1-4 マスオ物語
407 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/02/15(水) 22:44:06 ID:wMeoqRfN
【SCENE14】
箱根での再会からおよそ一週間後、僕とアナゴ君はあの日と同じように鮒田食堂で共に夕食をとっていた。
アナゴ君はこの食堂をいたく気に入り、既に店主のオヤジとも談笑するような常連と化していた。
夜の7時くらいに店に訪れると、5割以上の確立で彼に会えた。
今日は、彼と奥多摩に走りに行った帰りだった。2回目のアナゴ君とのツーリングだった。
「フグ田君は、速くなってきたなぁ。キミには絶対、素質があるよ」
その日の出来事を中心とした、そんな感じの話で盛り上がっていた。
とっくに食事を終えてオヤジに皿を片付けられていたが、いつものように会話は続いていた。
珍しく奮発したビールと、売れ残りそうだからと店主が差し入れてくれたチャーシューをつまみに、ほろ酔い 気分で気持ちがよくなっていたとき、アナゴ君は煙草に火を点けながらちょっとだけ真面目な顔をして
こう言った。
「フグ田君、夏休みに何も予定が無いんだったら北海道へ行かないか?もちろんバイクで。」
西日本を故郷とする僕にとって、日本の北の果てである北海道という場所は、精神的に疎遠な場所であった。
ひどく遠く寒い場所という妄想にも似た認識しか無く、返答に躊躇したがアナゴ君はそんな僕にお構い無しで北海道の魅力を語りだした。
高校3年の頃から夏の北海道ツーリングを欠かしておらず、浪人中でもそれは変わらなかったと言うこと・・・。
浪人中の身でも、北海道には抗えないほどの魅力があるということをアナゴ君は夢中で僕に話した。
・・・やがて僕は彼の話に心を奪われていた・・・。
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410 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/02/15(水) 23:02:19 ID:wMeoqRfN
地平線の果てに吸い込まれるような直線路。さいはての名もない港町。
ビッグスケールの山岳ワインディング。
気のいいライダー達。旨い飯。無料で快適なキャンプ場。
風雨をしのげるライダーハウスという簡易宿泊所・・・。
僕の意識はアナゴ君の言葉を介して、北の大陸を浮遊していた・・・。
行った事が無いので想像の世界でしか無いのだが、雑然とした大阪や東京の街しか知らない僕にはまるで外国の話を聞いているようだった。
アナゴ君がここまで言うのだから、きっと素晴らしい所に違いない・・・。
僕は北海道ツーリングに俄然興味が湧いて来た。
「いいね、いいね!行って見たいよ!」
と言ったところで、ふと僕は非常に現実的な問題を思い出した・・・。
金だ・・・。バイクに乗り始めてからというもの金が以前とは比較にならないペースで消えていた。
・・・希望は閉ざされたように見えた・・・。
「・・・でも、金が無いんだ・・・」
僕がそう言うと、アナゴ君は不敵な笑みを浮かべ言った・・・。
「フグ田君、僕らは大学生なんだぜ?何日夏休みがあると思ってるんだ?バイトだよ。夏休みの半分をバイトに当てて軍資金を稼ぐ。そして半分は北海道さ。任せとけ!バイト先なら僕に当てがある」
頼り甲斐のある男の言葉に、再び僕の目の前に希望が開けた。かくして聖地巡礼の準備が始まった。
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465 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/02/16(木) 22:50:20 ID:DEgEVlrx
【SCENE15】
夏休みが始まった直後から、僕は都内各所の道路工事現場で旗を振っていた。
今で言う『ガテン系』の職場に幾つかの伝手があるアナゴ君の紹介で、僕は道路工事現場での交通誘導のアルバイトをしていた。生まれて初めてのアルバイトだった。
簡単だと言われ舐めてかかっていたが、炎天下で立ちっ放しの仕事は予想以上に辛く、労働の厳しさとこれまでの20年は親の保護の元でのぬるま湯生活であった事を思い知った。
反面、その対価として支払われる日当を受け取るたび、お金の大事さを実感した。
自分の親ほどの年齢のおじさんや、迫力あるお兄さん達との関わりあいも初めての事であり、現場での人間関係も僕の人間的幅を広げていった・・・。
そして日が沈んだ頃、棒の様になった足を引きずって、既に他の現場で肉体労働を終えたアナゴ君と、店主の親父の馬鹿笑いが外に漏れる鮒田食堂の引き戸をガラガラと開ける・・・。
そんな毎日も今日で 二週間が過ぎていた。
労働の後にアナゴ君と乾杯するビールは格別だった。
僕はそんなアルバイトが嫌いではなかった。
高校まで、その体型と色白の肌で『モヤシ』と揶揄されていた僕。そんな僕の顔は、いまや小麦色に焼けていた・・・。
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467 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/02/16(木) 23:12:14 ID:DEgEVlrx
日曜日。体調を崩さぬよう、週に一回は入れた休日を使って、僕とアナゴ君は買出しに出掛けた。
向かうは上野バイク街。目的は北海道ツーリングに向けた装備の充実だ。
今でこそ、上野バイク街の惨状は目に余るものがあるが、当時はバイク用品といえば上野だった。
二人で闊歩するバイク街は、ただ歩いているだけでも楽しく飽きる事は無かった。
アナゴ君は店の天井からぶら下げられたヨシムラに口を開けて見とれ、未だ軍手を使用していた僕はグローブ選びに躍起になっていた。
結局、アナゴ君は何も買わず、僕は黒い革グローブとカッパとツーリングネットを買った。
どれもが安物だったが、初めてのバイク用品の買い物は嬉しかった。
その帰り、板橋まで足を伸ばし安いと評判の店で僕はクラックだらけだったタイヤを交換した。
帰りに、近所のリサイクル店で僕は最後にテントを買った。
アナゴ君は店員相手に30分も粘り、それを半額にまけさせてくれた。
相変わらず鮒田食堂で飯を喰い、オヤジにはもっと高いものを注文しろと言われ笑いあった。
そして翌日からはまた、労働の日々・・・。
毎日が満ち足りていた・・・。今思えば、少し遅い僕の青春の幕開けだった。
気がつけば、アルバイトに費やそうと決めた4週間が終わろうとしていた・・・。
北海道はもう目の前だった・・・。
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474 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/02/16(木) 23:57:26 ID:DEgEVlrx
ゴツゴツした現場監督の手から、ご苦労さんという言葉を添えられ僕は夏のアルバイト最後の日給を手に
した。
ありがとうございました!といつもより大きな声で僕はアルバイトを締めくくった。
これにて大層な額ではないが、北海道へ向かう軍資金が完成した。
僕はまた一つ、最後まで何かをやり遂げた。財布の中の全財産を確認し、僕は満ち足りた気分だった。
鮒田食堂には、ほぼ毎日バイク雑誌や地図を持参して北海道ツーリングの計画を練っていた僕らだった
が、この日は明日に迫った北海道へのアクセスを話し合った。最終調整だ。
僕らは高速道路などという贅沢な代物を利用できるような余分な金は持っていなかったし、東京や大洗
や仙台を出発する中・長距離フェリーもまた同じく、僕らには贅沢な選択だった。
当時のアナゴ君の弁を借りれば、僕らにたっぷりと与えられているモノは若さと時間だった・・・。
となれば残されている選択肢は、国道4号線を東京から青森まで全線走りきるというものだった。
若い僕らに怖いものなど無かった。
過去にアナゴ君が行った時は、2〜3日掛けてこのルートを走ったようだが、この際一気に青森まで走りきってしまおうと非常に軽率なノリで決定した。
鮒田のオヤジは横から止めとけ止めとけと笑いながら言っていたが、すでにオヤジに止められるような僕らでは無かった。
「せっかくだから、国4の起点の日本橋からスタートしよう。渋滞を避けて夜にしよう。
明日の午後10時に駅前に集合でいいかい?」
アナゴ君の言葉に僕はうなずいた。・・・いよいよ明日の夜、北の大陸への旅が始まる。