1-2 マスオ物語

トップ > 2ch > 三河屋 > マスオ1-2


結論から言うと、僕は実にあっさりと中型自動二輪免許を手に入れた。
教習時から見せていた、教官をして初心者離れしていると言わしめたライディングテクニックを見事に卒業検定でも披露した僕は、全く危なげなく検定コースを走りきり合格した。

だが、取得の過程が順調だったからといって、その感動が少しも損なわれる事は無く、
検定を終えた直後は何か一つの事をやり遂げた充実感と達成感で胸がいっぱいだったし、
その結果が免許センターで形となって手渡された時は、おもちゃを渡された子供のように心中ははしゃいでいた。

・・・その日、財布から免許証を取り出して眺めた回数は実に11回である・・・。
僕は、自動二輪車に乗って公道を走行する事を、社会的に認められたのだ。
僕のバイクに対する願望がひとつ、その形を確かなものにした。

免許を手に入れたとなると、もう一つだけクリアしなければならない課題がある。
・・・そう、マシンを手に入れる事だ。
教習所に入校した時点で、財産のほとんどを使い果たしていた僕には、それは免許取得以上に大きな障壁であった・・・はずだった。
しかし、少しだけポジティブに生き始めた僕に、これまで使っていなかった分の運が一気に向かってきたのだろうか・・・。
この問題も、実にあっさりと事が進む事になるのである・・・。


僕は、その些細な出来事で人と人との繋がりの大切さというものを初めて理解したのかもしれない。
安くても良いからバイクが欲しいという自らの意思を周囲に言葉にして伝えていたが為に、その話は転がり込んで来たのだ。

「フグタ君、俺の兄貴がバイクを手放したがってるんだけどどう?話しだけでも聞いてみる?安くしてくれるように頼んでみるよ。」
つい最近になってバイクの話がきっかけで会話をするようになったその彼が言うには、最近結婚した彼の兄が生活環境の変化によって乗る事が無くなってしまったバイクを処分したがっているという話だった。
僕はその話に飛びついた。
「CB400FOURの、確か398ccになってすぐのモデルだったと思うよ。6〜7年前のモデルだから期待はしないでくれよ」

そう言われたところで、僕の胸が期待に膨れ上がるのを抑えられるはずも無かった・・・。



ホンダCB400FOUR・・・通称『ヨンフォア』は、その当時すでに400ccクラスの先端を行くモデルでは無かった。
当時、雑誌を賑せていた最新機種は、ホンダで言うとCBX400FやREV搭載のCBR400F、V型4気筒のVF400F。
スズキではGSX400F、カワサキからはGPz400・・・などと言ったいずれもDOHC化された、目覚しいバイク性能の発展期にふさわしい高性能モデルが続々とデビューしている頃であり、400ccクラスに4気筒の新風を注ぎ込んだヨンフォアの功績も、すでに過去のものとなっていた。

しかし、最新型であるかどうかという事は、僕は全く気にしていなかった。
むしろ、予算的に安いバイクしか手に入れられない事は最初から解っていた事であるし、そうすると必然的に少々古いバイクにならざるを得ない事も理解していた。

そんな予算的に限られた条件の中でも、教習車ホークUのような2気筒ではなく、出来ればカタナのような直列4気筒を欲していた僕にとって、ヨンフォアという選択肢は願ったり適ったりのものであったのだ。

実車を確認させてもらう約束をしたその日。
友人の兄の住むアパートの駐輪場で僕と友人、そして持ち主である友人の兄とヨンフォアの4者が顔を揃えた。

ヨンフォアはセミアップハンドルのT型であった。
・・・僕は内心、狼狽していた・・・。予想を遥かに超えて状態が良かったのだ。
小傷こそ散見されるものの、車体各部は製造されて7年を経ても輝きを失ってはいなかったし、路地裏を数分間だけ試乗させてもらった印象では機関にも特に異常を感じなかった。

初心者の僕は、モーターサイクリスト誌に掲載されていた『中古車の選び方』を熟読してこの日の実車
確認に望んだのだが、それに照らし合わせてもこの車両が極上車であることは直感的に理解できた・・・
『これは、・・・高いぞ・・・』
・・・彼の兄が幾らを提示してくるのかという事のみが、僕の心配の種だったのだ。



親分肌っぽい友人の兄がタバコをふかしながらヨンフォアの金額を提示した時、僕は目を丸くして驚いた。
「5万でいい?弟の友人から大枚ふんだくるわけにも行かないしな。」
逆の意味で僕は一瞬躊躇した。僕は10万は下らないと勝手に予想していたのだ。それが・・・予想の半額である。

5万円と言ったら、教習所に教習費を支払った際に手元に残った僅かな残金、そして今月の食費さえ切り詰めれば数日前に実家から振り込まれた仕送りから一部を補填すれば作れてしまう金額だった。

・・・僕は即答した。優柔不断を自負する僕がこれほど短時間に、そして自分の意思のみで何かを決定した事は無かった。
「是非!是非、譲って下さい!」



その二日後の深夜、仕事を終えた『親分』がヨンフォアを僕のアパートまで乗ってきてくれた。
その友人の兄の風体から、僕は心の中で勝手に彼を『親分』と呼んでいたのだ。

「久しぶりに乗ったけど、やっぱり単車はいいなぁ!売るのが惜しくなっちまったよ」
と親分はヘルメットを脱ぎ、笑いながらそう言った。
夜の住宅街を気にして、彼は早々にアイドリングを止めた。

幾つかこのバイクに関する注意点を僕に説明した親分は、ひとしきり話し終えると、ヨンフォアのキーを僕に渡してくれた。そして・・・。
「メットもジャケットも持ってないんだってな?これもやるよ。ボロで悪いけどな。」
そう言って親分は、少々古びたヘルメットと安い合成皮革だという黒い革ジャケットも僕に手渡した。

バイクが無いんじゃどうせ使わないからな、と親分は言った。
・・・そうだ、僕はバイクを手に入れる事に執心していて装備の事をすっかり忘れていたのだ。
僕はその夜、親分に対して「はい」と「すみません」と「ありがとうございます」のみで会話をしていたような気がする・・・。

僕はその価値に対して安すぎて釣り合わないと感じた約束の5万円を彼に支払った。
親分は枚数を改める事も無く、Gパンの後ろポケットに5枚の一万円札を無造作に突っ込んだ。
そして最後にこう言った。
「すぐにでも乗りたいだろうけど、今晩は止めといた方がいい。初っ端から夜は危険だぞ。」

「俺は電車で帰るよ。事故だけは気をつけろよ。俺のヨンフォアで死んだらタダじゃおかねーぞ」
親分は笑いながらそう言うと、ヨンフォアのタンクをポンと叩き、徒歩で帰って行った。

・・・今まさにバイクを降りた彼の後姿に、少しだけ哀愁を感じた・・・。

・・・今まさに僕がオートバイ乗りになった、1983年7月上旬の夜の事である。



僕はアパートの駐輪場に停めたヨンフォアを、寝るまでの間に3回見に行った。
そして、親分にもらった少し整髪料臭いヘルメットを5回被ってその度に鏡でその姿を確認した。
僕は親分の言いつけを守ってその晩はなんとかヨンフォアに乗るのを我慢した。

翌朝は抜けるような青空が広がっていた。
久しぶりに僕は学校をサボり、管轄の陸運支局までヨンフォアの名義変更に行く事にした。
胸の鼓動を抑えながらシリンダーにキーを差し込み、スタータースイッチを押す。
ヨンフォアは一発で目を覚ました。

親分から受け継いだヘルメットとジャケットを装着した。
グローブの代わりは春に部屋に引っ越してきたときに使った軍手だ。
親分に言われたとおり、タコメーターの針の動きが安定するまでの数分間、暖気を行う。

ヨンフォアのメーターの積算距離計には、これまで親分と共に過ごして来たであろう12580kmの数字が刻まれていた。
・・・この先の距離計は僕が動かしていくのだ・・・。
ヨンフォアの準備は万端。僕とヨンフォアは表通りへと走り出した。

緊張と嬉しさで、陸運支局に着くまでの間、どこをどのように走ってきたのかは覚えていない。
まだ、朝の通勤ラッシュの影響が残るAM9:00過ぎで、渋滞に巻き込まれながらの走行だったので初走行の実感は薄かった。

親分に渡された必要書類の中に、彼直筆の名義変更の手続き方法を書き記したメモも入っていた。
そのおかげでいとも簡単に名義変更も滞りなく終了した。
僕の住所と親分の住所とは管轄を同じくしている為、ナンバープレートの変更も無かった。
法的にも僕の所有物となったヨンフォアを前にすると改めて自分のものだという実感が湧いてきた。

全ての手続きを終え、陸運支局を後にしようとした時、道路上の雰囲気も朝の通勤ラッシュから一段落した平日の落ち着いたものになっていた。
空は相変わらずの澄んだ青空。午前10時。
・・・もちろんこのまま部屋に帰る気は、僕には無かった。


←Back  Next→