1-3 マスオ物語

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323 :774RR:2006/02/10(金) 22:58:06 ID:/OR9qLUI

僕は、目的も無く走り出した。国道246号線に出て、南西へと向かう。
車が少なくなった道路は、早朝とは打って変わって僕の心を揺さぶる感動の走りのステージとなっていた。

教習所で出したことのある速度を超えてヨンフォアはなお加速する。
教習所では気がつくことの無かった『ゴーッ』というヘルメットが空気を切り裂いていく音を聞きながら、僕は『うぉぉー!』 と雄叫びをあげていた。
もちろん雄叫びをあげるなど人生初の体験である。

これまで自転車を含めた自分の運転する乗り物では経験した事の無い速度で、前方の景色が手繰り寄せられ、通り過ぎ、後方へ弾け飛んでいく。
僅かなスロットルの操作にもヨンフォアは敏感に反応し、僕に刺激的な加速Gを与えながらさらに前へ前へと突き進もうとする。
至福のひと時だった・・・。
熱い胸の高鳴りは、走っている間おさまることなど無かった・・・。


あてもなく西の方へ向かったのは、故郷が西にある者の性であろうか。
僕は国道246号線を横浜を過ぎたあたりで467号線にスイッチし、やがて海が見えるとそのまま海沿いを走る国道134号線を西にひた走った。

数日前の試乗時に、チャポンチャポンと音を立てていたタンクが、満タン状態だった事に気がつき、親分の心遣いに感謝した。
僕は国道1号線に進路を変えそびれ、そのまま134号線を走る。
最初は赤信号では車列の後方に大人しく並んでいた僕だったが、このあたりに来る頃には、他のライダーがそうするように、すり抜けも行うようになっていた。・・・そして・・・。

・・・そのまま西湘バイパスに突き進んですぐの事だった。
これまで邪魔だと思っていた4輪車に右側を豪快に抜かれた。車は日産フェアレディZ。
・・・僕の魂に炎がともった・・・。

僕はこれまでこんな事をする人間だと自分自身でも認識は無かった。
ただの大人しい優男だと自分自身を評価していた。
しかし、おそらくバイクによって引き出されたであろう熱い魂の欠片は、無意識のうちに僕の右手を動かしスロットルを捻りあげていた・・・。僕はZを敵機と認識していた・・・。

公道デビュー初日・・・。無謀な挑戦が始まった・・・。


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329 :774RR:2006/02/11(土) 22:14:49 ID:z+aUes61
何故・・・何故、こんな事をしたのか・・・。理由は解らなかった・・・。
強いて言えば、あの車より速く走ってやるという、極々単純な競争意識だったとしか思えない。

120km/h・・・130km/h・・・。
捻ったスロットルに呼応し、エンジン回転数と車速をあげるヨンフォア。
S130フェアレディZのテールが迫る。
捕らえたと思った瞬間、Zのルームミラー越しにドライバーの左目がこちらを確認したように見えた。
次の瞬間、Zもまたさらにスピードを上乗せしていく・・・。
メータは150km/hを超えようとしていた・・・。

雑誌で見たテストライダーを真似たのか、それとも無意識か・・・、胸がタンクにくっつくほどに深く上体を伏せた僕もまた、自分にとって未知の領域に踏み込んでいた・・・。
もはや心地よいだとか刺激的だとかで表現できるような世界ではない。

少なくとも初心者の僕と70年代に生まれたヨンフォアにとって、前方から襲う硬質な空気の壁と、路面からサスペンションを介しても伝わってくる硬く尖った不気味な感触は、暴力的ですらあった・・・。

アクセルをやや抜いたような自然減速でZが僅かに車速を落とした時、僕は一瞬ためらったが前に出た。
相手の減速の意味が解りかねたからだ。
理由はすぐに解った。橘料金所だ。

僕は先行してゲートに入り料金を支払うと、路肩にバイクを停車させ財布をGパンに戻した。
初めての有料道路での料金支払いで、ややもたついていたかも知れない。
その僕の横をZが全開加速でスタートしていく。『仕切りなおしだ』・・・心の中でそうつぶやくと、僕は再びZを追い始めた。

巡航速度と、この車速域での再加速では明らかにZに分があった。
今思えば、もしかしたら相手は安全マージンを取りながら走っていたのかも知れない。
僕は一般車両の追い越し処理でのみ分がある二輪車で、なんとかZに喰らいついていた。
抜ける気はしなかったが、置いていかれる気もしなかった。
ヨンフォアのスピードメーターがそれ以上動かなくなる領域まで速度は上がっていた。

常識的な思考を持つ人間にとっては、まったくハイリスク・ノーリターンなこの行為に際して、僕は湧き上がる心の高鳴りと喜びをこらえ切れずにいた。
時速170kmで移動するバイクの上で、僕の口元は怪しく微笑んでいた・・・。


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330 :774RR:2006/02/11(土) 23:13:00 ID:z+aUes61
今朝、公道に出たばかりの僕は、こんな死と隣り合わせの速度域で臆するどころか逆に興奮していた・・・。
快感というよりは快楽とでも言おうか・・・。
理屈抜きの、原始的で性的な部分に端を発する類の快楽とでも言おうか・・・。
とにかく、僕が自分でも20年の間気がついていなかった野生の部分が、バイクによっていとも簡単に露呈された瞬間だった。
結局僕は、西湘バイパスでZに置き去りにされることは無かった・・・。

西湘バイパスは、このペースで走るにはあまりにも短い。
バイパスも終わりに近づいた頃、Zは左ウィンカーを点滅させ減速しながら本線から離脱する。
またしてもドライバーとルームミラー越しに目が合い、僕も誘われるように後に着いて走る。

その先には、また料金所があった。さらにその先に続く道は、バイパスではなく一般道・・・峠道のようだ。
Zが先行しゲートをくぐる。
まだまだ戦い足りないと感じていた僕も、その『箱根ターンパイク』という有料道路に入っていく。

料金を支払う手が震えた。ヨンフォアの振動の余韻か、自分自身のものかは解らなかった。
Zは既にゆっくりと走り始めていたが、僕の用意が済んだのを見計らったかのように強く加速していく。僕はZを追った。

勇んで再々仕切りなおしに臨んだ僕だったが、しかし箱根路に入ってからは全く勝手が違っていた。次々とコーナーが襲い来る日本屈指のワインディングステージで初心者の僕が戦う事自体に無理があったし、その無理に気がつかなかったのはやはり初心者のなせる業だったのだ。

その車名に似つかわしくない排気音とスキール音と挙動を繰り出しながらターンパイクを駆け上がるフェアレディ。
対して僕は迫り来るコーナーにおびえながらのライディング・・・。
アウト側のガードレールが目に飛び込み、恐怖で体が固まるとますます曲がらなくなるバイク。

アウトに膨らんで行くバイクの車速を完全スロットルオフと非常に弱いブレーキングでごまかしながら落としていく。
すると完全にパワーバンドを外れたエンジン回転は、コーナー脱出時に必要なトルクを生む事が出来ず咽ぶだけ・・・。

さっきまでの威勢はどこかに消えていた・・・。
僕はバイクの奥の深さを、屈辱をもって知る事になってしまった・・・。


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344 :774RR:2006/02/12(日) 23:45:33 ID:Gm889oau

またたく間に広がるZとヨンフォアの車間。
その理由はどちらかというとZの速さよりも、僕の遅さの方が支配的だった。

通過したコーナーの数に比例してZの背中が小さくなっていく。
車間が開くと、先行車両の進入速度に頼ったコーナー半径の見積もりが出来ず、さらに遅れに拍車がかかっていく。
僕は意地になって直線部分ではスロットルを開けていたが、もうすでに遅れを挽回する事が不可能である事も理解できていた。
・・・悔しかった。敵機Zへの憎さなど微塵も無く、山岳路に入った途端にメッキの剥がれた自分のライディングの拙さが情けなかった・・・。

そろそろZの姿が見えなくなりかけた、その時である。
コーナーとコーナーを繋ぐ短い直線部分で『ボシュッ!』という一瞬の排気音を残して僕の右脇を一台のバイクが追い抜いていった

コーナーを処理する事で精一杯で、しばらくミラーを確認していなかった僕は、いきなりのそのバイクの出現に驚いた。
・・・バイクは、カタナだった。
・・・あの日の彼に似ているような気もしたが、排気量も含めて確認できる余裕など無かった。
カタナは『ジャァァァァァ』という音を立ててステップを路面に押し付けながら、コーナーをクリアしていく。

カタナは僕との距離を広げるのと同時に、先行するZとの距離を縮めていく。
尻をイン側に落とし、確信を持ってコーナーに進入し、路面に張り付くように旋回していくそのライディングは美しく、また感嘆すべきものだった。


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346 :774RR:2006/02/13(月) 00:28:53 ID:/Yfy31af
遥か後方で見る限り、カタナはZを射程におさめたようだった。
突然の手練の乱入にZが慌てたかどうかは解らない。
代わりにZを追ってくれるバイクが出現したお陰で、僕の戦意はやや消失気味だったが、とある左コーナーを立ち上がった直後の光景で、その僅かに残った戦意すら消失した。

僕は中速左コーナーを立ち上がって息を呑んだ・・・。
僕の目に飛び込んできたのは、まるで天空へ駆け上がるように伸びる登りのストレートだった・・・。
遥か先の空に浮かぶ純白の夏雲に架けられた梯子のようなその美しい道は、突然僕の目の前に現れた。

そしてその梯子の先では、2台のマシンが雲上を翔る二羽の自由な鳥のように右方向に翻り、僕の視界から消えていった・・・。
・・・そうだ・・・。僕は今まさにバイクという翼を手に入れて、そしてこの場所にいるのだ・・・という実感が押し寄せてきた。

教習所で初めてバイクに乗った帰り道、あの彼とカタナの背中を見送った時に心から思った「バイクで自由に道を走りたい」という望みの中に今まさに身を置いているのだ・・・。

・・・自分もまた未熟ながらも、紛れも無くこの天空を翔る一羽の鳥であることを認識した時、それまで意固地になって開けていた
スロットルは戻されていた。車速を落とした。
・・・僕は深呼吸を一回だけした。
直前までの屈辱感はどこかに消え去り、充足感だけが僕を包んでいた・・・。


『ドライブイン大観山』と看板を掲げた建物のある駐車場にヨンフォアを乗り入れた。
思えば東京から走り詰めだった。
そして、先刻僕を追い抜いていったカタナもそこに停まっていた。
ヘルメットを脱ぎ、カタナの脇に立っているライダーは・・・
やはり、あの日の彼だった・・・。

・・・お互いにとって運命の再会であった。


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363 :774RR:2006/02/14(火) 00:01:50 ID:Xo7/stkL

僕は、ドライブインの駐車場でカタナに横付けした。
カタナの主はまだヘルメットを被ったままの僕に気さくに話し掛けて来た。

「こんにちは。Zはそのまま真っ直ぐ行っちゃったよ」
そのまま、言葉を続けようとした彼は、ヘルメットを脱いだ僕を見て言葉を止めた。
「・・・キミは・・・」

一度会った人間を忘れない。我が親友の人間的長所は当時も今も変わらない。
僕はこんにちはと笑顔で挨拶を返した。
「キミは、・・・確か、え〜と、銭湯帰りの・・・そうだろ?」

僕は、クスッと笑ってうなずいた。
「でも、バイクには乗ったことも無いって言ってなかったっけ?あれ?あれ?」
混乱する彼の愛嬌ある姿を見て、僕は吹き出しそうになった。
僕は僕をライダーにした張本人にその理由を話し始めた。
それから2時間以上にも及ぶ、大観山での僕らの会話が始まった。

バイク乗りという彼と同じフィールドに立った僕は、初対面の時のような気後れは無かった。
僕はキミに憧れて免許をとりバイクを手に入れたのだ、と僕は熱く語った。
彼はそれを聞き、ひどく照れくさそうにしていたのを覚えている。
その他にもたくさんの事を話した。

お互い、2浪の同級生である事を知った。
彼は都内の某大学に通っていて、住所は僕のアパートから駅を挟んだごく近い場所である事を知った。
彼もまた、地方出身者で一人暮らしであることを知った。
彼は高校の頃からバイクに乗るベテランである事を知った・・・。
小腹をすかせた僕らはドライブインのテーブルに場所を移しても、話が尽きる事は無かった。

不思議だった・・・。他人にやや警戒心を持っていた僕が、たった2回目の出会いで、ここまで打ち解けて話をしたのは初めてだった。
バイクの話やライディングの話・・・さらにはお互いの身の上・・・。
「そりが合った」としか言い様が無い。
・・・そして、彼の名前が「アナゴ」君である事を知った・・・。


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395 :774RR:2006/02/15(水) 00:07:53 ID:llCUY1i0
【SCENE13】
大観山から臨む雄大な富士の裾野を照らす陽光がやや黄色みを帯びてきた頃、どちらとは無しにそろそろ帰ろうかという事になり、僕らはそれぞれの愛車に跨った。
僕はまだまだ話し足りないという気持ちだったが、あせる事は無い。
僕達は友となったのだ。会いたいときはいつでも会い、話したいことがあればいつでも話せば良いのだ。
しかもその帰り道、僕はライダーにとって言葉を交わす以上の「会話」があることを知った・・・。

アナゴ君の後ろについて走る僕は走りづらい下りであるにも関わらず、Zに離されまいと必死に走っていた登りより速く、なにより心地よいペースで走行していた。
全ては先行するアナゴ君のお陰だった。
彼は初心者の僕の為のペースを考慮していてくれた。
彼の後姿を追うだけで不思議な安心感に包まれた。

ブレーキング、バンク、立ち上がり加速・・・。
彼の走りをお手本とするうちに僕のペースは自然と上がってきた。

そのうちに奇妙で、それでいて心地よい感覚が僕を支配している事に気がついた。
まるでお互いの気持ちが通じ合っているかのようなのだ。
ヒラリと身を翻すカタナ・・・数秒後同じく身を翻す僕。
直線部分で豪快に加速するカタナ・・・応えるようにその後を加速する僕・・・。
今ここにいる僕達だけが分かち合う最高の瞬間・・・。
沈み行く夕陽で長くなった2台の影法師は、シンクロするように時に重なり合いながら、箱根の山を後にした・・・。

ターンパイクから降りた直後、ヨンフォアのエンジンは一瞬の咳き込みのあと空しく止まった。
焦る僕を目に、Uターンしてきたアナゴ君は迷うことなくヨンフォアの燃料コックを[RES]の位置に切り替えてくれた。
・・・不覚。初めてのガス欠だった。

小田原でバイクの腹を満たした僕らは、海に沈み行く夕陽を眺めながら湘南道路を東京に向かった。


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398 :魔 棲 雄 〜マスオ物語〜:2006/02/15(水) 00:43:57 ID:llCUY1i0
ターンパイクの下り、そして東京への帰り道・・・。
僕はライダーにしか解らない「会話」があることを知った。
これほどまでに他人と心が通い合ったような気持ちになった事は初めてだった。
そしてこれは、その後色々な人と走って解った事であるが、僕にとって最も心地よい「会話」の出来る相手は目の前を走るアナゴ君だった。

僕らの住む街へ戻ってきたのは、午後8時少し前。路肩にバイクを停めた僕らは、腹も減ったので晩飯を
一緒に喰う事にした。
駅の駐輪場にバイクを停め、僕は最近開拓した駅前商店街のさらに路地裏に入ったところにある小汚い
ちいさな定食屋にアナゴ君を招待した。「鮒田食堂」という学生向けの激安食堂だ。

300円のラーメンをすすりながらアナゴ君は400円のコロッケ定食を頬張る僕に言った。
「今日は最高に楽しかったよ。東京に出てきてから、こんな風に走れる仲間が居なかったんだ」
僕らの会話はまたしても止まる事は無かった。

アナゴ君と別れ、部屋に帰りついた僕は心地よい疲労から来る睡魔に襲われ、なんの準備もせずすぐに万年床に横になった。
ラジオから流れるサザンオールスターズを聴きながら、僕は今日一日を振り返っていた。

初めてバイクで公道に出た・・・。バイクのあまりの気持ちよさに初めて雄叫びをあげた・・・。車とバトルをした・・・。
峠道を走った・・・。ライディングの未熟さを思い知った・・・。心動かされる風景に出会った・・・。
・・・そして友が出来た。・・・そして、バイク乗りしか知りえない心の繋がりを知った・・・。

僕が生きてきたそれまでの20年の中で、最も濃厚で熱い一日だった・・・。
気象庁が今日、梅雨明けを宣言した事を伝えるラジオの声が遠くに聞こえ、僕の意識は深くまどろんでいった・・・。
・・・僕の熱い夏が始まろうとしていた。


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