1-07 マスオ物語
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867 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/06(月) 22:36:03 ID:W2zhzX09
【SCENE30】
鈴木さんと再会したあの日以来、僕は第三京浜には行かないと決めていた。
僕の計画を実行に移すためにまず必要なもの・・・。それは金だった。
大型自動二輪試験を受けるに当たっての練習所に支払う練習料もそうだが、なによりも免許取得後の大型バイク購入資金を貯める事に専念した。
その、いつになるのか解らない未来の為に、僕は必死でアルバイトをこなした。
平日はもちろん、アナゴ君が第三京浜に通っている週末の夜も仕事をした。
時には日曜日も働き、一週間働きづめの週もあった・・・。
アルバイトを覚えたての頃は、道路工事現場の交通整理だけだった職種も、実際の現場作業から、アナゴ君の伝手以外の引越しの手伝いなど、肉体を酷使する時給の良い仕事を毎日のようにこなすようになっていた。
毎日疲れ果てて部屋に戻る日々。体は疲労でクタクタだったが、半年程前の自分には考えられないほどの筋肉が四肢に付いていた。
逞しくなってきた僕の肉体には、「モヤシ」と揶揄された昔の面影は無くなって来ていた。
着痩せする体型らしく、それが周囲の人間に露見する事はほとんど無かったが、この時期の異常なまでのバイト量とそれに伴う肉体改造は、近い将来に現実となる大型バイクでの高速バトルで大いに役立つ事となる・・・。
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868 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/06(月) 22:36:51 ID:W2zhzX09
アナゴ君とバイクに乗る時間が減ってしまったのは残念だったが、どうせ今は冬。
我慢と辛抱を重ねれば得られるであろう大型バイクとの夢のような日々を思い描き耐えた。
それにアナゴ君とは以前と変わらず鮒田食堂で飯を食い合う仲だったし、アナゴ君の第三京浜の土産話は僕のアルバイト尽くめで疲れた日々の、大きな支えとなった。
相変わらずヨンフォアに対する後ろめたさというのは感じていたが、もう振り返らないと自分に言い聞かせ残り少ないであろう愛車との日々を街乗り程度ではあるが楽しんでもいた。
未だ春の気配が見えない1984年2月上旬。
僕はもうひとつ毎日のように釘付けになっているものがあった・・・。
バイク雑誌の数々だった・・・。最初は大型自動二輪取得に関する情報を得ようと購入したそれらの雑誌。
しかしその時期、どの雑誌を見ても紙面を賑わせている一台の大型バイクがあった・・・。
250km/h近い最高速度・・・。ゼロヨン10秒台の俊足とパワー・・・。
世界中のバイク乗りがその時、この一台に注目していた・・・。
・・・カワサキGPz900R・・・。北米でのペットネーム『ニンジャ』・・・。僕は完全にその虜になっていた・・・。
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903 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/08(水) 23:01:16 ID:dngYFOJm
【SCENE31】
鮒田食堂。300円の醤油ラーメンをすすりながらバイク雑誌のページをめくるアナゴ君。
そのページにはGPz900R。
どうでもよいが、彼はほとんどいつも同じラーメンを食べている。よくもまぁ、飽きないものだ。
「・・・ホントに、このバイクにするのか?」
そのアナゴ君の問いかけに、信念を持って頷く僕がいた。
「しかし・・・高いぜこりゃ。逆輸入車だろ?一体、幾らくらいするんだろうな?」
・・・そう。それが僕のもっとも懸念していた事だった・・・。
規制緩和により、現在のように当たり前のように逆輸入車が購入できた時代ではない。
例えば登録一つとっても車両のフレームナンバーではなく、陸運局の職員による「職権打刻」と呼ばれる新たに打刻されるフレームナンバーにより登録される事になる。
逆輸入車の購入とはそんな特別な事だった時代。
春の気配が見えてきた3月中旬。
昨年末から冬休みも学校が始まってからも続いていたアルバイト三昧の日々と、切り詰めた日常生活によって当時の中型二輪車であれば現金一括で買えそうなほどの財力がその時の僕には既にあった。
しかしこんな程度でGPz900Rの逆輸入車が買えるわけなど無いし、もちろん登場したばかりのこのバイクに中古車などあるわけが無い。そもそも所持金の一部はこれから何度通う事になるのかも解らない限定解除の為に使わなければならない・・・。
「ま、なんだかんだ言っても金なんてどうにかなっちまうんだけどな」
とアナゴ君は笑った。
彼も限定解除に成功したその足で、中古のナナハンを覗こうと寄ったバイク屋で新車のカタナを見てしまったのが運の尽きだったらしい。
気がついたら所持金全額とローンの組み合わせで契約が済んでいたという・・・。
「あ〜あ!フグ田君が限定解除してGPzを買っちまったら俺が一番小さい排気量じゃないかよ!参っちまうな。
ま、俺はあのカタナにずっと乗り続けるけどな!」
この時が、これまで何度繰り返されては訂正されたか解らない「今のカタナに乗り続ける」というアナゴ君のお決まりのセリフの、記念すべき第一回目である・・・。
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905 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/08(水) 23:50:03 ID:dngYFOJm
深夜の潰れたパチンコ屋の駐車場で、久しぶりに並んだヨンフォアとカタナ。
この日、僕は初めて大型自動二輪に跨った。
4月から限定解除に向けて具体的にアクションを取ろうとしていた僕に、アナゴ君がカタナを貸してくれたのだ。
凄い・・・。サイドスタンドを起こそうと車両を直立にしただけでも感じるその巨大な体躯・・・。
ズッシリとした重さ・・・。
跨ってハンドルに手を添えると、目の前を圧迫するタンクや計器類・・・。
股下ではアイドリングにも関わらずゴロゴロと巨大なピストンとクランクシャフトが駆動しているのが感じられる・・・。
その重いクラッチレバーは、即ち大きなパワーを受け止める大きなクラッチ容量を現している・・・。
ニュートラルからローへ。その『ガツン』という音とショックは、明らかにヨンフォアと異なっていた。
重いクラッチレバーをそろそろと繋いでいく・・・と、ほとんどアイドリングにも関わらず、その巨体はドロドロと前に向かって動き出す。
歩くほどの速度から、スロットルを少しだけスッと開けてみると、ドンッと後輪が強大なトルクでアスファルトを蹴飛ばす。
30mほど直進してUターン。ズッシリと重く、それでいて安定したリーン。
車体が直立すると、心配そうな顔をするアナゴ君に向かってさっきよりももう少しだけ大きくスロットルを開ける。
ズゴォォォとバイクが先行し、頭が後ろに置いていかれそうになる。無意識にニーグリップがいつもより強くなる。
空き缶をパイロンに見立てたスラローム。
ズン!ズン!とその大きさと重さを感じさせないかのように身を翻すカタナ。
ヨンフォアに慣れて忘れていたバイクという乗り物の質量を思い出す・・・。
「どうだい?やっぱりヨンフォアとは違うだろ?」
そのアナゴ君の言葉に、僕は笑顔で頷いた。
やはり大型バイクは凄い・・・。うむを言わせぬ迫力・・・。そのパワー感・・・。
僕はその晩、限定解除をしてやろうという決意を新たにしていた・・・。
その帰りのヨンフォアが自転車のように軽く感じた・・・。
ヒューンと軽快に回る、手の内に収まるエンジンパワーがそれはそれで楽しかったのが何故か記憶に残っている。
来週から4月。僕は限定解除に挑む・・・。
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940 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/10(金) 23:22:59 ID:044JzTWH
【SCENE32】
4月に入り僕は練習所に通った。練習車両はヤマハGX750。
やはりヨンフォアに比べ大きく重い・・・が、決してどうにも手に負えないというほどのものでは無く、やはり同じオートバイ。
コツさえ掴んでしまえば去年教習所でホークUに乗っていた時と同じ事だ。
どんなに重くてもパワーがあっても、バイクは腕力で乗るものではなくキッカケで倒しこみエンジントルクで車体を起こすという基本は同じだ。
数ヶ月の中型バイク生活で忘れていた基本を思い出し、また身に付けていたスキルを駆使し順調にこなす練習。
数時間の練習を早々に終わらせた僕は、早速免許センターに居た。
その日、僕は欲を張っていたのかも知れない・・・。
数々のライダーの前に大きな壁となって立ち塞がり、そしてふるい落としてきた悪名高き限定解除試験・・・。
『落とすための試験』と揶揄され、人によっては数十回の受験すらザラであるこの試験を僕は一発で通過してやろうと目論んでいた・・・。
その根拠の無い自信はどこから来ていたのか・・・。今となってはもう忘れてしまった。
練習車両と同じ試験車両。
次々と受験生が試験コースに入く。中には途中で試験中止にされてしまう者も多い。
・・・緊張する・・・。足に力が入らない・・・。
「はい、フグ田さん。乗って。」
偉そうな警察官に呼ばれてハッと我に返る。ひっくり返った声で返事をする。
後方確認をしてバイクを引き起こす。
バイクに跨る前にサイドスタンドを格納する・・・。
着座してからのほうが安定するだろうに・・・おっと、余計な事は考えまい。
一連の乗車手順を踏んでいく・・・。
試験官がバインダーに何か書き込む姿が視界に入り、集中力を乱す。
一体何を記入しているのか・・・。減点など無いはずだ!
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942 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/10(金) 23:25:23 ID:044JzTWH
そう思っていたのは自分だけ。
本当は後方確認を一回、シフトをローに入れる時の足の踏み変えの際に忘れていた。
テストコースに試験車両を走らせていく僕。
コースは完全に暗記したはずだ・・・が、もうどこをどう走っているのか極度の緊張で意識が無い。
・・・しまった・・・右折時に交差点中央から1m以上距離が離れてしまっている。
試験官の目に入っているだろうか・・・。一体、今どれほど減点されているのか・・・。
走らせてもらっているということはまだ大丈夫ということだろうか?
緊張、そして余計な考えに頭を使ってしまったせいで・・・やってしまった・・・。
スラロームで最後の一本にパイロンタッチ・・・。一発で試験中止のミスだ・・・。すぐさまメガホンで呼ばれる。
当初の自信などどこへやら。いともあっさりと僕の初めての限定解除は終わった・・・。
最後まで走らせてももらえ無かった・・・。
僕がこれから乗ろうとするバイクには、あんなエンジンガードなんて付いていない。
エンジンガードさえなければパイロンに接触する事なんて無かったのだ・・・などと女々しく免許センターと免許制度を呪ってみたところで後の祭り。
大型二輪を目指すほとんどのライダーが受ける洗礼を見事に僕も味わってしまった。
大型自動二輪までの道程が遥かに霞む遠い旅路に思えた・・・。
部屋に帰り、新しくする事の出来なかった免許証を眺めた。
条件欄の『自動二輪は中型に限る』という10文字を恨めしい思いで睨み付けた・・・。
しかし僕はもう一年前の僕ではない。絶対に諦めないと、自身とGPz900Rに誓った。
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43 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/13(月) 23:55:29 ID:QaEsyQa5
【SCENE33】
僕は自動二輪限定解除試験に気を取られるばかり、すっかり実感を失っていたのだが大学二年生になっていた。
と言っても、毎日のように免許センターまで受験をしに行っていたわけではない。
なるべく学校は休まないようにしていた。
それはアルバイトをすることでお金のありがたみを知った事で、女手一つで学費を工面してくれている母への感謝の心の表れだった。
実家に居た頃は鬱陶しいと思っていた母へのそんな感情も、バイクを知った事で間接的に得る事の出来た心情だった。
その日、僕は四度目の限定解除試験に挑む為、免許センターに居た。1984年5月半ばの事だ。
無様な結果に終わった一回目の限定解除試験の後も、僕は懲りること無く週一回程度のペースで免許センターに通っていた。
二回目はコース間違いをしてしまい、その後は頭が真っ白になってしまった為に減点を積み重ね不合格。
三回目は最後まで走りきったが、発表された一次合格者の中に僕の名前は無かった・・・。
四度目ともなるともう何度でも通ってやる、という開き直りにも似た感情で、僕の緊張もやや和らいでいた。
僕は早朝から試験コースの下見をしていた。バイクでの走行を脳内でイメージし、コースを歩く・・・。
同じようにコースの下見をしている者が三人ほど居たが、その中に見覚えのある顔があった。
前回の受験の時も居た男だ・・・。人懐っこそうな丸顔・・・。試験官に呼ばれた時、人一倍大きな声で返事を
していたので良く覚えている。僕よりも年下だろうか?
彼が近くまで歩いてきた時、僕は思わず声を掛けた。
もう昔のような引っ込み思案の僕ではない。
同じバイク乗りならなおさらだ。
「こんにちは。この前も居ましたよね?」
そんな僕の声に驚くでもなく、むしろ話し相手が見つかった事を喜ぶように彼は話に乗ってきた。
「どうもっ!何回目ですか?僕もう今日で5回目ですよ。前回はいいとこまで行ったと思ったんですけど〜・・・」
話は絶え間なく続く・・・。なんて陽気な男だろう・・・。
もしかして面倒くさいヤツに引っ掛かってしまったか?
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44 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/13(月) 23:56:13 ID:QaEsyQa5
試験開始までの僅かな時間。
センター内のベンチで彼と会話をした。と言っても僕はほとんど何も話していない。
短く刈られた頭髪。ふっくらした丸顔。その男は初対面の僕に対しても本当に屈託が無い。
ずうずうしいのだがどこか憎めない。僕は気がつくと彼の話の聞き役に回っていた。
その後、ほとんど彼の一方的な話で得た情報によると、なんとその男は以前、自動二輪限定解除免許を
持っていたのだという。
『とんでもないほど』のスピード違反で検挙され、その貴重な免許は失効されたのだという。
・・・僕は驚いた。とてもそんな事をする人間に見えなかったからだ。
彼の地元は九州で、一浪し東京の大学に進学。
入学仕立ての一年生。僕の二つ年下とのことだった。
親戚の家に居候しており、その家の主は頑固オヤジで、もし免許を再び手に入れる事が出来ても実家に置いてある愛車を東京に持ってこれるかは解らない・・・等々、僕が聞きもしないのにたくさんの個人情報を一方的に話してきた。
僕も聞きたい事が色々あった。愛車は?名前は?
しかし、時間切れ。限定解除受験者に試験開始のアナウンスがあった。
それにしても試験開始までをこんなに和やかな気持ちで過ごしたのは初めてだ。
いつもなら様々な余計な考えが僕の緊張を増幅していたからだ。
四度目の試験コース。僕の順番が少しずつ迫る・・・。やはり、緊張する・・・。
一回目の時ほどではないが、この緊張はなかなか克服できるものではない。そして呼ばれる僕の名前・・・。
「フグタさん、はい乗車してください。」
僕は返事をしてバイクに向かう。力の入る肩・・・腕・・・脚・・・。その時、僕の肩を叩く者が居た。彼だ。
「リラックス!リラックス!」
彼はそう言って、親指をつき立てた。そのしまりの無い笑顔に僕の気持ちは一気に和らいだ。
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85 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/14(火) 23:11:05 ID:dFtc0ivK
【SCENE34】
僕のスロットルとクラッチ操作で走り出す試験車両。
直前までの気負いは何故か消えていた。彼の不思議な脱力系の笑顔のせいだろうか?
落ち着いていた・・・。これから走ってゆくコース取りが良く見えていた。
一つ一つの操作に無駄が無いのが自分でも良くわかる。・・・気持ちいい。
やはりバイクは楽しいものだ、などとライディングを楽しむ余裕すらあった。。
そんなふうに心に余裕が出来てくると、ふと僕の前にアナゴ君とカタナが走っているような感覚を覚えた。
僕がもっとも心地よくランデブーできる限定解除の先輩であり親友のアナゴ君。僕の目の前を彼がナビゲートするように走っているビジュアルを思い浮かべると、なおさら走りにゆとりが出来てくる。
狭い試験コースで次々とこなさなければならない合図、確認、車線変更、右左折・・・。
それらを慌てて行わずとも、今日はそれら動作のひとつひとつが余裕を持って走りの中に収まってくる。
いつもより試験時間が短く感じた・・・。僕は気がつくと出発点に戻っていた。
一体、何点だ?文句あるまい。これ以上の走りなんて出来っこない。・・・僕は満足ゆく走りが出来た。
後は結果を待つだけだ。
ヘルメットを脱いでふと気がつくと、例の彼は既にコースを走行中だった。
やはり、元限定解除所持者だけあって無駄の無い走り。
コーナー時にややバンクを付け過ぎだろうか、そんなやんちゃな部分も垣間見られる。
が、僕には彼の走りに特に減点する部分など見当たらない。
こんな走りを 披露しても落ちてしまうのか?と思うと、さっきの自分の走りが途端に不安になってくる。
彼もまた無事出発点まで帰り着き、ヘルメットを脱ぐと今日は自信あるんだけどなぁ〜、と笑って言った。
・・・しかし僕は見逃さなかった・・・。
発着点に戻ってきた瞬間。まだバイクに跨っている時の、ヘルメットの中で光る、その危険な眼光を・・・。
僕はその彼に名前など色々聞いておけば良かったのだが、その時はそれどころでは無かった。
直後の合格者発表に際し、僕は酷く緊張していた。
前回は半分諦めていたその発表。
しかし、今日はそれなりの自信があった。故にその発表の瞬間が待ち遠しくもあり、不安でもあった・・・。
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90 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/14(火) 23:42:11 ID:dFtc0ivK
試験中断してしまったものを除く20人程度が、免許センターの一室で発表を待っていた。
あまりにも難易度が高く、『最も合格困難な国家資格』と言われた1970年代の限定解除のイメージが今でも一人歩きしているが、1980年代半ばともなるとそこまでの低い合格率ではない。
・・・しかし、狭き門であることに変わりは無い。
今日はこの中の何人が合格するのだろうか・・・。
丸顔の彼のトークはそんな状況下でも止まる事は無かったが、その声も上の空の僕の耳を素通りする。
我々に告げられた時間を5分も過ぎて、その部屋に入ってくる青い制服のお役所仕事。
「それでは本日の自動二輪限定解除試験の合格者を発表いたします」
なんの前振りも無くいきなり本題に入るその声。
僕はこんな時間がキライだ・・・。
高校受験や大学受験の発表などで、自分の名前を見つけるまでの時間・・・。
入り混じる期待と不安・・・。もったいぶるように僕を焦らし弄びながら流れる時間・・・。
本当に僕はこんな時間が大嫌いなのだ・・・と余計な事を考えているその最中、一番最初に読み上げられたその合格者の名前は、僕の聞きなれた名前だった・・・。
「フグ田 マスオさん」
は?・・・僕の名前?呼ばれた?合格者?なに?
混乱し、思わずする必要の無い返事をうわずった声で返す僕。
小さな笑いが起きる会場。
受かった?自動二輪限定解除試験に受かった?
横を向くと丸顔の彼が僕を実技試験に送り出した時のように親指を立てて祝福してくれている。
受かった?たった四回の受験で?僕?
・・・その時の僕は、明らかに合格の実感が無かった。
自分自身の意思で受験しておきながら、まるで当たるはずもないクジに当たったかのように他人事のようで現実感の全く無い感覚だった・・・。
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93 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/15(水) 00:13:59 ID:d0FvdvJL
混乱し、周囲の状況が一切入ってこない僕の頭を正気に戻したのは、無駄に大きな「ハイ!」という返事。
その声の主は隣に座っている丸顔の彼だった・・・。
人目を気にせずヤッター!、と声に出して喜ぶ彼。
そんな彼の姿を見て、僕は徐々に合格の実感を感じていった・・・。
こんなにも素直に、ストレートに喜びの感情を露にする彼を見て、そうか僕も彼と同じ喜ぶべき合格者なのだという思いが込み上げてきた・・・。
・・・気がつくと僕は、他の受験者20数人の前で、彼と手を取り合い合格の喜びに浸っていた。
その後のことはよく覚えていない。
その日の合格者である僕ら2人を含めた4人だけが残った会場で、職員が今後の安全運転を啓蒙する説教を行っていたが、僕の脳内ではまだ一度もその目で本物を 見たことが無いカワサキGPz900Rニンジャが、快音を轟かせ駆け巡っていた・・・。
一年弱前。僕が手に入れた自由への切符。それを手にしたその日、何度も財布から取り出し眺めた切符。
・・・しかしその自由への切符には、実は『自動二輪は中型に限る』という法の鎖が絡まっていた。
およそ一年付き合ったその免許は回収され、新しく交付された免許証・・・。
その条件欄には『眼鏡等』の3文字しか記載されていない!
遂に、僕はどんな排気量のバイクでも運転できるライセンスを手に入れたのだ。
1970年代ほどの難関では無いにしろ、4回の受験での合格は当時としては早いほうである。
その少ない受験回数は、その後の僕を語る様々な人間によって一部では『一発合格』という真実ではない『伝説』すら産み出す要因ともなってしまう。しかし、それはまた別の話だ。
一刻も早く帰り、まずはアナゴ君に報告したい。
現在のように携帯電話など無い時代だ。今晩の鮒田食堂が 楽しみだ。
俺だって大型バイクに乗れるんだぞ、と普通車の免許にくっついてきた限定無しの二輪免許を見せびらかしてきた鮒田のオヤジの鼻だって明かしてやる!
帰りがけ、丸顔の彼に礼を言った。キミの笑顔で肩の力が抜けたんだ。キミのお陰だ、と。
彼は最後に自己紹介をした。
「僕、ナミノと言います。またどこかで会えたらいいですね!」
・・・ナミノ君とは、その後しばらくして再び出会う事となる。・・・高速ステージの戦いの相手として・・・。
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174 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/16(木) 22:00:18 ID:Ow5tpd+e
【SCENE35】
「じゃーん!」
鮒田食堂のテーブルでアナゴ君の目の前に突き出した運転免許証の裏。
数秒の間があったが、『限定解除』の文字を確認した彼の口から、300円の醤油ラーメンが飛び出してきた。
その飛沫から、寸でのところで免許証を守った僕。
「汚いなぁ!気をつけてくれよ、アナゴ君!」
アナゴ君は、袖口で口元の汁を拭きながら、睨み付ける様に僕を見据え聞いてきた。
「・・・何回だ・・・?5回?6回だっけ?」
「いや、4回目だよ」
「・・・」
そしてアナゴ君は、あ〜あ!と言って、箸を置き椅子の背もたれに体を預け、天井に目をやった。
「俺は10回だぞ〜。俺より早いじゃないか!」
意外とつまらないことに拘っていたアナゴ君。
負けたな、と言って茶化す鮒田のオヤジをギロッと睨み付けた。
僕は笑いながら僕のほうが上手いってことじゃないかな?と言った。
ますます悔しがるアナゴ君を見ているだけで楽しい。
すると、アナゴ君は今度はニヤニヤと笑顔になっていく。
「・・・フグタ君・・・。今日、バイトは?」
「今日は無いけど。なんで?」
「そうか・・・おじさん!ビール!ふたつね!」
出されたビールを注ぎながらアナゴ君は言った。
「限定解除おめでとう!俺より早いっつーのはちょっと許せないが・・・今日は俺のおごりだ!」
初めてのアナゴ君からのおごり。嬉しかった。
最高の気分でする乾杯。最高の友に注いでもらう祝い酒。
さらに2本のビールが鮒田のオヤジから差し入れられ、最高の夜はいつまでも続いていった・・・。