1-06 マスオ物語
746 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/02(木) 10:38:14 ID:YKKiHCF+
【SCENE26】
その後、往路の反省から3日ほどかけて青森から東京へと戻った僕ら。
東京に帰るとそのまま鮒田食堂に寄り、オヤジに土産の鮭トバを渡し飯を喰った後、僕は数週間ぶりにアナゴ君と別れた。
・・・やはり疲れが溜まっていたのだろう。
翌日、目が覚めたのは午後になってからだ。
酷使したヨンフォアもしばしの休息。
メーターの積算距離は旅立つ前より5千キロを遥かに越えていた・・・。
・・・しかし、暑い・・・。北海道で感じた秋の気配もどこへやら。
早々に北海道の涼やかな風が懐かしい僕が居た。
これだけバイクを乗り倒した夏休み。
しかし、すぐに始まった学校に通って3日もすると既に体はバイクに乗る事を欲していた。
鮒田食堂では、早速週末のツーリング計画を練る僕とアナゴ君の姿。
少し前まで行動力も生活力も無かった僕は、もう平気でキャンプの出来る男となっていた。
その為、毎週末のツーリングの行動範囲は広がった。
単独ツーリングや、大学の仲間と数台で行くツーリングも楽しかったが、やはりアナゴ君とのツーリングが一番楽しかった。
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747 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/02(木) 10:39:07 ID:YKKiHCF+
秋も深まり、冬の気配が感じられる頃になるまで実に様々なところへ行った・・・。
房総、日光、伊豆、草津、信州、上越・・・手に入れてから半年も経たないヨンフォアと、すでに1万キロ以上を共に過ごしていた。
その頃には、峠道を走るペースはアナゴ君と遜色ないまでになっていた。
アナゴ君は、初心者だったはずの僕のライディングが自分に追いついてきた事に悔しさを吐露しながらも、心地よいペースでランデブーできる実力の同じ仲間が出来た事にまんざらでも無いようだった。
夏休みほどのペースではないにしろ、僕はアルバイトも続けていた。
バイクライフの充実の為、金はどうしても必要だったからだ。
平日の夜は、夜間工事現場でアルバイト。
アルバイトが休みの日にはなんと自主的に勉学にも励んだ。そして週末はバイク三昧・・・。
僕の生活は充実していた。毎日が楽しかった。
月日が光のように速く過ぎ去って行った。
しかし、たった一つだけ、僕が満足できていないものがあった・・・。
それが何なのか、僕は気がついていた・・・。
その感覚を僕はフェアレディZのテールとともに覚えていた・・・。
僕が欲していたもの・・・。バイクで駆ける喜びとも、コーナーリングの快感とも違うもの・・・。
そう・・・脳髄をダイレクトに刺激されるような絶対的『速度』。あの狂った行為・・・。狂った世界・・・。
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748 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/02(木) 11:33:15 ID:YKKiHCF+
もはや気持ちだけでは如何ともし難い寒さが、ツーリングプランを拘束しだしたそろそろ12月にもなろうという頃。
僕達は満足にバイクに乗れない鬱憤をバイク談義だけでは晴らせなくなってきていた。
そしてこの頃、会話の端々に速度への欲求を表し始めていた僕の気持ちを汲み取ってくれたのだろうか、アナゴ君がどこからか仕入れてきた情報を僕にくれたのは、毎度お決まりの鮒田食堂での事だ。
「第三京浜っていうところに、週末の夜になると車やバイクの走り屋が現れてもの凄いスピードで走ってるらしいぜ」
第三京浜・・・。以前、誰かの口からそんな名前を聞いたような気もしたが、その時の僕らの頭からは消えていた。
アナゴ君が入手した断片的な情報によると、『第三京浜道路』という東京世田谷から神奈川県横浜市の保土ヶ谷というところまでを繋ぐ有料道路は、ほぼ直線で構成され、毎週末の深夜には腕に覚えのある2輪・4輪の走り屋達の高速バトルステージと化しているとの事であった・・・。
・・・僕の胸は高鳴った・・・。こんな近くにそんな熱い走りのステージがあったなんて・・・。
しかし、その情報に胸を高鳴らせていたのは僕だけでは無かった。その情報を僕にもたらしたアナゴ君本人である。
「行ってみてぇなァ・・・。腕が鳴るゼ・・・。」
そう言ってほくそ笑む彼の顔が少しばかり怖かったのを覚えている・・・。
当時の僕らは20歳そこそこの若者である。ここまで盛り上がってしまった魂の炎が、もはや消せるはずも無い・・・。
早速、今週末に行って見ようという話になってしまった。
やってきた週末。午後9時。僕らは駅前に集合していた。
初冬の夜の風は身を切るように冷たかったが、僕らは初陣に臨み熱い心の高ぶりを隠せないでいた。
若さと無知だけで飛び込んだその世界・・・。
スピードの悦楽と、背中合わせの死が支配する狂気の世界に、僕達は運命のように吸い込まれていった・・・。そう、遅かれ早かれ僕らはここに辿りつく運命だったのだ・・・。
『伝説』が始まろうとしていた・・・。
しかし、その伝説への第一歩に、僕は明らかに何かが不足した状態で臨んでいたことにその時、気がついていなかった・・・。
東京側から第三京浜のICをくぐる僕の股下で回るエンジンの排気量は・・・たったの398ccだった・・・。
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763 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/03(金) 22:29:49 ID:dqpWusvv
【SCENE27】
僕達は、様子を伺いながら100km/h強で流していた。
同じペースで走る一般4輪車が前後に数台。
漆黒の闇に吸い込まれていく片側3車線。
等間隔で次々と迫ってはバックミラーの中で小さくなるオレンジ色の道路灯。
どこまでも広がる無機質な夜景・・・。
22時の第三京浜は、僕達の予想を裏切り静寂の中にあった。
5kmほど走った頃であろうか・・・。
併走するアナゴ君が僕のほうを向いておかしいな、というニュアンスで頭をかしげた時だった。
視界の右隅。バックミラーの中に小さな光点が現れたのが見えた。
一瞬のうちに大きくなる光点。
光の正体を直接確認しようと右を振り向こうとした瞬間・・・。
僕が振り向く必要は無かった。
真横まで首を捻ったところで、その正体は一瞬にして僕達の右前方に移動していた。
・・・漆黒の闇と静寂を切り裂く、悪魔の叫びのような排気音と、悲鳴のようなメカノイズ。
その轟音と血のように真っ赤なテールランプの光を引きずるように、僕らの目前から瞬く間に小さくなっていくのは紛れも無くオートバイ・・・。
車種など判別する余裕など・・・あろうはずも無い・・・。
100km/hの風を切る僕の耳に「ウヒョー!」というような親友の聞きなれた声が聞こえたような気がした。
続いて、シフトを落とすカシャッという音が3つも続けて聞こえてきたかと思うと、持てる力の全てを乗り手によって開放されたGSX750Sカタナが闇に消えていこうとするそのバイクを追うため、飛び出す。
ヨンフォアのヘッドライトが照らすカタナのリアタイヤから僅かにスモークが見え、ゴムの香ばしい香りが
一瞬鼻をつく・・・。
・・・僕は、自分の心臓がもの凄い勢いで拍動しているのを感じた。
カタナのリアタイヤから発せられたゴムの香りの後、鼻の奥深いところから発生した、匂いとも味ともつかないアドレナリンの仕業らしき感覚。
アナゴ君と同じように、僕もまたスロットルをストッパーまで捻っていた・・・。これだ、この感覚だ・・・。
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766 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/03(金) 23:38:28 ID:dqpWusvv
フェアレディZを追ったあの日以来突入した事の無かった領域をスピードメーターの針は指し示す。
程なくして針は上昇を止めた。時速170キロ。
深くタンクに伏せる。そうするとヘルメットが風を切る音がやや和らぐと同時に、股下のエンジンが猛烈な勢いで回転している音が聞こえてくる。
気を抜くと、直進方向以外に発散してしまいそうな凄まじく大きな慣性エネルギー。
アスファルトのザラザラした感触がタイヤからサスペンションを介して直接的に伝わり、時おり越える陸橋の継ぎ手は、ヨンフォアの体勢を崩そうと仕掛ける悪魔のイタズラのようだった・・・。
これだ・・・。この感覚・・・。刹那的で、暴力的で、非常識で、非日常・・・。
バカな事をしているのは解っている。何か具体的なものが得られる行為ではないことも知っている・・・。
しかし、この湧き上がる感情はなんだ?
死と紙一重の状況に身を置く事で感じられる生きている実感・・・。
・・・そんな事でしか生の実感を得られないという事が少しだけ寂しい事であるということに気がついたのは、 もっと大人になってからの事だ・・・。
その時の僕はほとんど何も考えず直感的に、そして野性的にこの最高の狂った悦楽に身を置いていた・・・。
しかし、すぐに僕はある違和感に囚われる事になる。
なぜなら僕は、先刻僕を追い抜いていった車種も解らないバイクとそれを追って猛加速をしていったアナゴ君のカタナを追っていたはずなのである・・・。
あの日のフェアレディZは、この速度で常に僕の目前にいた。追えていた・・・。
ところがどうだ、今の僕の目の前には・・・誰もいなかった。
アナゴ君が猛追を見せてものの1分ほどの間に、2台は完全に僕の視界から消えていた。
闇の中の単独走行・・・。これは一体どういうことだ?
そんな違和感にやや心を奪われていた時、今度は四輪車に抜かれた・・・。
それなりの速度を出していた為、先刻ほどの速度差はなかったものの、やはり圧倒的な速度を見せつけて
僕から遠ざかっていくその後姿は4灯テールライトが特徴的な日産スカイライン。
追いつかない・・・。追いつけない・・・。この苛立ちにもにた不快感はなんだ!
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767 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/04(土) 00:13:45 ID:B+Zq3ujx
170km/hという死と隣り合わせの狂気の速度が、まるで歩くように遅く感じた・・・。
プールの中を歩くように、思うように前に進んでいかないような感触・・・。
先行する自分の気持ちとは裏腹にこれ以上速度を上乗せできないヨンフォアがもどかしかった。
乗り物としては十分以上に速いこの速度。
だが・・・、だが・・・ヨンフォアがこんなに遅いと思った事はそれまで無かった・・・。
バイクは車より速いと思っていた。
青信号のスタートダッシュで、ヨンフォアに追いすがってきた四輪車はそれまで居なかった。
東京の渋滞気味の道路上では、バイクに敵する四輪車など存在しなかった・・・。
いや、僕が知らなかっただけだ・・・。僕が思う以上に四輪車は速かった・・・。
バイクはクルマに敵わないのか?そんな疑念がふと頭をよぎったその時・・・。
次の瞬間、2台にまとめて抜かれた。セリカとそれを追うカワサキZU。
僕を抜いた次の瞬間、カワサキはセリカの横に並びゆっくりと前に出る・・・。
そしてそのまま二台は僕の手の届かない距離まで遠ざかる・・・。
・・・そうか・・・。バイクがクルマより遅いんじゃない・・・。僕が・・・僕が遅いんだ・・・。
僕は意地になってタンクに伏せ最高速度を保っていたが、その後バイク3台とクルマ2台に抜かれた。
完敗だ・・・。僕は深夜の第三京浜で誰にも相手にされていなかった・・・。
バイクに乗ってこんなにもどかしく不快な気分になったのは初めてだった・・・。
幼い頃から運動会でも勉強でも、人に負けて『悔しい』と思ったことが無い僕にとって、その不快感が『悔しい』という感情である事に気がついてのはその後しばらく経ってからのことだ。
・・・しかし、たった一台。僕を相手にしてくれるクルマが現れた。それは僕にとって望まない相手だった・・・。
タンクに完全に伏せた上体でバックミラーをしばらくの間見ていなかった僕の背後にそいつは居た・・・。
突然、周囲の景色が真っ赤に点灯し始めて僕は我に帰った。バックミラーを覗くと、すぐ背後に居るクルマが
その赤い光を放っていた・・・。次の瞬間、駅の構内アナウンスのような無機質で一本調子の声が聞こえた。
「そこのバイク、停まりなさい。左に寄せて停まりなさい。」
・・・僕の頭は、真っ白になった・・・。
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779 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/04(土) 15:48:10 ID:baQRIKiZ
【SCENE28】
僕への停車を促すアナウンスが終わるか終わらないかのタイミングで、けたたましく響くサイレン。
本来の交通取締り規定では、サイレンと赤色灯を起動した後の追尾開始と、然るべき車間距離と然るべき追尾時間が定めらられているはずだが、今も昔もそんな御丁寧に規定を尊守し犯罪者を追尾する警察官などほとんど居る訳も無い。
そんな次第で、計測され終わるまで僕はその神奈川県警高速機動隊の追尾に気がつかなかった訳であるが、お前は犯罪者だ、と自覚させるようなサイレンの嫌らしい音はますます僕をパニック状態へ追いやった・・・。
200km/hをも越える速度で走り去る大型バイクやチューニングカーに比べ、中型バイクは取締る側にとって都合の良いカモだったに違いない。
逃げ切ろうか、という考えが脳裏を掠めたが、既に速度がサチュレートしている状態で後ろに喰らいつかれているのである。そんな事が出来るわけも無い・・・。
僕はその5秒ほどの間で、様々な事を心に思い浮かべた。
・・・免許の事、罰金の事・・・もうバイクに乗れなくなってしまうのだろうか・・・?
背後に迫る、赤く回る赤色灯とサイレンの音に圧倒され、僕は無意識のうちに観念し、スロットルを緩めた・・・、・・・その時である。
ヨンフォアとパトカーの隣に、3台目の高速移動物体が現れた・・・。
左車線で減速しようとした僕の隣に、鼻っ面を並べる白と赤に塗り分けられた大きなフロントカウル。バイクだった・・・。
フロントカウルには『HONDA』の文字・・・。タンクには自由の翼・・・。
黒い革ツナギに身を固めた細身のライダーの尻の下。サイドカバーには『CB1100』の車名。
その車名の下には大きく燦然と輝く、赤い『R』の一文字・・・。
ホンダが1980年代初頭に市場に送り込んだ『究極のCB』。
その名もホンダCB1100R・・・。
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780 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/04(土) 15:50:44 ID:baQRIKiZ
僕は思わず右隣のそのバイクに目をやる。
視界の隅のバックミラーの中では、パトカーの中で助手席の交通機動隊員がそのバイクのほうを指差して何か叫んでいる。
そして、CB1100Rのライダーはパトカーに向け左手で挑発めいた仕草を見せる。
次の瞬間、右に車線変更しCB1100Rを追う高速交通機動隊。
2台は僕のことなどまるで無かったかのように僕を引き離してゆく・・・。なんという加速だ・・・。
そして大きな左コーナーに美しいリーンで吸い込まれてゆくCB1100Rとそれを追うパトカー仕様のスカイライン・・・。
一度は見えなくなった彼らだが、前方の保土ヶ谷料金所をノンストップで突破するCB1100Rと、それをさらに追う赤色灯が確認できた・・・。
・・・もしかして・・・僕は助かったのか?
幸運だった・・・。僕を助けようとするライダーの登場もそうだが、だからといってパトカーが僕の検挙を諦めるとは限らなかったはずだ・・・。
検挙しようとしていたバイクより速いバイクが通過した手前、追わずにはいられなくなったのか、単純に機動隊員が挑発に乗ってしまったのかは解らない・・・。
ただ、僕はどうやら助かったらしいという事だけは解った。
僕はこの寒空の下、冷や汗が脇や背中をつたっているのを感じた・・・。
料金所で料金を支払い、アナゴ君と落ち合う約束をしていた保土ヶ谷PAにバイクを入れる。
たくさんのバイクが集まっていた保土ヶ谷PA。
すぐに街灯の下で他のライダー・・・あれは僕らを最初に追い抜いていったバイク乗りだろうか?・・・と笑顔で会話をしているアナゴ君を発見した。
カタナの隣にヨンフォアを停める僕。すぐにアナゴ君が「おいおい!ここからじゃよく見えなかったんだけど、パトカーに追われて料金所を突破していったバイクがいたぜっ!!」
とまるで他人事のように興奮しながら報告してきた。
・・・僕はバイクを降りるとヘルメットも脱がず、その場にへたり込んだ・・・。
「おい、フグ田君どうしたんだよ?それにしてもスゲーなぁここは!こんなに興奮したの初めてだよ!俺、毎週通うぜここに!」
と大声で語るアナゴ君の言葉は耳にあまり入ってこなかった・・・。
・・・そんないつも通りのアナゴ君を見て、改めて『助かった』という思いを噛みしめると、腰が砕けた・・・。
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781 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/04(土) 16:16:34 ID:baQRIKiZ
僕は、たった今あった事の次第をアナゴ君に報告した。
アナゴ君の隣には、やはり僕達を最初に追い抜いていったXJ750Eのライダーの姿。
アナゴ君は結局この彼と保土ヶ谷までバトルを楽しんだらしい。
高速交通機動隊に背後をとられ停車を指示されたこと・・・そんな時、CB1100Rが現れ僕を救ってくれた事・・・。
それらを逐一アナゴ君に報告すると、名も知らぬXJ750のライダーが言った。
「・・・あの人だな・・・、きっと。」
どうやら第三京浜では少しは名の知れた人物だったようだ・・・。
「まぁ、初期型のCB1100Rだからね。今でも最速というわけでは無いけど、速い事は確かさ。それに面倒見が良くってみんなから慕われているんだ。きっとパトに追われる中型バイクを見て放って置けなかったんじゃないかな?」
こうした会話をして頭が冷静になってくるうちに、僕の脳裏に一つの思い出が蘇ってきた・・・。
かつて、『CB1100R』というバイクの名前が会話に出てきたのを覚えている・・・。あれはどこでの事だったろう・・・。
そしてやはり、『第三京浜』という名前もほぼ同じ頃に聞いたような気がする・・・。
『キミ達、首都高とか第3京浜とか行ったりはするのか?』
・・・突然、そんなセリフがフラッシュバックのように僕の記憶からある男の顔と一緒に思い起こされた・・・。
細身で長身のその姿・・・。CB1100R・・・。第三京浜・・・。・・・4ヶ月ほど前の記憶だった。
「・・・もしかして、鈴木さんじゃ・・・」
僕は独り言のようにつぶやいた・・・。それを聞いてXJ750のライダーが驚いたように聞き返す。
「そうさ、鈴木さんって人さ。どうして知ってるんだい?キミら、ここに来るの初めてなんだろ?」
僕とアナゴ君は、顔を見合わせた・・・。
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814 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/05(日) 21:56:13 ID:+vLIWecr
【SCENE29】
週明けの月曜日。僕らは鮒田食堂で晩飯を食っていた。
アナゴ君は週末のXJ750のライダーとのバトルの余韻がまだ抜けておらず、僕に身振り手振りを交えてその話をしてきたのだが、僕は上の空で聞いていた・・・。
僕の頭の中では、別のある考えが巡っていたからだ・・・。
ラーメンの残り汁をすすりながらアナゴ君が聞いてきた。
「俺は今週末も第三京浜に行くぜ。もう楽しくってしょうがないよ。鈴木さんにも会えるかもしれないしな。
フグ田君はどうする?」
そうだ・・・。もし鈴木さんに会えるものなら、週末に警察から逃がしてくれたお礼もせねばなるまい。
少し考えた後、僕は答えた。
「・・・そうだな。行くよ。」
アナゴ君は、そんな僕の語気にいまいち乗り気ではない何かを感じたらしい。
「おい。フグ田君・・・。あまり気が進まないみたいじゃないか?パトに追われて懲りちまったのか?」
・・・とんでもない・・・。僕はリベンジに燃えていた・・・。
週末の第三京浜で、やはりスピードの中に身を置く事が僕にとって快感をもたらすという事を再確認していた。
やはり同じように闇の中を疾走するバイクやクルマ達の姿にしびれた。
そして、僕を歯牙にもかけないそんな彼ら達にもう一度挑戦し、今度こそは負けたくないという気持ちで胸の中は人知れず熱く燃えていたのだ。
・・・しかし、今の僕には何かが足りない事を感じていた・・・。
いや、本当はもう解っていたのだ。
どうすればその足りないものを手に入れられるのかという事を・・・。
アナゴ君と別れ、部屋に戻った。今晩もアルバイトが入っている。
部屋に入る前に、駐輪場のヨンフォアの元へふと足を運んだ。・・・僕の愛車ヨンフォア。最高の僕の相棒・・・。
僕の胸の内を知ってか知らずか、物言わず佇む400cc・・・。
そんな愛車の姿をしばし眺め、ますます複雑な気分になる僕がいた・・・。
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818 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/05(日) 22:22:06 ID:+vLIWecr
その週末の夜。僕達は二度目になる第三京浜を走行していた。
アナゴ君は早々に四輪車を追って視界から消えていった・・・。
僕はといえば、一般車両より少し速いくらいのマイペース走行。
このような高速バトルステージで戦うには中型二輪はあまりにもデメリットが大きい事を前週に身を持って知ってしまったからだ。
捕まれば免許が一発で消えてしまうくらいの速度が出るにも関わらず、高速交通機動隊の追尾を振り払うほどのスピードまでは出ない・・・。
そんな状況で走っていては免許証が何枚あっても足りない。
それにいくらムキになってリスクを背負い飛ばしたところで、この狂ったスピードの世界に棲む住人達には、僕は走るパイロン程度の存在でしかないのだ・・・。
そんな考え事をして走る僕を今晩3台目の大型バイクが追い抜いていった。
あのライムグリーンはZ1000Rであろうか・・・。
傍で見ている僕にまでヒシヒシと伝わってくるあのパワー感・・・。あの迫力・・・。あの速度・・・。
一時頭をよぎったヨンフォアの改造という考えも、そんな大型バイクのオーラの前には消し飛んで行った・・・。
峠ならそれもありだろう。しかし、僕が戦いを求めているステージはここ第三京浜のような高速ステージなのだ・・・。
・・・そんな僕の心のモヤモヤを払拭するには、たった一つの選択肢しか無かった・・・。
ヨンフォアを心の底から愛する僕にとって、それはある意味辛い選択だった・・・。
保土ヶ谷料金所が見えてきた。ノンビリと走ってきた僕をアナゴ君は待ちくたびれているだろう。
もしかしたら鈴木さんもいるかも知れない。
保土ヶ谷PAには今夜もたくさんのライダーが居た。その中からアナゴ君を探し、ヨンフォアを停める。
数人のライダーの輪の中でアナゴ君は缶コーヒーを片手に震えていた。先週のXJ750Eのライダーも居る。
きっとその仲間なのだろう。
「フグ田君遅かったな。鈴木さんはまだ来てないようだぞ」
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823 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/05(日) 22:51:51 ID:+vLIWecr
「今日は来ないのかも知れないよ。先週パトカーとやりあってるし。」
輪の中の誰かが言った。彼らは鈴木さんと『チーム』を作っているという訳では無いが、ここではよく談笑しあう仲間のようだった。
12月の深夜は寒かった。だが、僕とアナゴ君は少なくとも日が変わるまでは待ってみようと思っていた。
名も知らぬライダー達とのバイク談義。それは単なる僕のコンプレックスから来るものなのだろうが、全員大型バイクに乗る彼らが僕と住む世界の違うつわもの達に見えた・・・。
目の前に並ぶたくさんの大型バイク・・・。僕の小さな愛車がますます小さく見えた・・・。
そうしているうちに、何人かは帰って行った。XJ750のライダーと数人が、僕達に付き合ってくれていた。
そろそろ日も変わろうとしていた頃、誰かが遠くのエキゾーストノートを聞きわけて言った。
「来たんじゃねーの?」
少しの間をおき、保土ヶ谷PAにそのバイクが入ってきた・・・。
鮮やかに白と赤が塗り分けられた大きなフロントカウルが美しいCB1100Rが僕達の目の前に停まる。
顔見知りを確認し、「よっ!」と挨拶をして右手であげたバイザーの中の目は・・・まさしく鈴木さんだった。
「・・・おっ?お〜!!キミ達は!!アナゴ君とフグ田君じゃないかっ!!」
・・・僕達は鈴木さんに再会した。お互いにとって・・・運命の再会・・・。
アナゴ君は駆け寄ってまだバイクの上の鈴木さんの手を取って再会を喜ぶ。僕も言わねばならない礼をした。
「あの、先週はパトカーから助けてもらってありがとうございました」
鈴木さんが跨るCB1100Rは、他の大型バイクの中でもひときわ美しく、そしてオーラを放っているように見えた。
鈴木さんは、バイクを降りヘルメットを脱ぐと、先週のはやっぱりキミだったのか、と笑って言った。
両目の脇の優しそうな笑い皺は北海道の時と同じだった・・・。
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825 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/03/05(日) 23:28:44 ID:+vLIWecr
「あ〜あ、やっぱりここに来ちまったんだな・・・キミらは。」
鈴木さんの言葉の真意が理解できず、僕はアナゴ君と顔を見合わせた。
「・・・もう走っているから解ってると思うけど、ここは一歩間違えれば死ぬ世界だ。
俺はキミ達をこの場所に 誘いたくは無かった。
でもキミ達は自分の意思でここに来た・・・。約束だ。絶対にここで死ぬんじゃないぞ」
少しだけ真剣な眼差しで、鈴木さんはそう言った。
常連組のライダー達は何も言わず、中にはうつむいている人も居た。
僕とアナゴ君の、ハイ!という返事は鈴木さんの言葉の真意をどれほどまで理解して発した返事であった
であろうか・・・。
僕達は語り合った・・・。先週のパトカー騒ぎ・・・。第三京浜での出来事・・・。北海道での思い出・・・。
身を切るような寒さだったが、僕らは暖かい缶コーヒーを何本も開け、時間を忘れて語り合った・・・。
・・・その話の最中、ふと僕は停まっているCB1100Rに目を奪われた・・・。
大きなフロントカウル・・・。(当時としては)太いタイヤ・・・。ひときわ大きく輝く「R」のレッド・・・。
いかにも大型バイク然としたその佇まいに、僕の抱えていた悩みが溶けていくような気がした・・・。
法による拘束が取り払われ、純粋に『速く』走る為のパッケージングで作られた大型バイク・・・。
中型バイクの楽しさは今でも否定するつもりは無いし、エンジン回転を使い切り、その軽快なフットワーク
で駆け抜けるスタイルはオートバイという乗り物の一つの理想形でもあると思っている・・・。
・・・だが、僕は行き着くところまで行って見たいと思った・・・。バイクという乗り物にそこまで心酔していた・・・。
僕はアナゴ君や鈴木さんを始めとした大型自動二輪の先輩達の前で宣言した・・・。宣言してしまった・・・。
「・・・僕、大型自動二輪免許取ります!大型バイクに乗ります!」
・・・同じ頃、まるでそんな僕の想いに応えるように、遠くはなれたアメリカはラグナ・セカサーキットで一台の 二輪史に残るバイクが世界に発表されていた・・・。
そしてそのバイクは僕の故郷、関西の地で市販に向けた最終準備段階に入っていた・・・。
1983年がそろそろ終わろうとしていた・・・。