休日も一日中働き、時には一週間働きづめの時もあった・・・。
それもこれも大型バイクへの執着心のなせる行動であったが、この時期の僕は本当によく働いた。
正直、現在の海山商事での働きよりもそれはそれは一生懸命に労働に打ち込んだ。
しかも時給の良い肉体労働ばかりだ。今思えば、よく続いたものだ・・・。

そんなアルバイトと倹約に励んだ半年。
限定解除を成し遂げた5月半ばに、僕にどれほどの蓄えがあったかはご想像にお任せしたい。

ともかく、教習所で取得する免許のように、先の予定が読める訳ではない自動二輪限定解除。
それを成し遂げた今、僕の次の行動はもちろんバイクの購入である。

その日、僕はバイク屋巡りをしていた。お供に引き連れるはアナゴ君。
最初に廻った数件の店は、逆輸入車の取り扱いが無かった。
逆輸入車がまだ特別だった時代。
そして、正午頃に立ち寄ったその店で、初めてそのマシンを直接見た・・・。

カワサキGPz900R 「ニンジャ」・・・。
シリンダーヘッドに輝く『DOHC 16VALVES』の刻印・・・。
新世代カワサキを象徴するカウルサイドの『Liquid Cooled』の文字・・・。
誰よりも速く走る事を求められたそのマシンには必然だったであろうカウルとスクリーン・・・。
そしてマシン側面中央にひときわ目を引く『Ninja』というペットネーム・・・。

圧巻だった・・・。僕はそのバイク屋の中央に置かれたニンジャをあらゆる角度から眺める。
時間を忘れて見入る。
跨りたい衝動にかられたが、バックミラーに掛けられた売約済みの札がそれを許さなかった。

「どうですか?良かったら見積もりして見ますか?」

バイク屋には似つかわしくない丁寧な物腰の店員に勧められ、カウンターに腰掛ける。
僕の代わりにカタナ一筋のはずのアナゴ君が食い入る様にニンジャを眺めていた。
出されたコーヒーを飲みながら、店員の作成する見積書を覗く。
随分と桁とゼロが多い。不安になる・・・。


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182 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/17(金) 00:15:25 ID:Bb9lhCRo
「こちらになります」

僕がコーヒーを飲み終える頃、見積書が出来上がった。・・・それを見て僕は唸った・・・。
興味本位でそれを横から覗き込んできたアナゴ君が「えっ!?」と声を上げた・・・。

僕も所持金のみで、この当時最先端の最高速マシンが買えるとは思ってはいなかった。
もちろんローンとの組み合わせで購入するつもりだった・・・が、それにしても高すぎだ・・・。
目の前に提示された見積書には100万をゆうに超える金額が記されている。

100万円というと、90年代に入りリリースされた国内仕様GPz900Rであれば一般的な値引きまで含めて
考えると社外マフラーまで装着して納車できそうな価格である。
とにかく並行輸入で経費が掛かっているのだ。

ローンを含めて考えても、乗り出し価格でせいぜい100万円弱というのが僕の予算の限界だった。
バイクだけを買おうとしていたのでは無い。世界最速のニューマシンに乗るにあたり、ボロボロのウェアや
ヘルメットも新調したかった。

「高っけ〜なぁ!」
店を出ながらアナゴ君は率直な意見を口にした。
今にして思えば、学生の分際でなんて高価な買い物をしようとしていたのだろう・・・。
だが、やはりバイクに魅せられたライダーであれば、愚かな僕の気持ちを少しくらいは理解して頂けると信じたい・・・。

きっとこの店が特別に高いのだ、と自分を納得させながら次の店に向かうヨンフォアとカタナ。
しかし、夕方までに寄った3軒のニンジャ取扱店の中で、最も安い値段を提示してきたのは最初の店だった。

ヨンフォアを偶然いとも簡単に手に入れてしまったが為に勉強が足りなかったのだが、バイクという高価な物を手に入れるにはそれなりの出費とその覚悟が本来は必要なのだ。

限定解除の喜びもつかの間。憧れのニンジャを手に入れる計画は早くも頓挫しかけていた。


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193 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/18(土) 00:28:19 ID:XVcNVwmK
【SCENE36】
一週間ほど、ニンジャの見積書とバイク雑誌と計算機との睨めっこの日々が続いた。

ローン利用金額を12で割ったり24で割ったり・・・。
もっと安い店は無いか、バイク雑誌の記事と記事の間のバイク屋の広告を探したり・・・。
他のバイクにしようか・・・と、例えば国内仕様であるGPz750Rでも良いのではないかと自分を無理やり納得させかけてはやはり900の記事に目を奪われ、諦め切れなかったり・・・。

とにかく、毎日が100万円超のその金額をどう捻出するかで頭がいっぱいだった。
ある程度、バイクと共にある人生を重ねた今だからこそ言えるが、実はそういった時期もまたバイク乗りとしては楽しい時間であったりもするものだ。
あぁでもない、こうでもないと購入の為にそのバイクの事で頭を一杯にする事が、その後のマシンへの愛着にさえ繋がってくる。

そして、ここで初志を貫徹し理想のバイクを手に入れる為に必要なものは、やはり魂である。
決して折れず曲がらないバイクへの真っ直ぐな『情熱』と、その情熱に裏打ちされた少々の金銭的苦労も 厭わない『覚悟』こそが、自らを理想のバイクに跨らせる原動力である。
これは購入はもちろん、その後の維持についても同じ事が言える。

最終的に僕は、月々のローン金額を当初に予定していたものより引き上げようという腹積もりでいた・・・。
もしかしたらその月々の支払いの為のアルバイトにより、バイクとの時間が減るかもしれず、本末転倒な結果になってしまいかねないが、それはもう致し方あるまい・・・。

それほどまでに僕はニンジャが欲しかった。
当時の僕の若い魂は一切の妥協を許さなかったのだ・・・。

そんな梅雨に入り掛けの曇り空の日曜の朝。
部屋の外にバイクの排気音が停まった様に聞こえた。2台か?。
ほどなくして部屋の扉をノックする音。アナゴ君だろうか。
寝ぼけ眼で扉を開けるとそこにはやはり「ヨッ」とアナゴ君の顔。そしてその後ろにはもう一人の姿。

「おはよう」というその男。第三京浜にご無沙汰だった僕にとって、久しぶりの鈴木さんの笑顔だった。


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198 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/18(土) 01:20:25 ID:XVcNVwmK
玄関先。僕の限定解除合格への祝いの言葉のあと、鈴木さんは本題を切り出した。

「昨日の夜、保土ヶ谷でアナゴ君に聞いたんだけどさ。フグタ君、GPzを探してるんだって?」

「あ、はい。そうです。・・・でも、やっぱり高くって・・・。毎月の支払いを上げようと思ってるんですけど・・・」

そこでアナゴ君が会話に割り込む。
「鈴木さんが面倒見てもらってるバイク屋に行ってみないか?何か良い話があるかもしれないってよ」

「そのバイク屋、結構いろんなバイクが流れてくるんだ。試乗車崩れとか新古車とかね。
僕のCB1100Rも前オーナーの心変わりで、たった1500kmで売りに出されたヤツだったんだよ。
もしかしたら何か良い話があるかも知れないから、ダメもとで行って見ない?」

・・・アナゴ君は僕の為に保土ヶ谷で情報を集めてくれたのか?
そして鈴木さんは僕の為にわざわざ社会人の貴重な休みを割いて来てくれたのか?
二人の心遣いがありがたかった・・・。

もちろん僕は洗顔もそこそこに、着替えを済ましヨンフォアの元へ。
思いがけない心強いアドバイザーの登場に、僕の胸は高鳴った。なんとかなりそうな気がしたのだ。

休日の都内を進む3台のバイク。
まだ見ぬ愛車への僅かな期待を胸に、すり抜けのフットワークも軽やかに走る僕。
先導するCB1100R。バックミラーにはカタナ。早く僕も大型バイクでその隊列に加わりたいものだ。

その時、僕は着の身着のままで部屋を飛び出していた・・・。
結論から言うと、僕は忘れ物をしていた。
・・・そう、この時印鑑を持ってきていれば、再度その店に来店する手間が省けたというものだ・・・。


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228 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/19(日) 22:27:56 ID:kfuyz7Cj
【SCENE37】
そのバイク屋は都内の環七沿いにあった。3台のバイクが店の前に停まる。
国内4メーカー全ての看板を掲げている。思えばそんな店が昔は多かったような気がする。
小さな古びたモルタル造りの店構え。
4メーカーの看板に囲まれるように『イナダモータース』の屋号・・・。

「ちょっとガンコなところもあるけど、いいオヤジさんだから」
鈴木さんはそう言ってサッシの引き戸をカラカラと開け、店内に入っていく。僕らも続いた。
狭い店内には所狭しとバイクが並んでいる。最新型から旧車。原付から大型まで・・・。
お世辞にも綺麗とは言えないが、整理整頓はされているようだ。
オイルとガソリンとタイヤのゴムの入り混じった独特の匂い。
奥の作業場からチャリンチャリンと工具の音が響く。

「オヤジさ〜ん、居ます〜?」
鈴木さんがそう叫ぶと奥からしゃがれた声がした。

「あ?鈴木さんかい?こっちだァ。今、手が離せねぇんだよ。」
鈴木さんは僕らに目配せして、奥の作業場へ向かう。僕らは後に続いた。

その作業場は、バイクを2台も置けば一杯になってしまうほどの小さな空間。そこに店主が居た。
一見気難しそうな禿げオヤジ。齢60過ぎといったところか・・・。

ほとんどの部品を外されたフレームと前後足廻りのみになった、車種判別不能のバイクにチェーンブロックで吊るされた直列4気筒エンジンが今まさに搭載されようとしていた。
作業者としてはまったく悪いタイミングで現れた来客である。

「こいつを載せちまうまで悪いけどちょっとまっててくれな」
そう言って店主はこちらを振り向くこともせず作業に没頭する。
各部の干渉を、確認し時には排除しながらチェーンブロックを少しずつ上げていく店主・・・。
一度で位置が決まるエンジン。

一見乱雑に放り込まれているかのように見えるパーツトレイの中のボルトを確実に素早く選び出し、あるべき場所へ取り付けていく。
最初は手締め。
ねじ込みが固ければチェーンを揺らし、最適位置を出す。
僕とアナゴ君はその華麗な手さばきに目を奪われていた。


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230 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/19(日) 23:04:30 ID:kfuyz7Cj
「お客さんを連れてきたよ」
作業が一段落して手の汚れを水ではない液体、ガソリン?灯油?で落とす店主に鈴木さんが僕らを紹介する。
一瞬、ギロッと店主に睨み付けられ怯む僕。
しかし次の瞬間、それまで作業していた時の眼光とは打って変わって優しい笑みを浮かべ、店主は口を開いた。

「いらっしゃい。汚ねぇ店だけどゆっくりしていってよ。」

僕らは店主が入れてくれた濃い番茶を飲みながら、しばらく鈴木さんと店主の会話を聞いていた。
「オヤジさん、不味い茶だなぁ。奥さんはどうしたのさ?」
「普段、俺は茶なんて入れねぇんだぜ。黙って飲め!カミさんは銀行行ってらぁ。」

そんな二人の会話を僕は黙って聞いていたが、ふいに店主から本題に振ってきた。
「鈴木さんがウチにわざわざ連れてきたって事は、なんか探してるバイクがあるんだね?どっちのお兄さんだい?」

さすがは老齢のバイク店主。全てが読まれている。僕です、と手を挙げた。

「僕、900ニンジャ探してるんですが・・・。どこに行っても予算オーバーで・・・。」
鈴木さんが助け舟を出してくれた。

「彼、まだ学生なんだけど、大型バイク買うのに必死でアルバイトしてるんだよ。
ね?放っておけないでしょ?分けわかんない店で無理してローンを組まさせたら可哀想じゃない?
オヤジさんとこなら何かイイ出物があるかも知れないと思って連れてきたんだよ」


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231 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/19(日) 23:05:00 ID:kfuyz7Cj
僕をじっと見据え、少し間があって店主が質問してきた。
「限定解除して・・・どれくらい立つんだい?」
「あ・・・、先月したばかりです。中型は去年とったばかりで・・・」
「じゃあ、まだ初心者だな・・・」

しばしの沈黙・・・。それまでの僕は、『バイク屋の店主=短気で気難しい』という短絡的なイメージがあり、この程度の経験でそんなハイエンドな車種を望むだけで叱られそうに思えて怖かった・・・。
その沈黙に耐えかねたように鈴木さんが店主に聞いた。
「・・・やっぱり、最初からニンジャじゃ早いかな?」

その質問に対する店主の回答は、予想外だった。
「・・・いやぁ、どうせ若いお前達は止めたってバカみたいに飛ばすんだろ?
う〜ん・・・だったら・・・最新型の方がまだ安全かもしれねぇなぁ・・・。
近頃のバイク見てると、そう思ってよ。」

そう言って店主は立ち上がった。そして作業場のほうに歩きながら僕らを手招きした・・・。
「こっち来な」


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267 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/21(火) 23:33:34 ID:99AL7rYn
【SCENE38】
「こっち来な」
そう言って作業場の方へ向かうイナダモータース店主、イナダ ゲンゴロウ。
僕ら三人はその後をついて行く。
「ほらな」と声に出さずに口の動きだけを僕に送りサムアップする鈴木さん。
本当か?ニンジャが本当にあるのか?

さっきエンジンを搭載されたばかりの作業中のバイクの脇をすり抜け、作業場隅のドアへ向かう店主。
そのドアの奥は小さな倉庫になっていた。
10台ほどのバイクが、どうやって詰め込んだのか判らないほどにぎゅうぎゅうに押し込められている。
・・・そして、そいつはシャッターの一番近くに居た・・・。

シャッターと床の隙間から僅かに射し込む外からの光が逆光になり、その独特のスタイルが黒いシルエットとなって浮かぶ・・・。
暗くても解る。紛れも無いカワサキGPz900Rニンジャの勇士・・・。

店主は狭い倉庫を隙間無く埋め尽くすバイクの群れを器用にすり抜け、ニンジャのもとへ。
そして、彼はシャッターをガラガラと開けた。光の下にハッキリと姿を現したのは、赤黒の最新型900cc。
シャッターの最も近くに置かれていたということは、最近入庫したということだろうか?

手招きする店主。
僕らはたくさんのバイクを倒したり傷つけたりしないように気をつけながら彼のもとへ。
高鳴る胸を抑えながら一歩一歩未来の愛車になるかもしれないそのバイクに近づく。
そして僕は、そのニンジャと対面した・・・。

月並みな表現だが・・・、やはり格好良い。
あくまで当時としてだが、繊細に空力を考慮されつつも男の乗り物にふさわしい無骨なスタイル。
もしかしたら僕が雑誌で始めてニンジャをみた時から、その心を虜にしたものは実は性能よりもその造形だったのかも知れない。

人は自分が持っていないものに憧れを抱く傾向があると聞く。
選択する余地すらなく手に入れた優美なスタイルが特徴のヨンフォアを除き、僕が気に入ったり気になったりするバイクのデザインは、ほとんど例外なく、無骨だったり、大きかったり、強そうだったり・・・と、解りやすい『男らしさ』のようなものを前面に推しだしているスタイリングがほとんどだった。


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271 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/22(水) 00:06:39 ID:99AL7rYn
「こいつはな、三日前に入ってきたばかりの雑誌社からの払い下げだ。ウソかホントか知らねぇが、日本上陸第一号とか言ってたな。
もしかしたら、お前さん達の読んでるバイク雑誌に写ってるのはこいつかもしれんぞ?」
そう言って自慢気に笑う店主。

「俺も昨日乗って見たんだけどよ。やっぱり速ぇよ、とんでもねぇ。でもな、それ以上に足やブレーキがいい。
まぁ、安心して速度を落とせるバイクが安心して飛ばせるバイクってことだな」

店主がそこまで言ったところで鈴木さんが思い出したように大きな声で言った。
「もしかして昨日の第三京浜で俺をぶち抜いて行ったニンジャはオヤジさんかい?アナゴ君も覚えてるだろ?」
バツが悪そうに突然声が小さくなる店主。
「あ・・・いや、あれだ。あんまり速かったもんだから俺も我慢できなくてよ・・・」

「なんだよ、若い連中には飛ばすなって説教するクセにさ。とんでもないオヤジだよ!」

・・・そんな彼らの会話も上の空だった。
少し汚れた足回り。ゴムが毛羽立ったタイヤサイド。
幾つかの小さな羽虫の死骸がこびりついたライトやカウル。
一週間前、他のショップで見た成約済みの新車よりも、走行履歴が付いていることでバイクとしての生命力ほとばしる目の前のニンジャ・・・。僕は夢中でその姿を嘗め回すように眺める。

そんな夢中な僕を正気に戻す、店主の一言・・・。
「試乗してみるかい?」
思いがけない展開だった・・・。心の準備も出来ていなかった・・・。
突然にその憧れの大型バイクに乗る機会は、やってきた・・・。
僕の、ハイという返事を聞くとニヤリと笑いニンジャのキーを僕に渡す店主。
「エンジン、掛けてみな」

手が震える・・・。キーをONにする・・・。
ニュートラルランプの点灯を確認し、いよいよスターターを押す・・・。
『キュゴゴゴゴ』。ヨンフォアの数倍の迫力でクランクを回すセルモーター。
『ボボボボボボ・・・』という排気音と一緒に聞こえてくるカワサキ車独特の『ガシャガシャ』というメカノイズ・・・。
それら音の全てが、自分は大排気量車であるということをニンジャは自ら主張する。

エンジンの始動を確認した後、三人に向けた僕の顔はあらんかぎりの子供のような笑顔だったらしい・・・。

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290 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/22(水) 22:35:48 ID:j+HWfLLO
【SCENE39】
イナダモータース倉庫のシャッターを出るとそこは車が通れないほどの狭い路地。
オヤジさんはエンジンが掛かったままのニンジャを押して環七に出す。

ヘルメットをかぶり、グローブを装着しているうちにニンジャも暖気完了。
「まだ売るって決めたわけじゃないぞ。お兄さんの運転が怪しかったら売らんからな!」
早速ニンジャに跨ろうとしている僕の背中に、オヤジさんはそんな言葉を投げ掛ける。
彼の顔は笑っているがおそらく本気だろう・・・。

大きい・・・。限定解除の際に練習所で乗ったナナハンよりもさらに大きく重く感じる。
やはりリッタークラスは別格だ。
跨ると、これまで乗った事のあるどのバイクよりも前傾がきつい。

緊張する・・・。オヤジさんがあんな事を言ったせいで、限定解除試験並みに緊張する。深呼吸する・・・。
スロットル開度とクラッチエンゲージをゆっくりと確かめるようにシンクロさせると、ニンジャは野太い排気音とともに決して交通量の少なくない日曜日の環七の流れにスムーズに吸い込まれていく。
イナダモータースと三人は、バックミラーの中で瞬く間に小さくなる・・・。

『ズオォォォォ』という、地の底から響くような迫力のエンジン音とともに湧き上がるそのパワー・・・。
・・・感動だった・・・。大きく重いと思っていたその車体は、豪快なトルクに弾かれるようにいとも簡単に四輪車の流れをリードし、置き去りにする・・・。

心地よい排気音はもちろんだが、胸元から聞こえてくるビートの効いた吸気音がいやがおうにもさらに気持ちを盛り上げる。
感激はその馬力や加速だけではない。
僕の体重まで入れると、300kgにも迫ろうとする質量をたった2本の指で簡単に減速させる秀逸のブレーキ。
路面のギャップをもろともしない車重と車体剛性、そしてそれを支える前後サスペンション・・・。
目から鱗の体験だった・・・。

僕は常々、つまらないバイクなど無いと思っている。
原付には原付の、中型には中型の楽しさや楽しみ方があると思っている。
要はそのバイクの用途や長所をライダー側がどう受け止めてやるかということだ。

・・・そして、大型バイクが持つ大きさと重さが演出する乗りごたえ感と、やはり大きな排気量により獲得した 絶対的パワーに僕の心は完全にノックアウトされてしまったのだ。


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296 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/22(水) 23:24:22 ID:j+HWfLLO

5分ほど環七を走り、脇道に左折する。何度か左折を繰り返す。
半時計回りでイナダモータースに引き返すコース。
赤信号で車列の先頭へ。信号が青になる。さっきまで僕の直後にいたクルマが、数秒後にはバックミラーの点になっている・・・。
大袈裟ではない。これは・・・ワープだ!
ワープとは、SFやアニメの中だけで空想された虚構の現象ではない。
まさに、今まさに僕が乗っているこの2輪の乗り物が、すでにそれを現実のものとしている!

再び環七へ。すぐにイナダモータースが見えてきた。
普段であれば鬱陶しいクルマの群れの中で味わった、 10分ちょっとの至極の時間・・・。

店の前にニンジャを停める。何故か、ヘルメットを装着し準備万端のアナゴ君。
「俺も乗っていいってさ!ほれっ!早く降りた降りた!」
買いもしないクセに、興味本位だけで試乗したがる調子の良いアナゴ君。
まぁ、目の前にこんなバイクを見せられてはライダーとしては無理も無い。
早速、アナゴ君は環七を走り去っていった・・・。

「どう?フグタ君」
鈴木さんの問いに僕はもう、何と返答したら良いか解らなかった。
この感動を表現できる言葉が、興奮した頭と相まってすんなりと出てこなかった。
「いや・・・、もう・・・最高です!」
僕は、そんな短かくも率直な感想を鈴木さんとオヤジさんに伝える。

すると鈴木さんは、今度は腕組みをするオヤジさんに質問をした。
「オヤジさん、どう?なかなか筋がいいでしょ?大丈夫だよ。僕も面倒みてあげるからさ」
僕は不安な顔で親父さんの返答を待った。少し間を置いて、オヤジさんは答えた。

「・・・90万・・・と言いたいところだけどな・・・。・・・80万だ!それ以上はまけんぞ!」
「じゃあ、オヤジさん。いいんだね?」
黙って頷くオヤジさん。
80万・・・。一括で払える額ではないが、僕の予想を下回る金額・・・。ローンも随分楽になる。

「80万だってさ。フグタ君、どうする?」
僕はその鈴木さんの言葉が終わるか終わらないかというぐらいのタイミングで即答した・・・。

「買います!よろしくお願いします!!」


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